界 加賀編。泊まる楽しみはもっと深い。新・北陸の宿

2023.04.24

第1回

勝手口から入り込んだ気分

 

界 加賀のある山代温泉の総湯が格子越しに見える。写真提供:星野リゾート

 

 

この連載を担当している〈HOKUROKU〉プロデューサーの明石博之です。

 

私にとって宿巡りは趣味であり、息抜きであり、心の栄養を得る大事な時間です。宿泊施設のプロデュースや空間デザインを仕事として手掛けている以上、宿巡りの経験がなくては自信を持って仕事できません。

 

筆者の明石がプロデュースした宿の一例〈金ノ三寸〉(富山県高岡市)写真提供:合同会社葉月

関連:金ノ三寸編。泊まる楽しみはもっと深い。新・北陸の宿

筆者の明石がプロデュースした宿の一例〈湯の里いけもり別館 AMAZA〉(富山県氷見市)

 

この連載では、プロとして宿づくりに関わっている私が、普段どんな視点で宿巡りしているのか、非日常の瞬間を近場の旅行でどのように味わえばいいのか、読者の皆さんにヒントを共有できればと思っています。

 

筆者の明石が経営する宿〈水辺の民家ホテル〉(富山県射水市)写真:山本哲郎

関連:「人が集まる場所」のつくり方をGNLの明石さんとBnCの山川夫妻で考える話

冒頭で、宿泊体験を楽しむための姿勢を端的に言えば、

 

「せっかくなので存分に楽しむぞ」

 

でしょうか。「なんだ、当たり前じゃないか」と思うかもしれませんが「存分に楽しむ」とは具体的に何を意味するのか。お客さんとしての受け身な意識を捨てて、自分自身で積極的に楽しみにいく姿勢を見せる、です。

 

積極的な姿勢を見せれば感受性も変わってきます。感受性が変わってくれば、目や耳に入ってくる情報量も変わってきます。

 

目や耳に入ってくる情報量が変われば、いつもよりちょっとだけ建築や空間を気にしている自分に気付くかもしれません。

 

今回の舞台は、石川県加賀市、山代温泉にある星野リゾートの施設〈界 加賀〉です。同じように私も「存分に楽しむぞ!」と思いながら宿泊してきました。

 

星野リゾートの〈界 加賀〉(加賀市)。温泉旅館のムードを演出する古い長屋門(両側が長屋になっている屋敷などの門)がお出迎え

 

ちなみに、界 加賀とは、星野リゾートグループ内の独立ブランドの1つです。22施設の「界」が全国にあって、加賀の場合は、1624年(元和10年/寛永元年)創業の老舗旅館〈白銀屋〉の歴史を受け継ぎ、2015年(平成27年)にリニューアルオープンした歴史を持ちます。

 

「あれ、いつの間に22施設に増えたんだろう?」と思うくらい近年、急激に増えた宿です。調べてみると、先の見えないコロナ禍の2022年(令和4年)に4施設が全国でオープンしています。

 

〈界 阿蘇〉(大分県玖珠郡九重町)という老舗旅館の運営を星野リゾートが任された時に、加賀の白銀屋を含め、縁のあった全国各地の温泉旅館の運営を「界」ブランドとして同社が手掛けるようになる。写真提供:星野リゾート

 

なぜ、宿泊業界がどん底ムードでも星野リゾートはこんなに元気なのでしょう? 今回の連載では、宿泊記をフックにしたマイクロツーリズムの勧めを書きますが、星野リゾートが元気な理由も関連の特集と併せて考えられればと思っています。

関連:地方でもっと「楽しく働く・働いてもらう」方法を界 加賀の総支配人に聞いてみた話

カオスを乗り越えて調和した光景

山代温泉の中心部

 

ところで、界 加賀のある山代温泉ってどこにあるのでしょう。

 

石川や福井の嶺北にお住いの方であれば、すぐにイメージできると思います。しかし、同じ北陸でも富山に住む方の中には、ぼんやりとした位置でしか把握できない人も居るのではないでしょうか?

 

実は私がそうです。〈Google マップ〉で検索すると、自宅のある富山県射水市から山代温泉のある加賀市まで、北陸自動車道を経由して車で約1時間半。

 

「なんだ、福井と石川との県境ではないか」

 

と加賀市と山代温泉の位置を初めてしっかり把握しました。

 

山代温泉には、東京に住んでいたころに訪れた経験もあるのですが、山代温泉が加賀市にあるとは知らず、加賀市の位置も分かりませんでした。北陸3県に根差したWEBメディアを運営するメンバーの1人なのに、この土地勘は不適合者かもしれません。

 

あけぼの通り。加賀での暮らしの風情とまち並みを楽しめる

 

取材当日は、北陸自動車道の加賀インターを降りて「カーナビ」に誘導されるまま山代温泉へ向かいます。途中、写真のような細い一方通行の路地を通りました。

 

この通りが、一般的なアクセスルートなのか、土地勘のない私には正直分かりません。しかし、結果として、裏口か勝手口から観光地に入り込んだような気分になり、楽しめました。

 

明治時代の意匠を2010年(平成22年)に復元してオープンした〈古総湯(こそうゆ)〉

 

通りを抜けた先に趣ある古い建物が1棟あります。その「歴史的な」建築物を取り囲むようにロータリーが整備されていました。

 

観光案内板によると、この建物は〈古総湯〉と呼ばれる共同浴場みたいです。この共同浴場を取り囲むようにまち割りがされているため「湯の曲輪(がわ)」と呼ばれるようになったのだとか。

 

〈古総湯〉のロータリーをぐるっと一周した先に現れた今回の目的地である施設

 

自動車をゆっくり走らせていると、今回の目的地である界 加賀が見えてきました。表通りから見ると、伝統建築(旧館)が手前にあり、8階建ての新しいビルディング(新館)がその背後に見えます。

 

さらに新館をよく見ると、格子のデザインが外観に導入されています。新旧の建物に統一感を生み出す演出だと考えられます。

 

事前の下調べは控えめにしたものの「老舗旅館を引き継いだ」「新館建設に伴いリニューアル」くらいの情報は頭に入っていました。「老舗旅館を引き継いだ」は、この宿のビジュアルで理解できます。

 

周辺には、日本の経済が元気だった昭和の時代を物語る造形物も見られます。

 

伝統的な建築様式で統一されたまち並みも美しいですが、あらゆる要素を取り込み、融合し、カオスを乗り越えて調和している光景も私は大好きです。

 

山代温泉の景観はまさに後者。ロータリーに面した瓦屋根の日本建築(古いかどうか別として)だけを眺めれば、歴史情緒のある温泉街なのですが、ちょっと目線を上に移すと、古い建物の背後にビルを新設している旅館もたくさんあります。

 

伝統的な日本建築と、昭和の時代を連想させるビルが混在する、カオスを乗り越えた調和が山代温泉らしい景観だとすれば、その「らしさ」を界 加賀も外観で踏襲しているのかなと第一印象で感じました。

 

「界」ブランドが発信する「王道なのに、あたらしい。」というテーマに相応しい外観ではないでしょうか。

 

写真提供:星野リゾート

 

編集長のコメント:言われてみると、15年くらい前に富山に引っ越して来た時は私も、加賀市の位置が分からず、山代温泉と山中温泉の区別も出来なかったと記憶しています。

 

山代温泉は「山代(山背)」と言われるように、山を背にしながらも比較的平坦な水田地帯にひらける県下最大の温泉地です。山中と比べればちょっと海側。

 

一方の山中温泉は、同じ加賀市にありながら、もう少し「山の中」にあって、渓谷をつくる大聖寺川の川岸に宿が並んでいます。

 

双方の距離は車で10~15分程度。今回の取材先は、そのうちの山代温泉にあると最初に理解しておいてくださいね。

 

ちなみに、ここまでの「近場の宿を楽しむ心得」を総括すると、お客さんとしての受け身な意識を捨てて、自分自身で積極的に楽しみにいく姿勢を見せるでしょうか。能動的な姿勢が感受性を豊かにしてくれるからですね。

 

次回からはいよいよ宿泊体験記の始まりです。)

北大路魯山人の定宿として知られる山代温泉の老舗旅館で、創業380年と江戸時代からの歴史が続く。
曲輪(がわ・くるわ)とは、一定の地域を他の地域と区別するために設ける囲いを意味する。

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