利き酒師と酒蔵の社長で考える。日本酒の「ペアリング」の教科書(前編)。
vol. 03
日本酒の中でも爽酒はワインと比べて広い範囲の料理に合う。
撮影:武井靖。日本酒の「ペアリング」の教科書(後編)より。
坂本:最後に、4つの分類でいえば左下のカテゴリーを教えてください。爽酒(そうしゅ)は、どういったお酒なのでしょうか?
爽酒(そうしゅ)は左下のカテゴリー。
池森:いわゆる普通酒(一般酒)、本醸造酒がこのカテゴリーに入ります。
坂本:また、いろいろと専門用語が出てきました。
池森:要するに味も淡く、香りも控えめな、オーソドックスなお酒のカテゴリーで、このお酒は食を邪魔しません。
広範囲の料理と相性が良く、お酒自体も温めたり冷やしたりさまざまな楽しみ方ができるので、蔵ステイ池森のミニバーセットで出すお酒は、この爽酒から選ぼうと思っています。
坂本:日本酒の中でもスタンダードな味わいだから、部屋飲み用として出す場合には、無難なお酒になるという意味ですね。
池森:はい。
坂本:具体的に、ミニバーセットに使いたい銘柄は、決まっているのでしょうか?
池森:若鶴酒造の銘柄に<辛口 玄 銀ラベル>というお酒があります。
若鶴酒造<辛口 玄 銀ラベル>。
この180mlタイプを部屋に置いて、セットで食べ物に何を持ってくるか考えようと思っています。
坂本:この手のお酒は、一般的にどのような料理が合うのでしょうか?
池森:日本酒はワインと比べて広い範囲の料理に合うお酒なのですが、中でもこの爽酒は、イカの刺身のようなあっさりした食事から、濃厚でこってりした食事にも、どちらにも合います。
坂本:濃厚でこってりした食べ物とは、例えば何が挙げられますか?
池森:蔵ステイ池森では、例えばホタルイカの沖漬けのような食べ物とも出します。
坂本:ああ、確かに、かなりしっかりした味わいですね。福井、石川の人はちょっと思い浮かばないかもしれませんが。
ホタルイカ。写真は沖漬けではなく釜ゆで。写真提供:とやま観光推進機構。
ちなみにこのジャンルには、どのような酒器が適しているのでしょうか。恐らく部屋に用意するミニバーセットには、ベストマッチの酒器も添えておくと思うのですが。
池森:爽酒(そうしゅ)は、蔵ステイ池森の場合、能作10の<ぐい呑>で出しています。スズでできた酒器で飲むと、お酒がまろやかになるからです。
坂本:能作って、あの能作ですね。
テレビ東京『ガイアの夜明け』でも特集されていたので、富山はもちろん、石川、福井の人にもその名前がとどろいているかもしれません。
能作のスズ製の<ぐい呑>と若鶴酒造の辛口 玄 銀ラベル。
どうして、能作の酒器を選んだのですか?
池森:味がまろやかになるからです。
坂本:確かにガイアの夜明けでも、すし屋だか、小料理屋だか詳しくは覚えていませんが、すずの酒器で食事を楽しんでいるお客さんがインタビューを受けていて、「お酒がまろやかになる」と、口をそろえて言っていたような気がします。
池森:スズの酒器は香りを抑えてしまう面もあるので、大吟醸のようにフルーティーなお酒には適していないのですが、逆に本醸造や普通酒のように最初から香りを抑えてつくった爽酒の場合は、まろやかさが増して余計においしくなると認識しています。
坂本:勉強になります。お酒の温度は、何℃くらいがおいしいのでしょうか?
池森:それこそ爽酒は冷やしても、常温でも、温めても、どうやって飲んでもおいしいです。
明確な正解がない日本酒業界で、新しいペアリングにも挑戦したい。
坂本:ここまで、日本酒の4分類に沿って、基本的なペアリングの話を教えてもらいました。
今回のミッションは、蔵ステイ池森の宿泊者に対して用意する部屋飲み用ミニバーセットづくりです。
お酒はスタンダードなタイプを選び、ペアリングの可能性に幅を持たせたわけですが、宿泊者だけの空間で、宿泊者だけが部屋飲みを楽しむシーンを考えると、調理を必要とする食べ物は出せません。生の食材も出せません。
おのずから個包装された、消費期限の長い食べ物が候補になってくると思うのですが、現段階で何か目星はあるのでしょうか?
池森:日本酒に限らずお酒のペアリングには、産地を合わせるという考え方もあります。
若鶴酒造の玄を基準のお酒と設定すると、若鶴酒造が出すおつまみが適しているのではないかと考えています。
富山県砺波市にある若鶴酒造。
坂本:若鶴酒造って、富山県の酒蔵でしたよね?
池森:そうです。
坂本:酒蔵なのにウイスキーもつくっているみたいな記事をどこかで読んだのですが、その酒蔵ですか?
池森:はい。まさにそのウイスキーブランドから<HARRY CRANES>というおつまみシリーズが発売されていて、ここから玄に合うおつまみを選んでみようかと思っています。
<HARRY CRANES>のおつまみ。中央に見える瓶は、北陸で唯一のウイスキー蒸留所<三郎丸蒸留所>のつくる<サンシャインウイスキー>。
坂本:ウイスキーのおつまみですか。詳しくは分かりませんが、ウイスキーと日本酒、全然味が違いますよね?
そのウイスキーのためにつくられたつまみが、日本酒に合うのでしょうか?
池森:確かにHARRY CRANESはウイスキー向けにつくられた商品です。しかし、先ほども言ったように、日本酒、特に爽酒の玄は、ペアリングの幅が本当に広いです。
しかも、若鶴酒造が北陸の地元食材を扱うメーカー各社と組んでつくった商品なので、地酒とのペアリングも相性がいいと考えられます。
また、「これが完璧な答えだ!」という明確な正解がない日本酒業界の端っこに身を置く者として、せっかくなら今回は、新しいペアリングにも挑戦してみたいと思います。
若鶴酒造の敷地内の様子。
坂本:ちょっと格好いいですね。そのチャレンジングな姿勢が。
(坂本、手元の「スマホ」で調べてみる。)
HARRY CRANESをちょっと調べてみましたが、北陸の食材にこだわったラインアップで、パッケージなどの世界観も洗練されています。
何でも聞きますが、池森さんは若鶴酒造の関係者を誰か知っていますか?
池森:どうしてですか? 社長の小杉さんと親しくさせてもらっていますが。
坂本:社長を知っているのですか? なるほど。それは好都合です。
ちょっとひらめいてしまったのですが。
池森:何でしょう?
坂本:池森さんがHARRY CRANESをミニバーセットの候補に考えているのであれば、若鶴酒造に直接行って、HARRY CRANESはどういったブランドなのか、どういったペアリングが考えられるのか、一緒に意見を聞きに行ったら、議論は深まると思いませんか?
池森さんが選んだ若鶴酒造の玄というお酒が、どういうお酒なのかも知りたいですし。
池森:それは、ちょっと緊張しますね。お願いすれば、引き受けてくれると思いますが。
坂本:さらに今後の提案なのですが、若鶴酒造での「勉強会」を経て池森さんなりのペアリングを考えたら、最後に第三者の専門家を交えて、試食会を設けてみてはいかがでしょうか。
その方が、完成度も増すでしょうし、この特集を読んでいる読者に対する説得力も違ってきます。
専門家の「洗礼」を受け、晴れてミニバーセットを完成させ、お客に提供するイメージです。
池森:専門家とは、どなたでしょうか?
坂本:かつて、他のメディアですが、石川県の山中温泉にある<和酒BAR 縁がわ>の下木雄介さんという人を取材しました。
下木雄介さん。撮影:坂本正敬。
利き酒師の上位資格である酒匠を石川で初めて取得された人で、日本酒と料理の関係性を突き詰め、国内外で活躍している専門家です。
この前、特に気にせずNHKを見ていたら、日本酒づくりの最前線を取り上げた番組にも、ちょこっと出ていました。
この下木さんに最後、試食してもらい、改善点などを議論すれば、さらにペアリング論は深まると思います。
池森:ハイグレードなお題が、さらにハイグレードに移行しましたね(笑)
それならば、せっかくの機会なので、試食会ではHARRY CRANES×日本酒のペアリングに加えて、普段から蔵ステイ池森のバーで出している氷見の食材×地酒のペアリングも試してもらいたいのですが。
そこでの学びを受けて、普段のメニューもブラッシュアップできればと思います。読者の皆さんにもペアリングを考える材料が増えて、いいとと思います。
坂本:分かりました。聞いてみましょう。そのためにもまず、若鶴酒造を紹介してもらえませんか?
池森:分かりました。
(次は第4回。蔵ステイ池森のミニバーセットに登場する予定の日本酒とおつまみをつくった若鶴酒造に出掛けます。
HARRY CRANESとはどんなブランドなのか、玄とはどんなお酒なのか、若鶴酒造の社長・小杉康夫さんに、教えてもらいました。
ちなみに下木雄介さんとの試食会については、来週から公開が始まる「利き酒師と酒匠で考える。日本酒の『ペアリング』の教科書。(後編)」で紹介します。楽しみにしてくださいね。)
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