界 加賀編。泊まる楽しみはもっと深い。新・北陸の宿

2023.04.25

第2回

何を求めて来たのか

〈界 加賀〉のフロント

 

施設の敷地から細い道路を1本隔てた場所にある専用駐車場に駐車し、長門の前に到着しました。

 

この駐車場までの短い距離であっても、女性スタッフの方が駐車場から私たち(カメラマンも取材に同行)の荷物を運んでくれようとします。

 

しかし、自分より非力な人に荷物を持ってもらう状況に抵抗があり断りました。気持ちだけは頂きました。

 

加賀藩主前田家の家紋である梅鉢紋をモチーフにしたロゴがのれんに染め抜かれている。のれんの奥に前庭。のれんをくぐって右手にフロントホールのある建物の入り口がある

 

入り口の長門を前にすると、黒瓦を越えて伸びる年季の入った松の木が目に留まりました。この松の木が、新旧の建築の緩衝材になっているように見えます。

 

入り口の長門自体は、かつての老舗旅館〈白銀屋〉を想起させる意匠です。弁柄色に塗られた柱や格子を携えた北陸ならではの伝統建築です。

 

長門と町家造りが並んで建っている様子が、文化的価値と歴史を誇る加賀の温泉街のアイデンティティを物語っています。

 

館内を案内してくれた広報担当の柴田成美さんによると、右側に見える町家造りの建物は昔、馬で移動していた時代に出入口として使っていたそうです。

 

聞きながら気持ちがタイムスリップする思いで、館内がどうなっているのか入る前からワクワクしてしまいました。

 

前庭越しに中庭から長門と門外を見た様子。1つ前に掲載した写真とは、反対の向き(敷地内)から長門を見ている。写真提供:星野リゾート

 

のれんをくぐった先には前庭が続いています。石庭(露地)のように造園し、歴史的建築の輪郭をしっかりと見せている印象でした。のれんについては、季節ごとに色を変えるそうです。

 

 

フロントホールのある建物の玄関口には木製の魚も掛けられていました。木魚の原型にもなった開板(かいぱん)ではないかと思われます。 「トントントン、朝ごはんができましたー」 といった感じで白銀屋時代は旅館内に、時を告げる道具として利用されていたのかもしれません。

 

玄関から入ってすぐ、フロントホール手前の空間。加賀藩主前田家の家紋である梅鉢紋をモチーフとした建具の意匠がかわいい

 

格子の玄関扉を引き開け、フロントホールのある建物に入ると、光と影の輪郭に美しさを感じました。これぞ、日本の伝統建築の魅力です。

 

旅館での宿泊では個人的に、風情を楽しませてもらいたいと思っています。明るく開放的な空間ではない、光と影の輪郭が美しい玄関だからからこそ「あ、温泉旅館に来たんだ」と実感させられるのではないでしょうか。

 

この玄関に入る時、ひそかに私が続けている儀式を今回も行いました。

 

「魅力を掘り下げ味わうぞ!」

 

といった言葉を、旅先の宿泊施設に入る時に、玄関先で立ち止まって心の中で唱えるのです。正確には毎回、ちょっと違う言葉かもしれませんが。

 

客として、もてなされるばかりの受け身ではなく、良い部分を積極的に取りにいくマインドをこの儀式でセットします。皆さんも試してみてはどうでしょうか。身近な旅行の楽しみがぐっと深まるヒントの1つだと思います。

フロントホールは宿の「顔」

玄関から入ると正面に見えるフロントホール。太くて長い梁(はり)と柱を組んで広い空間をつくり出す「枠の内」という伝統工法。雪国によく見られる部屋のつくり方

 

界 加賀では玄関で、下足をぬいでスリッパに履き替えます。靴をぬいでスリッパに履き替える「儀式」は旅館スタイルのアイデンティティと言っても過言ではありません。この「儀式」に立ち会ってくれる宿の「顔」がフロントホールです。

 

その点、界 加賀のフロントホールはまずまずの機能を果たしていました(「まずまず」なんて偉そうな言い方ですみません)。ホールの内装は、北陸地方でお馴染みの伝統工法の1つ「枠の内」の意匠が見られます。

 

その空間全体を、光たくのあるヘリンボーン5の板間に落ちた間接照明の明かりがモダンな雰囲気に仕立てています。

 

直感的に、カウンター正面の壁には、視線を受け止める何かがあってもいいのではないかと思いました。「楽しむぞ」なんて心に決めているのに、こんな風に感じてしまう私は、完全なるワーカホリックです。

 

しかし、よくよく考えてみると設計意図としてあえて、インパクトを抑えたのかもしれないと思えてきました。代わりに「枠の内」の高い天井を生かしたオブジェの造形が視線を受け止めているからです。

 

「枠の内」の天井から吊り下げられたオブジェ。加賀水引を球状に造形したモチーフが連続している。写真提供:星野リゾート

 

オブジェは、伝統建築の空間との相性もピッタリで、空から舞い落ちる雪の結晶のように見えます。真下からのアングルは人気の撮影スポットとなっているとの話。

 

こうした人気の撮影スポットがあれば斜に構えず、老いも若きも男も女も、LGBTQの方々も、オブジェの下に無邪気に飛び込んで撮影体験してみてはどうでしょうか。新しい感性の「扉」が開くかもしれません。

 

繰り返しますがテーマは、積極的にいい部分を取りにいくマインドセットです。皆さんも、いかがですか?

 

 

編集長のコメント:全5話のうち、玄関に入るまでで2話が終わってしまいました。

 

ここまでの「近場の宿を楽しむ心得」をあらためて総括すると「存分に楽しむぞー」「魅力を掘り下げ、味わうぞ!」と心に決めるです。

 

そうすれば感受性も高まり、いつもよりもちょっとだけ建築や空間に意識が向かうようになり、明石ほどではにせよ、玄関に入るまでの「助走」みたいな時間ですら、これだけ見るべきポイントに反応できるのだと分かりました。

 

最後に出てきた、人気の撮影スポットに、斜に構えず飛び込んでみる無邪気さも、旅を能動的に楽しむポイントかもしれません。「柄じゃないから」と閉じこもるのではなく、非日常のテンションで心を開いてみるのですね。あくまでも、飛び込めるだけの健常な肉体がある方だけの話になって恐縮ですが。

 

次は、いよいよ、チェックイン後に歩き回った館内の感想に続きます。「温泉旅館は、郷土の魅力に触れられる最初の玄関口」など、宿泊施設を営む人たちにも参考になる話が出てきますよ。)

 

暗い赤みを帯びた茶色の意味。
丸太を魚形に彫刻し胴をくり抜いて、側面をたたけば音が鳴るようにした仏具。
杉あや織とも。模様の一種で、腹を開いた際の魚の骨に似ているため「ニシンの骨(Herring bone)」と呼ばれる。「g」の子音は脱落。

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