北陸の怪談。金沢の「子育て幽霊」編。

2021.08.12

第4回

土中の赤ん坊。

 

以来、女は団子屋へ二度と来なくなった。女が現れない方が団子屋にとっては逆に不気味に感じられた。

 

気になって裏長屋の住人やなじみのお客に聞いて回ると、数日前に妊婦が立像寺の墓地に土葬されたと聞いた。

 

布屋の商家が野町にあり、臨月の身であった母親が急死して埋葬されたとの話だった。

 

「土葬やさけね。埋(い)けた」

 

と裏長屋に暮らす古老の女性が言った。このころ加賀では庶民の土葬が一般的だった。

 

土葬された後に墓の中で子どもが生まれ、母親が幽霊となってもちを買いに来たのではないかと裏長屋の女たちが井戸の前でささやいている。

 

妖怪・幽霊・鬼・化けきつね・化けたぬきの存在が本気で信じられた時代である。

 

団子屋の主人は気が気ではなくなった。墓の中で生まれたばかりの子どものためにもちを買いに来ている以上、女は母乳が出ないのではないか。

 

団子屋の主人も妻子を失っていた。母乳が出ないために死んだわが子を、諦めきれずに妻はいつまでも抱いて泣いていた。

 

乳児の養育は母乳に頼るしかない時代だ。母乳が出ない自分の体を妻はのろい、コイやレンコンのみそ汁を飲んだ。コイやレンコンのみそ汁を口にすれば母乳が出ると言われていた。

 

昼は近所を周り頭を下げて「もらい乳」をした。それでも足りなかった。

 

赤子は連日、腹を空かせて泣いた。子どもが死んだ夜も、わらでつぼ型に編んだかご(つぶら)に子どもを入れて、妻は盛んにゆすり、なんとか寝かせようとしていた。

 

夜半にようやく子どもが静かになる。妻も疲れて眠りに落ちた。

 

間もなく女の幽霊が来る。わが子に乳を飲ませ、子どもも音を立てて幽霊の乳をすすった。

 

妻は目を覚ました。不吉な胸騒ぎがした。わが子を見る。かごをゆすり、足をなでた。子どもは寝ている、のではなかった。息をしていなかった。

 

団子屋は妻のおえつで目を覚ました。子どもの姿をみるなり不幸を知った。妻は間もなく子どもの後を追った。

 

団子屋には忌まわしい記憶がある。なんとかしなければならない。

 

団子屋の主人はその日の商売を終えると、立像寺の住職の下へ駆け込んだ。

妊婦の死したるを土葬にした。

立像寺の門をたたき、団子屋の主人は内へ入って、これまでの始末を語った。

 

住職は話を聞き「思い当たることがある」と驚いて言った。

 

「このごろ妊婦の死したるを土葬にした。この寺内にある」

 

しかしもう日が暮れている。墓を掘り起こせない。住職と相談して翌朝、日が昇るとともに団子屋は再訪した。

 

立像寺と樹林。

 

支度を整えて住職は待っていた。

 

お寺の裏手の墓地には樹林が広がっている。植生は豊かで、タブノキ・スギ・ケヤキ・イロハモミジなど樹種もさまざまだ。

 

一角には竹が茂っている。見慣れたササの葉も団子屋の目に留まった。

 

木の香りがまだ新しい卒塔婆⁴に案内される。

 

住職は誦経(ずきょう)し土を掘り起こす。ひつぎは浅い土中に埋まっていたため、すぐに見付かった。

 

ひつぎの中には見覚えのある顔の女と、生後7日ほどの赤子が横たわっていた。

 

奇妙にも女は死後の腐敗が進んでいない。しかし赤子はふん尿で汚れ、異臭がした。

 

ひつぎを開けた途端に日の光のまぶしさを肌に感じたのか、赤子は強く握った手を不快そうに動かし、顔をしかめて泣き始めた。

 

むろん全裸である。男子だった。へその緒も切れており、口が汚れていた。

 

赤子の周りには団子屋の売った白いもちが5~6個並んでいた。あめもある。当時あめは母乳に代わる食物だった。

 

住職が迷わず赤子を取り上げる。赤子の髪の毛は羊水で乾き固まっていた。

 

「さてこそ」

 

住職は言った。奇跡である。男の子は泣いた。しかし力は弱い。衰弱している。

 

団子屋は迷わず引き取る意思を示した。

 

しかし住職が落ち着かせた。立像寺は後に、日蓮宗近世共学の発祥の地となる。伝統として子弟訓育の向きがあったのか。

 

生まれたばかりの赤子を男手一人で育てるには不便もあるため、その日はお寺が預かる話となった。

 

後に地蔵のような墓(石碑)が建てられ、もちを買いに来た婦人は成仏した。

 

余談だがその石碑は、立像寺に現存する。

 

(副編集長のコメント:立像寺は大きな門と2階建ての鐘楼が特徴的な、金沢の江戸期の寺社建築を代表する重要なお寺です。

 

境内には保育園があり、子どもたちの声も聞こえます。物語とのつながりを感じずにはいられません。)

死者の供養塔や墓標の意味を持ち、三重塔・五重塔・十三重塔などの塔や木製の板(塔婆)を指す。

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