「なんとなく格好いい」に頼ってはいけない
―― はじめまして。〈HOKUROKU〉編集長の坂本と申します。
筧1:よろしくお願いします。
―― 今日のテーマは「陳列と展示」です。
どうしてHOKUROKUが陳列と展示の特集を組むのかと言えば、北陸の暮らしをもっと豊かにしたい、さらに大きく言えば、多様性を守りたいとの思いが根底にあるからです。
出るくいは打たれる、同調圧力が強いようにも見える北陸において、何かのイベントを立ち上げたい・ユニークなお店を開きたいと願う人が現れたとします。
その勇気ある人の挑戦を応援する際に必要な情報の1つとして「陳列と展示の技術」も大げさに言えばきっと含まれるだろうと感じました。
筧:はい。
―― 個人的な体験としても、印象的なショーウインドーを見せてくれる洋服屋さんがよく歩く商店街にあります。
単なる陳列や展示とは違って何かメッセージ性を感じさせる飾り方がされていて、見るたびに楽しませてもらっています。まだ一度も入店していないのですが(笑)
そのショーウインドーを見るたびに、物の並べ方には売り上げの上下だけでなく、雰囲気づくりやブランディングにも役立つ働きがあるのだと教えられます。
そこで、美しさやメッセージ性すら兼ね備えた機能的な物の並べ方の秘密をその道の専門家に聞きたいと思いました。
人探しを北陸で始める中で編集部の人脈から何人かの候補が出てきたのですが、画家として輝かしい受賞歴を持ちながらディスプレーコーディネーターとしても活躍する筧いづみさんが福井に居ると知って、今回の適任者だと思い連絡させてもらいました。
筧:ありがとうございます。
―― インタビューに早速入りたいところなのですが、ちょっと気になった点があったので質問させてください。
「紙」と大きく書かれた看板を建物の外に見掛けました。このアトリエは何かのお店だったのですか?
筧:曾祖父母が明治の終わりにこの場所で紙屋を創業しました。平成まで続いていたのですが、令和に時代が移り変わるとともにお店を閉めました。
筧さんのアトリエの外観。裏は足羽山
アトリエ兼仕事場としてその後は私が再オープンしました。ワークショップなども今後は開催する予定です。
外の看板は迷ったのですが、せっかくなので歴史を重んじて残しました。
―― 画家としての筧さんの作品もアトリエに展示されています。画家としては、どのような経緯でキャリアを歩み始めたのでしょうか?
筧:福井の越前市に私の尊敬する画家2さんがおられて、その方が絵を始めたきっかけです。先生の絵に衝撃を受け、その先生が教室を開いていると知って、習いたいと翌日には入門していました。
―― アトリエにはお母さまの絵も展示されています。ご家族は根っからの芸術家系なのでしょうか?
筧:そうでもありません。父は、学校の体育教師です。ただ先ほどお伝えしたとおり小さいころから自宅には奇麗な色紙や和紙がありました。美しいものに触れて育ったという環境はあったかもしれません。
筧さんの植物画
―― 画家と並行して、ディスプレーコーディネーターとしても活躍されていますね。「ディスプレーコーディネーター」という職業があるとは知りませんでした。
筧:そうだと思います。なぜなら私が勝手につくった肩書なので(笑)
―― そうだったのですね(笑)どういった経緯でこちらは始められたのでしょうか?
筧:もともと美術系の学校を卒業して、金沢にある会社で北陸3県の展示や陳列の仕事をしていました。
その後は、仕事を引き継ぎながら故郷の福井で独立し、ディスプレーコーディネーターを名乗り始めました。
―― 百貨店のお仕事も福井ではされているそうですね。
筧:ショーウインドーやメインのステージ3などいろいろとお仕事させてもらっています。
―― 個人のお店についてはどうでしょうか。例えば、洋服屋とか和菓子屋、雑貨屋だとか。
筧:個人店のディスプレーもお手伝いしています。企業の展示会の出店なども他にお手伝いさせてもらっています。
―― まさに展示と陳列のプロフェッショナルだと、あらためて分かりました。
仕事で生かしたい陳列と展示のコツやルールをそんな筧さんに今日は教えてもらえればと思います。
もちろん仕事でなくても、暮らしの空間を気持ち良く整える際に役立つスキルにもなるのではないかと期待しています。どうぞよろしくお願いします。
陳列と展示はコミュニケーションツール
アトリエの一角に陳列される紙の商品
―― それでは本題に入りますが「陳列と展示の正解」について詳細な資料を事前にまとめてくださいました。ありがとうございます。
筧:いえいえ。思い付いた限りを書いたまでです。
―― この資料を中心に今回は話を聞かせてください。
「個人的な趣味志向でディスプレーしてはいけない」と資料の中には書かれていますが、どういう意味でしょうか?
ここは、すごく大事な話の気がします。
筧:オーナーの「なんとなく格好いい・すてき・おしゃれ」に頼ってはいけないという話ですね。
陳列と展示は、人と人・人と物を結ぶコミュニケーションツールと言えます。少しだけ専門的に言えば「演出型の販促ツール」です。
最終的な決定は個人の感性に左右されるかもしれません。しかし最初はやはり基本を押さえ、ルールに基づいて演出を考える必要があると思います。
―― まさにその基本やルールについて教えてもらいたいのですが、展示や陳列を仕事でコーディネートする際、筧さんは何から始めるのでしょうか?
筧:おそうじでしょうか(笑)
―― そうじですか?
筧:もちろん何も手を加えなくても演出型の素晴らしい陳列と展示ができているお店もあります。
ただ一方で、オーナーさんのこだわりや長年の業務によって雑多な状態になっているお店も少なくありません。その場合は、おそうじして一度まっさらな状態にします。
―― そうじの次は何をするのでしょうか?
筧:コンセプトメイキングです。テーマ決めと言ってもいいかもしれません。テーマを決めた上で売り場のゾーニングを見直し、具体的にどこに何を置くか考えながら陳列と展示を展開していきます。
―― ちょっと話が駆け足になってしまいましたが、自分流のこだわりを捨ててまずは空間をまっさらにする、コンセプトを決め、そのコンセプトに沿って空間を仕切って、その仕切った空間に陳列と展示をするといった流れですね。
どうしていきなり陳列と展示に入らないのでしょうか?
筧:テーマを最初に決めなければ何をどのように飾って並べるのか何も決められません。
―― 確かに言われてみるとそうかもしれませんね。
部屋の片付けとか模様替えの話と一緒にしてしまうとちょっと違うのかもしれませんが、テーマを決めずに思い付きで部屋の模様替えを始めると、まとまりがない状態に結果としてなってしまう気がします。
誰に何を売りたいか
―― ちなみにテーマとは、どのような言葉で具体的に表現されるのでしょうか?
筧:一概には言えませんが、誰をターゲットに・何を売りたいかをきっちりと考えれば、おのずと決まってくると思います。
例えば、和菓子屋さんをイメージしてください。涼しげな夏の和菓子をご年配の方々に売り出したいと思ったら「水」「涼」など夏の季節感が1つのテーマになると思います。
―― 誰をターゲットに・何を売りたいかを考えると、確かにテーマは見えてきそうです。ちなみに、このアトリエの陳列と展示のテーマは何なのでしょうか?
筧:ここですか(笑)
(筧さんがアトリエを見回す)
「絵の世界観を最大限に引き立てる」がテーマでしょうか。主役が作品なので。テーマが決まれば、ゾーニングも見えてきます。
アトリエの様子
通りに面してここはガラス張りになっています。最も奥まった正面の壁に大きな作品を必然的に展示しました。
―― 確かに最初に作品が目に入りました。
筧:作品を邪魔しないように、視界をさえぎる物も置かず、床と壁の余白を大きくしています。
基本のルールとして、少なくとも壁の3分の2は何も飾らない状態=余白を見せたいです。
床については余計な物を置かず、床面を広く出すほど高級感が演出できます。こうした考え方をゾーニングと呼びます。
ただ、ゾーニングについてはお店の立地・広さ・業態などによって一概に言えない部分が大きいです。
なので今回は、そこまで話を広げるのではなく、今すぐ実践できる展示と陳列の技術論をお話できればと考えています。
(副編集長のコメント:どれだけこだわって展示しても雑多な状態では伝わりません。まずはそうじからですね。
展示・陳列で覚えておきたい「5つの型」について次回では教えてもらいます。)
2 前壽則さん。
3 最初にお客の目に留まる展示スペース。
4 陳列と展示に関する基礎的な考えを4枚の資料にまとめてくれた。
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