HOKUROKUの「考える技術」を読んで人気の建築家が考えた話。(アート思考編)

2021.05.25

vol. 01

「作品解説」みたいな特集に対するちょっとした前書き。

 

引き続き〈HOKUROKU〉のウェブディレクター・武井靖です。前回・前々回と「考える技術」について特集してきました。

関連:同調圧力が強いので。北陸に大事な「考える技術」(プログラミング的思考編)

 

同調圧力が強いので。北陸に大事な「考える技術」(デザイン思考編)

今週はそれら記事を読んだ専門家の感想を紹介します。いわば文庫本版で出版された小説の巻末に収録される、専門家の作品解説のような内容です。

 

話を聞いた人は、有限会社E.N.N. 代表の小津(こづ)誠一さん。

 

小津(こづ)誠一さん。

後ほどインタビューの中で詳しく出てきますが、金沢市で生まれ、大学卒業後には東京の設計事務所で勤務、京都の大学で建築教育に携わり、現在は金沢にUターン移住して北陸の活性化に貢献する人です

 

筆者(武井)が小津さんを知ったきっかけは、筆者の事務所近くにある小津さん設計の〈古香里庵〉という町屋旅館です。

 

写真:小津さん提供。

先日発表された〈ミシュランガイド北陸2021特別版〉の旅館部門にも掲載された宿です。

 

他の活躍についても方々から耳にしますので、いわば一方的に存じ上げていたわけですが、その小津さんにはもともと特集「考える技術」(デザイン思考編)の取材に加わってもらう予定でした。

 

しかし残念ながらタイミングが合わず、参加は実現しません。

 

そこで「考える技術」を小津さんに読んでもらい、感想と追加のコメントをお願いしようと思いました。

 

すてきな空間を次々と手掛ける小津さんからプログラミング的・デザイン的思考をテーマにどんな話が聞けるのか、取材前から楽しみにしていました。

 

その様子が今回の特集の内容になります。取材はオンラインで行いました。参加者は小津さん、HOKUROKU編集長の坂本と筆者です。

 

それでは本編スタートです。

HOKUROKUは人の活動に目が向けられている。

小津誠一さん。

武井:本日はよろしくお願いいたします。

 

前回の座談会はタイミングが合いませんでしたが、今回このような形の取材協力ありがとうございます。

 

小津:こんにちは。よろしくお願いします。

 

坂本:はじめまして。HOKUROKU編集長の坂本です。これまでの流れ・今回の取材内容について、まずは私から整理させてください。

 

これまでHOKUROKUでは「考える技術」をプログラミング的思考・デザイン思考から考えてきました。

 

ちょっと周りと違っていても自分の頭で考え・判断し・行動する人が少しでも増えれば、同調圧力が強いように思える北陸の風通しも、もう少しよくなるのではないかと思うからです。

 

同調圧力の強さが一因で故郷を毛嫌いし、都会に出て「死んでも戻るか、あんな場所!」と叫んでいる北陸出身の若者を何人も知っています。

 

そこで「よそ者」軍団のHOKUROKUが空気を読まずに「考える技術」なる特集を組んでいるわけです。

 

今日は事前に読んでいただいた特集について感想・意見・反論を聞かせてもらえればと思い、この場を用意させてもらいました。

 

武井:今日の取材は私が司会進行を務めさせてもらいます。よろしくお願いします。

 

小津:よろしくお願いします。

 

武井:それでは早速なのですが、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

 

小津:小津と申します。現在は金沢で幾つか事業をしていて、建築設計事務所の有限会社 E.N.N.や複合施設の運営などをやっています。

 

金沢R不動産という不動産事業もしています。金沢R不動産とは東京R不動産の地方版第1号で、◯◯R不動産として全国に展開されています。

 

各地のR不動産の仲介業務のクライアントには県外や首都圏からの移住希望者が多く、その状況に鑑みて地域の情報サイト〈real local〉というウェブサイトも運営しています。

 

ホームページ画像をスクリーンショットして挿入。

坂本:もちろんreal localについては知っています。初めて見かけた時には隅から隅まで読みました。

 

HOKUROKUではゆくゆく「ローカル・ウェブマガジン・レポート」と言って、北陸各地のウェブマガジンを紹介していく企画を予定しています。

 

その際には取材させてもらえればと思っていました。

 

小津:real localの読者の1/3程度は東京から地方に来てくれる人が占めているので、移住者向けのコンテンツ、例えば仕事情報やその土地にどんな人がいるのかなどのコンテンツを提供しています。

 

最近は忙しさもあってイベント情報などのコンテンツが増えてしまっているのですが、HOKUROKUさんのように一貫したテーマ性のある取材記事を出さなければ駄目だなと思っています。

 

武井:HOKUROKUについてはどのような印象ですか? 恐らく今回の取材の打診を通じて初めて認知してもらったと思うのですが。

 

小津:人の活動に対して視点の当てられたコンテンツが多く、さらに北陸の土地に関係なく他の場所でも参考になるコンテンツが多い印象でした。

金沢は保守的で同調圧力が強く、新しいものが何もない。

坂本:そもそもの疑問なのですが、小津さんはどちらの生まれなのでしょうか?

 

小津:生まれは金沢です。

 

石川四高記念文化交流館(金沢)。

坂本:ただ外に出て、さまざまな経験をされているわけですよね。地元で生まれ・地元で育ち・地元に根付いている人から生まれる活動の数々とは思えないのですが。

 

小津:小学生のころは山の中の小さなミッションスクールに通っていて、野山を駆けずり回っていました。

 

日が出ているうちは野球などで体を動かして、家に帰ったら絵を描いたり、テレビを分解したりしていました。

 

武井:テレビを分解? どういう意味でしょう?

 

小津:文字通りテレビを分解して、その通りに奇麗に戻すわけです。

 

もともと物をよく観察する性格だったのかもしれません。それにテレビと言ってもブラウン管のアナログテレビですから、今のテレビのように多機能で複雑でなくシンプルで構造を把握しやすかったです。

 

勉強もそれなりにしていましたが、人とは違う答えを出して喜ぶ子どもでした。

 

例えば小学校の算数の授業での話です。黒板に数字の5とドングリのイラストが5個描いてあって、どちらが分かりやすいか先生に聞かれました。

 

ほとんどの子が数字の5を選択する中、私だけがドングリのイラストを選びました。

 

恐らく算数の授業なので、数字のコンセプトや利便性を伝える意図があったのだと思います。

 

しかし私はイラストの方が分かりやすいと譲らず、多い・少ないがイラストなら視覚的に分かる、それこそ言語が違う人や数字を知らない人でも見れば分かると主張しました。

 

今思えばUI(ユーザー・インターフェース)と同じ考えですよね。私の主張を褒めてくれた先生をよく覚えています。

 

武井:どちらが結局は正解だったのですか?

 

小津:どちらが正解か先生は言わなかったと思います。今回のプログラミング的思考の特集でも似たような話があったと思います。

 

私の通った学校は規模が小さいからか、はたまたミッションスクールだからか定かではありませんが、このような正解のない質問が多かった気もします。

 

坂本:今の小津さんの土台をつくったと言っても過言ではありませんよね。その小学校時代が。

 

小津:確かにおっしゃるとおり、これだけ鮮明に覚えているくらいですから、この先生とのやり取りが一因でその後、美術系大学を目指したのかもしれません。

 

とはいえ大学進学で県外に出た当時は1%も故郷に戻ってくる気はなかったのですけれど(笑)

 

坂本:それは意外ですね。どうして戻ってくる気はなかったのですか?

 

金沢と言えば今では国内で注目される土地の1つだと思います。私の知る編集者も東京から金沢に最近引っ越してきました。

 

 

むしろ金沢のような特徴ある場所を故郷に持つ小津さんが、郷土意識を持ちにくい埼玉出身の私からするとうらやましくも思います。

 

埼玉の中でも私の暮らしていたまちは東京への通学・通勤のベットタウンであるために、郷土特有の文化や歴史が育まれにくい土地だからです。

 

小津:逆に金沢は保守的で同調圧力が強く、新しいものが何もないと思っていました。

 

例えば高校のころに住んでいた古いまちで結納式がありました。近所の主婦が結納品のトラックを取り囲み、タンスなど家財道具を数えて値踏みしている様子を見てがくぜんとしましたね。

 

東京出身の母にこの話をしたところ、母親自身も地元の人からさまざまな違いを指摘されてきたと吐露していました。いわゆる同調圧力です。そんな経験を積み重ねているうちに、気が付けば金沢脱出を密かに誓っていました(笑)

 

坂本:そんな固い誓いを破って、どうして戻ってきたのですか?

 

小津:それまでは東京だとか京都に暮らしていたのですが、2004年(平成16年)に〈金沢21世紀美術館〉ができると知って、金沢は変わるかもしれないと思いました。

 

同じようなきっかけで金沢に戻った方は周りにも多いですよ。

考える作業に対してビジネスができないので、批評する目線が育たない。

武井:それでは、そろそろ本題へと入ります。特集では2つの「考える技術」を取り上げています。一通り読んでもらった上で、どの点が印象に残っていますか?

 

小津:非常に面白いと思った部分は、プログラミングが仮説・検証の繰り返しを短期間でできるという部分です。

 

プログラミングは答えのない課題に対して短期間の試行錯誤を繰り返し、積み重ねで答えを導き出すプロセスだと思います。

 

金沢工業大学の建築学科では現在、東京からU・Iターンで来た先生たちと建築教育をより良くしようと取り組んでいます。皆さん、グローバルな視点を持った面白い方々ばかりです。

 

私は非常勤講師としてですが、3年生の建築設計の授業を担当しています。

 

その受け持っている授業をプラクティカル・デザイン(実践実務的設計)とクリティカル・デザイン(批評的設計)の2つのグループに分けています。

 

このグループ分けについては、今回の特集にかなり近しいテーマで取り組んでいます。

 

武井:それぞれ詳しく説明してもらえますか?

 

小津:プラクティカル・デザインとはクライアントの要望に沿った実用的で奇麗な設計をするクラスで、いわば課題や問題を解く設計が求められます。

 

それとは別につくったクリティカル・デザインについては、クライアントの要望を聞きつつクライアントや社会が見えていない課題を探して解決したり、批評して「問い」をつくったりするクラスです。

 

クラスの立ち上げに賛同した背景には金沢市における商習慣も絡んでいます。

 

クライアントの意向をただ受けるだけではなく、問題点や問題の解決策をクライアントにも一緒に理解してもらいたいという考えがありました。

 

ただ実際に始めるにあたって、課題解決はともかく「問い」をつくる作業が仕事になるのかと疑う先生や学生も多いと知りました。

 

武井:具体的にはどういうことでしょう?

 

小津:北陸は「もの」に対する愛着が強いですよね。例えば富山県は持ち家率が高く家の面積も広いです。

 

家の中には欄間や食器などもそろっていて、どの家もおもてなし用の焼き物や漆器・掛け軸を持ち、正月にはきちっとした服を着る。

 

そういう積み重ねが北陸の工芸を育てるわけですし目利き力も育むのだと思いますが、一方で物に対する愛着を強くします。

 

武井:確かに北陸は各地で土着の風習があり、工芸と民芸が根付いているところですよね。

 

金沢に移転した国立工芸館。撮影:笠原大貴

その物に対する愛着が、どのような弊害を生むのでしょうか。

 

小津:例えばクリエイター向けのシェアオフィスの企画を、ビルのオーナーやデザイナーにヒアリングします。

 

するとデザイナー自身が意外にも「自分は他のデザイナーと同居したくない」と返答します。仕事を取り合う同業者とは、あまり話したくないという意味からですね。

 

あくまでも代理店や印刷会社の下請けとして作業できればいいという発想です。

 

HOKUROKUの特集「考える技術」(デザイン思考編)でも話題になっていましたが、日本は仕組みをつくったり物事の解決方法を考えたりするなど、人間にしかできない無形の産業にお金を払う意識の低い傾向があります。

 

特に北陸では「おまけ」的に考える人が多いと思っています。

 

肝心のデザイナー自身が代理店や印刷会社の下請けでいいという文化が当たり前になってしまうと、ものをつくる工程において一番重要な考える作業に対する最終クライアントの理解が進みません。

 

最終クライアントがデザイン料や設計料すら知らない状況では、考える作業のビジネスが成立しなくなります。

 

考える作業がビジネスにならないと、一方で考える作業に対する批評の目線も育ちません。

 

もちろん金沢には美大もありますが、大きな文脈で何かをデザインする部分が薄く、工芸やアートなど物の制作に寄っていると思います。

 

先ほど言ったとおり商習慣も京都など古都の習慣に近く、前田家の影響が残っているのか他の場所とかなり違う場面が多いです。

 

例えば最後の最後まで予算感が分からなくて、本気の二人三脚ができなかったり。

 

全国で活躍するクリエイティブを強みとするゲストを公演に招いた時、楽屋裏でまさにこの話題になりました。金沢と京都は一番ビジネスがやりにくいと(笑)

 

富山はまだデザインの業界団体がしっかりと活動していて東京と同じくらいやりやすいですが、プログラミング・デザイン的思考の考え方がビジネスになるには、まだまだ課題があるなと思います。

 

その意味でプログラミング的思考やデザイン的思考をつくり手側だけではなく、受け手側にも浸透させたいと活動しています。

 

 

その文脈でHOKUROKUの特集を読むと、共感し興味を持てる部分が多いと感じました。

 

武井:考える技術を受け手側と共有するという話は、個人的な裏テーマの1つでもありました。同じように考えている専門家が居て勇気付けられます。

 

小津:世界を見るとヨーロッパでは初等教育からまち並みとか建築・都市の教育がしっかりとあります。

 

1つ1つの建物とか小さいレベルの話ではなく、もっと広い視野で自宅の延長としてまちや都市の発展を考え、問いを立てさせる文化があるわけです。

 

その後の高校・大学では、より専門的な知識を学びながらビジネスとして考え、産業に育てる国と地域もあります。

 

まだまだ活動を盛り上げていかないと駄目だと感じますね。

 

(編集長のコメント:北欧では初等教育からまち並みとか都市の教育がしっかりあるとの話。

 

どのような教育がされているのか、新型コロナウイルス感染症の影響が収まったらフィンランドやスウェーデン・ノルウェーなど北陸諸国にHOKUROKUで取材に行きたいと思いました。

 

とはいえライター・フォトグラファーが北欧取材に出るとなると、なかなかの経費です。企画単位でスポンサードしてくれる会社は居ないかなぁ、と厚かましく空気を読まずにつぶやきます。

 

次は第2回、プログラミング的思考・デザイン思考に次ぐアート思考について話が及びます。)

小津誠一さんのプロフィール。
有限会社E.N.N.代表/株式会社嗜季代表。1966年(昭和41年)石川県金沢市に生まれる。武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、東京の設計事務所で勤務。その後は京都にある大学で建築教育に携わり、京都で〈studio KOZ.〉を設立する。2003年(平成15年)には金沢で有限会社E.N.N.を設立し、二拠点生活が始まる。創作和食店〈a.k.a.〉を開業。2007年(平成19年)には地方版で初〈金沢R不動産〉をスタートする。2012年(平成24年)に金沢に完全移住。E.N.N.では建築・不動産事業、嗜季では飲食店事業を行いながら、まちの活性化プロジェクトを数多く手掛けている。

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オプエド

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