工芸を巡る旅が歴史を巡る旅に
―― 〈金沢21世紀工芸祭〉や〈工芸未来派展〉など個別のイベントにこれまでかかわりながら、実績を残してこられた様子が分かりました。
そうなると、素朴な疑問を感じます。幾つもの工芸イベントをすでに展開しているのに、どうして北陸全体を舞台としたGO FOR KOGEIをあらためて始めようと思ったのでしょう?
浦:現代アートと違って工芸は、さまざまな条件が地域的に整わないと成立しないと思います。
その土地で陶石10が採取できるだとか、曹洞宗の大本山だった總持寺祖院(そうじじそいん)があるだとか、大陸と近いだとか、北前船の経由地であるだとか。
それらの条件に合致する土地が北陸には多くあり、凝縮されているのだと思います。
その証拠に、金沢以外にも、全ジャンルを見ていくと能登や加賀、高岡、越前、鯖江なども工芸が充実しています。
だからこそ、北陸全体の背景を見て、北陸全体で網羅する方が自然なのだと思いますし、この北陸の特殊な環境による価値を、日本全体の中でどう高めるかだと思うんです。
―― 北陸各地に点在する展示場所が、神社仏閣という点もすごく印象的ですよね。
具体的に言えば今回は、富山県高岡市の勝興寺と石川県小松市の那谷寺、福井県越前町の岡太・大滝神社が特別展の会場になっています。
いずれも、敷地内の建築や庭園を利用して作品が飾られています。
工芸イベントを神社仏閣で開催された理由はそもそもなぜでしょうか。
浦:工芸は、アートに近い作品から民芸11までさまざまな領域がありますが、この展示では、北陸の国宝や重要文化財を背景に、工芸のトップランナーたちが立体的な工芸を題材にアート作品を展示すると、どんなストーリーが生まれるかといったテーマに挑戦したいと思っています。
また、特別展の会場になる建築物もそれぞれに歴史と特徴があります。
例えば、越前町の岡太・大瀧神社は屋根に特徴があります。本堂と拝殿12が一緒になっていて、建築家の中でもファンの多い建物です。
那谷(なた)寺(小松市)は、自然豊かな庭が特徴的なお寺です。以前は、銅が採れる鉱山でした。古くは、金も採れたそうです。
勝興寺(高岡市)は、前田藩とも関わり深い、室町時代からの書院造り13のお寺です。
このように特別展の会場は建築物としても極めて特徴的な背景を持っていますので、工芸と空間の関係性も楽しんでいただきたいです。
また、神社仏閣が展示内容と深く絡んでいる結果、工芸を巡る旅がいつの間にか歴史を巡る旅に変わるかもしれません。工芸をきっかけに北陸の歴史や生活様式を体験できる可能性もあります。
工芸と建物を一体化できないか
―― ちょっと本題から外れる気もするのですが、工芸と建築で言えば、浦さんは本業の建築で「工芸建築」という考え方も打ち出していますよね。
北陸を巡る旅を考えた時、宿や飲食店、ショップなどさまざまな体験にも建築は関係してくると思います。
ちょっとだけ解説していただけないでしょうか。
浦:「工芸建築」という言葉は私ではなく、先ほどの秋元さんがつくった造語です。
工芸作品は動かせますから、動産じゃないですか。その工芸作品を不動産化するといったイメージです。
―― なるほど。
坂本:ちょっと私には分からないです。
浦:普通、建築の中に工芸が置かれます。しかし、インテリアとして建築に置かれる工芸ではなく、工芸と建物を一体化できないかと考え、広めていこうと模索しています。
―― 具体例は何かありますか?
浦:実は最近、ベルリンで〈忘機庵〉という茶室を設計・制作しました。
ドイツのベルリン大聖堂の隣に、フンボルトフォーラムというベルリン王宮の外観を復元した総合文化施設があります。
その中にある国立アジア美術館の日本フロアで茶室をつくるコンベティションがあって、陶芸家や漆芸家14、金工作家などと「工芸 × 建築」を軸にした企画案をプレゼンし、通りました。
コンセプトの段階から工芸作家さんに入っていただいたので、建築家だけでは発想できなかったアイデアが盛り込まれています。
また、ちゃんとした茶室である点も評価されました。
坂本:ちゃんとした茶室とはどういう意味でしょうか。
浦:茶室は禅とつながっています。「破壊と想像」をテーマにしたこの茶室も、禅の精神の1つ1つを建築で表すために、素材だったり産地だったりが、さまざまな形で絡んできます。
さらに、特徴を持ったそれぞれの要素が、実用性を持った茶室という空間で1つになるように考えられているという意味です。
―― 「ちゃんと使える」という話に関連して言うと、料理の撮影現場で撮影用につくられた料理は食べられないケースが多いです。
おいしそうに見せるために必要以上の上げ底をしたり、油を使ったり、みりんを塗ったりして、実際とは味が変わっています。
でも、ちゃんとおいしい、食べられる料理を撮影現場で出すフードコーディネーターはクライアントから評価されます。実際に現場を見ていますので、似たような話なのかなと思いました。
浦:あと昔は、大工の棟梁だとか、さまざまな職人が、1つの建築物をつくり上げていました。
しかし、ディテールまで建築家が決めすぎて、余白というか、ある種の多様性が薄れてきた気もします。
そういった意味でも、コンセプトの段階から工芸作家さんに入っていただき、意見を出し合って、皆でつくりました。
―― 身近な例が北陸にもありますか?
浦:最近リニューアルした能美市の〈九谷ステイ〉です。
牟田陽日(むた ようか)15さんを始め、8人の九谷焼作家さんが1人1部屋をプロデュースしたホテルです。
また、金沢西病院(金沢市)では、九谷焼作家さんにお願いして絵を壁に描いてもらい、実際の九谷焼で一部を装飾するなどの形で「工芸建築」を手掛けています。
―― 「工芸建築」は身近な北陸にもすでに幾つか例があるのですね。
また、工芸を巡る旅がいつの間にか歴史を巡る旅になっているという先ほどの話に戻ると、福井の特別会場である岡太・大瀧神社に先日行ってきました。
会場周辺にある越前和紙の産地は和紙の発祥の地みたいで、現地で紙をすいている職人さんから「会場になっている神社は日本で唯一の紙の神様を祭った神社だ」と聞きました。
現在のお札もこの地で開発された技術が使われているそうです。
これも、工芸と土地と歴史が絡みあい、奥深さを実感するエピソードなのかなと思いました。
(編集長のコメント:脱線ついでに。
「工芸建築」の発想をもって、金沢にある町家の空き家をリノベーションしていきたいとも浦さんは取材中に語っていた気がします。
金沢の空き家が、金沢らしい工芸と歴史ある町家建築の掛け算で生まれ変わっていけば、金沢全体のまち並みにも他に類を見ない見ごたえが出てくるだろうという話だったと思います。
それこそ金沢のまち歩き、散歩が余計に楽しみになりそうですね。
次からは、GO FOR KOGEIの会場や名前の由来について、浦さんに聞いていきます。)
11 民衆の生活の中から生まれた、実用性と素朴な美しさが愛好される手工芸。
12 礼拝のために本殿の前に設ける神社の前殿。
13 室町時代に誕生した武家屋敷(住宅)の様式。障子やふすま、棚、床の間などがある座敷を意味する場合が多い。
14 漆器など、漆の工芸品を制作する工芸家。
15 ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科卒業。陶磁器に彩色を施す色絵の技法を使って、食器・茶器などの美術工芸品を制作し、アートワークも手掛ける。国内外で個展を開く。
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