豪華さの押し付け
「月」棟の入口にある平和の祈りの部屋。建築現場の足場板を床板として再利用してある。写真:四津川製作所
ルームツアーは続いて「八」棟から「月」棟に移動します。写真は入り口の空間です。
前にも少し言いましたが、〈金ノ三寸〉は自宅や事務所から車で約20分の距離にあります。
自分がプロデュースした空間なので、それこそ何度も訪れています。
完全に公平で客観的な見方ができているかは疑問ですが、あらためて宿泊客として訪れてみると、客室専用のゾーンに入る前の写真空間が、外の世界とのワンクッションになってくれていると思いました。
この場所までは土足で入ります。部屋の地下には、狭い防空壕(ごう)があります。
地下空間をゲストにも見てもらおうと、冒頭の写真中央に見える造作家具のテーブルの天板をガラスにして、地下室をのぞき込めるようにしました。
テーブルの右隣にあるスチール家具は、戦中の米軍艦に搭載されていました。
どちらも死力を決して争った日米の戦時のアイテムですが、部屋に飾られている花は、平和への祈りを意味しています。
ちょっとした上下動が体験価値を高める
入り口とは反対から見た部屋の様子。写真奥の扉が平和の祈りの部屋へと通じる入り口
入り口の部屋で靴をぬぐと、4名が座れるダイニングテーブルとソファコーナーのある部屋が続いています。
築100以上は経っている建物は天井が低く、リノベーションの際には悩みの種となりました。
結果として元の床組を全部壊し、土間の高さにして、天井までの距離を稼ぎました。床は断熱材を入れ、耐久性のある特殊な塗装で仕上げました。
梁や柱はそのままですが、素材や仕上げの一部を工夫して互いの存在価値を高めるようにしています。
「月」の名前の由来にもなった場所。土間より低いソファコーナーの床。ちょっとした上下動が滞在中の体験価値を高める。写真:四津川製作所
ソファコーナーには腰を下ろさないと分からないのですが、真ちゅうの天井の造作に、座って初めて気付く仕掛けも用意しています。
さまざまな素材を視覚や手触りで楽しめる、私のお気に入りの場所の1つだとあらためて思いました。
建物の奥まで見通せる間取り
入り口から見た様子
入り口から見て左手の奥には光が見えます。建物の間口が狭く、細長い造りの町家の特徴が出るように、できる限り建物の奥まで見通せる間取りにしています。
写真では分かりづらいかもしれませんが、にぶい光沢の床が奥に見える光を吸い込み、密かに主張しているように見えればうれしいです。
ブランコ型ベンチ。奥に見える大きなつぼは、陶芸家の佐藤みどりさんの作品。写真:四津川製作所
奥には中庭があります。庭にはブランコ型のベンチを設置しました。陶芸家に制作してもらった大きなつぼもあります。
「月」は定員4名ですが2名で泊まるケースも少なくないと思います。
中庭から月を見上げてお酒を飲んだり、朝のコーヒーを一緒に飲んだり、このブランコ型ベンチのロマンティックな楽しみ方を使う人に見付けてもらいたいです。
人を喜ばせるために豪華さ以外の方向性もある
2階へと通じる階段は天井まで吹き抜けになっています。この空間の高さによって、建物全体の天井の低さからくる圧迫感を緩和しようと考えました。
「天井の低さ」は一見するとデメリットに思えるかもしれません。
しかし、床を掘り下げてソファをつくったり、階段の天井を吹き抜けにしたりと、さまざまな工夫で「ユニークさ」に置き換えるられるはずです。
〈てがかり工作室〉作の真ちゅう製シャンデリア。吹抜け空間の雰囲気に最適のデザイン。撮影:明石博之
2階に向かう階段を上る途中、視線の先に真ちゅう製のシャンデリアが見えます。
作家のつくる作品なので、答えがあるわけでもないです。自由に物語を想像してくれればと思います。
私が最も苦手なタイプの宿は「どうだ、すごいだろう」と言わんばかりに高価な素材や家具を使い、ストレートに豪華さを演出する宿です。
人を喜ばせるために、豪華さ以外の方向性もあるはずだと、私は信じています。
続編としてこの先続く福井や石川の宿巡りでも、豪華さ・ぜいたくの押し付けだけではない、ゲストの自由さ・想像力の余地を大切にした宿を取り上げたいと思います。
千本格子(さまのこ)の影が象徴的に伸びる
宿に泊まって本を読むぜいたくな行為
2階フロアにあるホール。さまざまなくつろぎ方をしてほしいと願い、一人掛けソファを配置。写真:四津川製作所
2階フロアに上がってきました。ホールを挟んで2名ずつ泊まれる部屋が2部屋あります。
写真の女性が本を読んでいます。宿に泊まって本を読む行為は、ぜいたくな時間の使い方だと思っています。
本を読み始めるころには、宿の外からまちの音がかすかに聞こえてきますが、読書に没頭すると気にならなくなります。
そのうち自分がどこに居るのか一瞬忘れてしまい、「あれ、家じゃない、宿に来てたんだった」と気付く体験を楽しみました。
ベッドが置いてあるタイプの部屋。天井に照明器具の光源が見えないように工夫してある
2階フロアに通じる2つの寝室はどちらも非常にシンプルです。ベッドが置いてあるタイプの部屋には「八」棟と同じく米Sealy(シーリー)社のセミダブルベッドを使っています。
もう1つの客室は畳の上に布団を敷く
もう1つの畳の寝室も非常にシンプルで、この棟のなかで唯一、古い梁が見えます。
表通りに面しているため、通りの外灯が障子を通して部屋を照らします。ご近所さんの音もたまに聞こえます。
この空間は、連泊する中でぜひ楽しんでみてください。
私もその通り、この部屋で寝てみると「古いまち並みの通りに面した宿に泊まっている」という実感がわいてきて、手前みそですが「いいなあ」と思いました。
通りの石畳を歩く人の靴の音が特に印象に残っています。
宿泊時の夜明け前後。障子にぼんやりとした明るさが見えてきた。撮影:明石博之
〈金ノ三寸〉で多用される障子窓は、格子の幅や窓の高さにも独自の考えがあります。
障子窓を多用している狙いは「外からの光のコントロール」で、最も威力を発揮する時間帯は朝方です。
多くのホテルは、朝寝坊できるように遮光カーテンを採用しています。
しかし、遮光カーテンでは、朝のぼんやりとした薄暗さを長い時間に渡って楽しむ空間演出はできません。
障子紙であれば、無数にある和紙の種類の中から、厚みや色味、模様を細かく調整して、空間にベストな光を演出できます。
金ノ三寸では、和紙の光の演出効果も最大限に狙ってみました。
(編集長のコメント:床から一段低くなったソファだとか中庭のブランコだとか、非日常感がいよいよ高まってきましたね。
次の第4回では、1棟貸しの宿で最大のイベントにもなるキッチンでの料理体験に続きます。)
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