北陸の日本酒と料理の「ペアリング」論。若鶴酒造の社長と利き酒師に学ぶ(前編)
vol. 04
なじみ深い味を思い浮かべながら考える
池森さんの紹介で若鶴酒造との取材にこぎ着けた〈HOKUROKU〉取材班。
富山県の人にはなじみ深い酒蔵だと思いますが、福井や石川に暮らす読者のために念のため基本情報を整理します。
若鶴酒造とは、富山県西部の砺波市にある酒蔵で150年以上の歴史を誇ります。
日本酒の蔵元ながら、北陸で唯一となるウイスキー〈サンシャインウイスキー〉づくりを戦後にスタートしたユニークな歴史もあります。
最近では、クラウドファンディングを通じて銅器のポットスチル11を蒸留所に納入し〈三郎丸0(ゼロ)〉をいうウイスキーをリリースしたばかりです。
三郎丸蒸留所
ポットスチル
ウイスキー蒸留所・三郎丸蒸留所は産業観光の拠点になっており、大正時代の酒蔵をリノベーションした〈大正蔵〉、飲食や買い物を楽しめる〈令和蔵〉も敷地内にあります。
写真左が〈大正蔵〉。写真右が〈令和蔵〉。若鶴を盛り上げたい・地元の人に使ってもらいたいとの思いから誕生した産業観光の拠点
若鶴酒造でのインタビューには小杉康夫社長と、関連会社GRN株式会社(富山県高岡市)のブランディングプランナーで栄養士・色彩コーディネーターの資格を持つ中条容子さん、さらに池森典子さんが登場します。
中条さんは、ミニバーセットでペアリング候補に挙がった〈HARRY CRANES〉の開発に携わった人。日本酒のペアリング論をこのメンバーでさらに深めます。
大正蔵や令和蔵など産業観光の拠点を立ち上げた
令和蔵の様子。インタビューは写真右下の大きなテーブルで行われた
―― 本日は皆さん、お忙しい中でありがとうございます。
今回の取材の経緯や意図は事前に説明しましたので省略させてもらいますが、蔵ステイ池森の宿泊者に対して用意するミニバーセットを池森さんがつくる予定です。
その準備の過程を取材しながらHOKUROKUとしては日本酒のペアリング論を特集にできればと思っています。
ミニバーセットづくりでは、若鶴酒造〈辛口 玄 銀ラベル〉とHARRY CRANESのペアリングを池森さんが考えていらっしゃるようです。
そこで、HARRY CRANESとはどういったブランドなのか、玄はどういったお酒なのか、製造元である若鶴酒造に聞きたいと思って本日に至った次第です。
素人の私は、この場に足を運びながらも「ウイスキーのおつまみと日本酒は本当に合うの?」と正直疑っております。
ですから、若鶴酒造からも直々に、日本酒とHARRY CRANESの商品をペアリングさせるとしたらどういった提案になるのか教えてもらいたいです。
小杉:そういう話だったのですね。分かりました。よろしくお願いします。
若鶴酒造の小杉康夫社長。くん製料理を自らつくるなど料理好きの一面も
―― ちなみに、池森さんと小杉社長は、そもそもどういったご関係なのでしょうか?
若鶴酒造の敷地内にある大正蔵の前で撮影
小杉:若鶴酒造は歴史の中で、蒸留室からの火災で敷地が一度焼失しました。その際には、地元の人に助けてもらうなど、地域に支えられてここまでやってきた会社です。
若鶴を盛り上げたい、地元の人に若鶴酒造をもっと使ってもらいたいと思い、大正蔵や令和蔵など産業観光の拠点をここ10年くらいで立ち上げてきました。
大正蔵
水と匠という観光法人の立ち上げにもかかわり、富山県西部(高岡・射水・氷見・砺波・小矢部・南砺)の地域資源を生かして、地域経済の活性化と豊かな暮らしの実現を産業観光を軸に目指すチャレンジもしています。
同じ富山県西部の氷見市で池森さんも産業観光をやっていらっしゃいます。その関係で、さまざまな場所で以前からお付き合いさせてもらっていました。
―― 蔵ステイ池森にも足を運んだ経験があるのですよね?
小杉:はい。何度もお邪魔しています。
若鶴酒造は企業としての地域貢献がさまざまな形で表彰を受けている
あと、紹介が遅くなりましたが、今回の取材テーマに関して私だけでは不安ですし答えられない点があると失礼ですから、HARRY CRANESに詳しい人間を呼んでおきました。
中条:はじめまして。GRNの中条容子と申します。
中条容子さん
―― 中条さんはどのような立場の人なのでしょうか? 名刺には、ブランディングプランナー、栄養士、および色彩コーディネーター1級といった情報が書かれています。
中条:HARRY CRANESのブランド名やコンセプトが大まかに決まった時点からプロジェクトに加わっております。
具体的な業務としては、北陸の食材とメーカーさまを結び付けた商品を提案させてもらったりPR活動をしたりしています。
また〈スモークナッツ with 能登塩〉や〈梅宵〉、〈みつばちナッツ+ウイスキー〉、〈ウイスキーケーキ〉などには商品開発の段階から携わっています。北陸の魅力・お酒の楽しみを多くの方にお届けできたらと思っております。
中条さんが携わった〈スモークナッツ with 能登塩〉
〈梅宵〉
ただ今回、この場に参加させてもらった理由は正直に申し上げますと小杉のフォローです。私は記事に登場しなくても構いません。
小杉:いえいえ、彼女が居ないと困ってしまいます(笑)
―― 分かりました。それではしっかり登場してもらいましょう。よろしいですか?
中条:分かりました(笑)
ブリ大根に合う日本酒
―― 本題の取材を始めます。まず、HARRY CRANESのブランド概要から教えてください。
小杉:うちの会社はウイスキーもつくっていて、取締役の稲垣貴彦という人間が中心となって取り組んでいます。
そのウイスキーに合うつまみを出そうとなったのですが、抜きに出たブランド力のある商品が富山は限られています。
いい技術も食材もいっぱいあるのにブランドとして洗練された商品が少ない。
そこで、HARRY CRANESを立ち上げました。立ち上げ時には北陸の食材を厳選し、つくり手さんの下に足しげく通ってブランドづくりに協力してもらいました。
一番左が〈白えびスモーク ウイスキーバジル〉(鈴香食品)・右隣奥が〈梅宵〉(ホクチン)・手前が〈みつばちナッツ+ウイスキー〉(フルクル)・中央の瓶が〈サンシャインウイスキー〉・右隣の缶が〈HARRY CRANES Craft Highball〉・一番手前の左は〈スモーク幻魚(げんげ)〉(ホクチン)・一番手前の右は〈Smoked Nuts with 能登塩〉(ホクチン)・缶の右隣2つは〈Raw Sweets MIX〉(フルクル)・一番右が〈富山ビーフジャーキー〉(ホクチン)
―― あらためて池森さんに質問なのですが、ミニバーセットのフードとしてHARRY CRANESをどうして選ぼうと思ったのですか?
前にも少し聞かせてもらいましたが、なかなかチャレンジングなラインアップだと素人目には思います。
池森:もちろん、小杉さんとのつながりがベースにあります。
私では思い付かない商売上のアイデアを小杉さんは以前から提案してくださる方です。
一方で、HARRY CRANESの存在は以前から知っていました。
ミニバーセットのフードを考える場合、見栄えやデザインも重要です。そう思った時に真っ先に思い浮かびました。
―― パッケージがあか抜けている感じは確かにありますよね。
池森:HOKUROKUさんとの関係で日本酒のペアリング論を深めるハイレベルなお題も出てきました。
せっかくなら、ウイスキーのおつまみであるHARRY CRANESを日本酒とペアリングさせる大胆な発想にチャレンジしたいとも思いました。
私にとっても今回はいい機会ですし、HARRY CRANESが大きく取り上げられれば「へえ、こんな商品があるんだ」と北陸の人たちにも新しい気付きを与えられると思いました。
―― 若鶴酒造としてはどうでしょうか? HARRY CRANESと日本酒のペアリングは可能なのかどうか。
小杉:一般論として、ワインと食べ物のペアリングよりも清酒の方が、ペアリングのマッチ度はすごく広角です。
―― 池森さんもおっしゃっていましたよね?
池森:そうですね。
小杉:例えば、グリーンサラダとワインは合わないと言われています。しかし清酒はオールマイティです。中でも、爽酒と言われるカテゴリーのお酒は何にでも合わせられます。
―― 爽酒の言葉が出ました。池森さんには、日本酒を4つにジャンル分けする考え方を事前に教わっています。
この4分類で言えば、若鶴酒造の代表的な銘柄はそれぞれどのように分類されるのですか?
小杉:その点に関してはこちらで今日資料を用意しました。
4分類に沿って若鶴酒造の代表的な銘柄と、それぞれのお酒に合う料理を幾つか提案させてもらっています。
4分類に沿った若鶴酒造の銘柄とペアリングで合わせたい料理の一覧。拡大して見てください
シロエビの刺身、ますずし、ブリ大根、ブリの照り焼き、かぶらずし、ドジョウのかば焼きなど、ペアリングの候補として北陸らしい料理も意図して選んでみました。
これらのなじみ深い味を思い浮かべながらペアリングを考えると理解も深まると思います。
―― ありがとうございます。すごく分かりやすいです。
かつて、雑誌〈自然人〉(休刊)でペアリングについて若鶴酒造が取材を受けていた時にも、当時の担当者が同じ料理を挙げていましたね。
フルーティーで香り豊かな大吟醸酒などの薫酒(くんしゅ)は、シロエビの刺身など素材を生かしたあっさりした味付けの料理と合わせるわけですね。
シロエビの刺身。写真提供:とやま観光推進機構
一方で、複雑で重厚な香りと濃厚な味わいの熟酒には、ブリ大根のように濃い味の食べ物を合わせる。
米そのものを思わせる奥深い甘い香りとうま味の強い醇酒(じゅんしゅ)は、ブリの照り焼きやかぶらずしなどしっかりとした味付けの料理に合うとの話があらためて理解できました。
石川などで親しまれるかぶらずし。写真提供:石川県観光連盟。
爽酒(そうしゅ)についても池森さんからいろいろと事前に習っています。
香りが控えめで、テレビコマーシャルでも聞くキーワード「淡麗辛口」、清涼感のある味わいが特長だと知りました。だからこそ、広範囲の料理と合うのですね。
若鶴酒造の表でも、ますずしや焼き鳥(塩)、イカの刺身、ロールキャベツなど多種多彩な料理が挙げられています。
こうした前提を踏まえて各カテゴリーのお酒にHARRY CRANESを合わせるとしたら、商品開発に携わる中条さんはどのようなペアリングを考えますか?
中条:分かりやすい例からいくと、熟酒と言われる貴醸酒、および古酒は、濃厚でこっくりした味、味が濃く甘い食べ物との相性に優れています。
赤線はHOKUROKU編集部による。
例えば、ドライフルーツとも相性がいいですので、HARRY CRANESで言えば〈Raw Sweets〉のシリーズがまず考えられます。
この商品は、砂糖・卵・牛乳を使わず、ナッツとフルーツの甘みを生かしたスイーツなのでぴったりではないかと思います。
左がRaw Sweetsの林檎(りんご)、右が無花果(いちじく)
―― ドライフルーツについては蔵ステイ池森でも出てきましたね。
池森:はい。クリームチーズとドライフルーツを合わせた食べ物などを醇酒(じゅんしゅ)と出しています。
―― 池森さんは醇酒(じゅんしゅ)と合わせて、中条さんは熟酒と合わせています。この違いは何でしょうか?
池森:熟酒と醇酒はどちらも4分類で言えば右側、濃厚なお酒の部類に入っています。
言い換えればドライフルーツは、熟酒や醇酒など、味わいが濃厚な日本酒全般に合うと考えればいいのかなと思います。
中条:〈サンシャイン生チョコレート〉も熟酒に合うと考えられます。
チョコレートの中にウイスキーは入っていますが、ペアリングしても熟酒であれば日本酒は負けません。チョコレートもラズベリーが入っていてとても合うと思います。
写真:公式ホームページより
―― 他にはどうでしょうか?
中条:〈ウイスキーに漬けた干柿アイス〉も熟酒に合うと思います。
サンシャインウイスキーに干柿を丸ごと漬けた商品ですが、サンシャインのスモーキーさが全くなくて干柿の濃厚な甘さが熟酒にぴったりです。
〈ウイスキーに漬けた干柿のアイス〉。写真:公式ホームページより
―― 熟酒のペアリングでは、伝風堂(富山県射水市)のチョコレートようかん〈月風〉を蔵ステイ池森でも出しているのですよね。すごく意外でした。
池森:はい。
―― 中条さんの提案も、チョコレートだとか干柿のアイスクリームだったりします。
日本酒をスイーツとペアリングさせる考え方が普通に存在しているとは素人からすると驚きです。
日本酒を普段は飲まない人、例えば若い女性が、このペアリングに気が付くと暮らしに楽しみが1つ増える気もします。
中条:その意味で言えば〈みつばちナッツ+ウイスキー〉も熟酒に合うと思います。
そのまま召し上がっていただいてもいいですが、クラッカーにブルーチーズなどをのせて、みつばちナッツ+ウイスキーをその上に添えて食べると、お酒の味を引き立てると思います。同じく女性受けもするはずです。
みつばちナッツ+ウイスキー
―― 女性受けする日本酒のペアリングが存在するとは必見です。
いずれにせよ、熟酒のペアリング論についてはかなり考えが深まってきた気がします。ありがとうございました。
(副編集長のコメント:若鶴酒造の考える日本酒とHARRY CRANESのペアリング論を引き続き第5回でも聞きます。)
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