北陸の日本酒と料理の「マリアージュ」論。利き酒師と酒匠で考える(後編)

2020.12.17

vol. 03

若鶴の玄に強弱を

 

池森:爽酒の最後に、ミニバーセットで出そうと思うHARRY CRANESの〈Smoked 幻魚〉とのペアリングを試食してください。

 

―― 幻魚とはどのような食材なのか、下木さんには池森さんからあらためて説明した方がいいかもしれませんね。

 

若鶴酒造によればこの商品は、金沢港で水揚げされた幻魚だと言いますが。

 

池森:富山湾の深海魚で表面がどろどろしているので昔は漁師さんに嫌がられたのですが、料亭などで重宝されるようになり、今では高級魚とされています。

 

下木:へえ、高級魚なのですね。いただきます。

 

 

(下木さん、Smoked 幻魚と玄を口にする。)

 

―― どうでしょうか? パリッとした食感の中にスモークの香ばしさがかむほどに広がる食べ物だと、若鶴酒造の取材では教えてもらいました。

 

 

下木:うん。合わないことはないです。

 

―― 合わないことはない。続きがありそうですね。でも?

 

下木:でも、Smoked 幻魚の方がちょっと強すぎて日本酒が負けています。

 

お互いの食材が尊重し合う点が大事だと先ほど言いました。その意味で、玄とゲンゲはお互いを尊重していて殺し合ってはいないけれど、何て言うんでしょう。

 

ちょっと相容れない部分があります。別々のところで口の中で進んでいくような。合わないこともないのですが、合うこともない。惜しいんですよね。

 

選択肢としては酒器を替えて、ペアリングの精度をより高める方法が考えられます。

 

―― なるほど。ペアリングに微妙なずれがある場合は酒器で微調整する方法もあるのですね。

 

ただ、念のため補足しておきますが、ミニバーセットにこのゲンゲを使わなければいけない理由もないのですよね?

 

池森:はい。若鶴酒造さんとの勉強会を経て私なりに考えた組み合わせなので。

 

―― ゲンゲと玄のペアリングを池森さんはまず提案したわけですが、HARRY CRANESのつまみで合いそうな候補と言えば他に何になりますか。

 

池森:他の日本酒とのペアリングでお出ししたいと思っていた商品として〈白えびスモーク ウイスキーバジル〉〈スモークナッツ with 能登塩〉〈富山ビーフジャーキー〉〈みつばちナッツ+ウイスキー〉があります。

 

―― どうでしょうか。これら全てのHARRY CRANEと玄のペアリングを評価してもらえませんか?

 

下木:分かりました。

幻魚(ゲンゲ)に合う日本酒

〈スモークナッツ with 能登塩〉 撮影:柴佳安

池森:では、スモークナッツ with 能登塩から行きましょうか。

 

(下木さん、実食する。)

 

下木:うーん。こちらはナッツのブラックペッパーがちょっと強すぎて日本酒の良さを消してしまっています。

 

池森:白えびスモーク ウイスキーバジルはいかがでしょうか?

 

薫酒(大吟醸など)とのペアリングで本当は試していただこうと思ったのですが。

 

〈白えびスモーク ウイスキーバジル〉撮影:柴佳安

―― ちなみに、シロエビとは富山湾を中心に捕れる富山の名産ですね。

 

エビは、ゆでると普通赤くなりますが、ゆでると白くなるためシロエビと呼ばれているのですよね。そのシロエビをスモークした食品です。

 

スモークの香りがほとんどしない、シロエビの淡い感じが十分に残された商品だと取材では聞いています。私も試食をしてそのとおりだと思いました。

 

下木:いただきます。

 

(下木さん、実食する。)

 

確かに、淡い香ばしい感じがこちらは楽しめますね。しかし、これを玄と合わせるとなると、その淡い感じを玄が逆に打ち消してしまっています。

 

池森:富山ビーフジャーキーもあります。

 

―― こちらも試食させてもらいましたが、かなり「肉々しい」雰囲気の食べ物です。こんな形容詞があるのか分かりませんが。

 

下木:いただきます。

 

写真はHARRY CRANESの公式ホームページより

(下木さん、食べる。)

 

ジャーキーのお肉の野生感はすごく玄と合うのですが、この商品の場合はジャーキーの塩分が高すぎて、玄のアルコール臭さが出てしまっています。

 

―― 一般的な知識として塩分が高すぎると日本酒のアルコール臭さが引き立ってしまうのですね。

 

池森:最後は、みつばちナッツ+ウイスキーです。熟酒とのペアリングでこちらはお出ししようと思っていました。

 

下木:ハチミツですか。いいですね。はちみつと日本酒は本来合うんです。

 

〈みつばちナッツ+ウイスキー〉

(下木さん、実食する。)

 

うーん。ハチミツと日本酒は合いやすいのですが、池森さんのおっしゃるとおり熟酒くらい強くないと、玄とのペアリングではハチミツが勝ってしまいますね。

 

もちろん、ハチミツでまったりさせる考え方もあるとは思うのですが、ここは漁師町の氷見です。

 

氷見の世界の中でお客さまはこの日本酒を飲むわけで、氷見で合わせる若鶴の辛口 玄は、この土地の民謡や獅子舞に代表されるように、もっと強弱がはっきりとしているべきだと思います。

 

このペアリングは氷見っぽくないです。「もっと来いよ」と僕的には玄に思ってしまいます。

 

玄に合わせるHARRY CRANESのペアリングとしてはやはりゲンゲですね。間違いありません。

 

―― 若鶴酒造で話を聞いた時も、ゲンゲが玄とのペアリングで提案されました。

 

下木:あとは酒器を変えて、ペアリングの精度をどうやってより上げていくかだと思います。

 

―― 能作の酒器は玄のまろやかさを強調し、つるっと流すといった表現が先ほどありました。まるで真珠のような味わいになると。

 

ただ、玄とSmoked 幻魚のペアリングの相性を考えると、その「最強」だったはずの酒器ではゲンゲの方が強くなってしまう。だから、酒器を替えてお酒の表情を変えた方がペアリングの度合いは増すという話でしょうか?

 

下木:はい。そのとおりです。

 

―― ペアリングとはそれほど深い世界なのですね。

 

編集長のコメント:完ぺきな日本酒と酒器の組み合わせも、料理が変わると完ぺきではなくなってしまうとは奥が深いです。日本酒の酒器選びの話に次は続きます。)

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