「お雑煮」というと「アンコのぜんざい」を指す場合があります。
写真はイメージです。写真:農林水産省のホームページより。
旧北陸道の宿場を福井から富山に向けてたどりながら、各地のお雑煮の特徴を探ってきました。
石川県を大きく分けると、能登と加賀に区分けができます。旧北陸道は加賀を横切って、能登に入らずに富山方面に向かっているため、これまで能登のお雑煮については触れてきませんでした。
しかし、前回の記事では、2つのお雑煮文化圏マップを掲載し、「丸もち×角もち」の分岐ラインが能登半島周辺で大きく蛇行しているとは書きました。
株式会社お雑煮やさん代表・粕谷浩子さんが監修した農林水産省のホームページ情報を基に、<HOKUROKU>で作成。
農林水産省のホームページ(https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1101/spe2_01.html)に掲載された奥村彪生さんの作画を引用。
しかも、お雑煮やさん代表・粕谷浩子さんが監修した農林水産省のホームページ情報と、伝承料理研究家の奥村彪生さんが、農林水産省や文化庁編著<お雑煮100選>(女子栄養大学出版部)に提供したお雑煮文化圏マップでは、能登半島に引かれた分岐ラインの形が違います。
この相違を見ると、能登には一筋縄では分類できない、バラエティー豊かなお雑煮の姿が存在しているように予想されますが、実際はどうなのでしょうか?
能登半島の根元は、「角もち×すまし汁」文化圏。
<HOKUROKU>は今回の特集をつくるにあたって、北陸3県にある全51の自治体に、お雑煮に関するアンケート調査を行っています。
能登半島に関係した自治体からの回答を見ると、能登半島の根元にある石川県羽咋市からの情報提供が参考になります。
羽咋市の位置。<白地図専門店>の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
担当者はHOKUROKUからの質問を受け、関係各所に聞き取り調査を実施してくれたと言います。その結果、主流派として、
- 角もち(焼く)×すまし汁
というパターンが羽咋市では最も多かったそう。
もちに関してはばらつきが見られたようですが、石川県はすまし汁文化圏に属しますし、手取川より東の地域は角もち文化圏に属する点を考えても、納得の答えですね。
石川県内のお雑煮の特色を調べた論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」を見ても、羽咋市のお雑煮の主流派はやはり、「角もち(57.1%)×丸もち(35.7%)」だと明らかにされています。
氷見市の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
県境を無視して能登半島全体を眺めると、羽咋市は能登半島の西岸の根元にあり、東岸の根元には富山県の氷見市があると分かります。
氷見市の担当者によれば、同市のお雑煮の姿は、
- 角もち(焼かない)×すまし汁
だと言います。
羽咋市、氷見市の答え、さらに論文の結果を合わせて考えると、能登半島の根元は「角もち×すまし汁」文化圏に属すると分かります。
その意味で、先ほど掲載した2つのお雑煮文化圏マップにおける能登の扱いは、HOKUROKUの調査結果から考えると、どちらも正確ではないと分かります。
4割を超す世帯で、アズキ汁のお雑煮が食べられている。
羽咋市の北側にある志賀町からも、HOKUROKUのアンケート調査に対する回答がありました。
志賀町の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
担当者によれば、同町のお雑煮の姿は主に、
- 角もち(焼く、または焼かない)×すまし汁
が多いと言います。やはり、能登半島の根元は「角もち×すまし汁」の文化圏に属するようです。ただ、志賀町の担当者からは、すまし汁に関して気になる情報提供もありました。
「主にすまし汁ですが、『お雑煮』というと『アンコのぜんざい』を指す場合があります。」
「お雑煮」というと「アンコのぜんざい」を指すとは、一体なんなのでしょうか?
全国から集めた伝統の味 お雑煮100選(女子栄養大学出版部)など既存の資料を見ると、鳥取や島根といった山陰地方には、全国を大別するみそ汁文化圏、すまし汁文化圏とは異なる、アズキ汁文化圏があると書かれています。
お雑煮やさん代表・粕谷浩子さんが監修した農林水産省のホームページ情報を基に、HOKUROKU編集部で作成した。
何度か掲載した上のお雑煮文化圏マップの山陰(中国地方の日本海側)にも注目してみてください。やはりアズキ汁文化圏が見られると分かりますよね。
この全国でもまれなアズキ汁文化圏が、石川県の能登半島では確認されているようです。
石川県内のお雑煮の特色を調べた論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」でも、実はその傾向が見て取れます。
同論文によれば、石川県志賀町のお雑煮を仕立ての種類で分類すると、
- すまし汁(64.9%)
- 白みそ汁(5.4%)
- アズキ汁(43.2%)
という割合になっています。アズキ汁文化圏が「確認される」どころか、実は4割を超す世帯で、アズキ汁のお雑煮が食べられているのですね。
輪島市鵜入町(地図内で左の丸)、町野(地図内で右の丸)の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
守田良子らによる編著<日本の食生活全集17 聞き書 石川の食事>(社団法人農山漁村文化協会)にも、輪島市鵜入(うにゅう)町と、同じ輪島市の町野におけるお雑煮(アズキ汁)の記述があります。
里山の町野については、
<正月三が日の朝は、小豆雑煮にする>(日本の食生活全集17 聞き書 石川の食事(農山漁村文化協会)より引用)
とあります。外浦(能登半島の西岸)の鵜入町についても、
<雑煮は三が日とも小豆雑煮を食べる。丸もちを別なべに豆幹の火で煮ておき、小豆を白砂糖と塩で味つけして煮た汁の中へ入れる>(同上)
とあります。先ほどの論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」でも、輪島市のお雑煮には、
- すまし汁(73.3%)
- みそ汁(0%)
- アズキ汁(33.3%)
と、アズキ汁文化圏の浸透を物語る数字が明らかにされています。
お雑煮に関する情報提供をHOKUROKUの公式<Twitter>で呼び掛けると、輪島市の@nomikai1988さんからは、次のような情報が寄せられました。
4.かな?
石川県輪島市
角餅で焼かずにそのまま煮ます。
輪島が全部同じとは言えません。
— 舳倉(へぐら):ヘッダーは「まれの丘」 (@nomikai1988) November 23, 2020
これまで分かってきた情報を踏まえて、リプライの内容を解釈すると、輪島市の主流派はすまし汁でありながら、「全部同じとは言えない」=「アズキ汁派も居るんだよな~」という文意が読み取れます。
すまし汁派とアズキ汁派が拮抗してさえいる。
この能登半島、さらに言えば山陰を含めた日本海側の一部で見られるアズキ汁文化圏は、どのように解釈すればいいのでしょうか?
宝達志水町の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」によれば、同じ能登半島でも宝達志水(ほうだつしみず)町の雑煮になると、
- すまし汁(52.9%)
- みそ汁(23.5%)
- アズキ汁(52.9%)
と、すまし汁派とアズキ汁派が拮抗している状況さえ見られると言います。
島根県のアズキ雑煮。写真:農林水産省のホームページより。
まず、結論から言えば、日本海側で見られるアズキ汁については、はっきりとした背景が分かっていないそうです。ただ、仮説として、日本海を挟んだ朝鮮半島の影響が1つに挙げられています。
赤色をした小豆という作物には、魔除けなど神秘的な力があると、中国・朝鮮では信じられていたそうです。
その神秘的な力が行事や儀式などで重宝され、日本海を挟んだ対岸の国々では、あずき粥(がゆ)が正月や冬至に食べられてきました。
こうした行事食を中心とするアズキ文化が朝鮮半島経由で日本海側に伝わり、結果として能登のお雑煮にも影響を与えたと考えられるのですね。
能登の海。撮影:柴佳安。
視野を広く東アジア全体の地図を見れば、能登半島は日本海に突き出した、日本への入り口にも見えます。
北陸は日本海の玄関口として、古来から朝鮮半島、中国大陸と交流してきました。その歴史は、さまざまな研究で明らかにされています。
思えば、HOKUROKUの特集「北陸3県で考える。コーヒー・タンブラーのある暮らし。(調査編)」の取材でも、福井県や石川県の海岸線に、中国や朝鮮半島からのごみの漂着物を山ほど見て、対岸の国々の「近さ」を感じました。
朝鮮半島からアズキ文化が伝わった時期と場所、能登の一般庶民におけるお雑煮文化の発展過程などを、時系列で丁寧に追いかけた先行研究が見付からなかったので、どれだけ正確な仮説なのかは判断できません。
ただ、直感をベースに判断すると、この地理的な「近さ」が、山陰だけでなく、北陸の能登のお雑煮にも影響を与えたという話には、ちょっとした説得力がありますよね。
能登町の道路標識と海。撮影:柴佳安。
最後に総仕上げとして、能登半島全体のお雑煮の主流派をまとめておきましょう。
能登半島ではアズキ汁文化が色濃く見られると紹介しましたが、主流派はあくまでもすまし汁です。
また、能登半島の根元までは「角もち×すまし汁」が主流だと分かりました。この話は、能登半島全体に共通するのでしょうか。
能登半島北部の自治体の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
これまでに取り上げていない能登半島の自治体は、北東の先端から、珠洲市、輪島市、能登町、穴水町、七尾市、中能登町です。
これらの地域におけるお雑煮の主流派を論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」で調べると、次のようになっています。
- 珠洲市・・・丸もち(92.6%)×すまし汁(81.5%)
- 輪島市・・・丸もち(80.0%)×すまし汁(73.3%)
- 能登町・・・丸もち(92.6%)×すまし汁(81.5%)
- 穴水町・・・丸もち(95.2%)×すまし汁(66.7%)
- 七尾市・・・丸もち(87.1%)×すまし汁(77.4%)
- 中能登町・・・丸もち(64.5%)×すまし汁(64.5%)
要するに、能登半島の北部は「丸もち×すまし汁」が主流派だと分かります。
お雑煮に関するHOKUROKU独自の自治体アンケート調査においても、能登町の担当者は「まちの公式見解ではない」と断りを入れた上で、
- 丸もち×すまし汁
と回答を寄せてくれています。
志賀町、羽咋市、宝達志水町、富山県の氷見市の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集。
一方で能登半島の根元である志賀町、羽咋市、宝達志水町、富山県の氷見市はこれまでに、「角もち×すまし汁」が主流派だと紹介しました。
以上を総合して能登半島における「丸もち×角もち」の東西お雑煮分岐ラインを引き直すと、次のようになると分かります。
丸もちと角もちの境界線。手取川周辺(特に山間部)の正確な境界線は未調査。また、富山県東部の沿岸部(魚津市、黒部市)のお雑煮については、丸もちの文化圏をHOKUROKUの独自調査でも確認できたため、先行研究のラインを採用した。マップはフリー素材の白地図を使ってHOKUROKUで作画した。
この図をもって、北陸のお雑煮の境界線は、ほぼ確定と言えそうですね。
(編集部コメント:これで北陸3県のお雑煮境界線を探る特集は終わりです。
京都を中心とした関西で主流のみそ汁文化圏と、関東で誕生したすまし汁文化圏の境界線は、福井と石川の県境近くを通っていました。
西日本の丸もち文化圏と、東日本の角もち文化圏の境界線は、石川県内の手取川がその役割を果たし、能登半島では先ほどのイラストのように走っているとも明らかになりました。
さらに、能登半島には山陰地方で見られるアズキ汁文化圏も色濃く見られると分かりました。
具材については多種多様で、福井の若狭地方には、黒砂糖を入れる文化もありましたね。
年明けに食べた皆さんのお雑煮は、どのような姿をしていましたか?
北陸3県のお雑煮の姿や文化圏を想像しながら、自分のお雑煮を見詰め直すと、また味わいも違ってくるかもしれませんよ。)
文:坂本正敬
編集:武井靖、坂本正敬
[参考文献]文化庁編著<お雑煮100選>(女子栄養大学出版部)
堀田良ら編著<日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事>(社団法人農山漁村文化協会)
守田良子ら編著<日本の食生活全集17 聞き書 石川の食事>(社団法人農山漁村文化協会)
粕谷浩子著<お雑煮マニアックス>(プレジデント社)
小林一男、五十嵐智子、酒井登代子編著<日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事>(社団法人農山漁村文化協会)
JTAAジャパンテーブルアーチスト協会<日本の美しい食卓歳時記>(誠文堂新光社)
全国のいろいろな雑煮 - 農林水産省
アズキ - 農林水産省
北陸学院大学・北陸学院大学短期大学部研究紀要「石川県における行事食と調理文化に関する研究」
お雑煮研究所
日本列島と朝鮮半島~お正月に餅の入ったスープを食べる人たち - 韓東賢
小豆雑煮 島根県 - 農林水産省
「普通」が人によって違う雑煮 鳥取の甘い味の謎を追う - 朝日新聞
第5回 「古代北陸の国際交流」 - 日本海学推進機構
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