コピーライターには平凡な感性が必要
―― こんにちは。初めまして。〈HOKUROKU〉編集長の坂本正敬と申します。
宮保:よろしくお願いします。
―― 今日の取材では、フォトグラファーの笠原大貴くんに加えて、HOKUROKUウェブディレクターの武井靖もこの場に参加しています。
武井:よろしくお願いします。
――〈北陸コピーライターズクラブ〉会長にして北陸を代表するコピーライターの宮保真さんには今日、キャッチコピーのつくり方について聞かせてもらいます。
そこで、ちょっと冒頭に伝えておきたいのですが、質問事項を事前に送りましたよね?
宮保:はい。
―― 申し訳ないのですが、自分で送りながらつまらない質問だと思うので、あれ、全部なしで構いませんか?
宮保:あ、そうなのですね。
―― 宮保さんの過去の作品を幾つも拝見しましたが、基本的には誰かに依頼されて書いているわけですよね?
宮保:はい。
―― もちろんプロなので当たり前だと思います。
ただ、誰かに依頼されて書く状況は、言ってしまえば他人のプロジェクトなので、ある意味客観的になりやすいと思います。
想定している今回の読者像は、プロのコピーライターになりたい人たちではありません。カフェや洋服屋の店主など、自分で商売やイベントを手掛ける人たちです。
予算の関係上、プロのコピーライターにお願いできない、でもアマチュアながら宣伝文句を自分で考えなければいけない、そんな時にどう考えればいいのか、そのような内容にしたいと思っています。
しかし、客観的に捉えにくい自らのプロジェクトにキャッチコピーを付ける作業は、独特の難しさがありますよね。
ご存じのとおり編集の世界でも、文章を書く人とタイトルを付ける人は一般的に違います。書き手ではなく編集者がタイトルを付けます。その理由は、記事に対して客観性が保てるからですね。
自分のプロジェクトを客観視する難しさについては、前に取材させてもらった石川の人気カフェ〈HUM&Go#〉のオーナーも同様の発言をしていました。
宮保:久木(きゅうき)誠彦さんですね。知っています。
―― あ、ご存じなのですね。
他人のプロジェクトでは大胆なアイデアを出せるけれど、自分のビジネスでは守りに入ってしまい上手に考えられないから、自分のビジネスこそデザインやキャッチコピーを他人に任せると、その久木さんが言っていました。
宮保:なるほど。気持ちはよく分かります。
―― その話で言うと、オフィスの1階に宮保さんはカフェを出していますよね。
宮保:はい。
―― 広告制作会社が運営するカフェなのに、公式ホームページを見る限り、それっぽいキャッチコピーがありません。
宮保:確かに付けていないですね。
―― そこで、突然のお願いなのですが、下のお店のキャッチコピーをこの場で考えてくれませんか?
その流れを追いながら、宮保さんがどのように言葉を導き出していくのか、その考え方のプロセスを記録していきたいです。
宮保:ハードルが急に上がりましたね(笑)
―― すみません。突然の作戦変更で。
宮保:いえいえ、大丈夫です。それでいいと思います。
―― ただ、その本題に入る前に、宮保さんがどのような方で、どうしてコピーライターになったのか、これまでの話も聞かせてもらえればと思います。
聞けば、大学卒業後はふらふらしてパチンコ屋などに通い詰めていたとか。
宮保:どこかに書いてありましたか?
―― 就職せずに28歳までふらふらしていたと何かのインタビューで読みました。
まずは、その辺りから話を始めさせてください。
素朴な疑問なのですが、就職するまでどうやって生活していたのですか?
宮保:実家暮らしだったので、なんとか最低限に暮らしながら、パチンコへ行ったりお酒を飲んだりして過ごしていました。
―― どうして就職しなかったのでしょうか? たぶん、楽しそうにパチンコしていたわけでも、お酒を飲んでいたわけでもないですよね。
小説でも書いていたのですか?
宮保:そう思った時期もありました。
ですが、本気で取り組むことも結局なく、だらだらしている、流されるままに生きている、よくある残念なパターンです。
―― その宮保さんが印刷会社に28歳で就職します。コピーライターになる前に印刷会社に入ったのですか?
宮保:印刷会社の制作部門がコピーライターを募集していました。ハローワークで求人を見付けたので応募しました。
―― そういう意味ですか。コピーライターとして印刷会社に就職したのですね。
コピーライターの職業をどうして選んだのでしょうか?
宮保:コピーライターだったらできるんじゃないかと思ったんです。
小さいころから文章が好きでしたし、コピーライターは人と会わなくていい、人と会わずに面白げな文章を書いていればいいと、世間知らずの28歳の頭で考えたのです。
しかし、いざ就職すると全く違いました。文章を書いている(キャッチコピーを考えている)割合は業務の内で2割程度です。
人前に出てコミュニケーションを取らなければいけない仕事が6~7割だと就職して初めて気付いたのです。
―― その時間配分は、コピーライター一般に共通する話ですか?
宮保:恐らく。
僕の場合は、ガンガン前線で企画を通す営業出身のプランナーが上司に居て、その人にひたすらついて回り、場慣れする訓練がずっと続きました。
印刷会社だったので会社案内などもつくります。ビジネスマンたちの前に連れ出され、それこそ年間300人くらいのインタビューをこなしていました。
―― 素朴な疑問なのですが、コピーライターってどのような文章を書くのですか?
キャッチコピーはもちろん、商品のネーミングづくりもあると思います。一方で、広告では長い文章も見ますよね?
今の話で言えば、インタビュー記事も書いているわけで。
宮保:そうですね。北陸のような地方だとコピーライターとライターの区別が都会と違ってはっきりしていません。
なので、コピーライターと、長い文章を書くライターを兼ねていました。
―― 長い文章はお好きですか?
宮保:短い文章の方が好きです。長い文章が別に嫌いなわけでもないのですが苦しいのですよね。ずっと潜水しているみたいな感じで。
坂本さんはどうですか?
―― 私は逆です。長ければ長いほど「潜水時間」が長いほど好きです。
ちょっとした苦しさは確かにあって、なかなかすっきりできません。でも、ゴールの明かりは確かに感じられる、そのゴールにちょっとずつ向かっていく感じが好きです。ある意味で「ドM」なのかもしれません。
必然性や意味が感じられないキャッチコピーは駄目
―― 話を戻しますが、印刷会社では何年働いたのですか?
宮保:8年です。
―― 現在社長を務める合同会社ワザナカにはどのような形で入るのでしょうか?
宮保:ワザナカは、橋本謙次郎5さんと砂原久美子6さんというアートディレクターが2人で立ち上げた会社です。
コピーライターの機能をそこに足したいとなった時に、お2人と知り合いだったので、一緒にやらないかと僕に声が掛かり、参加するようになりました。
ワザナカは、会社でありながらフリーランスの集まりでした。そこで、印刷会社から独立した立場で参加しました。
しかし、その設立者たちがいろいろな事情で1人居なくなり、また1人居なくなり、残った私が社長になりました。
―― 北陸コピーライターズクラブの会長に就いたいきさつはどのような感じですか?
宮保:北陸コピーライターズクラブはもともと〈富山コピーライターズクラブ〉でした。
全国に類似の組織があって、北陸でもやろうと、富山コピーライターズクラブが二十数年前に立ち上がりました。
―― もともとは「富山」だったのですか? 言い換えれば、コピーライターが富山には多いとの話ですか?
宮保:そのとおりです。富山で活躍するコピーライターは多いです。
そんな富山コピーライターズクラブに、福井・石川に暮らすコピーライターも参加していきました。
実質、北陸で活動する人たちの組織になっていったので「富山」ではなく「北陸」に呼び名を変えようと、2013年(平成25年)に名前が変わりました。
その前後に僕が副会長になり、後に会長になりました。
―― コピーライターズクラブはそもそも何のためにあるのですか?
宮保:会員同士の研さん・親睦(しんぼく)の機会となっています。
―― 年に1回、優秀なコピーライターとキャッチコピーを決める審査会みたいなイベントも確かやっていますよね?
〈HCC賞〉でしたっけ? どうやってあの賞は決まるのですか?
宮保:400~500くらいの応募作品が床に並んだ状態で、審査員たちがばーっとその作品を見ていくんですね。
印象に残る・引っ掛かる作品を会員が投票で決め、優秀作品を選ぶ感じです。
―― 誰でも応募できるのですか? 言い換えれば、クラブの会員でなくても大丈夫なのですか?
宮保:問題ありません。
―― どのような作品が一般的に選ばれるのでしょう?
宮保:一概に言えない部分があります。
なぜならHCC賞は、北陸コピーライターズクラブの会員全員が投票するからです。
―― それぞれ審査基準が違うと。
宮保:ただ、印象に残る・引っ掛かるコピーが共通してあるんですよね。
当たり前すぎる言葉だと埋もれてしまうし、変わりすぎた言葉だと多くの人に響きません。
その綱引きの中で、人を立ち止まらせる力強さを持った言葉が紛れています。
必然性があり意味が感じられる上で、すごく奇麗だったり面白かったり、ありきたりでない作品が自然に選ばれていると思います。
―― 逆に、どのような言葉が選ばれないのか、ありきたりな作品とはどんな作品なのですか?
宮保:駄目なパターンとしては、流行しているフレーズの言葉尻を変えたり、ダジャレに走ったりと、音の楽しさだけで考えているコピーが挙げられます。
ダジャレコピーにももちろん傑作はあって「でっかいどお。北海道」なんかは最高峰です。
この一文は、北海道へ行って、北海道の雄大さを目の前に「でっかいどお」と叫んでいる姿が想像できます。広告のコピーとして意味があるわけです。
しかし、必然性や意味が感じられないのに音の面白さばかりを追求しているコピーは、選ばれない傾向があると思います。
何を言うか、どう言うか
―― 一般的なコピーライティングの世界をもう少し聞かせてください。
例えば、宮保さんの作品に、
「障がい者アート」と言った途端に見えなくなってしまうもの展
があります。
この催しのネーミングはすごく引かれました。展覧会の名前そのものがキャッチコピーになっている。こちらは、宮保さんが考えたわけですよね。
宮保:はい。
―― 実際に文字が見えなくなるデザインも含めて本当に素晴らしいと思います。このデザインの指示も宮保さんなのですか?
宮保:こちらは、ワザナカのデザイナーのアイデアです。
おっしゃるとおり、展覧会の名称=キャッチコピーにしようと思っていて、クライアントさんにオッケーをもらった段階で「本当に見えなくなっていったら面白いんじゃないか」とデザイナーさんから提案がありました。
―― 宮保さんの会社では、宮保さんのコピーライティングを最も伝わる形のデザインに落とし込むところまで手掛けてくれるのですね。
こちらの作品は、他人の依頼を受けて宮保さんが考えた言葉です。今回の主題とは異なるのですが、どのような思考プロセスで生まれたのですか?
宮保:大まかな話として「What to say?(何を言うか)」と「How to say?(どう言うか)」をコピーライティングでは分けて考える必要があります。
―― さっきのダジャレの話、言葉尻をいじるなどは「How to say?(どう言うか)」ばかり意識しているという意味になりますか?
宮保:はい。言葉尻をどれだけ工夫しても「What to say?(何を言うか)」を間違っていたら意味がありません。
何らかの目的があって、その目的を果たす、効果のある「What to say?(何を言うか)」を探す作業がまずあります。
―― 具体的には何をするのですか?
宮保:「What to say?(何を言うか)」を考える場面では、伝えたい相手(ターゲット)を決める必要があります。
その次に、メッセージをどこに出すかも大事になってきます。
――「どこに」とは広告媒体という意味ですか?
宮保:はい。ターゲットが決まり、メッセージをどこで伝えるかがはっきりしたら、
- 自分が(自分たちが)打ち出したいメッセージ
- お客さんが求める価値
のちょうど間を狙って「What to say?(何を言うか)」を考える必要があります。
この点については、また出てくると思うので後で詳しく言いますが〈「障がい者アート」と言った途端に見えなくなってしまうもの展〉の場合だと「What to say?(何を言うか)」の部分は最初から決まっていました。
「障がい者アートの展覧会をやりますよ」が「What to say?(何を言うか)」です。
けれど「障がい者アートの展覧会をやりますよ」と当たり前に言っても、来てくれる人は限られています。
―― 障がい者関連の仕事をしている人とか、障がい者を家族に持つ人たちだとか。
宮保:クライアントの思いとして、福祉関係者じゃない人にも届けたいとの意向がありました。言い換えれば、福祉関係者ではない一般の人たちがターゲットです。
そのターゲットに届けるために(目的を果たすために)「障がい者アートの展覧会をやりますよ」と言わない形にしようと思いました。
―― 今度は「How to say?(どう言うか)」の部分ですね。
宮保:そうです。
「How to say?(どう言うか)」の部分、どのように伝えるかに関しては、たくさんアイデアを出して、いい言葉・効果的な言葉を探していきました。
先ほどの話と重なりますが「How to say?(どう言うか)」でも、
- 当たり前すぎるタイトル
- ひねくれたタイトル
の中間を探しました。
当たり前すぎるタイトル(展覧会の名前)では結局、もともと関心のある人にしか届きません。しかし、ひねくれすぎても伝わりません。そんなに過激な表現だと困るといったクライアントの意向もありました。
例えば、ラーメン屋さんの看板を思い浮かべてください。
「うまい」
とシンプルに書かれた看板では誰にも刺さりません。うまいのは当たり前だからです。
しかし逆に、誰にも分からない食材だったり調理法だったりと、店主のこだわりが力強い文体で長々と書かれたメッセージも読まれません。
普通であれば、コストを払って広告を打つわけです。その前提で考えると、多くの人に響かない表現はどうなのだろうと思います。
―― だから、中間を狙う必要があるのですね。アイデアはどんどん書いていくのですか?
宮保:そうですね。思い付いた言葉をパソコンにどんどんリスト化していきます。
その上で、何かが生まれそうだぞという言葉を掘り下げていきます。
―― どんどんリスト化し、掘り下げていく過程では、どのように意識や頭が動いて、最終的な名称にたどり着いたのですか?
宮保:出品する作家さんの話を聞くと、本当に面白いんですよね。
ですが、自分が見に行くかと考えた時に、見に行かないと思いました。
この「見に行かないな」と感じる感性がコピーライターには大切です。
コピーライターに必要な条件を挙げろと言われたら「感性が平凡である」だと僕は思います。
クライアントの立場にプロとして50%は立つのですが、残りの50%は平凡な一般人の感覚を残します。
なぜなら、世の中のほとんどの人が平凡だからです。その人たちに向けて何かをやるのですから、自分だけが独特の世界を見て、独特の感じ方をしたら成り立たちません。
一般の人たちに言葉を投げたらどのような反応が返ってくるかを想像できる平凡な感性が必要です。
――「What to say?(何を言うか)」「How to say?(どう言うか)」のどちらを考える上でも「中間を狙う」がポイントなら、むしろ感性がエキセントリックでは駄目なのですね。
宮保:「展覧会に自分は行かない」と平凡な感性で感じた理由は何かと考えると「障がい者アート」という言葉にある種の思い込みがあると気付きました。
オリンピックとパラリンピックってあるじゃないですか。もちろん理想や理念の上ではどちらにも上下や優劣は存在しません。
しかし、平凡な感性で考えると、オリンピックが上にあってパラリンピックが下にある、そんな風に理解してしまいます。
アートと障がい者アートも似たような感じで、アートが上にあり、障がい者アートが下にある、そんな関係を勝手に想像していました。
でも、そうじゃない。障がい者アートとアートの間に上下の関係があるなんて偏見なのだと、作家さんと作品を目の前にして感じました。
そこで「障がい者アート」と言った途端に見えなくなってしまう何かがあると思い、展覧会の名前にたどり着きました。
―― お見事ですね。同時に、いい流れになってきました。
プロのコピーライターは50%、つまり半分は一般の人の平凡な感性を大事にするとの話がありました。
しかし今回は、その50%の平凡な感性を生かしにくい状況で、自らキャッチコピーを考える状況を想定しています。
そこで本題として、ご自分のカフェにキャッチコピーを宮保さんがどのように付けるのか、いよいよ聞いていきたいと思います。
(副編集長のコメント:展覧会のキャッチコピー、かっこいいですね。
キャッチコピーはセンス次第かと思っていましたが、主観と客観の地道な綱引きがその背景にはあるのですね。テレビCMのコピーの見え方が変わってきそうです。
次回からはいよいよ本題「自分のサービスに自分でキャッチコピーを付ける」編です。)
6 〈本と印刷 石引パブリック〉店長にしてグラフィックデザイナー。合同会社ワザナカ設立者の1人。
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