東西「お雑煮」の境界線は北陸にあった

2021.01.05

vol. 02

京都風のお雑煮は福井の木ノ芽山地を越える

写真: Photo ACより

お雑煮の歴史を振り返り、その誕生の地である京都のお雑煮について第1回では紹介しました。

 

粕谷浩子著〈お雑煮マニアックス〉(株式会社プレジデント社)によると京都のお雑煮は、

「丸もち × みそ汁(白みそ)」

だと分かります。丸もち × 白みその汁は関西で親しまれるお雑煮の姿ですよね。

 

そんなお雑煮発祥の地・京都から福井は目と鼻の先にあります。特に福井県南部の若狭地方、いわゆる嶺南(れいなん)地域から見れば「京は遠うても十八里」です。

 

現代の距離にして約72km。金沢市と富山市の距離(約65km)と大差ありません。

 

そう考えると、福井でも南部の若狭のお雑煮は丸もち × みそ汁の文化圏の範囲内だと予想できますが、どうなのでしょうか?

若狭地方特有の珍しい黒砂糖

旧北陸道の主な宿場。イラスト:武井靖

旧北陸道を京都方面から新潟方面に向かって北東に進みながら今回の特集ではお雑煮の境界線を探ります。

 

最初は、若狭の代表的な港湾都市にして旧北陸道の宿場・敦賀周辺のお雑煮から見ます。

 

敦賀の港。写真:福井県観光連盟

最初の手掛かりとしたい書物は、小林一男・五十嵐智子・酒井登代子編著〈日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事〉(社団法人農山漁村文化協会)です。

 

全国の食生活を聞き取り調査し、大正時代の終わりから昭和時代の始めころの郷土食をまとめた書物の福井県版です。

 

同じ福井でも各地で食の特色が異なるため、福井平野・奥越前の山間・越前海岸・若狭中山間など地域を分けて土地の食を整理しています。

 

若狭町の位置。〈白地図専門店〉の白地図を〈HOKUROKU〉編集部が画像編集した

若狭中山間の上中町(現・若狭町)のお雑煮について聞き書きした記述がその中にはあります。

 

京都に近い若狭の人たちはやはり都の文化をベースに暮らしているようで、お雑煮のタイプは丸もち × みそ汁の文化圏だと分かります。

“正月の朝の雑煮は丸もちの味噌汁”(日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事より引用)

ユニークな点は具材です。サトイモの親イモとダイコンを刻んで入れる土地もあるようですが若狭地方特有の珍しい具材として黒砂糖が入ります。

黒砂糖を入れたお雑煮。写真:お雑煮研究所(http://www.zouni.jp/20150323_hukui/)のホームページより引用

日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事によると、若狭ではもちに黒砂糖を2切れずつ必ず乗せるとの話。

 

先ほども紹介したお雑煮マニアックス(プレジデント社)などにも書かれているとおり、福井県の若狭地方で黒砂糖を具材として用いる家庭が多いとは知られた事実のようです。

 

黒砂糖については、他の北陸の一部地域でも「飛び地」のように具材として使用しているケースが、今回の調査で散見されました。

 

 

おおい町の位置。白地図専門店の白地図にHOKUROKU編集部が画像編集をした

小浜市と高浜町に挟まれた福井県おおい町の担当者にお雑煮の特色を聞くと、同町のお雑煮の特徴を以下のように教えてくれました。

「丸もち(焼かない)に田舎みそ・合わせみそを使用する場合もあるが主に白みそを使用。ただし、だしは取らず砂糖を入れる」

まさに若狭のお雑煮には具材として砂糖が入るのですね。

 

南越前町にある北前船の展示。写真:福井県観光連盟

その背景には、江戸時代における物流の「大動脈」だった日本海側航路を走る北前船が、若狭の諸港に貴重な砂糖を持ち込んだ状況もあったと考えられています。

 

「正月くらいは貴重な砂糖を食べたい」との庶民の思いがお雑煮の具材として砂糖を選ばせたのですね。

 

ただし、若狭のお雑煮に限らず、各地のお雑煮には例外があると頭に入れておきたいです。

 

〈HOKUROKU〉にもかつて登場し、福井県三方上中郡若狭町熊川で株式会社デキタを経営する時岡壮太さんに若狭町のお雑煮について聞くと、

「1日と2日に2種類のお雑煮を食べていた記憶があります。イレギュラーな回答ですみませんが1日目→角もち(焼く)× すまし汁、2日目→丸もち(焼かない)× 白みそでした!」

 

「扱いづらい回答だなとも思うので(笑)どちらかと言えば『丸もち × 白みそ』がスタンダードかと思われます。」

との回答がありました。

関連:北陸がもっと好きになる。あの人の「本と映画と漫画」の話

時岡さんの言葉どおり今回の特集はまさに各地域の「スタンダード」を探る企画です。

 

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関連:こんなのもあるんです。HOKUROKUのコメント欄「オプエド」

福井県の木ノ芽山地

福井県の南西部・若狭地方(嶺南地域)のお雑煮は京都の影響を受けていると分かりました。そのお雑煮はどのように県内で変化するのでしょうか?

 

旧北陸道を北上すると、福井の嶺北と嶺南とを分ける木ノ芽山地があります。

木ノ芽峠。〈Google Maps〉より
 

大ざっぱに言って嶺北とは、木ノ芽山地よりも北にある福井平野を中心とした旧越前国。一方の嶺南とは、木ノ芽山地よりも南西部にある旧若狭国を中心としたエリアです。

 

若狭のお雑煮が完全に京都風であるのなら、木ノ芽山地を超えた嶺北地域のお雑煮にはどういった変化が起きるのでしょうか?

 

旧北陸道の主な宿場。イラスト:武井靖

今回のお雑煮を巡る調査では北陸3県にある全51の市町村に調査協力をお願いしました。

 

各自治体からの回答内容を見ると、同じ嶺北でも岐阜県境に近い山間地区(奥越前)の池田町と大野市の場合、代表的なお雑煮の姿は丸もち × 白みそだと分かります。

 

池田町と大野市の位置。白地図専門店の白地図にHOKUROKU編集部が画像編集をした

大野市の担当者によれば「どちらかと言うと白麹みそ」と白っぽいみそが主流だと言いますが、しっかりとした味わいの赤っぽいみそでつくる家庭も一方で少なくないと分かります。

 

同じみそ汁文化圏でも京都周辺の府県とは違って、福井の場合は白みそと赤みそが混在していると各種の先行研究を見ても分かります。

 

ただ、白だろうが赤だろうがみそはみそです。嶺北の奥越前の山間エリアにも京都風のお雑煮の影響が木ノ芽山地を越えてしっかりと届いているのですね。

福井市の中心部で親しまれるお雑煮

同じ嶺北(福井県北部)でも山間部ではなく越前海岸の海沿いはどうなのでしょうか?

 

南越前町の位置。白地図専門店の白地図にHOKUROKU編集部が画像編集をした

木ノ芽山地(木ノ芽峠)を越えた北側(嶺北)にあり、長大な海岸線を持つ福井県南越前町の役場の担当者によれば、同町のお雑煮は丸もち × 白みそだと言います。ずばり京都風ですね。

 

嶺北の大部分を占める福井平野の中心部・福井市のまち中で生まれ育ったディスプレイコーディネータの筧いづみさんにも今回の取材では地元のお雑煮について聞いてみました。

 

福井市の位置。白地図専門店の白地図にHOKUROKU編集部が画像編集をした

筧さんは、かつてHOKUROKUで陳列や展示の技術を取材した人です。

関連:「展示と陳列」の正解を筧さんに学ぶ。お店の棚の並びに違いを生む方法

筧さんによれば、

「福井では、コンブやかつお節のだしをベースに白みそや浮みそを入れ、丸もちを焼かないで入れます。具材は無く、かつお節をかけて食べますが、福井市外ではカブラを入れるところもあるとか。どちらにしてもシンプルでおもちをいただく感じです」

との話でした。旧北陸道の宿場でもあった現・福井市でも丸もち × 白みそのお雑煮が親しまれているようです。

 

福井のお雑煮。写真:農林水産省、北海道農政事務所のホームページより

丸もちと角もちの東西境界線・関西のみそ汁と関東のすまし汁(しょうゆ仕立て)の境界線は福井市にも見られませんでした。

 

嶺北と嶺南を分ける木ノ芽山地(木ノ芽峠)を越えた京都発のみそ汁・丸もちの文化はどこまで届いているのでしょうか?

 

坂井市、あわら市の位置。白地図専門店の白地図にHOKUROKU編集部が画像編集をした

旧北陸道は福井の宿場を出ると、九頭竜川沿いにある舟橋の宿場を過ぎ、現在の坂井市・あわら市へと入っていきます。

 

ここまで来ると石川はもう目と鼻の先。北潟湖に面した細呂木(ほそろぎ)の宿場を通過すると吉崎御坊があり、石川の加賀市に入ります。

 

北潟湖越しに眺める吉崎御坊。写真:坂本正敬

先ほども紹介した日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事(農山漁村文化協会)には、現在の坂井市で聞き書きしたお雑煮に関する記述が見られます。

“雑煮は一人が大きな丸もちを五個も六個も食べ、もちのある間中、一か月くらいは毎日食べる。雑煮は青かぶらだけの味噌汁で、それにけずりかつおをかけて食べる”(日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事より引用)

石川との県境に近い坂井市は少なくとも、丸もち × みそ汁の文化圏に属する様子。

 

しかし、北陸3県の全自治体へ行った質問に対して福井県坂井市の担当者は、同市におけるすまし汁(しょうゆ仕立て)文化圏の影響を示唆してくれました。

 

坂井市内のお雑煮の代表的なお雑煮は、

  1. 丸もち(焼かない)× すまし汁
  2. 丸もち(焼かない)× 白みそ
  3. 丸もち(焼かない)× 田舎みそ

の3種類が挙げられるそう。注目は1番です。角もちの勢力はまだ見られないものの石川県との県境も近い坂井市では、一部で関東を中心としたすまし汁文化圏の影響がやんわりと見られる様子です。

 

坂井市よりも北に位置し、石川の加賀市と県境を共にするあわら市も似たような状況ですから、そろそろお雑煮の境界線が近付いてきた気配が感じられます

 

副編集長のコメント:次は第3回。石川の加賀市に入り、石川でお雑煮の境界線を探ります。)

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