<HUM&Go#>と<Amaca>で考える。「次のお店」のつくり方。

2020.11.09

第1回

人に頼まなかったら、自分でやらなければいけない人生が待っています。

このインタビューは、新型コロナウイルス感染症の影響が出始めるよりも前、2020年(令和2年)1月28日に行われた。左が坂上翔太さん、右が久木(きゅうき)誠彦さん。

坂本:今日は、久木さん、坂上さん、お忙しい中で、お時間ありがとうございました。最初に、この対談を企画した『HOKUROKU』から、企画の意図を説明させてください。

 

北陸の暮らしを豊かにするミッションを持つHOKUROKUでは過去に、愛される場所のつくり方、拠点の立ち上げ方に関する特集を組みました。

 

週末にお出かけ先に困らない、魅力的なお店がそこかしこにあふれている北陸を実現するために、メディアとして何か、未来のオーナーに価値ある情報を届けられないかと思ったからです。

 

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こちらの特集は、北陸の土地に愛されるカフェや宿や本屋や雑貨屋など、拠点を立ち上げようと、いわば「ゼロ」から「イチ」を立ち上げようとする人たちに向けてつくられた特集になります。

 

ただ、「ゼロ」から「イチ」の難しさもさることながら、「イチ」から「ニ」にステップアップする際には、また異なる難しさがあるのではないかと、門外漢ながら、ない頭でいろいろ考えてみると、思えてきました。

 

異なる難しさどころか、さらなる拠点を立ち上げる時、1店舗目の経営を維持しながらのチャレンジなので、思い通りにいかずに苦労する、オーナーからすればもう不安しかない、これが正直な感覚ではないかと感じます。

 

今より少しでも勇気と能力がほしいと願っているオーナーの不安や悩みを、ちょっとでも軽くするような「導きの糸」となるコンテンツを出せれば、HOKUROKUも地域のメディアとして存在する価値が生まれるはずです。

 

しかし、自分では何も伝えられません。誰か助けてくれる人が居ないかな、協力してくれる人が居ないかなと困っている時、富山で行列の絶えない人気カフェ<hammock cafe Amaca>を営む坂上さんが、次のお店の展開を考えていると耳にしました。

 

ならば、その坂上さんにインタビュアーになっていただいて、多店舗展開に成功している先輩経営者に話を聞きに行けば、後から続く他の同業の経営者にとっても価値のある会話になるのではと思いました。

 

その話を聞きに行く「相談相手」、言い換えれば取材対象者が、野々市や金沢にある大人気カフェ<HUM&Go#>の展開を中心に、プロデュース業でも成功を収めている久木さんという形になります。

 

久木さんはもともと石川県の飲食業界におけるスターのような存在ですし、HOKUROKUの編集長である私(坂本)も個人的に、今の妻と独身時代にHUM&Go#にデートに来て「おしゃれだなあ」と感動した思い出もあります。

 

HOKUROKUのプロデューサーで、富山で飲食店や宿を経営・プロデュースする明石博之とも面識があったという理由から、声を掛けさせてもらいました。

 

今日は、HOKUROKUの私は、単純に書記役で、坂上さんがインタビュアーを務めます。

 

店舗経営に関して全くの素人の私が聞くより、実際に経営をして、まさに2店舗目を展開しようとしている坂上さんが、久木さんに質問をぶつけた方が失礼ではないし、内容も具体的になって、「導きの糸」としては価値を持つと思ったからです。

 

今回はそのような仕立てて、問題ないでしょうか。

 

久木:分かりました。

 

坂本:では、坂上さん、よろしくお願いします。この後は、時々会話に入るかもしれませんが、私は最後まで引っ込みます。

 

坂上:分かりました。久木さん、はじめまして。富山でハンモックのあるカフェ<hammock cafe Amaca>をやっている、坂上と申します。今日はこのような機会は初めてなので、すごく緊張しています。

 

久木:よろしくお願いします。

 

坂上:まず、最初にお伝えしたいのですが、久木さんがやっていたジャマイカ料理<キングストン・グリル>には、すごくお世話になりました。

 

僕は2006年(平成18年)に石川の小松でサラリーマンになった経験があって、その時から何度も使わせてもらっています。

 

キングストン・グリル自体は2004年(平成16年)に出来ていますよね?

 

久木:そのころは小松に住んでいたのですか?

 

坂上:そうです。その後で富山に住み始めて、お店を出すようになりました。富山に引っ越して、ちょっと遠出に行こうと思った時、最初に来させてもらった場所がHUM&Go#です。

 

<HUM&Go#>の店内。

なので今日は、経営者目線と、北陸に暮らす30代男性のハムゴーファンとしての目線から、いろいろ教えていただければと思います。

 

久木:お願いします。

 

坂上:最初に素朴な疑問から聞かせてもらいたいのですが、自分でお店を持つ前に、飲食はどれくらいやっていたのですか?

 

久木:飲食家系に生まれていて、もともと家がすし屋でした。ただ、商売をやっている家は、親には遊んでもらえません。

 

僕には妹が居るのですが、2人で寂しい思いをしていました。だから、自分が大人になったら、子どもがかわいそうだから、僕は店をやらないと思っていました。

 

高校を卒業した後は、先生のつてで卒業生のイベント会社に就職をして、代理店の下請け、イベント会社の下請けとして、テント1個から、コンサートづくりまで、いろいろやらせてもらいました。

 

入社1年目で、地元の大きなイベントを担当させてもらうなど、考える仕事の面白さに目覚めるきっかけにはなったのですが、結局は力仕事が主体の仕事だったので、入社した次の年の4月で辞めてしまいました。

 

その後は、後ろ向きなニートです。スーツを着て客引きをしたりして。片町繁華街、夜の方に消えていきました。これも、結局は1年で辞めてしまうのですが、客商売がなんたるかを学んだ気がします。

 

久木誠彦さん。

飲食の世界に入ったタイミングは、この後です。金沢にある<strawberry cafe>に雇ってもらい、3年間働く間に、人も居ないのですぐに店長やれと言われました。

 

それで、気付いたら、結婚と同時に独立をしていました。思い返せば、飲食店なんてやるもんかと思っていたのに、自然にやっている自分が居ます。やはり、血は争えないのかなと思います。

 

坂上:祖父も、お父さんも、すし屋さんだったのですよね。

 

久木:他の親族も、飲食だらけです。そういった意味もあって、飲食店は好きですけれど、飲食店がマストかと言われれば、そうではないと思います。

 

飲食はツールであって、考える作業や時間が好きなんです。現場に入って料理をつくる仕事も嫌いではないのですが、考える仕事で1日中過ごしたいと本音では思います。

 

坂上:ただ、自分でお店を立ち上げるとなると、考える仕事以外に、頭ではなく身体を動かさなければいけない業務が、山ほどありますよね?

 

久木:はい。1店舗目をやる時、考える作業が好きなので、メニューとか、ホームページとか、SNS(ソーシャルネットワークサービス)とか、ひたすらやっちゃうんです。朝から晩まで営業をしながら。

 

最初はのんびりと夫婦でやっていました。別に家賃も安いですし、ご飯は売るほどあるので、別にひまでも良かったのです。

 

でも、3年目くらいで、音を立てて、お客さんが増えていきました。何なのか理由は分からないですが、スタッフを増やさなければ対応できません。

 

にもかかわらず、忙しいのに、自分でやりたい気持ちも変わりません。

 

いよいよしんどくなってきたので、例えばロゴやホームページなどクリエイティブな業務を、デザイナーにやってもらったらどうなるのかなと思って、見積もりをお願いしました。

 

お店の窓のロゴ。

生まれて初めての見積もりは正直高すぎて、度肝を抜かれました。「まじか?」と。でも、これを頼まなかったら、この先も自分で全部、やらなければいいけない人生が待っています。

 

そのデザイナーさんは、金沢にある和菓子屋<茶菓工房たろう>のデザイナーだった人で、自分の頭の中をシンプルにして、お客さんに見せる作業を手伝ってくれました。

 

じゃあ、この人にお願いしようと思って、全部を自分でやるのではなく、人に任せるというスタンスを始めました。相変わらず、そのころの僕には、とんでもない見積額でしたが(笑)

何かもったいないから、もう1店舗、やってもいいかなと思った気がします。

坂上:最初のお店、キングストン・グリルが忙しくなり始めて、スタッフを増やし、デザイナーにお手伝いをお願いするようになったという話でした。

 

時系列を整理すると、キングストン・グリルのオープンが2004年(平成16年)、飲食店の2軒目となるHUM&Go#のオープンが、2013年(平成25年)です。9年ほど期間が開いています。

 

HUM&Go#の店内の様子。

客観的に見て、イケイケなお店の2店舗目として、時間がすごく開いているような気がします。この間、2店舗目の話はなかったのですか?

 

久木:確かに、長いですね。

 

坂上:今僕の場合は3年目で、もともと1店舗目が、座席の数がそんなに大きなお店ではありません。7組入ったら満席というちっちゃいお店です。

 

hammock cafe Amaca。撮影:柴佳安。

その座席数に対して、もう少し頑張りたいと思っている時期で、3年目で2店舗目を構えようと思っています。

 

例えば建築士のような仕事は、60歳になった時、脂がのるような職種だと思います。

 

一方で、スポーツ選手のように、若い時にパフォーマンスの限界があって、そこから下っていく業種もあります。ご飯屋さんは後者だと思っています。定年まで、自分の仕事があるとは思えません。

 

そうした考えがあるからこそ、焦ってはないけれど、次を考えて、手を打っていかなければならないと思うのです。久木さんは、どうお考えですか?

 

久木:なんでやったのでしょう。まず、人が増えすぎちゃったという事情があったと思います。

 

1店舗に15人のスタッフが居て、正社員も4~5人居ました。しかも、全員がすごくいい人で、優秀でした。

 

坂上:座席数に対して、人材が増えすぎたという意味ですか?

 

久木:そうです。本当にラッキーというか、「なんでこんなにお客が来るの?」という状況が突然始まって、人を雇わなければ回せないので人を雇いました。すると、雇った人もいいと。

 

売上もある程度あるし、活気もあるし、スタッフもすごく有能な人が増えた気がして、何かもったいないから、もう1店舗、やってもいいかなと思った気がします。

 

坂上:理想的な展開ですね。

 

久木:プランは何個か立ててはいました。普通の商売はしたくない、でもニッチな商売もしたくない。

 

新竪町の入り口に、食堂が付いたシェアオフィスをやろうと思った時期もありました。

 

ただそれも、銀行の融資が通せなくて頓挫して、いい物件が空くのを待っていたら、もともと<ファミリーマート>だった物件の情報が出てきました。このHUM&Go#の店舗です。

 

<HUM&Go#>の外観。駐車場は満車状態。

最初に耳にした時、「ああ、あそこか。入りづらいけれど、無駄に駐車場が広いので、悪くはないな」と思いました。

 

そこで割とこだわりの食材を使った定食で行こうと思っていました。

 

ですが、定食屋だと、コンロなど調理のためのフルセットが必要で、お金もかかります。

 

ちょうどそのころ、サードウェーブの流れで、<ブルーボトルコーヒー>が東京に来るというリリースが出ました。

 

坂本:ちょっと横からすみません。サードウェーブとか、ブルーボトルコーヒーとは何ですか?

 

坂上:サードウェーブとは、インスタントコーヒーなどの普及で家庭にコーヒーが広まった時期をファーストウェーブ、<スターバックス・コーヒー>などのシアトル系コーヒーに代表される流行をセカンドウェーブ。

それに次ぐ、コーヒー本来の味わいや価値を重視するムーブメントが、第3のコーヒー波、サードウェーブです。

 

ブルーボトルコーヒーとは、そのサードウェーブを代表するお店です。

 

久木:ブルーボトルコーヒーは、ハンドドリップがメインです。エスプレッソマシンを購入する費用が掛からないので、お金もそれほど掛かりません。

 

ハンドドリップだけでいいなら、いいなあと。それで、カフェになったわけです。

 

ハンドドリップのコーヒー。

要は、人が集まる場所を1つつくって、ワークショップとかをやりながら。自分と周りのかかわりを広げたかったので、業務の形態は何でも構いませんでした。

 

坂上:僕はこのお店の名前にもすごくセンスがあるなと思っているのですが、店名の由来は何でしょうか?

 

久木:店名はデザイナーが付けました。鼻歌のハミングと、カフェで出るサンドイッチのハム。それでハミングアンドゴー。語呂がいいなと思いました。

 

坂上:店名のネーミングは、久木さんではないのですね。すごく意外でした。コンセプトについてはどうなのですか?

 

久木:ハムアンドゴーに関しては、コンセプトも人任せです。

 

坂上:こちらについても、ものすごく意外です。全て久木さんが徹底して決め切っているのかと思いました。

 

久木:人から依頼されて、何かをプロデュースしてほしいという場合は、自分が決め切ります。人の依頼はある程度答えが分かるからです。

 

でも、自分の商売になると、自分でお金を払うので、答えが分からなくなります。なら、誰かに話を聞いてもらって、決めてもらいたい。その方がいいなと思います。

 

坂上:何でも自分でやりたいと思っていた人が、2店舗目を出すころには、店名からコンセプトまで、全て人にお願いするくらい、任せる人になっていたのですね。

 

(編集部コメント:次は第2回。人がやらない商売をやる理由について、続きます。)

坂上翔太(さかがみ・しょうた)
1987年(昭和62年)石川県生まれ。中高社会人とソフトテニス一筋の人生だったが「自分にしかできない何か」を求め退職。2013年(平成25年)、上京後訪れた逗子海岸の海の家<WILD BOAR>で「思い出をつくる」真のサービスに出会う。2017年(平成29年)、生まれ育った能登半島七尾市の漁師町に似ている理由から富山県滑川市に<hammock cafe Amaca>を起業プロデュース。2020年(令和2年)現在、富山県富山市総曲輪に<sogawa parfait lascoo>本格オープン準備中。

久木誠彦(きゅうき・まさひこ)
石川県金沢市出身。2004年(平成16年)に金沢市内に飲食店開業。2014年(平成26年)にカフェ、ハムアンドゴー開業。現在石川県内に4店舗の直営店を運営。「おまめ舎」として、野々市市の官民連携事業<1の1 NONOICHI>をはじめとするプロデュース、業務委託、ブランディング・デザインを手掛ける。

富山県滑川市にある人気のカフェ。
http://cafe-amaca.com/

金沢の四十万(しじま)にあった、ジャマイカ料理を中心とする世界の料理が楽しめる店。

石川県金沢市と野々市にある人気のカフェ。
https://humandgo.com/

金沢の和菓子屋。お洒落なパッケージも人気。
https://www.sakakobo-taro.com/

金沢市の中心部。

この記事を書いた人

坂本 正敬

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