すそ野が広いと頂きも高くなる
国立工芸館の館長・唐澤昌宏さんとの話の前に。ちょっとだけ前書き
〈いしかわ赤レンガミュージアム〉などがある兼六園周辺文化の森に2020年(令和2年)10月25日(日)国立工芸館1がオープンします。
国立工芸館の周辺。写真:太田拓実
東京国立近代美術館工芸館が正式な名前で、東京国立近代美術館の分館が移転してくるといった話です。
「それって、どれだけすごいの?」
と疑問に感じるかもしれませんが、国立美術館の関連施設が日本海側にオープンした例は過去に一度もありません。
元サッカー日本代表で現在は、日本の伝統産業を世界に広める中田英寿さんが名誉館長には就任するなど、全国的にも注目されるニュースです。
〈HOKUROKU〉で取材に訪れた日にも東京から雑誌の取材が入っていました。
伝統や伝承、正当性の裏返しである閉鎖的なイメージが「工芸」に感じられるため、苦手に思う人も居るかもしれません。
しかし今は、メディアの仕掛けがあったり、デザイナーとの「コラボ」企画があったり、ブランディングの上手な仕掛け人が登場したりと、伝統や正当性とは異なる新しさや面白さを入り口に工芸を楽しませてくれる試みもたくさんあります。
そうした盛り上がりを見せる工芸界の「総本山」が東京から金沢へ移転するわけです。
地方創生のために省庁などの政府関係機関を東京から移転させようとした当時の政権の試みとして、この移転の話はスタートしています。
分かりやすい成果としては文化庁の京都移転が決まりました。移転先として京都に蓄積する文化の厚みが評価されたからでもあります。
国立工芸館の館内から周囲の眺め。いしかわ赤レンガミュージアムや県立能楽堂が見える
国立工芸館についても同じ。東京の皇居の北側にある北の丸公園から石川県金沢市に移転が決まりました。
その大きな理由の1つには、誘致に手を挙げた石川県金沢市に圧倒的な工芸の蓄積があったからです。
そこで、10月25日にオープンを控え準備作業で忙しい国立工芸館へ出掛けて館長の唐澤昌宏さんに北陸の工芸の楽しみ方を今回は教えてもらいました。
インタビューの場所は名誉館長室。国立工芸館の展示渉外室研究補佐員である小島美里さんにはインタビュー後に準備中の館内を案内してもらいます。
北陸の工芸の産地を1泊2日で巡る旅の連載の始まりとして、工芸とは何なのか、どうやって工芸を楽しめばいいのかなどを聞かせてもらいました。
多種多様な工芸が石川(金沢)を中心に発達している
国立工芸館の名誉館長室にて。左が唐澤昌宏さん
―― 開館準備でお忙しい中ありがとうございます。
唐澤:カメラマンさんが居ますが今日は写真も撮るのですね?
―― お伝えしていませんでしたか? 失礼しました。インタビュー後は、国立工芸館をバックに館の入り口などで写真撮影もお願いできればと思います。
唐澤:もっときちんとした服を着てくれば良かったです。ジャケットが奥にあるので、それを着れば大丈夫でしょうか?
―― 今のままですてきです。ワイシャツ姿でも風格が感じられるくらいです。このままでインタビューを始めましょう。
唐澤:よろしくお願いします。
―― あらためまして、北陸のウェブメディア〈HOKUROKU〉で編集長を務める坂本と申します。今回の企画の意図をまずは簡単に説明させてください。
新型コロナウイルス感染症の影響で遠方への旅行が自由にできない状況が続いています。
一方で、北陸の有名な観光地を運営する経営者に話を聞くと、県外の観光客ばかりでなく近場で暮らす人たちに愛される努力をすべきだったと言っていました。
北陸の人は遠くへ行けず、観光業の人たちは近場の人にもっと来てもらいたいと考えているわけです。
ならば、地理的に近いのに意識の上では遠い北陸3県を1泊2日で巡るマイクロツーリズムを提案したいと思いました。
ただ、巡るには目的が必要です。地元の人が周遊する目的になる北陸らしい観光資源とは何なのか。そう考えた時に工芸が思い浮かびました。
「工芸は手作業に残された役割を確かめさせてくれる」といった言葉が私の好きな美学者の本に書かれています。
大量消費に支えられた大都市と一定の距離を取りながら、地に足の着いた暮らしを営む北陸の人にとって、手作業や手仕事の価値は小さくないと思います。
さらに、北陸3県を見渡した時「伝統的工芸品2」が他の地域に負けずたくさんあるわけです。
高岡銅器・井波彫刻・越中和紙が富山にはあり、九谷焼・加賀友禅・輪島塗・山中漆器が石川にあります。越前焼・越前和紙・越前打刃物・若狭塗りが福井県にもあります。
北陸にある伝統的工芸品の産地
北陸を1つの「石川県」と考えたら(明治時代の初めは実際に石川県だった)、その集積度合いは全国的に見てもなかなかのレベルになると思います。
さらに、東京国立近代美術館工芸館も東京から石川へ移転して10月25日にオープンします。
石川に移転する東京国立近代美術館工芸館。通称は国立工芸館
ならば、北陸の人たちが価値を共有できそうな手仕事・手作業の価値を確かめるために1泊2日の行程で北陸3県の工芸を巡るマイクロツーリズムが提案できるのではないかと思いました。
北陸の工芸の産地をゆくゆくは順番に巡っていく予定なのですが、国立工芸館の唐澤館長にはその連載の第1回として北陸の工芸の全体像や楽しみ方などを教えてもらえればと思っております。
唐澤:なかなか難しいお題ですね(笑)
―― 小賢しい言い方をやめますと、「北陸の工芸はこんなにすごいよ」と褒めてもらいたいわけです。
国立工芸館の館長が褒めたとなれば、北陸の人たちも地元の工芸への愛着が余計にわくと思うからです。
唐澤:そうですねえ。北陸の工芸ですか。
石川を中心とした北陸の工芸の特長というと、すそ野の広さがまず挙げられると思います。
何でもそうですが、すそ野が広くなければ頂きは高くなりません。
工芸のすそ野が北陸はとても広いので、その分だけ頂きが高いという特長があると思います。
―― 具体的にはどういう話でしょうか。
唐澤:例えば、伝統工芸の技術の保存と活用・向上に寄与する日本工芸会は、全国に幾つも支部を持っています。
東日本とか東海とか中国とか、ブロックごとにその支部は分かれています。
しかし、石川の場合はほぼ単県、少し福井も入っていますが、石川県だけでほぼ成立してしまいます。富山県も一緒です。
さらに、石川の場合は、陶芸・染織・漆芸・金工3・木竹工・人形・諸工芸(ガラスなど)が支部の中にあって、ほぼ全ての部門を網羅できるくらい作家の層が厚く蓄積しています。
―― それは全国的に珍しいのでしょうか?
唐澤:はい。他には見られません。
素材についても技法についても多種多様な工芸が石川(金沢)を中心に北陸には発達していると言えます。
日本伝統工芸展4でも石川を中心とした北陸の作家がたくさん活躍しています。一般的に分かりやすい例で言えば、いわゆる「人間国宝」も工芸の分野でたくさん居ます。
―― 人口比率で言うと工芸部門の人間国宝が石川は、日本で一番多いみたいな話を聞いた覚えがあります。
唐澤:そういう話もありますよね。
ここまで話してきた工芸とは作家の工芸ですが、工芸と言っても、表現性の高い作家の工芸と職人のつくる工芸があります。
金属に細工を施す美術工芸作品(金工)が国立工芸館の裏手に展示されている。橋本真之〈果樹園―果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実〉(1978-88年)。「オブジェもの」と言われる表現性の高い作品で、いわば作家の工芸にあたる。東京から移送した
作家の工芸だけでなく職人の工芸も北陸の場合は豊かに息づいていて、職人さんが土地に根差して製品づくりを続けています。
つくり手だけでなく受け手である市民たちの関心も北陸は高いです。工芸館が移転すると決まってから地元のメディアの扱いも盛んですし、多くの人から反響があります。むしろ、怖いくらいに関心が持たれています。それくらい北陸は工芸の豊かな土地なのだと思います。
―― 国立工芸館がその北陸に移転してくるわけです。移転の結果、北陸の工芸はどう変わっていくのでしょうか?
唐澤:北陸の人たちは「工芸」と聞くと、その人なりのイメージをすでに各人が思い浮かべられる状態だと思います。
逆を言えば、それくらい多種多様な工芸が北陸には発展していると思います。
越前打刃物。福井県の伝統工芸品の1つ。職人の工芸の一例。写真提供:福井県観光連盟
―― 工芸と言われたら、例えば、井波の木彫刻を思い浮かべる人も居れば、越前打刃物を思い浮かべる人も居る。それだけ伝統工芸の産地が北陸の各地に力強く点在しているという意味ですね。
唐澤:はい。全国のさまざまな新しい工芸を国立工芸館が北陸で発信していけば、10年・20年のスパンで工芸に関する価値観の厚みがこの先さらに増していくと思います。
―― すごく楽しみな未来予想図ですね。
(副編集長のコメント:北陸に生まれた私ですが恥ずかしながら北陸の工芸の「厚さ」を知りませんでした。こんなにも豊かな土地なんですね。
「工芸の楽しみ方」について次回は続きます。「好きか」「嫌いか」「どうでもいいか」がポイントみたいですよ。)
2伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づき、経済産業大臣が認めた工芸品。
3金属に細工を施す工芸。
41954年(昭和29年)から毎年開催している、工芸分野の中で最大級の展覧会。
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