器は「料理の着物」
館内を散策し、時間の経過が見せる空間の変化を楽しんだ後、広報担当の柴田さんといったんお別れして、食事会場である2階へやってきました。
2階は、食事専用のフロアです。障子のような壁で緩やかに仕切られた個別空間で夕食と朝食を頂く設計になっています。
宿泊時の夕食では、どどーんとぜいたくに「特別会席」で頂きました。
〈界 加賀〉の食事は、九谷焼の器と郷土料理のマリアージュがテーマになっています。九谷焼の若手作家に頼んで、料理を一番引き立てる器をつくってもらったそうです。この施設にゆかりのあった北大路魯山人の料理哲学に習い、器を料理の着物と捉えた13わけですね。
ちなみに、北大路魯山人については、〈HOKUROKU〉でもいつか特集を組みたいと思っています。数々の格言は、料理や芸術に限らず、暮らしと仕事に役立つ言葉ばかりだからです。
界 加賀の食事を頂きながら、かつて泊まった〈星のや東京〉と〈軽井沢ブレストンコート〉の食事をふと思い出しました。どちらで食べた料理も「おいしさ」はもちろんクリアしていて、プラスアルファで楽しませてくれる要素があったと記憶しています。
当然ながら宿の食事は、旅の思い出を左右する重要な時間です。だからこそ、ゲストを満足させるために、人によって異なる好みや味覚レベルを宿の側は考慮しなければいけません。
言い換えれば、食事を提供する側には特有の難しさが常にあるわけです。にもかかわらず、星野リゾートでの食事は、どこに泊まってもレベルが安定しているなと感じます。
人々の満足する最大公約数のゾーンをしっかりと見据えつつ施設ブランドごとに特徴を出しています。一方で「ハズレ」を限りなく減らしながらイベントとしての食事体験を楽しませてくれます。星野リゾートが、おいしさを安定して提供できる秘訣(ひけつ)は何なのでしょう。
詳しくは、界 加賀の総支配人・須道玲奈さんにインタビューした関連特集に譲りますがその裏側には、星野リゾート独自の調理システムとメニュー開発のプロセスがあると聞いて納得しました。
「界」の場合、全国に複数ある各施設に料理長が在籍しています。その上に、星野リゾート全体をとりまとめる総料理長が居るそうです。
「界」各施設で特徴が出るように地域性を踏まえつつ、新しい食べ方・新しい調理法を総料理長が考え、ご当地らしい料理を開発しているそう。
「界」各施設の料理長も一方で「この土地にはこんな郷土料理があるから提供してみたい」という逆提案を出す場合もあるのだとか。
総料理長と各施設の料理長とのやり取りの場面には、各施設の総支配人やマーケティング担当のスタッフも参加します。
そこで、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論があり、さまざまな視点からメニューをつくり上げていくと知りました。
このようなプロセスがあるからこそ、遠方の旅行者には納得の料理を、地元の人たちには「いつもと違って新しい」料理を提供できるのですね。
「界」のコンセプトである「王道なのに、あたらしい。」は食の体験を通じても感じられます。その理由の裏側が、ちょっとだけ分かった気がしました。
クリエイティブに業務をデザインできるか
また、現場には現場で、期待以上のサービスを提供し、体験に華を添えてくれるスタッフの存在もあります。
例えば、来館時から案内を担当してくれた広報の柴田成美さんは食事の配膳(はいぜん)までしてくれました。
部屋に到着するなり、ポーチバックから小さな魔法びんを取り出し、湯飲みに湯を注ぎ、郷土の菓子と共に、おいしい加賀棒茶を出してくれた、あの柴田さんです。
この段階で、柴田さんにとって広報の業務が専従ではないと気付きます。配膳が終わった後は、トラベルライブラリーで上演される加賀獅子舞に出演されるとも聞いて、私もカメラマンも心底驚いてしまいました。
しかも、加賀獅子舞の出演はご自身で希望したそうです。間違いなく、人手不足によってマルチタスクを強いられているわけではありません。
またまた詳細は、関連の特集に譲りますが、総支配人の須道さんによると、
「クリエイティブに業務をデザインできるか」
という共通の課題が星野リゾートにあるそうです。
館内をガイドする時も、湯飲みにお湯を注ぐ時も、のどぐろの土鍋ご飯を混ぜて盛り付ける時も、獅子舞を踊る時も、
「お客さまの体験価値を上げるために」
という考えを全スタッフが持っているらしいです。「広報」の柴田さんももちろん例外ではありません。
そんな柴田さんの配膳(はいぜん)を受けながら、会話を楽しみ、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を経て完成した食事を頂くのですから、食事体験も豊かになって当たり前なのだと、ひとりごちました。
(編集長のコメント:クリエイティブに業務をデザインしようとするスタッフの姿勢が、期待以上のサービスを提供させるという話だったと思います
損得勘定などを飛び越えて、自分の内側からわき出てくる「楽しんでもらいたい」という気持ちが、従業員の体を勝手に動かしているのかもしれませんね。
第4回の学びを総括するとどんな言葉になるのでしょう。これだけの熱量を持ってゲストをおもてなししてくれる宿側のサービスを、単に消費して終わるのではなく、積極的に楽しみにいくゲスト側の姿勢の大切さを再確認した回だったのではないでしょうか。
変な例えかもしれませんが、お笑いライブでも講演会でも、聞く側の身の入り方や熱心なリアクションの有無が、話し手のパフォーマンスをさらに引き上げるなんて話は、実体験として誰でも知っているはずです。
宿泊を楽しみたいと思ったら、楽しもうとする姿勢をゲストの側が見せると、期待以上の楽しさが本当に返ってくるという話なのかなと思いました。
ちなみに明石が文中で、北大路魯山人を深掘りしたいと書いていました。そう言われると、北大路魯山人を掘り下げるコンテンツを、どうして今までつくってこなかったんでしょう。
私も詳しいわけではありませんが、暮らしの知恵や教えを掘るほどに学べそうな印象があります。これを機に、ちょっと注目してみたいと思いました。
次は、いよいよ最終回。宿で迎える夜から朝の体験に続きます。)
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