生産地だからこそできるデザイン
取材の様子
―― はじめまして。今日はよろしくお願いします。HOKUROKUのウェブディレクター・武井と申します。フォトグラファーの山本も現場にはお邪魔しています。
オンラインでは金子さんにも富山からつながってもらっています。編集長の坂本もオンラインでつながるはずなのですが、遅れているようですので先に始めさせてもらいます。
新山:分かりました。よろしくお願いします。
金子:よろしくお願いします。
―― 今回の特集テーマは「考える技術」です。その考える技術の1つとしてプログラミング的思考を前回は取り上げました。
引き続きプログラミング的思考を考えながら、同時にデザイン思考について今回は教えてもらえればと思います。
一見するとデザインは、アーティスティックで感性に基づいた仕事と思われているはずです。
アンケート調査を〈Twitter〉で事前にすると、「アーティスティック」という印象がやはり一番にあると分かりました。
しかし、デザイナーの仕事は感性やひらめきで成り立っているというより、論理的・構造的に考える作業がほとんど全てを現実には占めているはずです。
私の仕事の現場でもデザイナーたちは考える作業の土台の上に、最後のアウトプットでデザイン技術や知識と感性を発揮しているイメージがあります。
取材が行われたTSUGIの事務所
そこで、考える技術の1つとしてデザイン思考を学びたいのですが、漠然と話していても抽象的なまま会話が終わってしまうはずです。
デザイン思考とプログラミング的思考は何が違って何が似ているのか。
その関係を浮き彫りにするためにも、北陸が直面する3つの地域課題(人口減少・交通インフラ・地域経済)を話しながら、2つの考える技術の相違点・類似点を聞かせてください。
新山・金子:分かりました。
―― 本題に入る前に、自己紹介を簡単にお願いしてもよろしいですか? まずは新山さんから。新山さんは、福井へ移住されてきたみたいですね?
新山:大阪出身です。鯖江に移住してから13年ほど経っています。
―― 13年とは結構な時間ですね。
新山:そうですよね。僕が移住した時はまだ「地方創生」なんて言葉も存在しなかった時代です。ただ一方で、これからは地方が面白くなるという確信があったので移住しました。
―― 移住には何かきっかけがあったのですか?
新山:もともと大学では建築を勉強していたのですが、大学4年生の時にリーマン・ショックがあって、考えを大きく変える必要性を感じました。
もっと言うと、これからは「今あるものを生かし、アクティビティーをつくる」時代になると思いました。
―― 「今あるものを生かし、アクティビティーをつくる」とはどういう意味です?
新山:建築であればリノベーションです。住む場所選びであれば、昔から変わらない文化や伝統が残る地方の暮らしに入り込むだと思います。新しいものがどんどん出来ていく大都市圏ではなく。
この鯖江市には、僕が移住してから100人以上が移住してきました。当社のメンバーも全部で7人居るのですが、そのうち6人が県外出身者です。
―― ちょっと今調べてみてびっくりしたのですが、この人口減の時代で鯖江市は人口が増加しているのですか?
新山:そうなのです。今では鯖江市で移住者は珍しくなくなりました。
―― すごく興味深い、いい流れですね。
この話題についてどんどん話を広げていきたいのですが、ここではぐっとこらえます。後で詳しく聞かせてください。
画面下が金子さん
自己紹介の順番をバトンタッチして金子さん、よろしくお願いします。
金子:私は新山さんのような移住者ではなく、富山県生まれの富山県育ちで、富山県で勤務し、富山県で起業した生粋の富山産です。フリーランスのプログラマーを起業前は富山でしていました。
個人で開発したリモートデスクトップアプリが評価され、米マイクロソフト社がワールドワイドで展開するMVP(Most Valuable Professional)アワードのリモートデスクトップ・サービス部門を受賞した経験もあります。
現在の株式会社クアッドシステムでは、高品質通話アプリ〈SkyPhone〉の開発・サービス提供を一般ユーザー向けに主に行っています。ゲーム開発会社やAI(人工知能)開発会社の取締役も他でしています。
―― ありがとうございます。
移住者を誰も珍しがらなくなった
―― 対照的な人生を歩んでこられた新山さんと金子さんですが、そんなお2人と地方の課題について話し合う中で、デザイン思考・プログラミング的思考によるアプローチを、それぞれ聞かせてもらえればと思います
最初の議題は人口減少です。これだけ人口減少が進む時代に鯖江市では人口が増えているという驚きの事実が先ほど分かりました。
この人口増には当然、新山さんの活動も大きな影響を与えていると思うのですが、鯖江の人口問題・移住者の問題に対して、どのようなアプローチを新山さんはしてきたのですか?
新山:そもそもデザインは、消費地で必要な職業だと今まで思っていました。例えば東京や大阪のように人口が多くて、たくさんの消費が行われる場所です。
でも、生産地だからこそできるデザインの形がこれからはあると思っていて、僕たちTSUGIのメンバーはそれを実践しているつもりです。
鯖江市に移住者が増えてから、まちの価値観というか、おおらかさがだいぶ変わったかなと感じています。
このまちに移住してきたころ僕のあだ名は「学生さん」でした。もちろん社会人なんですけどね(笑)移住者がまだ珍しい存在だったのです。
でも、人が増えて、新しい動きが生まれ、移住者を誰も珍しがらなくなりました。
むしろ「移住者と何か新しい取り組みをしよう!」と考える人たちが増えてきました。
―― 移住者が増えるにつれて地元の人たちの考え方が変わってきたと。
新山:そうです。移住者と地元の人が交流して混じり合う機会はとてもいいと思います。移住する人にとってもまちへ入り込める感じがあります。
大都市だと自分が何もしなくても社会は回っていきます。もちろん地方でも同じなのですが、楽しさを自分でつくる感覚が鯖江では容易に得られますし、何かやりたいと思えばすぐにチャンスが回ってきます。
大都市と人との関わり方が全然違うのでプレイヤーとしても楽しいです。まちとしても新たな多様性が生まれて広がっていくので三方良しの状態だと思います。
―― この点、今回の大事なテーマでもあるんです。
地域おこし協力隊への参加をきっかけに都市部から引っ越してきた私の個人的な感想ですが、まだ手がつけられていない課題や魅力が北陸のような地方はたくさんあると思っています。
大都市圏で活躍しようとしても課題の解決や魅力を再定義できる人が多く、関わろうとしても難しくなります。
しかし、地方においては労働力人口も少なく、ちょっと変わったスキルがあればすぐに活躍できますし、課題の解決や魅力を再定義するチャンスがたくさんあります。
自分の頭で考え、前例を疑い、ちょっとしたスキルを生かして行動するだけで、それこそ新聞社が取材に来るような世界が地方にはありますよね?
だからこそ考える技術を身に付け、自分のちょっとしたスキルや専門性を掛け合わせて、地方で活躍できる人材になろう・地方を変えていこうとメッセージを伝えられればと思っています。
そのお手本となる人がまさに新山さんだと思っています。
事務所の隣には漆器店がある
引き続き新山さんに聞きますが、鯖江に移住しデザインを掛け合わせて何をしてきたのか、もう少し具体的に聞かせてくれませんか?
新山:仕組みというと大げさかもしれませんが、流れをつくろうとしてきました。
人生において、生まれる場所を選択できないけれど、住む場所は選択できるじゃないですか。
魅力がないと人は動きません。食べ物・住むところ・付き合いたい相手も一緒です。だから僕はこのまちの魅力をどうつくり出すか一生懸命考えてきました。
定量化できない空気感をデザインしているというか、つくってきたのではないかなと思っています。
―― 移住先を考える時、詳しくは分からないけれどなんか良さそうという空気感が、すごく大事になってきますよね。
一方で、金子さん。この人口流出の問題、言い換えれば「人の住む場所を動かす方法」について、プログラミング的思考でアプローチするとしたらどうなるのでしょうか。
金子:プログラミングは裏方で流れをつくる仕事です。例えば文字が大きいとか小さいとか目に見える部分は、デザイン的アプローチによる問題解決の仕事なのかなと思っています。
流れをつくる裏方の仕事という意味では、何が障害になっているのか、どうして人の住む場所が容易に動かないのか、情報収集を通じて正確に整理する必要がまずあります。
どのような障害があるのかはっきりと認識していないので、この場で具体的な流れを示せないのですが、逆に障害がはっきりするくらいリサーチすれば、解決策(人が移住する流れをつくる)に向かって少なくとも論理的で構造的な流れは組めると思います。
ただ、今回の企画意図を覆すようで申し訳ないのですが、こうしたプログラミング的思考でのアプローチを大人になってから実践しようと思っても、いきなりすぎて正直に言うと難しいと思います。
だからこそ、このタイミングで学校でプログラミング教育が始まったのだと思います。もしかすると今の小学生が大学生になるころには理系が人気になっているかもしれませんね。
―― 大人になってからはちょっと難しいですか……。
HOKUROKUでプログラミング的思考を紹介し、考える技術の1つとして大人にも暮らしや仕事に取り入れてもらいたいと思っています。
だからこそどのようにプログラミング的思考を教えているのか小学校で取材して、「知識のない子どももできるのだから大人もできるよ」と伝えたかったのですよね。
しかし、前回の取材でも、子どもではなく大人の方が準備できていないといった話が、取材したプログラマーの方からありました。さらに金子さんからも同様の意見が今回出てきたわけです。
今までの思考のくせが大人にはあります。プログラミング的な考え方がなじまない・不得意という場合もあるはずです。
そう考えると、やはりちょっと難しいのかもしれませんね。
ただ、先ほどの新山さんの「移住者と一緒に何かしよう!」と考える人たちの話ではないですけれど、子どもたち・若い世代の考える力を尊重し、のびのびと実力を発揮させる側に立つ方法もきっとありますよね。
言い換えれば、固定観念や慣習で若者の才能やアイデアをつぶさない地域のリーダー、あるいは発注者側になる選択肢は残っているはずです。
そこを落としどころにしないと企画が成立しなくなってしまいます(笑)
金子:それなら大丈夫だと思いますよ。
―― 良かったです(笑)
(編集長のコメント:「人が増えて、新しい動きが生まれ、移住者を誰も珍しがらなくなりました」という新山さんの状況は理想的ですね。
HOKUROKU編集長の私自身も関東から北陸へ「移住」してきた人間ですが、そもそも「移住者」という言葉はちょっと大げさなんじゃないのかなと思います。
ブラジル移民や「地上の楽園」への移民のように国境を越えたわけでもありません。国内で単に引っ越ししただけなのに、都市部から地方に来ると移住と言われるわけです。
例えば、アメリカ人の私の友人は、ピッツバーグ(アメリカ東部)から西海岸のロング・ビーチに拠点を移す人に対してHave a good move!(すてきなお引越しを)と声を掛けていました。
その距離約3,900km。札幌と那覇の距離を超えています。それでもmove(引っ越し・転居)なわけです。
鯖江市のような状況が北陸でも各地で生まれて「移住者」に誰も驚かない状況になれば、もうちょっと地方の風通しも良くなりそうですね。
がちがちの硬直した社会の「凝り」がほぐれると言うか。
より詳しいデザイン思考の流れについて次の第3回では続きます。)
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