法律家の「謎解き」。弁護士Iからの挑戦状。(金沢市庁舎前広場編)

2021.01.22

第4回

「三行」の決着。(解答)

写真はイメージです。写真:Photo AC。

道路や広場での集会に関する問題については、過去にある事件で最高裁判所が下した判例が参考になる。

 

舞台は、第1弾の特集でも取り上げた大阪府泉佐野市だ。

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泉佐野市には「泉佐野市民会館」という公民館がある。

 

市の定めた条例では、「公の秩序をみだすおそれがある場合」や「その他会館の管理上支障があると認められる場合」には、会館の使用を拒否できると書いてあった。

 

ただ、その条例だと、解釈によっては「(職員が面倒だから)管理上支障がある」とか、「(コスプレイベントは)公の秩序を乱す恐れがある」とか、どういった形にでもあてはめられてしまう。

 

しかし、憲法21条1項には「集会……の自由は、これを保障する。」と書いてある。国民には「集会」を自由に行う権利が、憲法によって保障されている。

 

しかも、公民館とはそもそも集会をするために存在している。

 

集会のための施設をつくったのであれば、都道府県や市町村は、集会で自由に使えるようにしなければならない。

 

集会の利用を不当に拒否すれば、憲法の保障する集会の自由を否定する。

 

もちろん、市の条例には「公の秩序をみだすおそれがある場合」や「その他会館の管理上支障があると認められる場合」と書かれているかもしれない。

 

しかし、あらゆる条例も、法律ですら、「最高の」原則である憲法の下では効力を失う。

 

泉佐野市の条例のケースでは、あくまでも人の生命、身体または財産が侵害される危険の発生が、具体的に予見される場合にのみ適用されると、最高裁判所は憲法を基に市の条例を読み替えた例が過去にあった。

 

集会をすれば、人の命や身体、財産が侵害されると、かなり明らかに認められる場合でないと、利用の拒否はできない。

 

この判例との比較で、石川県内に限らず、全国の法曹関係者、多くの憲法学者は、金沢市の市庁舎前広場の問題に注目した。

 

泉佐野の判決のように、憲法によって金沢市の条例を読み替える「マジック」が使われるのか。使われないとすれば、どのような論理になるのか。

 

特に裁判所が市庁舎前広場をどういった空間と解釈するのか、広場の性質をどのような観点から決定するのか、多くの関係者が見守る中で判決が下されたのだ。

伝統的に表現の場(パブリック・フォーラム)として使われていたとは言えない。

現在の市庁舎前広場。雪の日でも「広場」を横切る人を見掛けた。

最初の裁判は金沢地方裁判所で行われ、2016年(平成28年)2月5日に判決が出された。

 

まず、市庁舎前広場は「みんなのもの」ではなく「金沢市の土地」と判断された。

 

市役所第一本庁舎の前にあるスペースは、市庁舎建物の敷地の一部として歩道と庁舎建物を接続する空間にすぎず、公民館のような集会のために設置された施設ではないからである。

 

これまでに、金沢市長選挙の出陣式に使われたり、憲法集会などに許可が出されたりもしてきた。

 

しかし、その理由は、市庁舎前のスペースが「みんなのもの」だからではなく、いわば金沢市が市民に「特別に使わせてあげた」だけという考えだ。

 

要するに、市庁舎前広場は、一般的な意味での広場ではないと判断された。

 

とはいえ、同地は市がまちなかに所有する広大なスペースである点には変わらない。その広さは集会にも適している。

 

一般的な広場とまでは言えなくても、道路や公園、広場に準じる空間として、表現の場(パブリック・フォーラム)として考えられるかどうか。この点を裁判所はどのように判断したのだろうか。

 

この道路を挟んで、写真右手が市庁舎前広場、左手奥の並木道の向こう側が〈石川県政記念 しいのき迎賓館〉。

繰り返しになるが、これまで市庁舎前広場は、多くの市民が利用してきた事実がある。

 

〈石川県政記念 しいのき迎賓館〉や〈金沢21世紀美術館〉などに訪れる市民や観光客が行き来する場所でもあるから、道路や公園と同じだと、見方によっては考えられる。

 

しかし、金沢地方裁判所は「表現の場(パブリック・フォーラム)ではない」と判断した。

 

そもそも、市庁舎前広場を利用する際には、形式的に許可が必要で、これまでに不許可になった事例もある。別に金沢市民Xらだけが例外的に不許可となったわけではない。

 

過去に許可となった利用例は原則として、金沢市の事業に関連し、市政の事務や事業に支障がない内容であった。

 

以上を考えると、市庁舎前広場が一般の広場や道路や公園のように、伝統的に表現の場(パブリック・フォーラム)として使われてきたスペースとは言えないと、金沢地方裁判所の裁判官は判断したのだ。

 

金沢市民Xらは第一審で敗訴した。

三審制。

すぐさま、金沢市民Xらは、名古屋高裁金沢支部に控訴した。

 

ご存じの通り、日本には三審制がある。第一審の判決に対する不服を、上級裁判所に申し立てる行為を控訴といい、第二審の判決に対する不服を終審の裁判所に申し立てる行為を上告という。

 

しかし、2017年(平成29年)1月25日に名古屋高裁金沢支部で出された判決でも、市民Xらの訴えは認められなかった。

 

高裁判決は、金沢地方裁判所の判決をほぼそのまま維持する内容だった。具体的には、

“その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第4に記載されたとおりであるから,これを引用する”

とされ、補正部分が若干書いてあるだけの扱いだった。金沢市民Xらは二審でも敗訴した。

意外な展開。

市民Xらは、最高裁判所に上告した。いよいよ法曹関係者も憲法学者も、最高裁の判断に注目した。

 

これまでに道路や公園について判断した最高裁判例はあったものの、広場に準じる「広場」のようなスペースについて、最高裁判所がどのように判断するか、不透明であったからだ。

 

〈四高記念文化交流館〉。撮影:坂本正敬。

ところが、結論は意外な展開を見せた。最高裁は、判断すらしなかった。いわば、「三行(さんぎょう、みくだり)判決」に近い結末を与えたのだ。

 

「三行判決」とは平たく言えば、上告人(この場合は金沢市民Xら)が事実誤認に基づく上告をしてきたと判断される場合、略式書面の定型文で最高裁判所の考えを形式的に示すだけで終わらせる対応を意味する。

 

厳密に言えば判決文は「三行」より若干長いのだが、実際には裁判を開かず、略式書面の定型文を出すだけで上告を「スルー」する対応だ。

 

日本には最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所の他、家庭内の紛争を扱う家庭裁判所、小さい事件を扱う簡易裁判所がある。

 

日本の司法制度は「三審制」であり、同じ裁判を3回まで裁判所で判断してもらえる。

 

最高裁判所で審理される事件の多くは、一審で地裁(地方裁判所)、二審の高裁(高等裁判所)を経て、最高裁で最終決着を迎えるという流れになる。

 

金沢地方裁判所のような地方裁判所は全国に50カ所あり、さらに203カ所の支部がある。

 

二審の高等裁判所も、全国に8カ所ある上に、6カ所の支部まである。

 

しかし、三審である最高裁判所には、これらの裁判所での判決を受けた多数の事件が集まるのにもかかわらず、1カ所しか存在しない。

 

例えば民事事件だけでも、最高裁判所に年間で7,000件前後の上告が集まる。

 

現実問題として最高裁が取り扱える事件には、数に限りがあるので、何でもかんでも上告を取り扱うわけではないのだ。

 

最高裁判所。写真:Photo AC。

金沢市民Xらの上告も、いわば「三行判決」に近い扱いで処理された。

 

判決文では以下のように述べられている。

“民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告の理由は、明らかに上記条項に規定する事由に該当しない”

民事訴訟法312条1項、または2項とは、「上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。」と書かれている。

 

もちろん原告側(訴える側)は、「憲法違反」を主張した。法曹関係者、憲法学者から見ても、一審、二審の判決は、312条1項に当たる可能性はあった。しかし、最高裁判所は取り上げなかった。

 

金沢市民Xらが上告した事件は、最高裁(最高裁判所)が取り扱うにあたらないという形で、終わりを迎えた。

唯一絶対の「正解」ではない。

この結論を、どう考えるだろうか。最高裁判所の判断に対して、「スルーはおかしい!」という意見が、事の成り行きに注目していた全国の法曹関係者、憲法学者から出た。恐らく一審、二審に憲法解釈の誤りはないから、最高裁判所は取り上げなかったという理由だろう。それならば、なぜ憲法違反ではないのか、せめて最高裁判所には語ってほしかったという意見がある。

 

最高裁に意見書を出した憲法学者は、

“金沢市役所前広場使用不許可処分が憲法上許容できない”(公共施設における集会の自由に関する一考察 ――金沢市役所前広場訴訟を素材に――より引用)

と論じている。もちろん裁判所の判断が、唯一絶対の正解ではない。意外かもしれないが、最高裁判所の判例も、時代とともに変わる。

 

かつて、女性の再婚禁止期間を6カ月と定める法律を合憲とした最高裁判所の判決は、2015年(平成27年)に、憲法違反と最高裁判所によって判断された。

 

最高裁判所が、過去の判決を覆す可能性もあるのだ。市庁舎前広場についての判断も、理論的には同じである。

 

以上を踏まえて、北陸の人たちは金沢市に訪れた次の機会に、市庁舎前広場に足を運んでみてはどうだろうか。

 

自分の足で現場に立ち、現実の風景を眺め、「広場」の扱われ方、「広場」における市民の過ごし方を見詰めながら、あらためて「広場」で起きた争議に思いをはせてもらいたい。

 

見慣れた風景に、きっと新しい深みが感じられるはずだ。見慣れた風景に新鮮さを取り戻す、HOKUROKUが掲げるミッションの1つでもある。

 

(編集長のコメント:HOKUROKU運営メンバーの1人、伊藤建による法律家の「謎解き」第2弾は、これでおしまいです。

 

最高裁判所が裁判をせず、いわゆる「三行判決」のような対応をしてスルーするケースがあるとは、知りませんでした。

 

ちょっと最後は肩透かしを食らった気持ちの人も居るはずですが、その気持ちは、当事者や法曹関係者、憲法学者の方も同じのはず。

 

この文章を読んでから、観光名所でもお出掛けスポットでもなく、印鑑証明書を発行してもらう用事もないのに、市役所第一本庁舎にあらためて、足を運んでみたくなりました。

 

皆さんはいかがですか?)

 

文:伊藤建

写真:山本哲朗

編集:坂本正敬、大坪史弥

編集協力:明石博之、中嶋麻衣

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