北陸の日本酒と料理の「マリアージュ」論。利き酒師と酒匠で考える(後編)
vol. 05
糖度の高い「リンゴ」が出てくる
池森:では、最後に〈蔵ステイ池森〉併設のバーで出す料理のペアリングです。試食は何からされますか?
下木:薫酒からお願いします。
池森:分かりました。今回選んだ薫酒は〈若鶴 純米大吟醸 瑶零〉です。
この大吟醸の香りをあっさりした味付けの料理でペアリングしてみました。
料理は、氷見の〈さがのや〉さんの豆腐と家の庭で採れた柿の白あえ。
隣はシロエビです。能登の塩田村と能登ワインの「コラボ」商品である〈NOTO WINE SALT(ワイン塩)〉を合わせました。
最後は、うちのだんなであり民宿の板前がつくった昆布締めにユズ酢ジュレを乗せた料理です。
右から豆腐と柿の白あえ。NOTO WINE SALT(ワイン塩)を振りかけたシロエビ、ユズ酢ジュレを乗せた昆布締め
酒器はどうしましょう?
下木:先ほどのお花が咲いたようなグラスをいいですか? じゃあ、ちょっとやりますね。
ああ、いい感じ。すぱーっとした感じですね。
池森:これを、酒器として使うとは思いませんでした。
下木:食器として手に入れたのですか?
池森:頂き物だったので用途は特に考えていませんでした。
―― 最初は何を食べますか?
下木:豆腐と柿の白あえからいただきます。
(下木さん、実食する。)
ああ、いい感じですね。柿の甘い感じ、ふくよかな感じ、豆腐の大豆のたんぱく質の味わいが、ふわーっと吟醸香を持ち上げてくれます。
―― 吟醸酒の香りを吟醸香と呼ぶのですね。
(下木さん、他の酒器で飲んでペアリングしてみる。)
下木:ああ、やっぱりこの花形のグラスの方がいいですね。柿の甘みがうまく広がってくれるので。池森さん、この酒器で飲んでみませんか?
(池森さん、試飲する。)
池森:香りますね。自分で言うのもなんですが、おいしいです(笑)
―― このメニューを「マリアージュ」まで発展させるとしたらどうしますか?
下木:なるほど。どうしよう。キウイを入れるとエキサイティングの感じに近くなるかもしれません。
メロンとかリンゴだと同じ方向性になってしまうけれど、酸味のある感じのフルーツが欲しいです。
マンゴーでもないです。かんきつ類のジャバラくらい酸味が強いと大丈夫かもしれませんが。
池森:次は、シロエビをお願いします。
こちらは、塩田村のNOTO WINE SALTを振りかけて召し上がってください。
下木:では、いただきます。
(下木さん、実食する。)
ああ、おいしいです。いい感じ。うん。合いますね。センスあるわ。
―― おお。
池森:やった、褒められた!
―― すごいですね。うそを付かない下木さんに褒められました。
ただ、この流れで恐縮ですが、あえて改善するとしたら何かアイデアはありますか?
下木:このままでもとてもおいしいのですが、しょう油と吟醸酒を1対1で割ってお刺身を食べるとおいしいです。
うま味を増してあげる意味でも、しょう油と日本酒を混ぜて、食べる前にちょっと垂らしてあげた方が香りが立つ気もします。
池森:最後は昆布締めです。
(下木さん、昆布締めを実食する。)
下木:ああ、昆布締めも合いますね。
池森:お酒は、若鶴 純米大吟醸 瑶零のままでいいですか? 下木さんだったら「この食事にこのお酒を合わせる」といったアイデアを聞いてみたいのですが。
下木:もっと別の日本酒の方が合うという話をしていいのですか?
池森:もちろんです。
下木:では、その若鶴酒造の〈苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blend〉をちょっと開けてもいいですか?
(下木さん、試飲する。)
ああ、やっぱりこちらの方がいいですね。
―― どうしてこちらの方がいいのでしょうか? そのお酒は前に、若鶴酒造からもらった表によると、薫酒ではなく醇酒の方に分類されています。
下木:この苗加屋の純米吟醸は、テイスティングの表現でよくある「菩提樹の香り」というか、栃木県の第一酒造の〈開華〉、飯沼銘醸の〈姿〉に出てくるようなバニラ系の香りがちょっとあるんですよね。
その香りをこの酒器が柔らかく表現してくれているので、豆腐や柿の甘さ、シロエビとワイン塩が上手くペアリングしてくれるのです。
確かに、苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blendはうま味があるので若鶴酒造が醇酒のカテゴリーに入れたい気持ちも分かります。
ですが、この日本酒は純米吟醸なので、これを醇酒に入れてしまうとなると、ちょっと世知辛いジャッジだと僕としては思います。この子も吟醸酒になりたいでしょうから。
紹興酒の熟成香はないけれどうま味がしっかりある醇酒
―― あらためて振り返りますが、ここまでの池森さんのペアリングはいかがですか?
下木:総じておいしいです。ペアリングの中でも「同調」は完全にできていると思います。
池森:昨日は夜なべしましたから(笑)それくらい本気で取り組みました。この勢いで醇酒をお願いします。
―― 下木さんからすると、醇酒とは一般的にどういったお酒なのですか?
苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blendを醇酒に入れるとは世知辛いジャッジだとの言葉も先ほどありました。
下木:うま味がはっきりしたタイプの日本酒になります。
全国区で見て代表的な醇酒と言えば、福島県の大七(だいしち)酒造の日本酒、北海道で言えば髙砂酒造〈国士無双〉のような感じです。
―― すみません。ちょっと分からないです。北海道のお酒は北海道旅行の際に聞いたような気もしますが。
下木:紹興酒がありますよね。紹興酒の熟成香はないけれど、うま味がしっかりあるような日本酒を言います。
―― ああ、それなら分かります。
池森:料理はこちらです。
醇酒は、洋食にも合うとの考えからオマールエビ風にニョッキをいためました。
真ん中は、氷見の自然栽培のサラダにこくのあるドレッシングをかけてあります。
最後は、豆腐屋がつくった枝豆豆腐です。
下木:サラダのソースはどんなソースなのですか?
池森:クリーミーなゴマ豆腐です。ペアリングに合うか試してみてください。
下木:醇酒の日本酒は何にしますか?
池森:能登の宗玄酒造の〈SHORYUDO〉でどうでしょうか?
下木:それではニョッキからいただきます。
(下木さん、実食する。)
―― 初めて顔が曇りましたね。
下木:オリーブオイルは何を使っていますか? 日本酒のアルコール感を悪い意味でオリーブオイルは引き立たせてしまうんです。
オリーブオイルのない料理の方がいいと思います。
池森:氷見の自然栽培も試食をお願いしていいですか?
(下木さん実食する。引き続き雲った表情をする。)
下木:醇酒をサラダで合わせる行為がまず、チャレンジングだと思います。
―― 何がチャレンジングなのですか?
下木:どちらかと言うと醇酒は、食事のコースで言えば中間で出す日本酒です。先付けがあって、わん物があって、揚げ物があって、そのころに出します。
しかし、サラダは最初に出てくる料理ですよね。どちらかというとすっきりとした日本酒に合わせます。
―― どうして池森さんはサラダを合わせようとしたのでしょうか?
池森:自然栽培の野菜にこだわっているとアピールしたかったからです。ドレッシングで濃厚にしたら大丈夫かなと思いました。
下木:分かります。その狙いはすごく伝わってくるのです。ドレッシングそのものと日本酒はすごく合うんですよ。
―― サラダと合う日本酒は何なのですか?
下木:サラダには爽酒と、酸味のあるソースがベターです。うちのお店でも爽酒に合わせて加賀採れ野菜のピクルスを合わせています。
福井のへしことか石川だと豆腐のみそ漬けだとか、ちょっと発酵した保存食に対して醇酒は合わせやすいです。
サバのへしこ。写真:福井県観光連盟
池森:それならば、氷見のさがのやさんの豆腐のみそ漬けはどうでしょうか?
さがのやの〈豆腐のフォアグラ仕立て〉
〈豆腐のフォアグラ仕立て〉と名前が付いている商品で、これは熟酒に出そうと思っていました。
下木:豆腐のフォアグラ仕立てですか。
(下木さん、実食する。)
ああ、これ、おいしい。宗玄と相性が抜群ですね。
池森:本当ですか?
下木:豆腐のフォアグラ仕立てと宗玄を合わせるとリンゴが出てくるんですよね。それも糖度の高いリンゴです。
ちょっと試してみませんか?
(池森さん、実食する。)
池森:ああ、確かにぴったりです。
―― もしや「マリアージュ」にたどり着いていると?
下木:はい。これは「同調」と「マリアージュ」の間くらいまで行っています。外国のお客さまに出したらたぶんハマると思います。
―― 看板メニュー決定ですね。
下木:これは自信を持って出してほしいです。分かりやすくおいしいですし。これは多くの人に食べてもらいたいペアリングです。
このまま宗玄で最後の枝豆豆腐も行っていいですか?
池森:はい。
(下木さん、実食する。)
―― あれ? いい流れが一転して険しい顔になりましたね。
下木:うーん。枝豆と醇酒は合うんです。ただ、枝豆豆腐と醇酒が合わない。
―― 面白いですね。
下木:原料って見られますか?
池森:ごめんなさい。見られないです。
下木:豆腐のにがりに入っている鉄分なのか凝固剤なのか。
こだわっているお店だと思うので枝豆豆腐の中に凝固剤は入れていないはずです。日本酒のアルコール感を凝固剤は悪い意味で引き立ててしまうケースがあるんです。
豆腐を固める際に何を使っているのか、そこを知りたかったです。
枝豆のアイデアはばっちりなのですが、枝豆豆腐となると豆腐屋さんが日本酒を想定していなかった点が誤算かもしれません。
貴醸酒のペアリングには伝風堂のようかんを
池森:では、最後の熟酒をお願いします。
左が〈和菓子 伝風堂〉のチョコレートようかん〈月風〉と右が〈HARRY CRANES〉の〈みつばちナッツ+ウイスキー〉
用意したペアリングは、和菓子業界の異端児と言われる人がウイスキーとか日本酒に合うようにつくったようかんです。グレープフルーツなどのピールが入っています。
下木:このようかん、原材料を見せてもらえますか?
(パッケージの原材料を下木さんが確かめる。)
へえ、砂糖を使っているんだ。これで熟酒と合ったらすごいな。
―― 砂糖に反応しましたけれど何を見ているのですか?
下木:今年の1月に大阪の阪急百貨店の物産展で和菓子と日本酒を合わせるペアリングをやりました。
その準備に半年くらいかけて、さまざまな甘味と日本酒のペアリングを調べたのですが、結果としててん菜糖が最も日本酒、中でもきもと造り、山廃仕込み2に合いました。
例えば、金沢の〈森八〉のようかんはてん菜糖を使っています。ですが日本酒に合うようにつくったこのようかんは原材料を見ると砂糖を一番多く使っています。
まだ食べてないのですが僕の中では画期的で「すげえな」と思いました。
池森:お酒は、貴醸酒と古酒でいいですか?
下木:はい。それにしても関係ないですが、このナッツが入った器、いいですね。
酒器ではないと思うのですが、この人が酒器をつくったら、すごくいい仕事をされるのではないでしょうか?
池森:富山市の岩瀬で活動する安田泰三さんのつくったレースガラス細工の作品です。
―― レースガラス細工って何ですか?
池森:イタリアガラスの伝統技法みたいですよ。
―― 酒器のところで下木さんが言っていたピッという出っ張りがこの器も見られるのですよね?
下木:はい。酒器の口が触れる部分ってキスする際の唇の触れ合う感じと似ているのですよ。
どれだけ外見を派手に装った相手でも、唇の触れた瞬間に心が震えなければ意味がないですよね。
唇の触れ合いを大事にするのか、ただの見てくれを大事にするのか。
この作家は、唇の触れた瞬間に気持ちを入れる人なのだと器を見て思います。
―― こちらの安田さんの器はピッとした感じが素人でも見て分かるような気がします。
唇の触れた瞬間に心が震えるかどうかっていい表現ですね。
下木:それでは若鶴の古酒から行かせてもらいます。
ああ、いい感じの日本酒ですね。
―― いい感じとはどういう感じでしょうか?
下木:古酒の「いい感じ」とはリッチ感です。ウイスキーのテイスティングの表現でも使われる言葉で、もっと平たく言えば長期熟成の甘みが穏やかである状態です。
(下木さん、ナッツのはちみつ漬けを食べる。その後に貴醸酒とのペアリングも試してみる。)
この古酒にはHARRY CRANESのナッツのはちみつ漬けが特にマッチしていると思います。
はちみつと貴醸酒を合わせてしまうと、はちみつのリッチ感に対して薄っぺらく感じてしまう。深みと熟成が足りないからです。
一方の古酒は、熟成感があるのではちみつと合います。
―― ようかんはどうでしょうか?
(下木さんは、古酒と貴醸酒の両方をようかんと合わせてみる。)
下木:ようかんの方は貴醸酒にすごく合います。レモンの果汁ではなく果肉を入れているので食感があり、レモンの苦味と貴醸酒がうまく合っています。
それにしても、このピールを入れる仕事にはすごく勉強させられます。
果汁の方が原価率を下げられるので材料費を安く仕上げるために普通は果汁を選びがちです。
しかし、このつくり手はちゃんと皮で入れています。おいしいものをつくりたい気持ちが結果にもつながっています。
―― 今日、話を聞いていて思いました。下木さんのように細部まで目を凝らして正当に評価してくれる人の存在が文化を育てるのだと。
下木:たぶん僕が、山中漆器の産地で育てられたからじゃないでしょうか。
ちゃんとした仕事をしなければいけない、うそをついてはいけない、そんな仕事をしている人たちがうちのお客さまとして来てくださったりしているわけですから。
池森:すてきです。
下木:でも、初めて今日、蔵ステイ池森に来て、池森さんもうそをついていない人だと思いました。
うそをつかずにいろいろ積み上げてこられている。だから、ペアリングがしっかりできているのだと思います。
―― いいですね。力のあるプロ同士がこうしてお互いを高め合う瞬間って。
それでは、メニュー化が決まった日本酒と料理のペアリングをおさらいします。
ミニバーセットで言えば、
玄(江戸切子の酒器)× HARRY CRANESのSmoked 幻魚
です。
お店のメニューでは、以下のメニューがペアリングとして完成されている組み合わせ、さらに「マリアージュ」にも近い組み合わせだと分かりました。
爽酒
玄(能作の酒器)× ホテルイカの沖漬け+梅汁
玄(能作の酒器)× ホタルイカのみりん漬け(+ゴマを出す前にちょっとフライパンでいる)
玄(能作の酒器)× 氷見イワシの混ぜイリコ
薫酒
苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blend(花のように口縁の広がったグラス)× 豆腐と柿の白あえ
苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blend(花のように口縁の広がったグラス)× シロエビ+NOTO WINE SALT(ワイン塩)
苗加屋 純米吟醸 Meister’s Blend(花のように口縁の広がったグラス)× 昆布締め+ユズ酢ジュレ
醇酒
宗玄SHORYUDO×豆腐のフォアグラ仕立て
熟酒
満寿泉 貴醸酒(高台の高い器)× 伝風堂 ようかん
若鶴酒造 古酒DY22(高台の高い器)× HARRY CRANES はちみつナッツ
このメニューがこれから蔵ステイ池森(公式ホームページはこちら)の宿泊者に、さらには、併設のバーの来店客に、正式メニューとして振る舞われるようになるわけです。
メニューは、第5話が公開された本日から蔵ステイ池森に並びます。読者の皆さんは蔵ステイ池森に訪れてペアリングを楽しんでもらえればと思います。
「マリアージュ」を意識したお酒と食事は、下木さんのお店〈和酒BAR 縁がわ〉(公式ホームページはこちら)でも楽しめます。
2022年(令和4年)9月にリニューアルオープンを予定しているようですが、リニューアル前でも山中温泉に訪れたら立ち寄ってみてください。下木さんの日本酒と料理の世界を楽しめます。
和酒BAR 縁がわの店内。写真は公式SNSより
皆さん、気が付けばもう深夜です。そろそろお開きにしましょう。
下木:今日はいい機会でした。蔵ステイ池森にこの後は泊まらせてもらいます。さんざん飲んで泊まれるっていいですね。
―― それがまさに、蔵ステイ池森の売りです。
池森:お部屋の使い方を後で説明します。今日は本当にありがとうございました。
取材の途中で即興の「インスタ」ライブも行った2人
(副編集長のコメント:以上で、前編・後編と続いた日本酒のペアリング論、おしまいになります。
前編では、日本酒の4分類から始まってペアリングの「同調」を学びました。
ペアリングの中でも「マリアージュ」の世界を下木さんに後編では教えてもらい、酒器選びの話も学びました。
北陸は、おいしい日本酒と食材の宝庫です。家で・お店で日本酒を飲む際にはこのペアリング論をぜひ実践してみてくださいね。)
文:坂本正敬
写真:武井靖
編集:大坪史弥・坂本正敬
編集協力:明石博之・中嶋麻衣
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