北陸は工芸の集積地
はじめに
「工芸マイクロツーリズム」という不定期連載を〈HOKUROKU〉では少し前に始めました。
新型コロナウイルス感染症の影響で遠出ができない状況の中、もっと身近な旅を楽しもうという趣旨で「楽しむからには目的が必要、その旅の楽しみは?」と思った時に、工芸を中心に置いてみた企画です。
「なんで、工芸?」
と思う人も少なくないはずです。工芸品なんて実家とか、おじいちゃん・おばあちゃんの家とかの床の間や棚の中にあって、誰にも使われないままほこりを被っているような印象ではないでしょうか。
しかも、難しそうでもあると。よく分からない上に、若い人たちの暮らしからはすでに縁遠い存在にも思えるはずです。
しかし、古臭いからと勝手に決め付けて無視していたらもったいない存在が工芸みたいだぞと、調べるうちにどうやら分かってきました。
連載の初回で話を聞いた国立工芸館(金沢市)の唐澤館長いわく、全国にも類を見ないくらい多種多様な工芸の技法・作家が、石川を中心とした北陸には集積しているらしいです。
例えば、人間国宝の数がすごいだとか、工芸づくりを職人と一緒に体験できる小学校まで存在するだとか、ほぼ全ての工芸部門を単体で網羅できるくらい日本工芸会1の石川支部は作家の層が厚いだとか。
工芸を「見る」「買う」「つくる」場面で考えても金沢は特に工芸が充実した土地だとの言葉もありました。
要するに、事、工芸に関して言えば北陸は、すごく恵まれた土地なわけです。
しかも、その楽しみ方は、好きか・嫌いか・どうでもいいかを考える、それだけでいいとも前の取材で教えてもらいました。
余計な予習は一切不要。好きか・嫌いか・どうでもいいかを感じたら、その気持ちを掘り下げればいいわけですから「工芸って難しそう」という印象は完全に覆されますよね。
その学びを生かし、連載の第2回では、好きか・嫌いか・どうでもいいかを実際にどこかで感じてみようと思い、富山・石川・福井の北陸3県を舞台にした北陸工芸の祭典〈GO FOR KOGEI 20222〉を取り上げます。
現代アートだとかデザインだとか、隣接するジャンルとの掛け算で工芸を楽しませてくれる、しかも、作品の展示会場に神社仏閣を使っているGO FOR KOGEIを最初に知った時、編集長の私・坂本の第一印象は「おしゃれ」と「格好いい」でした。
要するに、従来の工芸のイメージとは異なるわけです。
さらに、展示場所の展開が北陸3県に及んでいます。県境を超えて北陸の広さで物事を考えるHOKUROKUとシンパシーを大いに感じて、なんだか心までときめいてしまいました。
そこで、GO FOR KOGEIのプロデューサーである浦淳さんを人づてに紹介してもらい取材を申し込みます。
一体、どんなイベントで、何が楽しめて、どんな気付きや学びがあるのだろうと聞いてみたかったからです。
当然、インタビュアーとしては編集長の私・坂本が浦さんに聞きに行く予定でした。
しかし、直前になって、新型コロナウイルス感染症の濃厚接触者になってしまったので、もともと取材に帯同する予定だったHOKUROKUのウェブディレクター・武井に急きょ、全ての質問を託し、インタビュアーを務めてもらいました。
武井は、GO FOR KOGEIを含めて北陸の大きな工芸イベントはほとんど行っている筋金入りの工芸ファンです。
もともと北陸の外に暮らしていて、こちらに引っ越してきてからファンになった人なので、ある意味で、適任者かもしれません(ちょっと工芸を知りすぎの面もありますが)。
自宅待機の私は一方で、オンラインで現場につないでもらい、自宅から〈ZOOM〉越しでの参加となりました。
以下に続く読み物は現場で武井が聞き、浦さんが答えるという構図が基本になっています。時々、その会話に横から私が加わります。
「工芸って古臭い」「ダサい」「堅苦しい」と思っている人から「(富山・石川・福井には)本当に何にもないよね」と思っている人まで、最後までぜひ読んでみてください。
一生ものの趣味や楽しみは身近な場所に実はあるんです。
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―― はじめまして。HOKUROKUのウェブディレクターの武井靖です。
編集長の坂本が本来は取材させてもらう予定だったのですが、事情があって急きょ私とバトンタッチしました。
引き継ぎがそんなにしっかりできていませんがよろしくお願いします。
浦:かしこまりました。大丈夫です。よろしくお願いします。
―― 今回取材させてもらう特集の趣旨は工芸をテーマにした小旅行です。
「コロナ」が出始めたころ、あまり遠くへ出掛けられない状況の中で1泊2日の近場の旅行を提案できないかなと考えた時に、北陸を巡る旅の目的として工芸に視線が向かいました。
国立工芸館も移転してくるし、北陸の工芸に注目が集まった時期でもあったからです。
ただ、工芸に関して専門的な知識を持つ人間が編集部内に居なかったので、産地だったり、種類だったり、技法だったり、楽しみ方だったりの基礎的な部分をまさに、金沢に移転してきた国立工芸館の館長である唐澤昌宏氏に教えていただいて、それを第1弾としました。
その話を受けて第2回からは産地に飛び出していこうと考えていました。
ただ、産地に飛び出していこうと思っても、それこそ北陸には、たくさんの工芸の産地があります。
北陸って、こんなにすごい場所だったんだと調べるほどに分かって、最初にお出掛けする場所を1つに絞りきれなくなってしまいました。
ちょうどそんな時に、北陸3県で展開されている工芸イベント〈GO FOR KOGEI〉の存在を編集部が知ります。もちろん私個人は存じ上げていましたが(笑)
いきなり特定の産地に飛び出すよりも、北陸全体を周遊して多方面の工芸を楽しめるGO FOR KOGEIのようなイベントを取り上げた方が、それほど工芸に興味がない人にも刺さる確率が高いだろうと思って声を掛けさせてもらいました。
今回の取材では、そもそも論としてGO FOR KOGEIが、どのようなイベントでどんな狙いを持っているのか、教えてもらえたらと思います。
また、前回の連載では、国立工芸館の館長に工芸の初歩的な楽しみ方を教わりました。「こういう楽しみ方があるんだよ」という選択肢がもっとあった方が初心者にはやはりいいと思います。
そこで、プロデューサーである浦さんご自身がどのように工芸を暮らしの中で楽しんでいるのか、工芸に詳しくない方を想定して教えていただければと思います。
ただ、その前に、浦さんご自身について自己紹介を簡単にお願いできますか?
浦:分かりました。私は、趣都金澤という認定NPO法人の理事長をやっています。
「文化でまちをつくっていこう」との趣旨を掲げて2007年(平成19年)に法人認定された団体です。今では、約260人が所属していて、大学の先生から経営者、デザイナーまで幅広く参画いただいています。
GO FOR KOGEIもその延長で手掛けていますが、このイベントは専門性が高いので、まちづくりの株式会社ノエチカが展示会等を企画コーディネーションしています。
―― 印象的な社名ですね。
浦:ノエチカは、金沢だけではなく、石川、北陸の文化を経済に落とし込む専門の会社です。
能登の「ノ」、越前・越中の「エチ」、加賀の「カ」から取って、北陸3県の文化を世界に発信していこうとの思いでノエチカとしました。まだまだ社員の規模も7人と小さい会社です。
―― 「文化でまちをつくっていこう」という趣旨は、文化都市を自認する金沢らしい取り組みだと感じます。
その意味で、もともと盛んだった工芸に視線が向かう流れは自然だと思います。
なにしろ、国立工芸館が東京から金沢へ移転してきたくらいですからね。
ただ、浦さんの本業は建築だと耳にしています。浦さんと工芸との出合いはそもそもいつごろになりますか?
浦:もともと工芸には疎い方でした。工芸との出合いは、趣都金澤を立ち上げたころ、秋元雄史3さん(東京藝術大学名誉教授・練馬区立美術館館長)との出合いと重なります。
〈ベネッセアートサイト直島4〉のアーティスティックディレクターを終え、金沢21世紀美術館の館長(当時、現特任館長)になられた当時の秋元さんとお会いして、いろいろお話しする中で、工芸をもっと一般化させたいと思うようになりました。
もともと工芸は北陸に根付いている文化ですし、伝統的な工芸作品の他に、工芸の技法を取り入れてアートとして表現する若手作家も増えています。
趣都金澤やノエチカとしては、北陸を世界にアピールしていきたいとの思いがあり、海外ニーズを掘り起こす方向性を模索する中で、アート表現としての工芸を軸にできるのではないかと思うようになりました。
これが、工芸との出合いとなり〈金沢21世紀工芸祭5〉や〈KUTANism6〉などを実現しながら、コツコツと実績を積み上げてきました。
現在は、金沢市の〈KOGEI Art Fair Kanazawa7〉、金沢21世紀工芸祭、小松市のKUTANismなどのイベントにも関わらせていただいており、GO FOR KOGEI以外にも工芸との触れ合いがますます増えてきています。
坂本:横からすみません。
一般の北陸人の感覚からすると、そんなにたくさんの工芸イベントが北陸に存在するという事実にまず驚くと思います。
ただ、変な質問ですけど、工芸のイベントをそんなにたくさん連発しても人は集まるのですか?
「工芸の文化をもっと一般化させたい」と先ほど言っていました。人がどれだけ集まるかは一般化の分かりやすい物差しだと思います。活動を続けてきて、来場者に目立った変化は起きていますか?
浦:例えば、趣都金澤で主管しているKOGEI Art Fair Kanazawaも最初は小さなイベントでした。
このイベントは展示が目的ではありません。マーケットを提供する場として開催していて、イベントを始めたころと比べて売り上げも現在は約3倍になり、それなりのマーケットになってきました。
ご参加いただいたギャラリーも全国から延べ150を超えています。半数以上は県外の方で、ご購入いただく方も県外の方が多いです。
坂本:「文化を経済に」とは、KOGEI Art Fair Kanazawaが分かりやすい具体例となってくれそうですね。
―― 「人は集まっているのか」という編集長の質問に対して、北陸の大きな工芸イベントにほとんど行っている私の感覚で答えると、全体的には来場者が増えているものの、どこもいっぱいという状況では正直ないです。
しかし、浦さんが今おっしゃっていたKOGEI Art Fair Kanazawaについては、通路が通れないくらいいっぱい来場者が集まっていて、その盛況ぶりも印象に残っています。
ちなみに、売り上げが3倍になったとの話がありました。私が買った作品の売り上げもその中に入っていて、文化を経済に落とし込む活動に、いつの間にか参加者として一部貢献できていたわけですね。なんだか、いいお金の使い方をしたような気分です(笑)
浦:ありがとうございます(笑)
(編集長のコメント:ちょっと長い第1話になっちゃいました。ごめんなさい。
編集の段階ではカットしましたが、現代アートについても取材で話が及んでいました。
まちおこしのツールとして現代アートを打ち出そうとする考え方、まちづくりに詳しい人はよく耳にしますよね。
ただ、浦さんによれば、現代アートのトップを東アジアで取るとなると、国家レベルで支援する中国・韓国がお隣にあるので、かなり戦いは厳しくなる可能性が高いみたいです。
その点、GO FOR KOGEIを企画・実行する皆さんは、もともと北陸に息づく工芸に目を向け、その工芸をピカピカにして、北陸の魅力を高めようと考えているわけです。
身近なお出掛け先や楽しみを探す地元の北陸の人からすれば、納得のいく形で参加できるプログラムになりそうですね。
ただし、昔からある地域に根付いた文化は、地元の人からすると当たり前すぎてスルーされてしまいがち。
しかし、GO FOR KOGEIはその点、新しい見え方・仕組みをいろいろと考えてくれています。特に印象的だなと思う点は、北陸を周遊できるプログラム設計と、神社仏閣の空間を生かしてそれぞれの作品が展示されている点です。
こうした特徴にはどんな狙いが込められているのか引き続き聞いていきます。)
2 北陸3県の各地に会場を設け、多種多様な北陸の工芸の魅力を、現代アートやデザインの切り口を絡めながら楽しませてくる、2020年(令和2年)にスタートした今年3回目のイベント。2022年(令和4年)は9月17日(土)~10月23日(日)
3 1955年(昭和30年)東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、作家活動と共にアートライターとして活躍。福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に入社後、直島のアートプロジェクトを担当する。地中美術館館長・直島福武美術館財団常務理事・ベネッセアートサイト直島アーティスティックディレクターなどを経て金沢21世紀美術館館長に2007年(平成19年)に就任する。現在は、東京藝術大学大学美術館 館長(教授)・練馬区立美術館館長・金沢21世紀美術館(特任館長)国立台南芸術大学栄誉教授を兼務する。
4 瀬戸内海の直島・豊島・犬島を舞台にアート活動の総称。株式会社ベネッセホールディングス、公益財団法人 福武財団が展開する。
5 金沢市内で展開するイベント。
6 石川県能美市・小松市で行う九谷焼の芸術祭。
7 工芸の新しい美意識や価値観を世界に発信する、工芸に特化した国内唯一のアートフェア。
8 まちに開かれたシェアスペースを持つ金沢のホテル。工芸作家やアーティスト、茶人、住職とともに多様なコンテンツを楽しめる。
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