国立工芸館の唐澤館長に聞く。北陸の「工芸を巡る旅」のすすめ。

2020.10.12

No. 01

すそ野が広いと自然に頂きも高くなる。

国立工芸館の館長・唐澤昌宏さん。

国立工芸館の館長・唐澤昌宏さんとの話の前に。ちょっとだけ前書き。

〈いしかわ赤レンガミュージアム〉などがある兼六園周辺文化の森に2020年(令和2年)10月25日(日)国立工芸館がオープンします。

 

国立工芸館の周辺。写真:太田拓実。

正式な名前は東京国立近代美術館工芸館で、東京国立近代美術館の分館が移転してくるといった話です。

 

「それって、どれだけすごいの?」

 

と疑問に感じるかもしれませんが、日本海側に国立美術館の関連施設がオープンした例は過去に一度もありません。

 

名誉館長には元サッカー日本代表で、現在は日本の伝統産業を世界に広める中田英寿さんが就任するなど、全国的にも注目されるニュースです。

 

〈HOKUROKU〉で取材に訪れた日にも東京から雑誌の取材が入っていました。

 

「工芸」と聞くと伝統や伝承・正当性の裏返しである閉鎖的なイメージを持つため苦手な人も居るかもしれません。

 

しかし今はメディアの仕掛けがあったり、プロダクトデザイナーやグラフィックデザイナーとの「コラボ」企画があったり、ブランディングの上手な仕掛け人が登場したりしています。

 

要するに伝統や正当性とは異なる新しさや面白さを入り口にして工芸を楽しませてくれる試みがたくさんあるわけです。

 

そうした懐の広い工芸界の「総本山」が東京から金沢へ移転するといった話です。

 

 

この移転の話は政府関係機関の地方移転施策に基づいてスタートしています。

 

政府関係機関の地方移転施策とは、当時の政権が地方創生のために省庁など政府関係機関を東京から移転させようとした試みになります。

 

分かりやすい成果としては文化庁の京都移転が決まりました。移転先として京都に蓄積する文化の厚みが評価されたからでもあります。

 

国立工芸館の館内から周囲の眺め。いしかわ赤レンガミュージアムや県立能楽堂が見える。

国立工芸館についても同じ。東京の皇居の北側にある北の丸公園から石川県金沢市に移転が決まりました。

 

その大きな理由の1つには誘致に手を挙げた石川県金沢市に圧倒的な工芸の蓄積があったからです。

 

そこで今回は10月25日にオープンを控え、準備作業で忙しい国立工芸館に出掛けて館長の唐澤昌宏さんに北陸の工芸の楽しみ方を教えてもらいました。

 

インタビューの場所は名誉館長室。インタビュー後は国立工芸館の展示渉外室研究補佐員である小島美里さんに準備中の館内を案内してもらいます。

 

1泊2日で北陸の工芸の産地を巡る旅の連載の始まりとして、まずは工芸とは何なのか・どうやって工芸を楽しめばいいのか興味深い話をいろいろと聞かせてもらいました。

 

それでは本編が始まります。

素材についても技法についても多種多様な工芸が石川(金沢)を中心に発達している。

国立工芸館の名誉館長室にて。左が唐澤昌宏さん。

坂本:本日は開館準備でお忙しい中、ありがとうございます。

 

唐澤:カメラマンさんが居ますが今日は写真も撮るのですね?

 

坂本:あれ? お伝えしていませんでしたか? インタビュー後は国立工芸館をバックに館の入り口などで写真撮影もお願いできればと思います。

 

唐澤:もっときちんとした服を着てくれば良かったです。奥にジャケットがあるので、それを着れば大丈夫でしょうか?

 

 

坂本:今のままですてきじゃないですか。ワイシャツ姿でも風格が感じられるくらいですから、このままでインタビューを始めましょう。

 

唐澤:よろしくお願いします。

 

坂本:あらためまして、北陸3県を舞台にするウェブメディア・HOKUROKUで編集長を務める坂本と申します。まずは簡単に今回の企画の意図を説明させてください。

 

新型コロナウイルス感染症の影響で現在、遠方への旅行が自由にできない状況が続き、観光業は大きな影響を受けています。

 

一方で北陸の有名な観光地を運営する経営者に話を聞くと、県外の観光客ばかりでなく近場で暮らす人たちに愛される努力をすべきだったと言っていました。

 

北陸の人は遠くへ行けず、観光業の人たちは近場の人にもっと来てもらいたいと考えているわけです。

 

ならば地理的に近いのに意識の上では遠い北陸3県を1泊2日で巡るマイクロツーリズムを提案したいと思いました。

 

例えば北陸3県の面積は合計しても新潟県・長野県の単県と同じくらいしかありません。

 

文化の違いを無視した乱暴な言い方をすれば1つの県でも十分な広さなのにもかかわらず、その狭い範囲で細かく県が分かれています。県境を越えた人の交流も極めて限定的です。

 

 

ただ巡るには目的が必要で、地元の人が周遊する目的になり得る北陸らしい観光資源とは何なのか。そう考えた時に真っ先に工芸が思い浮かびました。

 

私が好きな美学者の本の中には「工芸は手作業に残された役割を確かめさせてくれる」といった言葉があります。

 

大量消費に支えられた大都市と一定の距離を取りながら地に足の着いた暮らしを営む北陸の人にとって手作業や手仕事の価値は大切にされていると思います。

 

さらに北陸3県を見渡した時、いわゆる「伝統的工芸品」が他の地域に負けず、たくさんあるわけです。

 

例えば富山県には高岡銅器・井波彫刻・越中和紙などがあり、石川県にも九谷焼・加賀友禅・輪島塗・山中漆器などがあります。福井県にも越前焼・越前和紙・越前打刃物・若狭塗りなどがあります。

 

北陸にある伝統的工芸品の産地。

仮にこの北陸を1つの県と考えたら、その集積度合いは全国的に見てもなかなかのレベルだと思います。

 

さらに東京国立近代美術館工芸館も東京から石川に移転して10月25日にオープンします。

 

石川に移転する東京国立近代美術館工芸館。通称は国立工芸館。

ならば北陸の人たちが価値を共有できそうな手仕事・手作業の価値を確かめに1泊2日の行程で北陸3県を巡るマイクロツーリズムが提案できるのではないかと思いました。

 

ゆくゆくは北陸の工芸の産地を順番に巡っていく予定なのですが、その長期連載の第1回として今回は国立工芸館の唐澤館長に北陸の工芸の全体像や工芸の楽しみ方などを教えてもらえればと思っております。

 

唐澤:なかなか難しいお題ですね(笑)

 

坂本:小賢しい言い方をやめます。要するにHOKUROKUとしては「北陸の工芸はこんなにすごいよ」と褒めてもらいたいわけです(笑)

 

国立工芸館の館長が褒めたとなれば北陸の人たちにも行動を促すきっかけになると思うからです。

 

唐澤:そうですねぇ。北陸の工芸ですか。

 

石川を中心とした北陸の工芸の特長というとすそ野の広さがまず挙げられると思います。

 

 

何でもそうですがすそ野が広くなければ頂きは高くなりません。

 

北陸は工芸のすそ野がとても広いので、その分だけ頂きが高いという特長があると思います。

 

坂本:具体的にはどういう話でしょうか。

 

唐澤:例えば伝統工芸の技術の保存と活用・向上に寄与する日本工芸会は全国に幾つも支部があります。

 

普通は東日本とか東海とか中国とかブロックごとに分かれています。

 

しかし石川の場合はほぼ単県、少し福井も入っていますが、石川県だけでほぼ成立してしまいます。富山県も一緒です。

 

石川の場合は支部の中に陶芸・染織・漆芸・金工3・木竹工・人形・諸工芸(ガラスなど)があってと、ほぼ全ての部門を網羅できるくらい作家の層が厚く蓄積しています。さらに皆さんが活躍しています。

 

坂本:それは全国的に珍しいのでしょうか?

 

唐澤:はい。他には見られません。

 

素材についても技法についても多種多様な工芸が石川(金沢)を中心に北陸には発達していると言えます。

 

日本伝統工芸展でも石川を中心とした北陸の作家がたくさん活躍しています。一般的に分かりやすい例で言えば、いわゆる「人間国宝」も工芸の分野でたくさん居ます。

 

坂本:人口比率で言うと石川は工芸部門の人間国宝が日本で一番多いみたいな話を聞いた覚えがあります。

 

唐澤:そういう話もありますよね。

 

ここまで話してきた工芸とは作家の工芸ですが、工芸と言っても表現性の高い作家の工芸と職人のつくる工芸があります。

 

金属に細工を施す美術工芸作品(金工)が国立工芸館の裏手に展示されている。橋本真之〈果樹園―果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実〉(1978-88年)。「オブジェもの」と言われる表現性の高い作品で、いわば作家の工芸にあたる。東京から移送した。

北陸の場合は作家の工芸だけでなく職人の工芸も豊かに息づいていて、職人さんが土地に根差して製品づくりを続けています。

 

また北陸はつくり手だけでなく受け手である市民たちの関心も高いです。工芸館が移転すると決まってから地元のメディアの扱いも盛んですし多くの人から反響があります。むしろ怖いくらいに関心がもたれています。それくらい北陸は工芸が豊かな土地なのだと思います。

 

坂本:その北陸に国立工芸館が移転してくるわけです。移転の結果、北陸の工芸はどう変わっていくのでしょうか?

 

唐澤:すでに北陸の人たちは「工芸」と聞いて各人がその人なりのイメージを思い浮かべられる状態だと思います。

 

逆を言えばそれくらい多種多様な工芸が北陸には発展していると思います。

 

越前打刃物。福井県の伝統工芸品の1つ。職人の工芸の一例。写真提供:福井県観光連盟。

坂本:工芸と言われたら例えば井波の木彫刻を思い浮かべる人も居れば、越前打刃物を思い浮かべる人も居る、それだけ伝統工芸の産地が北陸の各地に点在しているのですね。

 

唐澤:はい。国立工芸館が全国のさまざまな新しい工芸を北陸に発信していけば、この先10年・20年のスパンで工芸に関する価値観の厚みがさらに増していくと思います。

 

坂本:すごく楽しみな未来予想図ですね。

 

(副編集長のコメント:北陸に生まれた私ですが恥ずかしながら北陸の工芸の「厚さ」を知りませんでした。こんなにも豊かな土地なんですね。次回は「工芸の楽しみ方」について。ポイントは「好きか」「嫌いか」「どうでもいいか」だそうです。)

正式名称は東京国立近代美術館工芸館、通称は国立工芸館。住所は石川県金沢市出羽町3-2。電話番号は050ー5541ー8600。開館時間は9:30~17:30(入館は17:00まで)。休館日は月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)、展示替え期間、年末年始。料金は展覧会によって異なる。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づき、経済産業大臣が認めた工芸品。

金属に細工を施す工芸。

1954年(昭和29年)から毎年開催している、工芸分野の中で最大級の展覧会。

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