地方で「楽しく働く・働いてもらう方法」を界 加賀の総支配人に聞いてみた話

2023.05.09

vol. 01

先輩のようになりたい

はじめに

インタビューを担当した〈HOKUROKU〉プロデューサーの明石博之です。今回は、地方でもっと「楽しく働く・働いてもらう」方法について考える特集です。

 

もともと、こんな内容を紹介する企画は予定していませんでした。最初は、星野リゾート(東京)が全国展開する宿の1つ〈界 加賀〉(加賀市)の宿泊体験記だけを予定していたわけです。

 

〈界 加賀〉写真提供:星野リゾート

 

宿泊体験記の内容を手短に総括すると、空間の居心地の良さや建物のつくり、サービスの質以上に、界 加賀で働く若いスタッフたちの意識の高さに感動させられた、そんな内容になっています。

関連:界 加賀編。泊まる楽しみはもっと深い。新・北陸の宿

この感想は、界 加賀だけの話ではなく、かつて泊まった〈星のや東京〉と〈軽井沢ブレストンコート〉でも同じように抱きました。

 

〈星のや東京〉写真提供:星野リゾート

 

どうして、星野リゾートはいい人材を、これほどまでに確保できるのでしょう。宿泊施設のプロデュースや空間デザインを手掛けつつ、僕自身も宿も経営する者として、その人材マネジメントには驚かされます。

 

例えば、界 加賀の宿泊体験記の取材当日、来館時から案内を担当してくれた「広報」の方は部屋に到着するなり、ポーチバックから小さな魔法びんを取り出し、湯飲みに湯を注いで、郷土の菓子と共においしい加賀棒茶を出してくれました。

 

 

その「広報」の方は、食事の配膳(はいぜん)も担当してくれました。その上、配膳(はいぜん)後は、館内で上演される加賀獅子舞を見事に演じていました。私も、取材に同行したカメラマンも心底驚いてしまいました。

 

加賀獅子舞の出演はご自身で希望したそうです。関連記事でも書いたとおり、人手不足によってマルチタスクを強いられているわけでは全くありません。

 

「広報」専門の方と思っていたものの、配膳(はいぜん)から館内で上演される加賀獅子舞までマルチタスクをこなす超人的なスタッフさん

 

スタッフが損得勘定で動いているのではなく、もっと大きな何かに導かれるように仕事を楽しんでいる、そんな印象を受けました。

 

このからくりは何なのでしょうか。恐らく、誰かを雇い、誰かに働いてもらう側の立場の人であれば、誰もが気になる問題だと思います。人口減少もあって、なかなか働き手が集まりにくい北陸ではなおさら、死活問題になってくるのではないでしょうか。

 

そこで、宿泊体験記にとどまらず、1泊2日の滞在の最後にラウンジを借りて、総支配人の須道玲奈さんに「星野リゾートの働き方・働かせ方」についてインタビューさせてもらいました。

 

実を言うと、そのインタビューまで、界 加賀の総支配人がどのような方か知りませんでした。私の中では勝手に、年配の男性を想像していました。今まで、そのような属性の支配人が多かったからです。

 

界 加賀の総支配人・須道玲奈さん

 

待ち合わせ場所のラウンジに予定時刻に現れた人は若い女性スタッフでした。

 

最初は「まさか」と思いましたがこの方が、界 加賀の総支配人・須道玲奈さんだと知ります。

 

ここからはもう、驚きの連続でした。会話の詳細は以下に続く本文を読んでもらうとして、須道さんの経歴しかり、話し方や人柄もしかり、私も撮影を担当したカメラマンも、須道さんのとりこになってしまいました。その須道さんを支える会社の仕組み自体にも驚かされます。

 

総支配人である須道さんも含めて、界 加賀で働く若いスタッフたちの意識の高さの背景には、

 

「お客さまの体験価値を上げるために、あらゆる業務をクリエイティブにデザインする」

 

という意識と姿勢があるそうです。第3話に詳細は譲るとして、どの仕事を担当しても基本的な取り組みは変わらないそう。

 

館内をガイドする時も、湯飲みにお湯を注ぐ時も、のどぐろの土鍋ご飯を混ぜて盛り付ける時も、獅子舞を踊る時も、それこそ総支配人として振る舞う時も、宿泊者の体験価値の向上を前提に、徹底した創意工夫が全ての業務、全ての瞬間に存在しているのですね。

 

観光業にとどまらず、北陸で商いをする全ての経営者や管理職にとって役立つ話が聞けたと思います。ぜひ、最後まで読んでみてください。

私が大事にしていること、会社が大事にしていることが、つながっている

インタビュアーの明石博之(左)と須道玲奈さん(右)

 

須道:おはようございます、総支配人の須道と申します。

 

―― 昨日からお世話になっています。HOKUROKUプロデューサーの明石博之と申します。

 

(2人は、名刺を交換する。)

 

失礼かもしれませんが正直に言わせてください。最初は「まさか」と思いました。須道さんが総支配人だったのですね。

 

須道:無理はありません。多くの方に驚かれます(笑)

 

―― はい。いきなり驚いてしまいました。総支配人というと、もっと年配の男性が登場するのかと思っていました(笑)

 

須道:総支配人を20代で務めるスタッフが「界」には多く、さらに、星野リゾートの中でも「界」は、女性スタッフが特に多いブランドです。

 

「界」全体で22施設のうち半分くらいは総支配人が女性なのです。

 

―― そんなに多いのですか。ちょっと、びっくりです。須道さんがそれほど珍しい存在ではないとの話ですが、例えば、須道さんは、どのような経歴を歩んでこられたのでしょうか。

 

須道:私は、もともと青森の出身です。地元が大好きで、青森の良さを伝えたいと思い、星野リゾートに新卒で入社しました。

最初は、青森の施設に6年間勤務し、接客・広報を担当しました。次に、接客担当として、北海道白老町のポロト湖畔にある〈界 ポロト〉の開業メンバーに加わりました。

 

〈界 ポロト〉写真提供:星野リゾート

 

界 ポロトの運営が少し落ち着いたタイミングで、2022年(令和4年)7月から界 加賀に総支配人として着任しました。

 

ですから、総支配人とはいえ、加賀に来て間もない人間です。

 

―― 率直に申し上げて、加賀に来て間もないというだけでなく、社会人になってからもそれほど時間が経っていない印象を受けます。

 

先ほどのお話だと「界」は、総支配人に20代で抜擢されるスタッフが多いとおっしゃっていました。それでも、20代で総支配人というキャリアは普通に考えて超スピード出世ですよね。

 

そもそも、星野リゾートでは、どのように人が採用されて、どのように皆さんキャリアップしていくのですか?

 

須道:あくまでも私が経験してきた範囲で申しますと、星野リゾートに入社してから配属が決まります。

 

入社した直後は、どこに配属されるか決まっていません。毎年1回、人事面談があって、自分のキャリアを希望できます。

 

―― どこへ次に行きたい、何をしたいという希望ですね。星野リゾート内のブランド間を飛び越えて希望を出せるのですか?

 

須道:はい、皆さん、考え方はそれぞれです。10年以上「界」を続けている人もいれば、星野リゾートの全ブランドを経験したい人も居るようです。開業に携わる働き方が好きで開業施設ばかりを選ぶ人もおります。

 

他には、ワークライフバランスを重視する人もおります。例えば夏は、スキューバーダイビングができる沖縄へ、冬は、スキーができる北海道へと、フレキシブルに異動している人も居るようです。

 

―― うらやましいですね。とても面白い仕組みです。

 

須道さんの場合はいかがですか? どのようなキャリアを積んでいきたいと思い、現在の位置にどうして就いたのですか?

 

須道:先ほども申し上げたとおり、青森の魅力を伝えたいという思いでもともとは入社しています。だから、入社5年目あたりから総支配人の道を目指したいと思うようになりました。

 

―― 「青森の魅力を伝える」と「総支配人になる」がどのようにつながるのでしょうか。

 

須道:なぜ、総支配人なのかと申しますと、総支配人をしている先輩が、施設で働くさまざまな担当スタッフを巻き込みながら、新しい企画をつくり上げている姿を見て、自分も同じようになりたいと思ったからです。

 

同じようにできたら自分の未来の選択肢が広がるなと感じました。

 

―― 憧れというか、この人のようになりたいという動機があったのですね。

 

須道:さまざまな経験を積んだ上で最終的にはやはり、青森に帰って地域を盛り上げたいです。「青森の知名度をいかにあげるか!」が私のライフワークだと思っています。

 

須道さんが最初に着任した〈青森屋〉写真提供:星野リゾート

 

―― そう聞くと、ずっと青森に居た方がいいと思うのですが。

 

須道:そうですよね(笑)

 

ただ「界 加賀」に居ても青森に貢献できていると考えます。「界 加賀」のブランド力が上れば、訪れたお客さまは「加賀が良かったから今度は津軽に行ってみよう」と思ってくださるはずです。

 

今居る施設に貢献すれば、他の「界」や他のブランド施設と、その周辺の地域に貢献できると思っています。だからこそ今の頑張りが、ふるさとへの貢献になっていると考えられるのです。

 

―― とてもすてきな考え方だと思います。変な質問ですが、どうして須道さんは、そんな風に考えられる人なのでしょうか。いつごろから、そのように思える人になったのでしょうか。

 

須道:どうでしょうか。

 

思い付く理由としては、私が大事にしていることと、会社が大事にしていることが、有機的につながっているからだと思います。

 

今は、青森を出て、他の地域で修行させてもらっている感覚で仕事に没頭しています。

 

―― 確かに、他の地域を知れば地元の良さも発見できますよね。

 

須道:本当にそう思います。ずっと地元に居ると地元の良さを見落としがちです。

 

たくさんの魅力がもちろん加賀にもあり、知るほどに歴史の深み、郷土の知恵に日々感動できます。

 

日本全国どこへ行ってもそれぞれの土地に魅力があると気付かされます。その土地その土地で文化の成り立ち方が違うとでも言いましょうか。

 

加賀に居る今は、その加賀の良さをお客さまに全力でお伝えできればと考えています。

 

編集長のコメント:「私が大事にしていることと、会社が大事にしていることが、有機的につながっている」って、星野リゾート運営の核心を突いたような言葉なのかもしれません。

 

その意味で、この教えをルール化するとすれば、どんな言葉になるのでしょうか。

 

会社が何を大事にしているのか、どこを目指しているのか、人材をリクルートする際に会社の側もきちんと言語化する必要があり、その言語化した方向性や価値基準に心底共感してくれる人を集める必要があるという話でしょうか。

 

個人的には、総支配人をしている先輩の姿を見て憧れたという須道さんのエピソードにぐっときました。

 

有名な社会学者の言葉を借りれば「感染動機」に導かれて、あの人みたいになりたいと強烈に憧れる、この動機こそが実は、人間を育てる最強の原動力だとする見方もあるみたいです。美学で言えばミメーシス(模倣)ですね。

 

またまた強引に、法則っぽく総括すれば、社内に・組織に、後輩が思わず憧れてしまうような先輩・上司をどれだけつくれるか。あるいは、経営者などのリーダー自身がどれくらいの憧れを部下に抱かせられるか。そのあたりも重要なのかもしれません。

 

それでは次は第2回「それでも、その若さで総支配人って本当に大丈夫なの?」という話に続きます。)

四季が鮮やかな白老町・ポロト湖畔に建ち、全室から湖を望める温泉旅館。

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