外泊したいなら近くの宿に
妻と一緒に〈金ノ三寸〉で朝を迎えました。冬の午前7時、中庭に面した障子窓からぼんやりと建物の中に朝の光が差し込んでいます。
朝方の光は部屋の空間を素っ裸にします。夕方から夜にかけては、すてきな照明演出によって、それなりに何でも良く見えます。
朝方は、宿の実力が問われると言っても過言ではありません。
中庭に面した障子窓の光の様子
目が覚めてから天井を見上げ、「あれ、ここはどこだっけ?」と思いました。
寝ぼけている時間が私は長く、ぼーっと天井や壁を眺める時間が人より長いと思います。
周りの空間の素材が無機質だったり表情がなかったりすると、この時間に退屈してしまいます。
古民家の古さそのものが魅力となって、心地良さに貢献してくれる瞬間は、こうしたなんでもない時間なのかもしれません。
おいしい朝食は旅の思い出に花を添える
朝食の総菜プレート。旬の素材の味を引き出す発酵料理がおいしい。サラダや主食、ドリンクがセットで3,190円(税込)
朝食は「八」棟にあるカフェ&バーのキッチンを使い、料理人が用意してくれます(※要予約)。
食事の場所は、それぞれの棟にあるダイニングです。料理人たちが真ちゅうのテーブルの上にリネンのクロスを広げ、準備してくれます。
朝食は事前の予約が必要で、費用も宿泊費とは別です。金ノ三寸の料理担当者は、水野由紀恵、中村みきさんです。ご自身でも有機栽培する料理人たちです。
以前はご自身らでレストランを経営されていた方々ですが、食の活動範囲をもっと広く捉え、店舗を持たない料理人としての道を選んだようです。
旬の野菜をメインに、素材の味を引き出す発酵料理に力を入れていて、毎回内容が少しずつ変わります。
1つ1つの料理を丁寧に仕込んでいるため、見た目のシンプルさとは裏腹に、口の中で味わいが2、3回転するような、複雑なおいしさを楽しめました。
陶芸家にオーダーしてつくってもらったお皿や、古道具屋を回ってそろえたビンテージのお皿もあります。
グラスもコースターも時間をかけて探してコーディネートしました。
朝食がおいしいと旅の思い出に花を添えてくれます。
外泊したい気分なら近くの宿に泊まればいい
食事を終えて寝室へ再び戻りました。繰り返しになりますが、自宅や事務所から金ノ三寸は車で約20分の距離です。
帰ろうと思えばすぐにでも帰れます。仕事があればすぐにでも出勤できます。
しかし、ゆっくりしたいという気持ちが勝って、チェックアウトぎりぎりの午前11時まで宿でくつろぎました。
金ノ三寸での宿泊体験を通して確信しました。宿の使い方はもっと自由で気軽でいいのだと。
料理が面倒だから、あるいはたまにぜいたくしたいから、県内など近場にあるお目当てのレストランに行く人は多いはずです。
同じくらいの気持ちで「今日は外泊したい」となれば、思い立ったように近くの宿に泊まっていいのだと強く思いました。
第1回で紹介した宿は、少し特殊な事情により、自分でプロデュースした金ノ三寸を選んだので、心から客観性を持った内容にはなりきらなかった部分もあったかもしれません。
ただ、あらためて近場に泊まる楽しみを発見できた収穫がありました。これから北陸の宿を泊まり歩いて「新・北陸の宿」を書こうとしている自分の計画にたまらなくワクワクしてきたのです。
目指すは北陸3県にありながら、さまざまな細部の積み重ねで非日常感を徹底して演出している宿です。
家から仮に20分の距離でも完全に日常を忘れさせてくれる空間とでも言いましょうか。
次回は、石川か福井にお邪魔します。シリーズ第2弾の続編をご期待ください。
(編集長のコメント:朝方に全てが素っ裸にされるという話、すごく分かります。夜に書いた文章を朝に見直すたびに、ずっと同じように感じていました。全てに通じる話だったのですね。
「今日は外食したい」という気分に近しい感じで「今日は外泊したい」から近所の宿に泊まる。すてきな人生の楽しみ方ですね。
思えば子どものころは、近所の友達の家に泊りにいくだけでも心がワクワクしていました。
同じように大人も、もっと気軽に近場で外泊して、暮らしの中に非日常の瞬間を上手に取り入れてもいいのかもしれませんね。)
文・写真:明石博之
写真:山本哲朗
編集:坂本正敬・大坪史弥
編集協力:中嶋麻衣
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