あの人も愛用する。北陸・暮らしの「道具と日用品」(後編)

2021.07.30

第4回

いつものコーヒーがランクアップします。

越前焼。写真:福井県観光連盟。

 

福井で画家として、さらにはディスプレイコーディネータとしても活躍する筧いづみさんと、石川の山中温泉で〈和酒BAR縁がわ〉を営む酒匠の下木雄介さんの愛用品が最後に登場します。

関連:絵画・食器・本棚まで。違いを生む「展示と陳列」の正解。

 

利き酒師と酒匠で考える。日本酒の「ペアリング」の教科書。(後編)

HOKUROKUの特集づくりにかつて協力してくれた人たちで、専門分野に関する実力のみならず道具や日用品への目利き力も非常に優れています。

 

そんな目利きたちが選んだ愛用品にはどのような道具や日用品が登場するのか。筧さん、下木さんの順番で文章は進みます。

「癒やしのカップ」筧いづみ(画家・ディスプレイコーディネータ)

筧さんの愛用品。写真提供:筧いづみ。

青ノ木窯・松井勝彦のマグカップ。

「松井さんとは20数年前にお会いしました。

 

その後も忘れたころに再会したり、私の作品をご購入いただいたり、『松井さんの工房に遊びに行きたい!』とメッセンジャーでつい先日もやりとりさせてもらったりしています。

 

このマグカップについては、撮影の仕事で商品をお借りしたことがきっかけです。

 

土の温もりが伝わる黒と銀の釉薬(ゆうやく)がモダンな越前焼きの器です。

 

素朴だけどカッコイイ。

 

いつものコーヒーがこのカップで飲むと確実にランクアップすること間違いなしです!」

「釉薬(ゆうやく)と越前焼ってなんだ?」

 

釉薬(ゆうやく)とは〈広辞苑〉(岩波書店)を読むと「うわぐすりと同じ」と書かれています。

 

うわぐすりとは一般に陶磁器の表面を覆ったガラス質の被膜で、器が液体やガスを吸収しないために、あるいは各種の装飾を保護するために用いると〈日本大百科全書〉(小学館)に書かれています。

 

越前焼とは平安時代の末期に今の福井で生まれた焼き物で、日本六古窯(にほんろっこよう)の1つです。

 

日本六古窯とは古来からある窯の中でも、中世から現代まで生産が続く6つの産地(越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前)を意味しています。そうそうたる産地の名前ですね。

 

越前焼の供給先は主に北陸地方であったと〈ブリタニカ国際大百科事典〉にも書かれています。いわば北陸を代表する全国区の焼き物と言っても良さそうです。

教えてくれた人。

写真提供:筧いづみ。

 

筧いづみ(かけひ・いづみ)さん。

ディスプレイコーディネーターとして展示会や店舗装飾、商品開発など幅広く活動中。近年は油絵の個展を開くなど画家としても活動中。〈HOKUROKU〉の特集「絵画・食器・本棚まで。違いを生む「展示と陳列」の正解。」「おもたせやお中元にも。あの人の夏のお菓子。(前編)」などにも登場する。

松井勝彦さんに聞いてみた。松井さんのマグカップってどんなマグカップ?

筧さんの愛用品。写真提供:筧いづみ。

 

「このカップは表面に水みたいに薄く鉄釉(てつゆう、鉄分のあるゆうやく)をかけています。鉄釉については越前海岸に産出する岩石を原料として使っています。

 

この釉薬(ゆうやく)は、普通に焼くと梅干しつぼのように柿色の平凡な感じになってしまうのですが、冷却還元いぶし焼きという焼き方をして、写真のような色を出しています。カップの中の方はブルーやシルバーがかっています。

 

表面の模様についてはイッチン描きという技法を使っています。

 

イッチンとは筒を意味する言葉で、昔は竹筒などを使ったのですが、今はスポイトを使っています。

 

透明釉(ゆう)を絞り出しながら模様を描き、質感を出すために一度焼いています。

 

酸化して黒ずまない銀をその後に塗って(銀彩して)焼くと透明のキラキラした表情が出ます。

 

もともとマグカップとしてつくったわけではなく、フリーカップとしてつくった器ですが、愛用いただいているようでうれしく思います。」

 

同じ技法でつくられた皿。写真提供:松井勝彦。

つくった人。

松井勝彦(まつい・かつひこ)さん。
1981年(昭和56年)沖縄読谷で修行後、国内外で展覧会を開きながら現在に至る。福井県あわら市を活動の拠点とし、青ノ木窯を屋号とする。公式ホームページ(https://katsuhikomatsui.wixsite.com/aonokigama


「無人島に持っていきたい逸品」下木雄介(酒匠・和酒BAR縁がわオーナー)

山中漆器 木地師 中嶋武仁さんの汁椀

「私がお店を始める前に地元のBARでマスターに紹介されました。出合ってからもう10年ぐらいになります。

 

中嶋武仁さんの仕事はどれも最高で、当店でも酒器を使用しています。

 

この汁わんは結婚のお祝いに中嶋武仁さんからいただきました。

 

中嶋武仁さんの山中漆器は人間の皮膚に『ぴっと』っとくっつきます。

 

不思議ですね。繊細で情熱的な気持ちがモノに入っています。

 

ぜひ、使ってみてください。」

「山中漆器ってなんだ?」

 

石川県加賀市の山中温泉地区に産する漆器と〈広辞苑〉(岩波書店)に書かれています。

 

江戸時代以前の1573年~1592年ごろに越前の挽物(ひきもの)師が山中に移住したところから歴史が始まるみたいですね。

 

ちなみに漆器とは漆塗りの器物を意味します。

 

山中も最初は木材をひく(削る)だけでしたが、漆塗りが江戸時代の中期に始まり発展を見せます。現在は国指定伝統的工芸品に認定されるまでになりました。

教えてくれた人。

写真提供:下木雄介。

 

下木雄介(しもき・ゆうすけ)さん。

1984年(昭和59年)石川県出身。高校卒業後、さまざまな職種を経験する中で、酒屋に就職し日本酒の奥深さに魅了される。以降は小売酒屋・酒問屋・BARでの経験を経て、石川県初となる酒匠を取得。2014年(平成26年)地元加賀市で石川の日本酒を主とした和酒BAR縁がわを開業。〈HOKUROKU〉の特集「利き酒師と酒匠で考える。日本酒の「ペアリング」の教科書。(後編)」「北陸がもっと好きになる。あの人の「本と映画と漫画」の話。」などにも登場する。

つくった人。

中嶋武仁(なかじま・たけひと)さん。

1969年(昭和44年)生まれ。1991年(平成3年)より父・中嶋虎男に従事。ろくろ挽物(ひきもの)を始める。日本工芸会正会員。伝統工芸士認定。各展覧会における入選・受賞歴も豊富。〈Instagram〉(https://www.instagram.com/takehito.nakajima/?hl=ja

 

(編集長のコメント:以上が北陸に暮らす暮らす各界の人たちに聞いた愛用品の数々となります。

 

他にも愛用品を教えてくれた人が本当はたくさん居ましたが、コンテンツ制作の過程で愛用品をつくった人と連絡がつかなかったり、連絡がついても掲載を断られたり、つくった人からの回答が間に合わなかったりで掲載を見合わせた愛用品も多数ありました。

 

それにしても「つくり手から直接もらった」だとか「つくり手が知り合いで」といった言葉が前編・後編を通して目立ちました。

見方を変えれば北陸は産地とつくり手が身近な土地だと言えます。

せっかく産地が近場にあるのですから、道具を知るだけでなくつくり手にも詳しくなって、直接会いに出掛けてみてもいいかもしれませんね。産地が近い北陸暮らしの特権なのですから。

 

「地の利」を生かし地元産の道具に注目して、いつかやってくる出合いを見逃さないようにしたいですね。)

 

文:回答者・つくった人たち・坂本正敬

写真:山本哲朗他

編集:坂本正敬・大坪史弥

編集協力:明石博之

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