利き酒師と酒匠で考える。日本酒の「ペアリング」の教科書。(後編)
vol. 02
何でも意外な食材を組み合わせればいいという話ではない。
池森:準備ができました。
坂本:それでは、前編で学んだ4つのカテゴリーごとに試食していきますが、何から試食したいという希望はありますか?
下木:それでは、爽酒(そうしゅ)から試食させてもらってもよろしいでしょうか? 爽酒、薫酒(くんしゅ)、醇酒(じゅんしゅ)、熟酒(じゅくしゅ)という順番で。
坂本:それでは、メニューの説明をお願いします。
池森:お酒はミニバーに出す予定の爽酒<銀ラベル 辛口 玄>です。酒器は雑味を抑えて、まろやかにする能作の<ぐい呑>を選びました。
撮影:柴佳安。
池森:合わせる料理は、まずミニバーセットの候補として、HARRY CRANESの<Smoked 幻魚>(げんげ)です。
HARRY CRANESの<Smoked 幻魚>。写真はHARRY CRANESの公式ホームページより。
他には、店内で出すメニュー案として、混ぜるだけでおいしい柿太水産の<まぜいりこ1>、氷見の干物屋でつくっているホタルイカのみりん干し、ホタルイカの沖漬けです。
写真左下から、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカのみりん干し、右下がまぜいりこ、右上がSmoked 幻魚。料理の脇は能作の酒器に注がれた玄。
下木:では、まずは日本酒からいただきます。
坂本:ちなみに、玄は何度も呑まれているのですか?
下木:好きです。何度も飲んでいます。他に若鶴酒造で言えば、<十八年純米古酒>も少し前に仕入れました。
(下木さんは、日本酒を口に含む。)
ああ、いい感じ。すごくすっきりしている。確かにスズの酒器と玄は合っています。
光沢がありながら、ツルっとしている、光を当てても、それほど光らないのですが、真珠のような印象がありますね。
舌にスズの影響が出ているのだと思います。熟成したうま味を、スズが上手くツルっと流してくれます。ですが一方で、うま味も確かに感じられます。
これが、食材と合わせた時にどうなるか。まずは、ホタルイカの沖漬けからいただきます。
(下木さんはホテルイカを口に運び、玄を口に含む。)
池森:素朴な疑問なのですが、食べ物が口に残っている間に、お酒を飲んでしまうのですね。
下木:はい。
坂本:ホタルイカの沖漬けは、石川、福井の読者には少し縁遠いですかね。
濃厚なワタの風味と、プリっとした食感が絶妙にマッチした食べ物だと思います。いかがでしょうか?
下木:うん。確かに、おいしいですね。すごく合います。でも、フィニッシュのところで落ち着いてしまっている印象があります。
坂本:合格点ではあるけれど。
下木:そうです。十分においしくて、合格点ではあるのですけれど、フィニッシュに何かがあれば、完成するみたいなイメージです。
入れるとしたら、香りが欲しいですね。ユズとか、スダチとかありますか?
池森:ユズならあります。
下木:ピールをおろして、はけか何かで入れてもらえますか?
(下木さん、実食する。)
下木:ああ、エキスは駄目か。ユズの果汁の苦味が出てしまいました。
皮(ピール)だけの香りだけが欲しいんですよね。なら、梅干しとかって、ありますか?
池森:あります。氷見稲積梅です。
坂本:へえ、氷見でも梅干しをつくっているのですね。
下木:梅干しの汁を、ほんのちょっとだけ。
(池森さん、汁を入れる。)
下木:うん、いい感じですね。梅汁でなくても、ゆかりのふりかけでもいいかもしれません。もし求めるなら、塩が入っていないやつです。すごくおいしい。
坂本:お店で出すメニューとしては、玄と能作の酒器、さらにホテルイカの沖漬けに梅汁をちょこっと足らすというペアリングでよろしいでしょうか。
下木:はい。これで完璧だと思います。
玄を能作の酒器で飲み、ホタルイカのみりん漬けをペアリングさせる、完成していると思います。
坂本:次は、ホタルイカのみりん漬けです。
下木:いただきます。
下木:うん。ああ、これは、もう何も言うことがありません。
玄を能作の酒器で飲み、ホタルイカのみりん漬けをペアリングさせる、完成していると思います。
坂本:完璧ですか? すごいですね。
池森:うれしいです。
坂本:どういうところが合っていますか?
下木:みりんと日本酒が、両端でかすがいになっているんですよね。みりんの甘みと日本酒の辛味が、ピタッとくっつくというか。
ホタルイカのコハク酸のうま味、中に入っている墨のうま味と、能作のスズで隠された玄のうま味が、うまくペアリングしています。
最後にゴマの香ばしさが、引き上げてくれて、最後のフィニッシュを奇麗にまとめています。
あと何かできるかと言えば、例えばゴマだけを取り除いて、まとめてフライパンでいり、その温かいゴマを出す直前に振り掛けたらどうなるかなという興味はあります。
ただ、これはもう完璧だと思いますよ。
ホタルイカに梅の汁を入れるような行為は「マリアージュ」に近いかもしれません。
池森:次は、氷見イワシのまぜいりこです。
(下木さん、食べる。)
下木:うん、おいしい。おいしいです。これも、完成品だと思います。
坂本:イリコって何ですか?
池森:氷見産カタクチイワシを釜揚げにしてから乾燥させた水産加工品です。
実はこの商品、最初から酒に合うようにつくっているんです。なので、ちょっとテストでカンニングをしたような感じです。
下木:先ほどと違って、今回はイリコの苦味を、玄が和らげてくれています。
苦味は確かに舌に存在するのですが、苦味だけが進んでいくのではなく、青ノリかな? 青ノリの磯の香りが、うまく上の方で漂っている感じで、おいしいです。
また、硬めの食感もいいです。ここまで柔らかい食感が続いたので、まぜいりこの硬さがアクセントになります。
また、ゴマのプチプチした感じが、先ほどのホタルイカのみりん干しよりも感じ取れます。
坂本:ここまで、すごくいい評価が続いていますが、あくまでも「同調」で、「マリアージュ」にはならないのですね?
下木:まだ「マリアージュ」には入ってはいないですね。
ただ、先ほどホタルイカに梅の汁を入れるような行為は、「マリアージュ」に近いかもしれません。
池森:素材に1つ、想像も付かない食材を入れる行為が、「マリアージュ」の考え方なのですね。
下木:そういう意味では、ホタルイカに梅汁だけではなく、イチゴを入れてあげてもいいかもしれません。イチゴと梅酢。
坂本:その発想はどこから出てくるのですか?
下木:梅とイチゴってすごく合うんですよ。例えば僕の場合はタコを細かく刻んで、梅肉、つぶしたイチゴをあえます。
そこに、メロンや洋ナシのようにフルーティーな日本酒、例えば石川の酒蔵である松浦酒造の<獅子の里 旬>を合わせると、食べた時に、ぶわーっと「マリアージュ」になりました。
坂本:舌の中では、どのように味が進んでいくのですか?
下木:初めに日本酒を入れると、メロン、洋ナシ系のフルーティーな香りが広がります。
次にイチゴの甘酸っぱさが来る。その味が落ちかけた時に、今度は梅の酸味がぶわーっと来ます。
坂本:こういう感覚が「マリアージュ」なのですね。
下木:ただ、何でも意外な食材を組み合わせればいいという話ではなくて、エレガントの要素を入れてあげないと駄目です。
お互いが主張しすぎる食材同士は駄目で、お互いに節度を持って響き合うような食材の組み合わせを、試行錯誤の積み重ねで探っていくという感じですね。
(編集部コメント:単に意外な食材を組み合わせれば「マリアージュ」になるという簡単な話ではない、この道の奥深さを予感させる教訓めいた言葉ですね。
それにしても、ホタルイカに合わせて玄を能作の酒器で飲むなんて、想像しただけでおいしいそうです。早速、試してみたくなりました。
次は第3回。ミニバーセットのペアリング論に続きます。)
http://kakita-himi.net/item/nibo_06.html
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