もうかるだけの商売
坂上:人材・コンセプト・場所の話がここまで出てきましたがお店を出す際に久木さんは何を最も大事にされますか?
久木:自分でやる飲食店の場合は場所です。
坂上:その話で行くと、最初の〈キングストン・グリル〉は金沢市郊外の四十万(しじま)にあります。怖くはなかったのですか?
久木:今思えば怖いです。ですがその時は、場所が大事といった哲学も考えもない23歳の若造でした。何も考えていなかったですし、意味が分からなかったからこそできたのだと思います。
そもそも僕自身でさえ四十万なんて行った経験がなかったのです。地元でもありませんし、ちょっと言い方が悪いですが「あんな外れのわけの分からない場所」と今なら思ってしまいます。だけど、とにかく賃料が安かったので当時は魅力的に思えました。
坂上:今だったら同じ四十万でお店をやりますか?
久木:絶対にやりません。そもそもキングストン・グリルの場合「ジャマイカ料理」とか言いながらジャマイカへ僕自身行った経験がないわけですからね。
その意味で言えば1店舗目は勢いだと思います。
久木誠彦さん
坂上:なぜ、久木さんにとってジャマイカだったのですか?
久木:金沢にないものを探したんです。レゲエも好きでしたし、レゲエを聞けるお店がなかったので、にわかファンでも行けるようなお店がつくりたかったという思いがあります。
坂上:じゃあ、好きなものを仕事にしたという感じですか?
久木:まあ、そうかもしれませんが「俺、本当に好きかな?」と途中から思いました。
坂上:レゲエが聞けるお店を開くと「レゲエがすごい好きなんでしょ?」と言われませんか?
久木:言われます。そのたびに知ったかぶりをしていました。ライトなレゲエファンはまだいいのですがヘビーな人が来たときは困りました。
とりあえず「ヤーマン」と言って厨房に引っ込むしかありませんでした。
―― 「ヤーマン」って何ですか?
久木:ジャマイカの言葉で「元気ですか?」といった感じの意味になります。
坂上:ハンモックのあるカフェを僕も開きましたが、ハンモックの専門家としてそれ以前に人生を歩んできたわけではありません。
関係と言えば、働いた海の家にハンモックが掛かっていたくらいです。
リノベーションした建物の特徴を踏まえ、究極の癒しやアトラクションのツールとしてハンモックをチョイスしただけで、それまでハンモックとは無縁の人生でした。
坂上翔太さん
ただ、ハンモックについてお客さんに聞かれて答えられないと駄目だろうと思って専門の人に徹底的に勉強させてもらいました。
その結果、自宅にハンモックを導入したいと考える人が試乗に来るまでになりました。
お店に使っていないタイプのハンモックもストックとしてあるので営業後に試乗してもらったりしました。輸入代理店の人によればハンモックの売上が富山で伸びたと聞きましたが。
久木:カフェでも買えるんですか?
坂上:売ってはいません。
久木:売れるんじゃないですか? とりあえず協会はつくった方がいいですよ。富山ハンモック協会。
坂上:確かに(笑)
「こんなのやったことあるやついなくない?」という商売
坂上:これまでのキャリアをのぞかせていただく中で、レゲエを聞ける場所だとかジャマイカ料理を食べられる場所がないからやってきたとの話がありました。
言い換えれば「過去にこんなのやったことあるやついなくない?」という商売を体現してきているように思えます。
普通の商売はしたくないという言葉が先ほどもありましたが、単純に成功しやすそうな道を選ぶのではなく、あえて難しい成功事例のない方向へ行きたがる理由は何でしょうか?
久木:結局、血の話になってしまうかもしれません。野町7の真ん中で100円均一のすしを祖父はやっていました。
「俺が100円ずしの走りだ」と祖父が自慢するくらいめちゃくちゃ流行しました。最終的には高いネタを食べる人が増えてつぶれてしまったのですが。
すしと鉄板焼きを食べられるお店をその後にも祖父は開きました。祖父とステーキ職人が同じお店で働くのですが、ステーキ職人との仲が悪くなってしまってこちらも結局駄目になりました。
ただのすし屋に最終的に祖父は収まったわけですが、変わったチャレンジをしたいという気持ちは祖父から受け継いだのかもしれません。
金は集まるかもしれないけれど、もうかるだけの商売で自分の価値は上がりません。
ぎりぎりまだ30代なのですが、お金がなくても自分の価値を上げた方が30代はいいのかなと思って、自分への投資だと思ってやってきました。
定食屋とシェアオフィスをやろうとしたけれど融資が下りなかった話を先ほどしましたよね。このアイデアが駄目だった時、すごく悔しかったのです。説得力がない自分が居たわけで、これを説得できる人になりたいと思いました。
そう思ってやってくると金沢市内にある〈HATCHi〉というホテルから連絡がありました。ホテルの1階に入るカフェの業務委託先を探しており、面白い商売をやっているからと声を掛けてくれたのですね。
やっときたなとその時は喜びました。結果としてそこのホテルは2件目の時も声を掛けてくれました。
こうした案件を手掛けたころから、なんだか周囲から自分が「できる人」といった感じに見られるようになってきました。
先ほどのシェアオフィスの案件も今なら融資に出しても通せるはずです。
〈HUM&Go#〉の店内
やりたい商売をできなかった悔しさが根底にあるからこそ、別にもうかるわけではないけれど、おもしろい仕掛けのエッセンスは常に商売に入れておきたいと思っています。
坂上:次のお店を新たに立ち上げる上で、隣のまちに単純にもう1個似たようなお店をつくるという話では面白くないと思っています。
ハンモックカフェに関して言えば、もともと滑川に娯楽が欲しいと思って始めました。1週間働いて「さあ、週末どこへ行こう」と思った人の目的地をつくりたかったわけで、そのツールが飲食でした。
何かのアクティビティをそのお店に付けようと思ってハンモックのアイデアが出てきました。
新たにお店を立ち上げる時もコンセプトをいろいろ最初から考えてやりたいと思っています。
「ハンモックのあるカフェを、あっちのまちにもやったらいいじゃない」といろいろな方から助言を受けるのですが、久木さんの話を聞いて今日はすごく勇気をもらいました。
(編集長のコメント:「金は集まるかもしれないけれど、もうかるだけの商売で自分の価値は上がりません」という久木さんの言葉はちょっとしびれましたね。
他人のビジネス・自分のビジネスの違いについて次の第3回では話が及びます。)
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