イナガキヤスト × 大木賢の「バズる」写真論

2020.07.10

第5回

「バズる写真」の功罪

 

―― 「バズる写真」について今まで話してきました。ここでちょっと大木さんに関する質問なのですが、いわゆる「バズる写真」、奇麗で分かりやすくて加工の技術を駆使する写真をどうして最近撮らなくなったのですか?

 

大木:写真に奥行きが全くないからです。奇麗だけれどその先がありません。

 

例えば言葉も一緒ですよね。格言は、意味が分かりにくくてもずっと考えていられます。写真もそうだといいなと思いました。映画を観た後の余韻を感じられるような写真を撮りたいとも思いました。

 

―― 何かきっかけがあったのですか?

 

大木:自分の写真とプロの写真集の違いを見て「自分の写真はこのままでいいのか」と模索がありました。

 

そもそもの話として奇麗な写真を撮りたいと思った理由は、富山の奇麗な風景を見せたいと思ったからです。他にも撮る方が増えて自分が撮らなくてもいいと思ってからはやめてしまいました。時期としては2018年(平成30年)です。イナガキさんのような方も今はいらっしゃいます。

 

―― 一方のイナガキさんは「バズる写真」を今後も撮り続けていくのでしょうか?

 

イナガキ:本音を言えば家族の写真が僕は一番大好きで、家族や人が一番撮っていたいテーマです。

 

 

今年に入ってからは新型コロナウイルス感染症の影響もあって新しく風景写真を撮れていません。実を言うと、ほとんど去年のストックを使ってレタッチし直して出しています。

 

なぜ、そこまでやるのかと言えば、僕の写真を見てくれる方々の期待を感じるからです。その期待に応えなければという思いもあって続けています。

 

誤解のないように言っておきたいのですが、風景の写真ももちろん楽しく撮っています。

「こんな景色が見られるかも」と誤解させた

―― 奇麗な写真を大木さんが撮らなくなった話にも関連していると思うのですが、滑川市(富山)の海岸線で撮影されたホタルイカの写真が「バズった」際の話を大木さんはご自身の〈note17〉で書いています。あらためてその話をしてもらえませんか?

 

大木:地元の人でさえ驚くほどのホタルイカの身投げ18の様子を当時18歳の僕は偶然にも写真に収められました。

 

写真提供:大木賢

当時は、奇麗な写真で頭がいっぱいです。多くの人に見てもらいたいと大満足してブログで公開しました。

 

すると、インターネットで反響が出ました。いわゆる「バズった」わけです。「絶景ブーム」の追い風もあって書籍にも紹介され、雑誌やテレビで取り上げられ、インターネット上でも関連情報が急増し、僕の写真も世界中に拡散されました。

 

その結果、ホタルイカが身投げする時期になると、ライトと網を持った人で浜辺が埋め尽くされるようになりました。

 

さらに、ホタルイカの身投げが行われる時期の滑川に行った経験すらない編集者やライターたちが「目の前が青い光で埋めつくされる絶景が見られる」と書いて紹介するようになりました。

 

撮影者として断っておきますと、海岸線が青い光で埋めつくされているように写真では見えますが、あれは現実ではありません。ホタルイカの大量発生時に長時間露光しているだけです。

 

「海岸線が青い光で埋めつくされているような写真」があったとしても「海岸線が青い光で実際に埋めつくされている」わけではありません。

 

言い換えると「こんな景色が見られるかもしれない」と写真の知識がない人に誤解を与えてしまったかもしれないのです。

 

 

―― このエピソードは「バズる写真」を功罪の中でも「罪」で見た時の話だと思います。

 

一方で、イナガキさんの写真で勇気をもらった・元気になった・明るい気持ちになったというコメントが、イナガキさんのSNSには現実にたくさん寄せられています。

 

さまざまな経緯で「バズる写真」を大木さんは撮らなくなったのだと思いますが、先のような経験を踏まえた上で「バズる写真」の功罪の「功」をあえて言うと何になるでしょうか。

 

大木:「バズる」写真にももちろん意味はあります。最大の意義は「この景色を知らない人が知る」だと思います。

 

―― どういう意味でしょうか?

 

大木:イナガキさんが撮影された先ほどの閑乗寺の写真がまさにそうです。

 

 

イナガキさんがSNSで紹介したからこそこの美しい景色が全国に知られたという側面は絶対にあるはずです。

 

イナガキさんの作品は「スマホ」で適当に撮って「バズらせよう」と安易に考えられた写真ではありません。きちんとしたレンズとフィルターを通した見る人の気持ちやテンションを上げる写真です。

 

目的を持ち、被写体に対する理解や責任感を持って撮る、そんな立派な写真家の写真であるからこそ意義があると思います。

 

―― いかがでしょう? イナガキさん。

 

イナガキ:そんな大それた意識があるわけではありません。ただ、風景を僕が撮る際には「富山が盛り上がればいいな」との気持ちがあります。

 

その意識の延長線上で「こんなに美しい景色がある」と県外の人に伝えているつもりでした。

 

対談後の撮影会の様子

一方で、とてもうれしい出来事が最近目立つようになりました。何かと言えば、僕のアップする写真を地元の方が喜んでくれているのです。

 

「自分の住んでいる場所はこんなにも美しいのだ」と富山に暮らしている方が僕の写真を通じて誰かに自慢してくれています。

 

「故郷をこんなにも美しく撮ってくれてうれしい」と富山を離れた方も今は喜んでくれています。

 

外へ向けて発信しているつもりが結果として地元の方の郷土愛というか、地元を愛する気持ちを深める小さなきっかけになっていました。

 

―― イナガキさんの写真が「バズり」まくるたび「すごいだろう。富山」なんて確かに私も鼻高々になっていました。これは、間違いのない「功」の部分ですよね。

 

大木:そのために〈Twitter〉をやっていると言っても過言ではないですよね。

 

―― とても良く分かりました。そろそろいい時間になってきましたので、この辺で対談を終わりとさせてもらいます。意義深い会話の場をありがとうございました。

 

事前に伝えていたとおり、お互いの写真をお互いのお手持ちのカメラで最後に撮影してもらえますか?

 

イナガキ:いやー。やっぱり撮るんですね。ちょっときついです。これ。

 

大木:僕も撮られ慣れていないんで緊張します(笑)

 

―― 各記事のサムネイルにその写真を使わせてもらう予定ですので、どうかご協力お願いします。

 

撮れた写真は、第2回・第3回のサムネイル画像を参照

 

副編集長のコメント:取材当日に、おそろいの白いTシャツを偶然にも着た「写真小僧」2人による「バズる」写真論、これでおしまいです。皆さんの写真撮影にも生かしてみてくださいね。)

 

文:坂本正敬
写真:イナガキヤスト・大木賢・武井靖
編集:大坪史弥・坂本正敬
編集協力:明石博之・博多玲子・中嶋麻衣

17 「ホタルイカの身投げ」を撮って後悔している話。https://note.com/yukisons/n/n223a66ecb5b8

18 深海に生息しているホタルイカが産卵のために水面近くまで上がってきた際に、方向を見誤って浜に打ち上がってしまう現象。

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