地方でこそ大切な「セルフプロデュース」論をアイドルプロデューサーとマジシャンで考える

2021.10.26

vol. 02

自分の「強み」は他人が見つける

左は中新賢人さん、右はヤマギシルイさん

 

―― 本日は、よろしくお願いします。

 

「セルフプロデュース」が今日のテーマです。クリエイティブな活動を通じて自分の力で生きていきたい人たちを主な読者として想定しています。

 

クリエーターとして旗を立てて生きていくとなると、自分をブランディング(セルフブランディング)して、その方向に基づき自分を発信・営業しなければいけません。

 

中新さん・ヤマギシさんの考える「セルフプロデュース論」について今日は話を聞かせてもらえればと思います。

 

ちなみに、この取材における「セルフプロデュース」とは、自分らしさの定義(セルフブランディング)だけでなく、発信や営業、制作を含めた一連のサイクル全体を意味する言葉として考えてもらえればと思います。

 

中新:それにしてもルイくんと僕のキャラの違いがはっきりと出ていますよね。

 

中新賢人さん

 

ルイくんは、びっしりメモを質問票に書き込んでいて、僕の場合は、ほとんど何も持ち込まないでこの場に来ています。

 

(事前に渡した質問事項の一覧にヤマギシルイさんは細かい字で考えを書き込み取材現場に持ち込んでいた。)

 

ルイくんは昔からそうなんですよね。金沢でバンド活動していたころから突き詰めて考える雰囲気がありましたね。ちょっと大人びた感じというか。

 

ヤマギシルイさん

 

―― 地方紙の新聞記事でヤマギシさんを最初に見掛けた時から、自分の見せ方をすごく考えている人だなと私も思っていました。

 

「世界一本を読むマジシャン」のキャッチコピーがまずあって、その一文を裏付ける書籍がお店のカウンターには並んでいて、読書と表裏一体の文筆活動もペンネームで行っているわけです。

 

この見せ方も含めてどのような経歴を歩んできたのかあらためて教えてもらえますか?

 

ヤマギシ:先ほどから何度も言おうと思ったので最初に断っておきますが「世界一本を読むマジシャン」というキャッチコピーはもう使っていません。

 

中新:いきなり先制パンチ(笑)

 

 

―― 失礼しました(笑)「小説を愛するマジシャン」が現在の肩書ですよね。

 

でも、初代のコピーにすごく引かれたのですよ。

 

読書に支えられた言葉の数々はマジックショーのトークにも生かされているだろうと勝手に思いましたし、知的なビジュアルも相まって新聞記事でヤマギシさんを初めて見た時に「すごい人なんだろう」と勝手に想像させられました。

 

気になって調べると「すごそうな」キーワードがイモづる式に出てくるわけです。

 

アメリカ・デンバーで開催された〈The Rocky Mountain Sessions〉でスタンディングオベーションを受けたとか、金沢市開催事業〈金沢ナイトミュージアム〉に出演したとか、謎解きイベントの脚本も執筆しているとか。

 

キャッチコピーのユニークさに足を止めさせられましたし、「すごそうな」情報がSNS(会員制交流サイト)などにちりばめられていて、HOKUROKU編集部の他のメンバーにも「こんな人が居るよ」と自然に語っていました。

 

ヤマギシ:もともとの経緯を語ると会社員を普通にやっていました。でもちょっと肌に合わないと思って金沢にあったマジックバーに転職しハウスマジシャンとして10年以上やってきました。

 

ミステリーの読書会にそのころ入っていて、ミステリー作家さんを読書会に毎年呼んでいました。

 

その二次会では僕が当時勤務していたマジックバーが自然に会場となります。

 

そこで、作家さんの書いた本をマジックバーのカウンターの後ろに置くようにしていたのですね。やはり喜んでいただけるからです。

 

すると、作家さんだけではなく普通に飲みに来たお客さんとも本が会話のきっかけになるんです。

 

経営者になって自分らしい店をつくろうと思った時、この経験もあったので、僕の人生においてウエートの大きかった読書をお店づくりにも生かそうと思い、本をずらーっと並べました。

 

書籍の並んだカウンターの横にはステージもある

全然興味ないです

―― では、あのワード自体はどのように考えたのですか?

 

ヤマギシ:ワードとは「世界一本を読むマジシャン」のくだりですか?

 

―― はい。「モテクリエーター」だとか「しょう油ソムリエ」だとか、分かりやすく関心をそそるキャッチコピーをつくって注目を集める人が世の中には居ますよね。

 

「世界一本を読むマジシャン」も興味関心をそそられるワードだと思いました。

 

どうやってその言葉に行きついたのか教えてもらえますか?

 

ヤマギシ:うーん。

 

―― あれ。もう全然興味ないですか?

 

ヤマギシ:全然興味ないです(笑)

 

中新:フォローするようですが、僕のバンドで最初に付けたキャッチコピーが「加賀百万石ロックスタイル」なんですけど、確かに僕も全然興味ないです(笑)

 

―― 逆に、なぜこのワードに興味がなくなってしまったのでしょう?

 

ヤマギシ:「世界一本を読むマジシャン」を決めた経緯から行くと、本とマジシャンの掛け合わせでキャッチコピーを考えようと思った時、「本を読むマジシャン」が最初に思い浮かびました。

 

しかし、小説だけでも200冊以上読んでいる日常を考えると、もっと強い言葉を使いたくなります。

 

「年間200冊を読むマジシャン」と言っても良かったのですが、これでも足りない気がして「世界一本を読むマジシャン」と飛躍したのです。

 

ただ、その言葉で商標登録しようと思っていると、先輩マジシャンから「世界一」はどうやって担保するのかと問われました。

 

もちろんキャッチコピーは人目を引く必要があります。しかしそれ以前に真摯(しんし)で謙虚な姿勢と責任を言葉に持たないと駄目だと教わったわけです。

 

似た表現として「世界一本が好きな」とも考えましたが、「好き」は自分の中で完結する感情です。他人と競う必要もありません。

 

自分の特徴を説明するために他人を踏み台にする発想自体が、先ほどの責任・真摯・謙虚の観点からも望ましくないと思い直しました。

 

さらに「本を読む」だけではミステリー小説を読んでいる雰囲気も伝わりません。

 

そうこうしているうちに小説をテーマにしたマジック ができたので、そのタイミングで「小説を愛するマジシャン」に直しました。

 

―― 小説をテーマにしたマジックを始めた時はご自身でプレスリリースも作成していますよね。

 

中新:え、そうなんや。

 

ヤマギシ:そう。

 

―― プレスリリースとは、自分たちの新しい取り組みや新商品の情報をメディアに向けて文書で伝えて取り上げてもらう広報活動ですね。

 

大手企業の広報部などが一般的に作成しますが、個人レベルではかなり珍しいと思います。

 

こうした一連の取り組みを見るとセルフプロデュースがすごく上手だなと思うのですが。

 

ヤマギシ:これも言おうと思っていたのですが、セルフプロデュースを上手だと自分で思った経験は一度もありません。

 

―― とはいえ〈ジャパンカップ2021〉を受賞した時にもプレスリリースを打って複数の地元メディアに取り上げられていました。

 

公式SNS(会員制交流サイト)の自己紹介文でも受賞の情報を効果的に使っていますよね。

 

ジャパンカップ2021のトロフィーがカウンターの後ろに飾られている

 

明らかに、自分の見せ方を計算し、その計算に基づいて行動している、意図して賞レースにも参加して経歴を積み重ねているように思えるのですが。

 

ヤマギシ:そうではありません。ベスト・クロースアップ・マジシャンの賞は音楽で言うと〈日本レコード大賞〉に似ています。

 

コンテストやコンクールではないし、かといって年間売上やダウンロード数が評価基準でもありません。

 

それまでの活動全てが評価の対象なので僕自身にとっても受賞は驚きでした。

 

賞レースには一切の興味がありません。あくまで目の前のお客さまのために僕の作品はあって、同業者と競うためにはありません。

 

ですが歴史と伝統ある賞をいただいた以上、賞にふさわしい言動が受賞者の責務となるでしょう。賞を制定した方へのお礼の意味もプレスリリースにはありました。

 

―― そうだったのですか。

 

ヤマギシ:ただこの認識のギャップは意外に大切だと思っていて、人の強みって必ずしも自分で見つけられるとは限らないと思うのですよね。

 

取材のテーマであるセルフプロデュースについても自分で得意だとは全く思っていないわけで。

 

 

でも、坂本さんに言われて「ああ、僕は、セルフプロデュースが得意なんだ」と気付いた感じです。

 

―― 意外です。

 

ヤマギシ:自分をブランディングする際にはもちろん「自分らしさ・ユニークさ」「自分の強み」を起点に考える必要があると思います。

 

ただ「自分らしさ」と「強み」は分けて考える必要があると思っていて「ヤマギシさんってこういう人ですよね」と言われる人の言葉を通じて自分の「強み」を判断している部分はあります。

 

―― 言われてみると確かにそうかもしれませんね。自分たちの例で恐縮なのですが、金沢の有名な怪談話を小説っぽく書いてHOKUROKUでこの夏に出しました。

 

「地域に埋もれる物語を他にもいろいろ発掘して物語コンテンツとして継続的に出してはどうか? こんなコンテンツを出せるメディアは北陸にはなかなかないはずだ」と原稿を読んだ人から光栄にも最近言われました。

関連:北陸に伝わる怪談話。金沢の「子育て幽霊」編

書いた私としてはそこまで深い狙いがあったわけではなく「夏だしみんな涼しくなりたいかな」と思って、自分の楽しみも兼ねて書いただけだったのですが、言われてみるとHOKUROKUの特色に確かになるかもしれないぞとその気になりました。

 

謙虚な人が北陸では多い印象なので、潜在的な自分の特技や得意分野を人に言われても「いやいや」と謙遜して終わってしまう可能性もありそうです。

 

人から褒められたら「そう?」といい意味で勘違いするスキルもこの文脈では大事になってきそうですね。

 

副編集長のコメント:自分らしさは自分だけでは決まらないのかもしれません。

 

就職活動で自己分析に苦しむ学生にかけてあげたい言葉です。

 

「らしさ」と「強み」の見つけ方を次回はさらに深掘りしていきます)

海外の名作文学を題材にしたストーリー展開の中でマジックが披露される新しい形のパフォーマンス。
日本マジックファンデーションが2002年(平成14年)から主催する〈ジャパン・カップ〉は前年1年の活躍を基に全国のマジシャンから各1人が5部門で選ばれる。

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