福井・石川・富山のどこにある? 東西お雑煮の境界線。

2021.01.07

vol. 04

富山県の一角には「飛び地」のように丸もち文化圏が見られる。

富山県東部の滑川市。旧北陸道に架かる橋。橋の向こう側は富山湾。撮影:柴佳安。

お雑煮発祥の土地、京都方面から新潟方面に抜けるまで、旧北陸道の宿場をたどりながら東西お雑煮の境界線を北陸3県の中に探す今回の企画。

 

福井県と石川県の県境近く、大聖寺川周辺でみそ汁文化圏とすまし汁(しょうゆ仕立て)文化圏の境界線が現れました。次に石川県内の手取川が、丸もち文化圏と角もち文化圏の境界線の役割を果たしているとも分かりました。

 

手取川から東にある白山市、野々市市、金沢市、津幡町などは、角もち×すまし汁のお雑煮を食べる人たちがいずれも8割を超すなど、多数派だと証明する論文もあります。

 

みそ汁文化圏とすまし汁文化圏の境界線、さらには丸もち文化圏と角もち文化圏の境界線を、いずれも石川県内で越えたわけです。

 

この先、旧北陸道を新潟方面に向かって富山県内を進んでも、お雑煮の種類には「角もち×すまし汁」しか見られないと予想されますが、実際はどうなのでしょうか?

富山市の内陸部でも、お雑煮の姿は「角もち×すまし汁」。

旧北陸道の主な宿場。話題は富山県内へ。イラスト:武井靖。

結論から言うと、一部の「飛び地」のような例外を除いて、やはり富山のお雑煮はどこも「角もち×すまし汁」でした。

 

旧北陸道の主な宿場は現在の富山県内に入ると、今石動(いまいするぎ、現・小矢部市)→高岡(現・高岡市)→小杉(現・射水市)→岩瀬、水橋(現・富山市)→滑川(現・滑川市)→魚津(現・魚津市)→泊(現・朝日町)と続きます。

 

<HOKUROKU>では、北陸3県にある全51の市町村にアンケート調査を行い、各地のお雑煮の特色を聞いています。

 

例えば石川県と県境を共にする富山県小矢部市の担当者に聞くと、同市のお雑煮は、

  • 角もち(焼かない)×すまし汁

だと言います。周辺に目を向けても、小矢部市の南北に位置する氷見市・南砺市も共通して、

  • 角もち(※南砺市の場合、一部に丸もち)×すまし汁

といった特徴があると、それぞれの担当者が教えてくれました。

 

小杉(現・射水市)の位置。<白地図専門店>の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集した。

小矢部市から新潟方面に目を向け、小杉の宿場があった射水市の担当者に聞いても、

  • 角もち(焼かない)×すまし汁

と、同市のお雑煮の特徴が出てきます。

 

水橋(現・富山市)の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集した。

旧北陸道をさらに東に進んだ、現・富山市の海沿いにある水橋のお雑煮については、堀田良らによる編著<日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事>(社団法人農山漁村文化協会)にも詳しいです。

 

同書は大正時代の終わりから昭和の初めころまでの富山県の食を調査・取材した内容です。富山市水橋金尾新で聞き書きした、水橋のお雑煮については、

<角もちをやわらかくゆでて茶わんの中に入れ、別のなべに煮ておいた具の入っただし汁をかける。>(日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事(社団法人農山漁村文化協会)より引用)

とあります。このだし汁についても、

<醤油と砂糖で味つけした>(同上)

と書かれていますから、すまし汁(しょうゆ仕立て)だと分かります。

 

水橋は漁港なので、富山市でも海沿いに位置しています。しかし、富山市は内陸部まで南北に43.8kmと長く、山沿いには<おわら風の盆>で有名な八尾もあります。

 

八尾(富山市)のまち並み。撮影:柴佳安。

八尾(富山市)のお雑煮については、HOKUROKUが公式<Twitter>で情報提供を呼び掛けると、次のような回答が得られました。

 

 

やはり、富山市の内陸部でも、お雑煮の姿は「角もち×すまし汁」なのですね。

富山県東部のお雑煮には、不思議な現象が見られます。

富山市より東側も、基本的にすまし汁文化圏×角もち文化圏が続きます。

 

旧北陸道で言えば、水橋の先は魚津(現・魚津市)や泊(現・朝日町)などの宿場が続きます。

 

旧北陸道の主な宿場。話題は富山県の東部へ。イラスト:武井靖。

ちょうど魚津市と朝日町の間にある入善町のお雑煮については、HOKUROKUの自治体に対するアンケート調査で、

  • 角もち(焼く)×すまし汁

という回答を得ています。入善では「焼く」という言葉も出てきました。

 

関東のお雑煮に入れる角もちは、焼いてからすまし汁に入れます。一方で京都を中心に定着する西日本の丸もちは、焼かずに汁に入れます。

 

石川県の手取川を境に始まる、これまで見てきた角もち文化圏の大半の地域では、角もちを焼かずにすまし汁に入れていました。

 

焼かない理由は、西日本の丸もち文化圏の影響が考えられます。

 

しかし、同じ北陸でも関東圏に最も近い入善町では、角もちを焼いて入れるお雑煮も見られるようになるのですね。

 

魚津市、黒部市、入善町、朝日町の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集した。

しかし、ここで話は終わりません。富山県の東部のお雑煮には、不思議な現象も見られます。

 

富山県の東部には「飛び地」のように、丸もち文化圏が定着しているエリアが一部に存在しているのです。

 

富山県東部のイレギュラーなお雑煮の存在を知ったきっかけは、知人たちに行った聞き取り調査でした。

 

宇奈月温泉。写真:とやま観光推進機構。

旧北陸道の宿場があった朝日町で製材所を経営する人、さらには黒部市の宇奈月温泉で生まれ育った知人に聞き取りをすると、想定通り、朝日町の経営者からは「角もち(焼く)×すまし汁」という回答を得られました。

 

回答者の母親が富山県高岡市出身で、高岡流のお雑煮だと補足もありました。朝日町のスタンダードとしては、

 

「魚のアラでだしをとって、身をほぐし入れて、豆腐や野菜などを入れごっちゃ煮にするという感じが、新川地区のお雑煮にだと聞いたことがあります」

 

とも教えてくれました。新川地区(朝日町を含む富山県東部)のお雑煮については、日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事(農山漁村文化協会)にも記載があります。

<雑煮は、ふくらぎ、さば、たいなどの焼き魚の身をほぐしたものや、こんにゃく、ごぼうとにんじん、焼き豆腐、ねぎなどを入れた実だくさんの澄まし仕立てのものである>(日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事(社団法人農山漁村文化協会)より引用)

まさに先ほどの朝日町の経営者から寄せられた情報と、合致する内容です。

 

新川地区のお雑煮。写真:農林水産省、北海道農政事務所のホームページより。

問題は、黒部市の宇奈月温泉で生まれ育った知人の回答でした。

 

「わが家は、生地(黒部市)がルーツです。」

 

と前置きがあった上で、

  • 丸もち(焼かない)×白みそ

と、完全に関西風のお雑煮を食べていると答えます。

 

回答者の暮らす宇奈月温泉は山間にあり、「ルーツ」の生地は同じ黒部市でも海沿いの漁港です。

 

これまでに紹介してきた北陸学院大学・北陸学院大学短期大学部研究紀要の論文「石川県における行事食と調理文化に関する研究」でも、住民の100%が角もち、100%がすまし汁の地域は存在しないと分かっています。

 

黒部市の知人から得た回答は、「例外」「少数派」と判断してもいいのでしょうか?

富山県東部の一角に「飛び地」のように、丸もち文化圏が割り込んでいる。

株式会社お雑煮やさん代表・粕谷浩子さんが監修した農林水産省のホームページ情報を基に、HOKUROKU編集部が画像作成した。

今回の特集、第1回の記事で掲載したお雑煮文化圏マップを覚えていますか?

 

あらためて日本列島の中央に引かれた丸もち・角もちの分岐ラインに注目してください。

 

日本海側で線が「N」のアルファベットのように大きく蛇行して、西日本の丸もち文化圏が、富山県東部にある沿岸の土地に割り込んでいる様子が分かります。

 

似たような地図として、伝承料理研究家の奥村彪生さんが、農林水産省や文化庁編著<お雑煮100選>(女子栄養大学出版部)に提供したお雑煮文化圏マップがあります。こちらでも、丸もち・角もちの分岐ラインの蛇行が確認できます。

 

農林水産省のホームページ(https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1101/spe2_01.html)に掲載された奥村彪生さんの作画を引用。

奥村彪生さんの作画では、丸もち文化圏が富山県の東部、魚津市に割り込んでいる様子が分かります。先ほど「丸もち×白みそ」とHOKUROKUの取材に答えた協力者の暮らす黒部市は、魚津の東隣です。

 

再掲。魚津市、黒部市、入善町、朝日町の位置。白地図専門店の白地図をHOKUROKU編集部が画像編集した。

レシピ検索サイト<cookpad>にも、「具沢山!富山の雑煮(新川地区)」というレシピの投稿があり、その中には、

<新川地区でも魚津周辺は丸餅や味噌仕立てもあるそうです>(cookpadより引用)

という記述も見られます。では、どうして魚津・黒部周辺の一角にだけ、「飛び地」のように丸もち文化、場合によってはみそ汁文化までもが割り込んでいるのでしょうか?

 

黒部市の宮野山から眺めた黒部の風景。写真:黒部・宇奈月温泉観光局。

この点については、残念ながら信頼できる情報を得る前に、特集の公開日を迎えてしまいました。しかし、パワフルな仮説は思い付きます。

 

先ほども紹介した、日本の食生活全集16 聞き書 富山の食事(社団法人農山漁村文化協会)には、魚津を中心とした新川地区の特徴として、閑散期の出稼ぎ文化に関する記述があります。

 

富山県東部の魚津周辺は全体に、海と山が地理的に迫っていて、平野の面積が同じ県内の富山平野や砺波平野と比べると限られています。そのため、昔から暮らしの中で漁業の占める比重が、大きかったと言います。

 

しかも、同じ富山県内の西部にある氷見のように、定置網業を中心とした土着型の漁業スタイルでもありません。農地も持たない新川地区の専業漁師たちは、北方を中心とした出稼ぎ漁業に積極的に出てきた歴史があると言います。

 

富山県東部は全体的に海と山が迫っており、平野部が少ない。写真:黒部・宇奈月温泉観光局

同書によれば、北海道の郷土料理である三平汁を食べる文化が、魚津では見られると言います。丸もちと角もちのお雑煮が共存する北海道で、魚津の漁師が丸もち文化に影響を受け、魚津に持ち帰ってきた可能性もあるはずです。

 

もちろん、この仮説はたった1冊の本に書かれた情報のみで組み立てた想像上の話にすぎません。

 

魚津の漁師がどの程度の頻度で、北方のどの地域に出稼ぎ漁に出ていたのかを追って調べる必要があります。

 

しかし、なんであれ事実として、富山県の一角には「飛び地」のように丸もち文化圏、さらにはみそ汁文化圏が見られるわけです。

 

この謎を解くヒントを知っている人は、ぜひ「オプエド」(コメント機能)で教えてください。

 

関連:こんなのもあるんです。『HOKUROKU』のコメント欄「オプエド」。

 

(編集部コメント:次は最終回。旧北陸道から外れる能登のお雑煮を紹介します。)

cookpad「具沢山!富山の雑煮(新川地区)」
https://cookpad.com/recipe/5848169

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