北陸の「スペイン風邪」365日を100年前のニュースに学ぶ

2020.06.12

vol. 05

波状攻撃

金沢城と兼六園の間を通る百間堀通。1919年(大正8年)※画像はイメージです

パンデミック警戒フェーズ39:パンデミックピーク後、およびパンデミック後

スペイン風邪の第1波は、市中で感染が始まった1918年(大正7年)8月から翌年の7月と言われている。

 

数カ月の間をおき、1919年(大正8年)の10月から次の年40にかけて、スペイン風邪の第2波が北陸を襲う。

 

第2波では、金沢に司令部を置く陸軍の第7連隊(第9師団の一部)にて195名の患者が出て35人が重症化し4名が死亡したと1920年(大正9年)1月7日の〈北國新聞〉が報じている。

 

同じく、北國新聞の1月7日の紙面には、第2波に関する石川の被害が報じられている。スペイン風邪による患者数は石川県内で2,641名に達し、7日の時点で88名が死亡していた。

 

患者の数が第2波は第1波と比べて少なかったが患者の死亡率は5倍に達した。この事実は、新型コロナウイルス感染症の第2波に備える現代の人たちに何事かを教えてくれている。

 

第3波も影響は少なかったが、1920年(大正9年)7月に第2波が終わって間もなく8月から翌年41の7月まで北陸の人たちを苦しめた。

 

この一連のインフルエンザ大流行は後に、人間の歴史上最悪の「インフルエンザ・パンデミー」と呼ばれるようになった。

北陸3県で1万6千の死者が出た

大正時代の福井駅。※画像はイメージです Licensed under public domain via Wikimedia Commons

スペイン風邪で亡くなった人の数は国内で38万5千人と言われている。数年後の1923年(大正12年)に起きた関東大震災で死者・行方不明者は約14万人とされている。

 

当時の北陸の人口を見ると、

 

福井:616,652名
石川:822,041名
富山:815,838名

 

で、第1~3波の患者数と死者の数は、

 

福井:患者253,664名・死者5,712名
石川:患者174,513名・死者5,085名
富山:患者398,159名・死者5,455名

 

に達した。北陸3県の患者の合計は82万・死者は1万6千を超えている。この深刻さは、新型コロナウイルス感染症の比ではない。

 

しかし、最大の驚きは、北陸3県だけで1万6千人以上の死者を出し、82万人の患者を生んだスペイン風邪も、被害の少なかった第3波のピークを過ぎるとあっという間に世間から忘れられた点にある。

 

北陸だけではない。日本全体、さらに言えば世界を見渡してもスペイン風邪に関する資料は、その深刻さに比べて圧倒的に少ない。

 

その理由は主に2つ考えられる。1つは、スペイン風邪の流行中、世界史の動きがあまりにも激しかった。第一次世界大戦があり、ロシア革命があり、各国のシベリア出兵があった。

 

2つ目は、国内においても、日本国民の意識が大きく変わろうとしていた激動の時代だった。米騒動が起き、内閣が倒れ、明治時代から続く議会政治を国民が打ち破ろうとしていた。いわゆる大正デモクラシー42の真っただ中である。数年後43には関東で大震災もあった。

 

繰り返しになるが、この時点で人類はウイルスの存在を知らない。それでも当時の北陸の人たちは限られた情報と経験則を基に、スペイン風邪と戦った。

 

この時代の教訓を激動の歴史に埋もれさせては、あまりにも死者に申し訳が立たない。

 

現代を100年前の悲劇に思いをはせる好期ととらえ、100年後に暮らす人たちの手本となる行動を1人1人が可能な範囲で貫きたい。

 

文:坂本正敬
編集:大坪史弥・坂本正敬
編集協力:明石博之・中嶋麻衣

[参考資料]
内務省衛生局 『流行性感冒 スペイン風邪』大流行の記録(東洋文庫)
神奈川県警察部衛生課『大正七、八年大正八、九年流行性感冒流行誌』
石川県史編集委員『石川県史 現代篇(1)』(石川県)
富山県『富山県史 通史編Ⅵ 近代下』(富山県)
毎日コミニュケーションズ出版事業部編『大正ニュース事典』(毎日コミュニケーションズ)
速水融著『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争』(藤原書店)
石川県編『石川県史 現代篇(1)』(石川県)

[参考新聞]
北國新聞
北陸タイムス
富山日報
大阪朝日新聞

[富山県立図書館調査課の回答資料]
富山県編『富山県史 通史編 6 近代下』(富山県)
富山県編『富山県史 資料編 7 近代下』(富山県)
富山地方気象台編『富山県気象災異誌』(日本気象協会富山支部)
富山市編『富山市史』(富山市)
富山市編『富山市史 附録』(富山市)
井波町編『井波町史 上巻』(井波町)
北日本新聞社編『新聞に見る90年 上』(北日本新聞社) 
北日本新聞社編『新聞に見る20世紀の富山1』(北日本新聞社)
富山新聞社編『清泉に華ありて 県立富山高女・富山女子高校学園物語』(富山新聞社) 
『富中富高百年史』
富山聯隊史刊行会編『富山聯隊史』(富山聯隊史刊行会)

[石川県立図書館利用サービスグループ調査相談担当の回答資料]
石川県史編集室編『石川県年表 大正篇』(石川県教育委員会)
石川県農林部共編『石川県災異誌』(金沢地方気象台共編 気象協会金沢支部)
金沢市史編さん委員会編集『金沢市史 通史編3』(金沢市)
伊佐一男、長沢子朗共編『金城連隊史』 
第九師団戦史編さん委員会編『歩七戦友会第九師団戦史』

[福井県立図書館郷土資料グループの回答資料]
大野市編『大野市史 通史編下』(大野市)
39 WHO(世界保健機関)の世界的インフルエンザ準備計画における警戒フェーズを参考にしている。フェーズは全5段階に加えてパンデミックピーク後・パンデミック後に分かれる。パンデミックピーク後は、パンデミックのピークは過ぎたものの第2波に備える必要がある状態。パンデミック後は通常の季節性インフルエンザで見られるような感染レベルに戻った状態を指す。

40 1920年(大正9年)

41 1921年(大正10年)

42 大正時代に起こった民主主義・自由主義を求める風潮。

43 1923年(大正12年)

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