北陸に大事な「考える技術」プログラミング的思考編。なにしろ同調圧力が強い土地柄なので

2021.05.04

vol. 02

意図したとおりに動かす論理的思考力

 

引き続き〈HOKUROKU〉のウェブディレクター・武井です。

 

今回の取材は考える技術の1つ、プログラミング的思考とは何かを理解する入り口として、富山県射水市にある中太閤山小学校でプログラミング教育に尽力している先生たちに話を聞かせてもらいました。

 

中太閤山小学校

当日は編集長の坂本と2人で出掛けました。敷地内に自動車を停め、正面玄関に回り、呼び出しボタンを押すと職員室につながります。

 

大人になっても「職員室」と聞くと、ちょっと緊張しますよね。

 

施錠を解いてもらい玄関に入ると、筆者と編集長のために2組のスリッパが並んでいます。学校特有のリノリウムの床が懐かしく感じられました。

 

構内の様子

2階に上がり職員室へ顔を出すと、対応してくれた先生が校長室に通してくれました。

 

「校長室」の厳粛な響きにあらためて少年時代の記憶がよみがえり、緊張感が余計に高まります。

 

内心ドキドキで入室すると、中太閤山小学校の山口健治校長先生(現・高岡市立戸出中学校校長)と、小学校を紹介してくれた射水市教育センターの小竹信成所長が笑顔で迎え入れてくれました。

 

「校長先生」という格式高いイメージに反して山口校長はとても物腰が柔らかな方でした。スーツにスニーカー姿も親しみ深かったです。

 

来校の労をねぎらって学校側はお茶まで出してくれました。その際にちょっとだけ山口先生と小竹所長に話を聞くチャンスがありました。

 

校長室

その会話の中で早々に筆者の思い込みが覆されます。

 

筆者自身も聞くまで間違って認識していたのですが、小竹所長いわく「プログラミング教育はプログラミングを学ぶカリキュラムではない」らしいのです。

 

小竹信成所長

プログラミング教育と聞くと、さもプログラミング言語を学ぶ、仕事として将来プログラムの扱いに困らない人材を育てる教育が行われていると思いました。

 

しかし、新学習指導要領に文部科学省が実は書いているとおり「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動」が本当の狙いなのだとか。

 

言い換えれば、プログラミングそのものを教えるのではなく、プログラミング的思考(論理的思考力)をプログラミングの教材にして教えているのですね。

 

さらに言えば、プログラミングの授業が国語・算数・理科・社会などの教科に並行して、時間割に組み込まれる話でもないといいます。

 

あくまでも、既存の理科や算数、社会の授業の中にプログラミング的思考を取り入れた課題を組み込んでいるだけ。

 

山口健治校長

山口校長によれば教科によって組み込みやすい教科が当然あるそうで、富山県射水市では5年生の算数や6年生の理科の授業に〈Scratch(スクラッチ)〉(5年生)や〈StuduinoLite(スタディーノライト)〉(6年生)といったツールを使ってプログラミング教育を現状で取り入れているそう。

 

しかし今は実施が始まったばかりで、どの学校も模索中なのだとか。

 

※編集部注:Scratch(スクラッチ)やStuduinoLite(スタディーノライト)についてはこの先も何度か出てきますので、文末の脚注をチェックしたりインターネットで調べたりしてください。)

 

山口校長はほどなく、プログラミング教育を現場で担当する松本先生ら3人を紹介してくれました。

 

松本先生ら(一番手前)

先生たちは、どのように子どもたちにプログラミング教育をしているのか別室で聞かせてもらいました。それではいよいよインタビューのスタートです。引き続き読み進めてください。

友達と一緒に考え試行錯誤しながら答えを出していく

取材が行われた部屋

―― あらためまして本日は、お時間をいただき、ありがとうございます。

 

プログラミング教育について現場目線で話を聞かせてください。まずは、先生方の自己紹介お願いできますか。

 

写真右が松本薫先生。

松本:射水市で理科専科教員をしている松本薫と申します。教師は普通自分の名刺を持たないのですが、私だけは本日お持ちしました。

 

(一同、名刺を交換する。)

 

―― 理科専科教員とはどういった立場なのでしょうか。何でも教える普通の小学校の先生と違って、小学校で理科だけを教える先生という意味でしょうか?

 

松本:おっしゃるとおりです。週の一部が中太閤山小学校で他の日は別の小学校に行き、4年生以上の理科の授業を受け持っています。

 

 

また、通常の授業に加えて、理科専科教員としてはICT(情報通信技術)やプログラミング教育の普及活動もしています。

 

―― まさに今回のテーマであるプログラミング教育の専門家なわけですね。

 

松本先生は前年度から射水市のプログラミング教育において先駆的な取り組みをされていると、山口校長や教育センターの小竹所長に聞きました。

 

松本:はい。最初は熱心に取り組みすぎて現場の先生たちの一部から「対応しきれない」といった声も正直ありました。

 

ただ、徐々に状況も最近は変わってきて、奥田先生・橋本先生のような若い先生が射水市でプログラミング教育に取り組んでくれています。

 

―― そんな現場を担当されている奥田先生と橋本先生にも自己紹介をお願いしてもいいでしょうか。

 

奥田貴一先生

奥田:5年2組の担任で奥田貴一と申します。本年度に算数の授業に組み込む形でプログラミング教育を担当しました。

 

本日はよろしくお願いします。

 

―― よろしくお願いします。橋本先生もお願いします。

 

橋本:6年1組担任の橋本誠と言います。本年度は6年生の理科の授業に組み込む形でプログラミング教育の実践授業を担当しました。

 

橋本誠先生。撮影のためにマスクを外してもらっています

―― すごく素朴な疑問なのですが、皆さんのような小学校の先生は全教科をまんべんなく教える立場だと思います。

 

しかし、算数に組み込むプログラミング教育というと、いくら小学生レベルとはいえ苦手意識がある先生にはちょっととっつきにくいのではないかと思います。

 

例えば、奥田先生は理科系出身だとか、理系の分野が得意だからこの教科を担当したのですか?

 

奥田:いえ、私は社会科が専門です。

 

―― ええ? そうなのですか?

 

奥田:はい。プログラミング的思考を取り入れた実践授業は本年度が初めてでした。

 

それでも、松本先生にご指導をいただいて取り組んできました。

 

―― 橋本先生はいかがでしょうか? やはり本年度の実践授業が初めての経験だったのでしょうか?

 

橋本:はい。初めての経験でした。ただ子どもたちが友達と一緒に考えて試行錯誤しながら自分なりの答えを出していく機会は、なかなか他の授業では限られてくると思います。

 

そういった意味でもプログラミングの授業は子どもたちにとっていい機会ですし、私自身も大切だと思うきっかけになりました。

プログラミングに偏ると算数や理科がおろそかに

―― 子どもたちが友達と一緒に考えて試行錯誤しながら自分なりの答えを出していくという言葉がありました。

 

私自身ウェブのフロントエンドエンジニアとして20年近く業界に居ます。

 

筋道を立てて考える力や解決に至る条件の提示、失敗に対する対応力は、まさに先生のおっしゃるトライアル・アンド・エラー(試行錯誤)の数、どれだけ間違えたかの場数で養われると職業柄思っています。

 

その意味で、小学校ではすごく画期的な取り組みが始まったとの印象があります。

 

インタビュアーの武井靖

子どもたちに限らず、大人も含めて日本人は失敗をすごく恐れるじゃないですか。しかしプログラミングの世界においては、ゴールにたどり着く過程で失敗が前提として存在します。

 

プログラミングを考える練習のツールとして使えば、失敗が当然のように繰り返されるので、失敗を恐れる人間が若い世代から減らしていける気がするのですが、具体的にはどのように授業が行われるのでしょうか。

 

奥田先生

奥田:5年生の授業からお答えします。5年生の算数では単元名「正多角形と円周の長さ」でプログラミング教育を取り入れました。

 

正多角形の特徴を事前に理解してから実施しました。作図するプログラミングツールはScratch(スクラッチ)を使います。

 

坂本:横からすみません。編集長の坂本です。正多角形とは何でしたっけ? Scratch(スクラッチ)もちょっとよく分かりません。

 

英単語のscratch(ひっかく)だとか、元イタリア代表のサッカー選手・サルヴァトーレ・スキラッチ選手なら分かるのですが。

 

―― 多角形とは全ての辺の長さ・角の大きさが等しい図形ですよね。一方のScratch(スクラッチ)は8〜16才向けの無料の教育プログラミング言語です。

 

 

奥田:はい、そのとおりです。Scratch(スクラッチ)の中では「線の長さ」と「内角の角度」を入力すると簡単に多角形がつくれます。

 

―― 隣り合っている2辺が多角形の内部につくる角を内角と呼ぶのでしたね。

 

奥田:作図するためのプログラムはあらかじめ用意していますが、手順を増やしたり「繰り返し」を使って正多角形の特徴を整理できるようにします。

 

―― 「繰り返し」はプログラミングの基本中の基本ですね、まさにこれがないと始まらない的な構文の1つです。

 

坂本:「まさにこれが(繰り返しが)ないと始まらない」とはどういった意味でしょうか? 横から何度もすみません。

 

―― 何の作業でも「繰り返し」は何度も出てきますよね。

 

例えば、手紙に宛名を書く作業では、ハガキを取って→表にして→宛名を書いて→置く。

 

また、新たなハガキを手に取り→表にして→宛名を書いて→置くといった繰り返しの作業があります。

 

プログラムでも似たように繰り返しがかなりの頻繁で使われますので、その意味で「まさにこれがないと始まらない」と言いました。

 

坂本:分かったような分からないような。記事を公開する段階では目に見える形で「繰り返し」を体感できる何かを用意した方が良さそうですね。

Scratch(スクラッチ)の「繰り返し」で図形を作成する様子。

―― それでは引き続きお願いします。

 

奥田:はい。まずテーマを「内角」にした点は小学生の思考に近いので良かったと思います。なぜなら「外角」は本来小学生の学習範囲外だからです。

 

―― 確かに算数で外角が出てくるとプログラミング教育の授業と算数の授業のバランスが悪くなりますよね。

 

坂本:またまた流れを切ってごめんなさい。どうして外角だと、プログラミング教育の授業と算数の授業のバランスが悪くなるのでしょう?

 

―― 三角形の外角の和は合計すると360°になります。

 

逆に、内角の和は合計すると、どんな三角形でも180°になります。

 

前者の公式は中学校の数学で習い、後者の公式は小学校の算数で習います。

 

外角の話をプログラミングの授業でやってしまうと、まだ教えていない・教える予定のない話が授業に出てくるので、もはや算数の授業ではなくプログラミング教育の時間になってしまうわけです。

 

坂本:今度は、すんなりと理解できました。

 

確かに、山口校長先生や小竹所長も先ほど、プログラミング教育の時間が国語や算数、社会のように小学校で用意されているのではなく、プログラミング教育を既存の教科に取り入れて教えると言っていました。

 

小学校の算数で教えていない内容を使ってプログラミング的思考を教えてしまえば、もはや算数の授業をかけ離れてしまうとの意味ですね。

 

奥田:はい。ただ、図形は「外角」でできているので、当然プログラムの理想として「外角」での計算がベストだとの意見が外部の大学の先生からありました。

 

―― その状況で内容を「外角」から「内角」に変更するとは思い切った決断だったのではないでしょうか?

 

松本先生

松本:こちらは私から補足させてもらいます。プログラミング教育のために小学校5年の授業で中学校の内容を一時的に教えるとなれば、やはりプログラミング教育に偏ってしまうわけです。

 

プログラミングに偏ってしまうと考える力は養われるかもしれませんが算数がおろそかになります。

 

あくまでも算数や理科に組み込む発想が大事になってきます。

 

すでにきっちりとした学習の課題が富山県にはあり、まとめもしっかりしています。

 

その流れにプログラミング授業を組み込めば、ばらつきなく、ある一定以上の能力、言い換えればプログラミング的思考が身に付くのではと思って実施しています。

 

プログラミング教育の目的と効果は維持しつつ通常の授業に組み込みやすい内容へ変更する、なかなか上手くいかないのですがバランスを考えました。

 

―― 容易ではない課題ですね。「プログラミング」の教育なのか「プログラミング的思考」の教育なのかで狙いも内容も変わってきそうです。

 

言ってしまえばプログラミング的思考も、物事を論理的・構造的に考える技術の1つに過ぎないと言えば過ぎないので、今まで練りに練ってきた富山県の学習の流れをプログラミングのために崩しては本末転倒な気もします。

 

編集長のコメント:プログラミング的思考の大事さを上手に学校に取り入れようと現場の小学校の先生たちはそれぞれの立場から情熱を注いで取り組んでいるみたいですね。

 

そんなプログラミング的思考を肝心の子どもたちはどう感じているのでしょうか。引き続きインタビューで明らかにしていきます。)

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オプエド

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