50円の魚が8万円に
漁業のかたわらで、干物製造販売・観光船サービス業を営む東海勝久さんの会社IMATOの2階で取材が行われた。窓から見える橋の向こう側は富山湾
富山湾に面して新湊という大きな漁港があります。今回の話の舞台はこの新湊漁港です。
富山県内にある16の漁港のうち第3種漁港と言われる大きな漁港は新湊と氷見しかありません。
〈氷見の寒ブリ〉などブリのブランド化に成功している知名度の高い漁港なので氷見の方が知られているかもしれませんね。
ベニズワイガニやシロエビ(シラエビ)の水揚げが新湊では盛んです。
新湊漁港。撮影:坂本正敬。
石川県で第3種漁港と言えば珠洲市の蛸島漁港と加賀市の橋立漁港、福井県で言えば小浜市の小浜漁港になります。
これらの漁港に置き換えて考えると、石川や福井の人は規模をイメージしやすいかもしれません。
新湊漁港はちょっと変わった港。
一般的にどのようなイメージを漁業に対して持ちますか?
高齢社会に突入して久しい日本の地方で盛んな産業という理由もあって、担い手不足による先細りの業界と考える人も少なくないかもしれません。
新湊漁港の様子。撮影:坂本正敬。
確かに北陸3県はどこも、個人・団体で漁業をする経営組織の数が、過去20年間で右肩下がりの状態です。
北陸3県がまとめた2018年版〈漁業センサス〉にも実際にその数字は書かれています。5年ごとに行われる漁業の「国勢調査」が漁業センサスです。
県ごとに各県がまとめた資料を見比べてみても3県全てで漁業経営者の数が減っています。漁業就業者の数も減り続けている状態です。
新湊漁港。撮影:坂本正敬。
しかし、今回の舞台となる新湊漁港はちょっと変わった港と言えるかもしれません。
過去20年を5年ごとに振り返ってみると、新湊での漁業の働き手は(新湊東部を除く)187人(1998年)→159人(2003年)→194人(2008年)→178人(2013年)→165人(2018年)と一定数を維持しています。
同じ県内の第3種漁港である氷見で漁業に従事する就業者の数は、284人(1998年)→241人(2003年)→210人(2008年)→162人(2013年)→122人(2018年)と減り続けています。
氷見漁港の関係者によれば「新湊には若い人が集まる」印象もあるのだとか。
縮小傾向の漁業の世界でも一定の活気を保っている漁港だと見方によっては新湊漁港を表現できるかもしれません。
経験も技術もない漁師が生き残ろうと頑張ってきた
この新湊漁港の漁業協同組合に所属しながら独特な立ち位置で地元の魚のブランド化に奮闘する漁師が東海勝久1さんです。
もともとは富山の氷見の人でしたが新湊の漁港に友人と一緒に就職した経歴を持ちます。
東海勝久さん
漁業従事者として勤務を続け、何十年ぶりの新規着業の親方として漁業権を与えられた異色の人。新規着業後は漁師としての才能を開花させるだけでなく捕れた魚のブランド化を次々と成功させます。
数あるブランディング水産物の第1弾は、マコガレイをブランド化した〈万葉かれい〉です。
富山湾に流れ込む庄川が削った海底谷の入口、水深100mにはマコガレイというカレイの一種が生息します。
そのカレイを独自の漁法で無傷のまま捕らえ、品質のいい個体を水槽に一晩から数日入れて泥を吐かせ、くさみを消してから生きたまま市場に出す手法を東海さんは確立しました。
万葉かれい
万葉かれいと独自に命名し、大きさを400g以上と定め、漁期を夏前後と限るなど、さまざまなハードルを設けて独自性・優位性を磨きます。
新湊ではかつて1枚50円程度で扱われていたマコガレイが、地元紙の報道2によれば2019年(令和元年)5月6日の初競りで過去最高の1枚8万円の値が付いたといいます。
さすがに8万円は、新元号のお祝いも兼ねたご祝儀的な金額だったみたいですが、万葉かれいは普段でも1枚で数千円の値が付きます。
新湊漁港の様子。撮影:坂本正敬
この万葉かれいに関する一連の取り組みは、最初からブランド化しようと思って始めたプロジェクトではなかったのだとか。
むしろ、経験も技術もない漁師が限られた魚しか捕れない環境で生き残ろうと必死に頑張ってきた結果、自然に生まれたブランド品だったと東海さんは言います。
マーケティング戦略に精通した企業参謀のようなアドバイザーももちろん東海さんには居ません。
外部の力を借りず自分たちの力だけで実現したという意味では、地元の特産品を自力でブランディングしたいと考える北陸3県の人たちにとって大いに参考になるはず。
キーワードは「足元にある何かを徹底的に磨く」です。ピンと来た人はぜひ最後まで読んでみてくださいね。
(副編集長のコメント:次は第2回。東海さんのインタビューがいよいよスタートです。)
富山県氷見市生まれ。1996年(平成8年)から新湊漁港で働く。漁船・漁業権を保有し漁業を行うかたわら〈万葉かれい〉〈越の干蟹〉〈かにぼし〉など数々の水産物のブランド化を手掛ける。干物製造販売・観光船サービス業の株式会社IMATO(https://imato.jp/)の代表取締役。漁業関係の組合や協議会の会長も歴任する。
2 富山新聞(朝刊)「万葉かれい1匹8万円 令和相場10倍 新湊漁港で初競り」2019/5/8 P28
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