法律家の「謎解き」。弁護士Iからの挑戦状。(ふるさと納税編)

2020.08.20

第4回

それぞれの「正義」(出題)

※写真はイメージです。winnifredxoxo〈flickr〉より。

異例の法廷闘争まで発展した理由は、国にも、泉佐野市にも、それぞれの「正義」があるからだ。

 

一見すると、泉佐野市の行為は「悪」のように思える。

 

寄付集めのために高い返礼割合を設け、地場産品でない換金性の高い返礼品を提供するなど、〈ふるさと納税〉の趣旨を忘れているからだ。

 

一方、健全なふるさと納税を実現しようとする国(総務省)にこそ「正義」があるようにも思える。

 

にもかかわらず、国と地方の争いを解決する国地方係争処理委員会は、泉佐野市に正義があると判断した。

 

その理屈は次の通りだ。

 

そもそも私たちの世の中は、民主主義というルールで成り立っている。

 

民主主義の仕組みを簡単に言えば、「みんなの事はみんなで決める」。

 

私たちが選挙を通じて多数決で議員を選び、議員が議会で多数決により法律や条例といったルールをつくり、そのルールに私たちは縛られる。

 

この仕組みは、専門的な言葉で「法の支配」と呼ばれる。

 

新しいふるさと納税制度において、泉佐野市の参加を認めないとなれば、「後出しじゃんけん」でルールを決めていいのかという問題が出てくる。

 

ルールは、先に決まっているからこそルールになるのだ。

レーザー・レーサー。

例えば、2008年(平成20年)に水泳の北島康介選手が最新鋭の競泳水着〈レーザー・レーサー〉を着用し、世界記録を更新した。

 

この水着は縫い目がなく、締め付けが非常に強いため、水の抵抗を減らせる特長があった。

 

ところが、製造工程が特殊なため、大量生産ができない。全ての選手が入手できず、不公平が生まれた。

 

議論の末、国際水泳連盟(FINA)は、2010年(平成22年)から公式大会での着用を禁止するルールをつくった。

 

しかし、ルールができるより前の北島選手の世界記録や、日本人選手の日本記録が無効になるわけではない。

 

その当時、レーザー・レーサーを着用していた北島選手をはじめとする日本人選手は、ルールに違反していたわけではないからだ。

 

仮に世界記録が無効になるとすれば、「後出しじゃんけん」ではなかろうか。

 

いわば、泉佐野市のケースもこの「後出しじゃんけん」で、新しい「ふるさと納税」の制度から締め出されたとも言えるのだ。

出題。

ここまでの話を整理する。

 

総務大臣は新しいふるさと納税制度を始めるにあたって、「これまでに、他の自治体に比べて著しく多額の寄付金を受領した自治体でないこと」という参加条件を設けた。

 

この条件が決まる2019年(平成31年、令和元年)6月1日までに、泉佐野市が行った寄付集めは、確かに「不適切」だったかもしれない。しかし、紛れもなく適法でもあった。

 

泉佐野市の行為が適法であったのにもかかわらず、「後出しじゃんけん」でルールをつくり、泉佐野市を締め出す決定を総務大臣が行ったのである。

 

泉佐野市は、法廷にこの問題を持ち込んだ。

 

そこで出題である。この「後出しじゃんけんは不公平だ」という泉佐野市の訴えは最終的に、どのような裁きに至ったと考えられるだろうか。

 

結論から言えば、大阪高等裁判所で法廷闘争が始まり、最終的に最高裁判所の裁きに終わる。

 

もちろんこの裁判は、実話である。調べれば、いくらでも判決に関する情報は出ている。

 

しかし、日々の中で情報は流れ、消えていく。恐らく正確に記憶している人の方が少ないはずだ。また、結果は覚えていても、その理由まではなかなか記憶していないと考えられる。

 

どちらが勝ち、どうして勝ったのか。

 

最終的に結論は5人の最高裁判事のうちの一人、林景一裁判官をして、「いささかの居心地の悪さを覚えた」内容になる。人情と論理の双方の視点から考えてほしい。

 

(編集長のコメント:次は最終回、解答編に続きます。徹底抗戦の結末はいかに。)

内閣総理大臣を中心に、内閣の会議で行った意思決定

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