「ハムゴー」で俳句の会は無理
―― コピーライターとしてキャッチコピーを考える場合、依頼者に対するインタビューや聞き取りから作業が始まると思います。
しかし、自分の商売の場合は、サービスの内容や強みなどキャッチコピー制作の材料となる情報をすでに知っています。
なので、インタビューのような時間は必要ないですよね?
宮保:そうですね。
―― では、何からまずは始めましょうか?
宮保:正直に言って難しいですね。
例えば、クライアントさんの経営理念を考える仕事などはいろいろやっています。
しかし、自分の会社では経営理念など一切考えません。難しいからです。
なんで難しいのかと考えると、情報・思いが多いからだと思います。
言葉って何かを言うと、言わなかった何かが一緒に出てくるじゃないですか。
その言わなかった部分に自分の言いたかった何かが残されている気がしてくる。
「あれも言いたい、これも言いたい」と結果としてなります。
クライアントさんにだったら「あれも言いたい、これも言いたいだと、何も伝わらないですよ」とは言えます。
しかし、自分の場合は「あれも、これも」が出てくる。
そう思うと、自分で自分の商売にキャッチコピーを付ける作業では「あれも、これもでは伝わらない」との言葉を自分自身に突きつけなければいけません。
その意味で、自分の思いではなく、お客さんにとって大事な話に目を向ける作業から始めればいいのだと思います。
―― その際の道しるべが自分の平凡な感性なのですね。
宮保:例えば〈ワザナカフェ〉をやっている自分としては、歴史ある寺町の地域に広告制作会社がどうやって溶け込んでいったのか、その辺りを語りたい気持ちがあります。
ワザナカの広告塔として、あるいは将来的な採用の場で役立つ若者との接点の機能も言いたいです。
―― これは、自分が打ち出したいメッセージですね。
宮保:はい。しかし、ここに来てくださっている大学生・おじいちゃん・おばあちゃんなどの立場になって考えると、カフェの上で何をやっているかなど全く関係ないはずです。
現に、放っておくと〈Googlマップ〉ではワザナカがオフィスではなくカフェの表記になっているくらいですから。
―― 繰り返しになりますが、このお客側の声は、自分の平凡な感性が教えてくれるわけですね。
宮保:こちらとしては広告制作会社がやっていると言いたい。しかし、お客さんにとっては大事なメッセージではない。
なので、自分の打ち出したい思いの中でも、お客さんの求める内容に重なる部分を探さなければいけません。
ワザナカの本業に全く関心のない人たちがカフェや喫茶店に求める何かであり、その何かは同時に、自分たちの伝えたいメッセージでもある、そんな重なりです。
―― 自分が打ち出したいメッセージの円と、お客さんが求める価値の円、2つの円が重なる部分を、先ほどの話で言えば「What to say? (何を言うか)」にしなければいけないのですね。
宮保:「What to say? (何を言うか)」を考えるためには、先ほども言いましたが、ターゲットもやはり決めなければいけません。
―― ワザナカフェに来てくれるお客さんはどのような方々なのですか? あるいは、どのような人に来てもらいたいのですか?
おしゃれな感じから連想すると、地元の女子大生とかがでしょうか? 先ほどの話でも、女子大生の言葉が出てきました。
宮保:女子大生も多く来てくださるのですが、カフェ・喫茶店が意外に寺町にはないので近所に暮らす割と高齢の方も多いです。
目の前が病院だという立地も影響していると思います。そうなると女子大生か高齢の方か、ターゲットを決めなければいけません。
―― 女子大生と高齢の方では「What to say? (何を言うか)」が確かに大きく変わってきそうです。
どちらにしましょう。
宮保:うちはプリンが人気で、タウン誌などいろいろなメディアに取り上げてもらっています。
それこそ、自分たちで告知しなくても、そうしたメディアの情報に接して女子大生の方々は来てくださいます。
それに、久木さんのところのように、おしゃれなお店が石川にはたくさんあります。
女子大生は久木さんにお任せするとして、近所に暮らして徒歩でお越しくださる高齢の方々を今回のターゲットにしたいと思います。
それこそ、1日に4回も来てくださる常連の方もいらっしゃるので。
―― 分かりました。ターゲットが決まったら次は何を考えるのですか?
宮保:ターゲットの方々に響く言葉は何なのか、ターゲットに響くうちの強みは何なのかを考えます。
―― 女子大生にとってはプリンや「映える」スイーツが刺さっても、ご高齢の方々には確かに刺さりにくそうですよね。
高齢の方々に対する強みは何でしょう?
宮保:ここが難しいんですよね。何にもないと言ったら何もないので(笑)
―― そんなわけない(笑)
宮保:強いて言えば立地でしょうか。近所に暮らす高齢者の方にとってはワザナカフェが寺町にある、場所と人と1杯のコーヒーがある、その単純な事実こそが最大の強みになってくると思います。
先ほども言ったように、この手の店が寺町には意外にありません。
下のお店に来てくださるご高齢の方々も、下のスタッフとちょっと会話して、コーヒーを飲んで帰るといった感じです。
そうなると売りは場所しかない、でも来てくれる方とそうでない方が存在する。
だとすれば、まだ来ていない・来るチャンスのなかった方々に来ていただきたいとの思いが強くなります。
その課題をクリアする言葉を「What to say? (何を言うか)」に設定したいと思います。
―― ちょっとずつ核心に近づいている感じがいいですね。
宮保:キャッチコピーづくりは割とロジックな作業なので。
―― ここに来て、ようやく言葉を書くスタートラインに立ったと考えていいのですね。
宮保:そうです。
ただ「What to say? (何を言うか)」が決まるまでは、もうちょっと考えなければいけません。
うちのお店は、皆さんの家の近くにあって、病院の近くにもある。いつでも1杯のコーヒーを徒歩で飲みに来られる環境があります。
にもかかわらず、まだお越しいただいていない方が居るとしたら、それはなぜなのか、何か入りづらい課題があるのではないか、その溝を埋めてあげる言葉が必要になってくるのではないか、そう思います。
―― その課題・溝を生める言葉が「What to say? (何を言うか)」になるとの話ですね。
宮保:あくまでも一例ですが、そう思います。
実はこのお店、平均年齢○○歳です
―― 「What to say? (何を言うか)」に関する1つの方向性が見えてきました。なんで入りにくいのか、どのように考えましょう?
宮保:それこそ理由は山ほど考えられると思うのです。
自分とは年代が違ったり、性別が違ったりする人たちの気持ちを考える際には、平凡なボリュームゾーンを想像して、その人たちの平均的な思いや感じ方を仮説としていろいろ出していきます。
―― ここでも平凡が必要とされるのですね。
宮保:最初に考えられる仮説は「ワザナカフェが若い人向けの場所だと思われている」です。
―― 確かに、外観はおしゃれな感じで、いかにも若者向けといった感じです。
宮保:年代の障壁が入りづらさを生んでいるのであれば、その障壁を取り払う言葉を考える必要があります。
例えば、あくまでも可能性としてですが、
「実はこのお店、平均年齢○○歳です。」
だとか、
「コーヒーを飲んでゆっくりしたい思いに年齢なんて関係ない。」
だとかが考えられます。
「おじさんだってプリンを食べたい。」
だとか。
―― いいですねえ。「平均年齢○○歳」は意外な新情報を含んでいるので引きも強そうです。
編集もののタイトルでも新情報を交える工夫は日常的に行われます。
「おじさんだってプリンを食べたい」は「おじさん」と「プリン」のミスマッチの意外感があります。
宮保:仮説その2としては「寄る理由がない」が考えられます。
車を持たない高齢者の独り暮らしが寺町周辺には多いです。
個人でやっている魚屋さん・肉屋さんも多く、そこで買い物して歩いて帰る人たちにとって、わざわざ立ち寄る理由がないのかもしれません。
なので、提案の方向にこの場合は言葉を探す手もあります。
―― 提案とは具体的になんでしょう。
宮保:例えば「家でも病院や買い物先でもない第三の場所を持つのはどうだろう」といった提案です。
他には、目の前に病院がある。気を張る病院へ行った後の一服といった切り口もあるかもしれません。
さらに言えば、歩いて買い物して、荷物を持って避難する場所という切り口もあるかもしれません。
「荷物を持って立ち寄れる場所。」
だとか。他には、寺町なのでお墓が多いんですよ。
―― 確かに。びっくりしました。
宮保:なので、墓参りとセットにしたら面白いコピーになりそうだとの予感はあります。
「お寺、墓参り、コーヒー。」
だとか。
―― 斬新ですね(笑)
なんであれ、皆さんの徒歩圏内にコーヒーを飲める場所を持っているその素朴な強みを提案の方向にまとめていくのですね。
こうした方向で考えていくと、ワザナカカフェの上で広告をやっているといった自分の思いは本当にどうでもいい、1ミリも関係ないとよく分かります。
宮保:おっしゃるとおりです。どれだけそういう思いを持っていたとしても、少なくとも言うべきではないと分かるはずです。
自分でコピーを書かれる方は、この手の失敗に陥りがちだと思うので、注意していただきたいと思います。
誰も「当番」しなくていい
―― 近所に暮らす高齢の方々をターゲットに定め、入りにくい壁を取っ払うだとか、寄るための動機づくりだとかの方向性で言葉を探ってきました。
とはいえ話を聞く限り、高齢の方はたくさん来ているのですね。
すでにあるニーズをさらに押し広げていく方向で言葉も考えられるのでしょうか?
宮保:もちろんです。下のカフェ、俳句の会に使われたケースもあるんです。
―― あのおしゃれな空間で俳句の会ですか(笑)さすが金沢の方々です。
宮保:1人ではちょっと大変でも、誰かとだったら入りやすくなる面もあるはずです。
なので、俳句の会など催しで使っている人も居ると、提示してあげる切り口も考えられます。
―― 確かに、入りにくい初めてのお店も、何かの催しを目掛けて誰かと一緒に出掛けるなら頑張れる気がします。
宮保:寺町周辺には、集まれる場所がないと耳にした記憶もあります。
そうなると、うちのカフェができる前は、誰かの家に集まって俳句の会を開催していた可能性もあるはずです。
お茶出しなどでホストの方は結構大変だったかもしれません。
「誰も『当番』しなくていい場所があります。」
だとか、
「お茶だし当番をうちが肩代わりします。」
みたいなコピーがあってもいいのかもしれません。
―― 「当番」という響きがいいですね。
宮保:あと、人が押し寄せる時間がうちはそんなに多くありません。
割と落ち着いているというか。そんなに集客を一生懸命やっているわけでもないので。
例えば、俳句の会が2時間だとしたら「ハムゴー7」だと追い出されますよね。
(取材陣一同、笑う)
宮保:冗談です。書かないでください。怒られちゃうので。
ただ「スタバ」とかでも俳句の会はできそうにないじゃないですか。
気兼ねなく長い時間使ってもらえると言えれば、長時間利用を気にしている地元の人たちの引っ掛かりを解消してあげられるかもしれません。例えば、
「自分の家みたいに使ってもらって構いません。」
だとか、長い時間使いたい気持ちを受け止める言葉でもいいかもしれません。
―― 寺町の中にあって、徒歩圏内にあって、若い人が押し寄せる状況でもない。
そういったワザナカフェの強みというか状況を、お客の関心や求めに合わせて「What to say? (何を言うか)」をどんどん書き出していけばいいのですね。
この作業には、確かに平凡な感性が求められる気がします。
宮保:そうですね。
とはいえ、この時点までに出てきたアイデアを見返すと、プロとして敗色濃厚な気がするのですが(笑)
―― 大丈夫です。どんどん行きましょう(笑)
(副編集長のコメント:だんだん「おじさん」と言われる年齢になってきた私としては、平均年齢のキャッチコピーが刺さりました。
コピーライティングにおいて「平凡な感性」は立派な才能と言えそうです。
次回は、つくったキャッチコピーをどんな手段で広めるかを考えていきます。)
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