表に立つデザイン。裏方のプログラミング
ちょっと前書き
こんにちは。〈HOKUROKU〉ウェブディレクターの武井靖です。
「プログラミング的思考編」に続き「デザイン思考編」の取材・執筆も担当します。
前編で訪れた富山県射水市の中太閤山小学校ではプログラミング教育の様子を取材しました。
聞けば学校では、プログラミングそのものを教えるより、プログラミングをツールにトライアル・アンド・エラーを子どもたちに繰り返させて、考える習慣だったり創造性だったりを磨く機会を与えているのだとか。
言い換えれば、プログラマーが業務で行っている論理的で構造的な考え方=プログラミング「的」思考を、子どもたちの学びの中心としているわけです。
同じ考える技術でも今回は、話の中心にデザイン的な考え方が出てきます。
デザインと言えば、裏方で何かの流れをつくるプログラミングと違い、タッチポイント(情報との接点)で表に立ち活躍する分野です。
そのタッチポイントの1つであるユーザー・インターフェースは、何らかの機器が人と直接的に触れ合う接点を意味します。
例えば、私たちが暮らしの中で当たり前に使っているスマートフォンがあります。
〈iPhone〉が歴史の始まりと思われがちですが、iPhone以前にもスマートフォンはありました。代表例は〈BlackBerry〉です。
〈BlackBerry〉写真:flickrより
BlackBerryは当時、画期的な存在でした。従来の携帯電話とは異なり、携帯電話と同じ大きさの端末で、パソコンのようなインターネット利用が可能となったのです。
しかし、BlackBerry端末はあくまでもパソコンの延長で、多くのキーが並べられています。画面が小さかったりボタンが押しにくかったりと使い勝手が悪く、一般的には広がりませんでした。
ユーザー・インターフェースとはこの場合、キーだったり画面だったりと、利用者が直接見て触れる部分になります。
その状況を一変させた商品がiPhoneです。スマートフォンから多くのキーが排除され、画面が大きくなり、視認性と使い勝手が格段に良くなりました。
素晴らしい製品なのに多くの人に手に取られないBlackBerryの課題を、デザイン的なアプローチによってiPhoneが解決したのです。
そのBlackBerryからiPhoneへと端末のデザインが進化し大ヒットを遂げた現実を前にすると、素朴な疑問が浮かびます。
キー(ボタン)を排除し画面を大きくして、視認性と使い勝手を格段に良くするという発想は、どのように生まれたのでしょうか。
もちろんiPhoneだけではありません。デザイナーたちはデザインの力で似たような問題を次々と解決しています。
今回の特集であるデザイン思考編では、このデザイナーたちの考え方の根っこに迫ります。
上流に立って大枠からプロジェクトをデザイン
この問題について聞く場合、取材相手には誰が適任なのでしょうか。素晴らしいデザイナーが北陸にはたくさん居ます。
北陸に根差しながらデザイン思考で地域に大きなインパクトを与えている人に今回の特集では話を聞きたいと思いました。
前編のプログラミング的思考の取材相手は富山でした。同じ北陸でも富山以外を拠点に定めて活躍するデザイナーがいいなと思いました。
富山以外の北陸で地域の課題にデザイン思考でアプローチするデザイナーと言えば真っ先に思い浮かぶ人が居ます。
福井県鯖江市にあるTSUGI代表の新山直広さんです。
新山直広さん
新山さんと言えば、さまざまな領域のデザインを手掛けています。
紙やウェブのデザインはもちろん、工房見学イベント〈RENEW〉の主催、福井のプロダクトを全国に伝える行商限定ショップ〈SAVA!STORE〉の運営、集う人の目的に応じて多様なスペースとして利用できる〈PARK〉の運営など挙げればきりがありません。
特に、RENEWに関して言えば、北陸のクリエイターならほとんどの人が知っているイベントではないでしょうか。毎年4万人近くを動員するくらいインパクトが大きい北陸を代表する工房見学イベントです。
紙だけ、建築だけなど、新山さんの活躍は特定の業種に偏りません。さまざまな取り組みの上流に立って、大枠からプロジェクトをデザインし続ける新山さんこそ、今回の特集の取材相手として適任者だと思いました。
一方で、前編からの流れも考えるとプログラミング的思考のプロフェッショナルも取材の場には必要なはずです。
もちろん筆者も、プログラマーではありますが、より広く深い知見を得るために金子雄一さんに声を掛けました。
金子雄一さん。写真:金子さん提供
金子さんは、すごい人です。全世界で利用されているフリーソフトのリモートデスクトップアプリ〈Brynhildr(ブリュンヒルデ)〉を個人で開発したプログラマーです。
米マイクロソフト社がワールドワイドで展開するMVP(Most Valuable Professional)アワードのリモートデスクトップ・サービス部門において2012年(平成24年)には日本人初の受賞者となりました。
450万ダウンロード突破の高品質通話アプリ〈SkyPhone〉の開発・サービス提供を手掛ける株式会社クアッドシステム(富山市)の代表取締役でもあります。
富山で活躍するその金子さんにはオンラインでつながってもらい、HOKUROKUのウェブディレクターである私(武井)とフォトグラファーの山本哲朗が、福井の鯖江市にある新山さんのデザイン会社TSUGIへ足を運びました。
HOKUROKU編集長の坂本正敬にも〈ZOOM〉で座談に参加してもらいます。
伝統工芸が集積するユニークな土地
富山の西側に私が暮らしているせいもありますが、福井の嶺北(北部)に位置する鯖江市までは高速道路で移動するとすごく近く感じました。
TSUGIのある鯖江市東部の河和田地区は、越前漆器・越前打ち刃物・越前焼・越前箪笥などの伝統工芸がのどかな風景の中に集積するとてもユニークな土地です。
河和田地区にある土直漆器にはHOKUROKUでも過去の取材で訪れました。
その時の取材では、近隣の山から水蒸気が上がっていたと取材を担当したHOKUROKU編集長の坂本が言っていました。
取材で訪れた福井県鯖江市
うるしを固める工程の関係上、漆器の産地では湿度が大切だと聞きます。近隣の山から立ち上る水蒸気を想像し、風土や環境が工芸を支えているのだと考えを深めた記憶があります。
TSUGIの入る建物新山さんのデザイン事務所であるTSUGIに到着したと取材当日はカーナビが最初に知らせてくれました。しかし注意深く周りを見ながら進みますが事務所の存在を知らせる社名の表示が見当たりません。
地図上で示された建物の入り口には〈錦古里漆器店〉の文字が見えます。
すごくレトロな外観の建物でしたので、誤解を恐れずに言えば、全国に名を知られるクリエイティブカンパニーの社屋といった印象ではありませんでした。
「カーナビの設定を間違えたか?」とすら思いました。
しかし、建物の横にある案内表示板をよくよく見ると〈TOURISTORE〉と書いてあります。
TOURISTOREは、ショップ・漆器工房・観光案内所・デザイン事務所・レンタサイクルなどが入る、福井のものづくりとデザインを体験できる小さな複合施設です。
一見するとデザイン事務所に見えない建物が、カーナビの示すとおりやはり新山さんの事務所だったのですね。
この建物の中でインタビューは行われました。
漠然と話し合っても盛り上がりに欠けそうだったので、デザイン思考・プログラミング的思考の接点と違いを語り合うために、3つのテーマをお題に用意してきました。
オフィスの一角に通され、それぞれに自己紹介を終えると、いよいよインタビューのスタートです。
地方の課題である人口減少をテーマにまずは話を聞きました。その様子を次の回からお届けします。
(編集長のコメント:TSUGIのある鯖江市についてちょっとだけ補足します。北陸に暮らしていても鯖江=眼鏡のイメージで終わっている人も少なくないはずなので。
鯖江市東部にある河和田地区は伝統工芸の産地が全国的に見てもびっくりするくらい集まっているエリアです。
金沢市に移転してきた国立工芸館の館長をかつてHOKUROKUで取材した時にも、文中には詳しく書かれていませんが、越前和紙や越前漆器・越前打ち刃物などの伝統工芸が集積する河和田地区について話が及びました。
その意味で言えば、伝統工芸を愛好する一部の人たちには知られていた地域です。しかし全国各地の産地と同じく少し前まであまり元気がなかったとも聞きます。
その産地で受け継がれてきた工芸にデザインの視点を加え、持続可能な「次」の地域づくりを目指す新山さんらの活動を1つの大きなきっかけにして、全国的に同地が注目を集めるようになりました。
そんなTSUGI代表の新山さんに今回は会いに行きました。北陸でトップレベルのプログラマーである金子さんにも会話に参加してもらいます。続けて読んでくださいね。)
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