界 加賀編。泊まる楽しみはもっと深い。新・北陸の宿

2023.04.28

第5回

宿は文化の「玄関口」

築約200年の茶室〈思惟庵(しいあん)〉画像提供:星野リゾート

 

食事を終え「広報」の柴田さんが出演する加賀獅子を堪能した後、部屋に戻ってきました。

 

日没後に戻ってみると、抑え気味の照明のおかげで、部屋の玄関スペースも含めた部屋全体の雰囲気が、落ち着きのある和の空間に一変していました。

 

明るい時間帯には気付きませんでしたが、よく見ると玄関土間が、細かい砂利の洗い出し仕上げ14になっています。

 

ちょっと強引で雑な表現かもしれませんが、旅館に泊まっているというムードを、この玄関の仕上げで感じる人も少なくないと思います。

 

那智の小砂利のような洗い出し仕上げの土間。低い段差の上がりがまちから先は館内用スリッパをぬいで部屋へ

 

この土間の変化に気付いてふと、そもそも部屋全体をじっくり観察していないと思い出しました。夕暮れ時の館内がどのように変化しているか、チェックしに部屋をすぐ出てしまったからです。

 

あらためて部屋を見て印象に残ったポイントは、あんどんの照明です。秋限定のウサギたちの影絵に気付いた時は気分がほっこりしました。

 

新館1階のトラベルライブラリーに隣接した茶庭でも見掛けたあんどんに浮かび上がったウサギたち。お月見用のもちをついているよう

 

枕元にも、ウサギのあんどん。ベッドボードにはやや大きめの加賀水引が張り付けられている(部屋によりデザインが異なるらしい)

 

宿泊施設の空間をデザインする時、照明の位置と照らす方向には特に私は気をつかいます。

 

具体的には、動物的かつ原始的な人間の感覚に逆らわないようにしています。人間は高い位置にある明かりを「太陽」と無意識に勘違いする習性があるそうです。

 

逆に、薄暗い頭上全体的な明かりを「星空」と勘違いするそうで、この部屋のぼんやりした間接照明と低い位置の照明は、理にかなっている演出だと思います。

 

ベッドルームとリビングルームを隔てる障子にも加賀水引があしらわれている

 

同じ1日であったとしても、時間の経過とともに、自分の感性にも変化があります。夕食後の満たされた気分でくつろぐ部屋では、到着直後では気付けない、その時の感性だからこそ発見できる魅力があると思います。

 

この部屋で言えば、繰り返しになりますが、低い位置に置かれたあんどんがいい働きをしていて、わが家みたいに「ただいま」って感じられました。

 

加賀友禅のベッドライナーは部屋によって異なる。加賀五彩15を使った界加賀オリジナルデザイン。私が泊まった部屋は臙脂(えんじ)。マットレスには、体の一部だけが沈みすぎない硬さがあって良かった

 

くつろいだ気持ちでソファに座って一息ついていると、夕食のデザートを「広報」の柴田さんが持って来てくれました。

 

加賀獅子を観るために、食後のデザートを待たずして、夕食会場を後にしてしまったからです。

 

数十分前までは、加賀獅子の衣装を身にまとい演舞していたはずなのに、素早く制服に着替えてドアの前に立っていました。

 

柴田さんの変わり身、マルチタスクぶりは、それ自体が、特別に準備されたアトラクションなのではないかと思うくらいに見事でした。

朝は、宿の実力が問われる

 

朝になってみると、部屋のテラスの表情が一変していました。時間経過によって伝わる・発見してもらえる楽しさの部分ですね。

 

朝は、宿の実力が問われる時間です。夜の魔法が解けてわれに返る時です。

 

この宿に関して言えば、客室のテラスから見える朝の光景と空気が気持ち良く、椅子に座ってぼーっとしてしまいました。

 

写真提供:星野リゾート

 

館内の朝の様子もあらためて見たいと思い、身支度を整え、ゲストルーム棟(新館)1階のトラベルライブラリーと奥庭の茶庭へ行ってみました。

 

1階は、見事な庭を借景に、空間全体がりんとしていて、気持ちのいい時間が流れていました。古建築と樹齢200年を超える庭の樹木によって、気持ちいい朝の空気を感じさせてくれます。

 

私の心身は、シャキッとしない肉体を、活動モードに徐々に移行させる場所を欲しています。

 

 

そこで、しばらくの間、中庭が見えるチェアに座って朝陽を浴びながらくつろいでいました。

 

こんな中間的な時間だからこそ、他のゲストの行き交う姿の観察も楽しめます。午前7時、トラベルライブラリーには他のゲストの姿はまばらです。エレベーターホールから大浴場方面への流れの方が目立ちました。

 

書き忘れていましたが眠気を我慢して私も、頑張って大浴場に眠る前に行きました。

 

2017年にリニューアル、九谷焼のパネルは男女の湯で違う。写真提供:星野リゾート

 

九谷焼のアートパネルが壁に装飾された〈九谷の湯〉は2017年(平成29年)にリニューアルオープンされた大浴場です。とろりとした湯で、ごしごし洗わなくても皮脂が落ちる印象がありました。眠たくてそれ以上は覚えていません。宿泊体験記なのにすみません。

 

朝食のメニューはいしる鍋を始め、全13種の品数。石川県産の食材を使った郷土料理は〈ご当地朝食〉と名付けられている

 

7時半には朝食を頂きました。朝食を普段私は取りません。しかし、旅先では特別です。

 

会場は、夕食と同じ場所でした。夕食時とは異なり、落ち着いた雰囲気の器たちが並んでいました。

 

昨晩まで、大車輪の活躍を見せてくれた「広報」の柴田さんが配膳(はいぜん)に来たらどうしようかとハラハラしましたが(働きすぎを心配して)、さすがに朝は、別の方が担当してくださいました。

 

こんな風に、働く人の体を心配してしまうほど、私もカメラマンも柴田さんのファンになっているとその時気付きました。それだけ、星野リゾートの人たちは共通して、引き込まれてしまう人間的魅力があります。

 

肝心の料理自体は、郷土色を出しつつも、日本人であれば多くの人が馴染みのある、いい意味で余計な角のない共感できるおいしさでした。

「消費」ではなく「関与」

秋晴れの空の下、建物に施された弁柄色が美しく映えている。色つやある昨晩の雰囲気との変化が劇的だった

 

朝食を終え、お腹いっぱいになったころ、旅のエンディングに向けた心の準備を始めました。

 

エンディングに向けた心の準備とは例えば「楽しみ残した体験はないか」と確認したり、お世話になった場所とかスタッフの皆さんとかに「ありがとう」と心の中でお別れしたりする感じです。

 

宿は、無邪気に楽しめばいい、お客なのだから気楽に消費すればいいという意見もあるはずです。しかし、今回の記事で繰り返し書いた「主体的な宿泊」の経験を積み重ねると、一見さんの「消費」では味わえない深い楽しみや喜びが得られると、重ねて断言しておきます。

 

「主体的な宿泊」を繰り返して、知識や知識が増えてくるとそのうち、泊まる側の自分が試されていると考えて、いい客を演じたくなってきます。いわば「上級者」の振る舞いをして宿の側に、自分が「上級者」であると気付いてもらいたくなってくるのですね。

 

反対にいい宿は、このゲストの「関与」したくなる気持ちに気付いて、何かの形で応えてくれます。この気付いてもらえる、気付いてもらえたと分かる瞬間が、何よりもうれしいわけです。

 

では、星野リゾートの界 加賀は、ゲストの側の「関与」したくなる気持ちを受け止めてくれる、気付いてくれる宿なのでしょうか。

 

写真提供:星野リゾート

 

おもてなししていただいた恩義はありますが忖度(そんたく)する義理もありません。〈HOKUROKU〉読者に対しての価値提供を最優先すると、感じたままを伝えなければなりません。

 

あくまでも個人の意見ですが、界 加賀の最大の魅力は、総支配人の須道さんや「広報」の柴田さんを筆頭とした、働くスタッフたち全員の意識の高さにあると思います。

 

各要素の総合力により生み出される空間の居心地の良さや料理の質以上に、若いスタッフたちの意識の高さには率直に言って感動すらしました。

 

星野グループの宿を幾つか泊まり歩きましたが、グレードや空間のクオリティーはそれぞれ違っていても、働くスタッフたちの意識の高さは、どこのブランドの宿でも例外のない素晴らしさがあると思います。

 

言い換えれば、どこの宿でも星野リゾートは、いい人材を確保できています。一経営者としても、その人材マネジメントには心底驚かされます。

 

こんなに高い意識で業務に臨むスタッフの皆さんが存在するのですから、宿を「消費」するのではなく宿に「関与」したいとゲストが思えば、どんな時でも受け止めてくれる、あるいは、期待以上のサービスを返してくれるはずです。

 

宿泊体験の価値は、建築設計の美しさや料理の内容だけで決まるのではありません。人との出会いにも大きく左右されます。

 

総支配人の須道さんによれば、全国の「界」グループの中でも加賀と津軽は比較的リーズナブルな価格帯で泊まれるみたいです。現に、若い女性グループの宿泊客も多く見掛けました。近場の旅行の常宿にする前提で考えると、経済的な面もかなり大事になってくるはずです。

 

経済的な面と近場のアドバンテージを生かし、大好きなスタッフに何度も会いに行く。そんな楽しみ方をすれば、常連にしか引き出せない一面を、星野リゾートで鍛えられたスタッフたちが次々と見せてくれるはずです。

 

その意味で界 加賀は、非日常の宿泊体験を北陸人が近場で楽しみたいと思った時に、宿泊先として有力な候補になってくれると感じました。

 

この連載では引き続き、ゲストの側が思わず「関与」したくなる、繰り返し泊まりたくなる近場の宿を北陸3県に探していきます。続編の展開には時間が掛かると思いますが、楽しみにしていてくださいね。

 

編集長のコメント:泊まる側の自分が試されていると感じて、宿にとって好ましい常連客を演じるって、ちょっとだけ分かる気がします。

 

自分の粋な行動に「なんか今の自分、ちょっと格好良くなかった?」と内心でドキドキする感じですよね。きっと。

 

例えば、ビジネスホテルであっても連泊した際に、清掃員の方に向けて、ちょっとしたお菓子と感謝の手紙を用意しておくと、部屋に戻った時に返信の手書きメモが置かれていて、そのちょっとしたやり取りに興奮しちゃう、そんな感じですよね。たぶん。

 

こんなドキドキは、近場であろうと遠出であろうと、ゲスト側の心掛けや物事への構え方次第で楽しめるとの話。

 

しかも、身近な旅先では、すてきなやり取りを楽しませてもらった宿のスタッフにすぐにまた会いに行けるアドバンテージもある、言われてみれば確かにそうです。

 

近場の旅行には、あの宿のあの人にまた会いに行く、そんな楽しみ方ができる利点もあるのだと今回の記事で学びました。第5回の学びの総括にもなるはずです。

 

以上が、明石博之の宿泊体験記となります。関連の特集では、総支配人のインタビューを通して「なんで、星野リゾートで働く人は、こんなにキラキラしているの?」という大きな疑問を掘り下げています。

 

そちらも併せて読むと「働くスタッフたち全員の意識の高さに感動した」と語る明石の発言の意味がよく分かります。ぜひ、ご一読くださいね。

 

私も今度、家族を連れて、界 加賀に遊びに行ってみよっと。)

関連:地方でもっと「楽しく働く・働いてもらう」方法を界 加賀の総支配人に聞いてみた話

文:明石博之

写真:明石あおい・明石博之

編集:坂本正敬・大坪史弥

編集協力:武井靖

参考:星野リゾート 界加賀 - 栄澂建築
13 北大路魯山人は「器は料理の着物」という言葉を残した。
14 壁・床が固まらないうちに表面を洗い出して中の素材を露出させる仕上げ方。
15 藍・臙脂・黄土・草・古代紫

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