新・文章読本。分かりやすく美しい「読点」の作法。

2021.07.03

vol. 04

掛かる言葉を「背の順」に並べる(幕あいみたいな技術論)

 

ここでちょっと休憩。

 

これまでは宮城さん・堀さんに対する筆者のインタビューが続いていましたが、座談の中で繰り返し登場した本多勝一さんの〈中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)の内容を流れを一度切って簡単に紹介します。

 

第4回はあくまでも技術論。座談の続きへは最終回の第5回に戻ります。劇場で言えば幕あいみたいな時間ですね。

 

ちなみに読点(、)のルールを理解するために具体的な例文を幾つか用意しました。

 

タイピングする指の運びに任せて何も考えず自然につくった例文でしたが「固有名詞が多かったり状況が特殊だったりして例文が『読みやすいか』より文章の内容に気を取られました」との指摘が編集部内からありました。

 

その辺は特に意味がありません(強いて言えば言語学習において退屈な例文は好ましくないと考えている)ので、さらりと流してもらえればと思います。

 

さて、堀さんを通じて紹介された読点のルールは次の2つでした。

“第一原則 長いかかる言葉が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。

第二原則 原則的語順が逆順の場合にテンをうつ(第二原則)”

(〈中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)より引用)

このルールを理解する上で大事なポイントは「いかに余計な読点を打たないか」の視点です。

 

余計な読点を打たない工夫として、同書には「掛かる言葉」「受ける言葉」の語順を正しく整理しろとの提言があります。

 

「掛かる言葉」とは例えば「赤いスイトピー」の「赤い」になります。

赤い→

 

「スイトピー」

「赤い」が「スイトピー」に向かって掛かっています。

 

「パソコンが壊れた。」だとすれば「パソコンが」が「掛かる言葉」になります。

パソコンが→

 

「壊れた」

日本語は大切な要素が文末に置かれる特徴があります。

 

文末に向かって降り注ぐ言葉のまとまりを「掛かる言葉」と言ってもいいかもしれません。

「夜中に、観光客のライフルに打たれて、僕と一緒に育ったメスのライオンが、苦しみながら、出血多量で死んでしまった。」

という文があれば、

夜中に→

観光客のライフルに撃たれて→

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

苦しみながら→

出血多量で→

 

「死んでしまった」

と幾つも「掛かる言葉」が「死んでしまった」に向かって収れんしていく構造になっています。

 

一方で「受ける言葉」とは上の3つの文で言えば「スイトピー」「壊れた」「死んでしまった」です。

 

「掛かる言葉」が収れんしていく言葉を本多勝一さんは「受ける言葉」と表現していて、そのうちの「掛かる言葉」の語順に注意すれば読点(、)は不要になると上述の著書では語られているのですね。

掛かる言葉の語順を「背の高い順」にする。

具体的にはどうやって「掛かる言葉」の語順に注意すればいいのでしょうか。ルールは極めてシンプルです。

 

「掛かる言葉」を長い順(背の高い順)に並べ替えるだけです(※詳細は本で確かめてください)。

夜中に→

観光客のライフルで撃たれて→

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

苦しみながら→

出血多量で→

という5つの掛かる言葉があれば、これらを長い順(背の高い順)に並べ替えます。

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

観光客のライフルで撃たれて→

苦しみながら→

出血多量で→

夜中に→

その上で「受ける言葉」=「死んでしまった」につなげます。

「僕と一緒に育ったメスのライオンが観光客の持っていたライフルで撃たれて苦しみながら出血多量で夜中に死んでしまった。」

いかがでしょうか。読点(、)がなくても比較的すっと頭の中に入ってくるのではないでしょうか?

 

日本語は先ほども書いたとおり幾つもの言葉が最後に待ち構える「受ける言葉」に収れんします。

 

言い方を変えれば、一文が終わるまで読者は大小の「掛かる言葉」を宙ぶらりんのまま脳内で保留しなければいけません。

 

例えば、

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

観光客のライフルで撃たれて→

苦しみながら→

出血多量で→

夜中に→

 

「死んでしまった」

ではなく真逆(背の低い順)に「掛かる言葉」を並べてみましょう。

夜中に→

出血多量で→

苦しみながら→

観光客のライフルで撃たれて→

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

 

「死んでしまった」

文章にすると次のようになります。

「夜中に出血多量で苦しみながら観光客のライフルで撃たれて僕と一緒に育ったメスのライオンが死んでしまった。」

逆順は読みづらくないですか?

 

冒頭の「夜中に」は余裕で受け止められます。

 

しかし「出血多量で」「苦しみながら」と「掛かる言葉」が続くと、だんだん保留状態の負荷が増えていきます。

 

ちょっとつらいなと思っているところで「観光客のライフルに打たれて」と長く重たい「掛かる言葉」の負荷が来て、さらに「僕と一緒に育った~」とまた別の「掛かる言葉」が続くと支えきれずに理解が崩壊します。

 

重みにどれだけ耐えられるかは人それぞれ違ってきますが、次から次へと「掛かる言葉」の重みが増えていく文章は一般的に負担に感じる人が多いはずです。

 

だからこそ本多勝一さんは「掛かる言葉」の語順を長い→短いの「背の高い順」にして理解の負荷を減らす書き方を提唱しているのですね。

 

理解の負荷が少ない文章であればそもそも読点(休止)は必要ないとの話でもあります。

掛かる言葉を異なる語順で並べる場合は意味のまとまりで点を打つ。

中学生からの作文技術。撮影:坂本正敬。

一方で「どうしても打たなければいけない読点」についても本多勝一さんは示してくれています。

“第一原則 長いかかる言葉が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。

第二原則 原則的語順が逆順の場合にテンをうつ(第二原則)”

(〈中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)より引用)

これらの原則はどのような意味なのでしょうか。

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

観光客のライフルで撃たれて→

苦しみながら→

出血多量で→

夜中に→

 

「死んでしまった」

先ほど見た「背の高い順」の原則的な語順の文章を、意図して並びを変えて、一番短い「夜中に」を前へ出してみましょう。この時、第2原則が発動します。

夜中に→

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

観光客のライフルで撃たれて→

苦しみながら→

出血多量で→

 

「死んでしまった」

 

原則的語順(背の高い順)がこの場合は崩れるので、

「夜中に、僕と一緒に育ったメスのラインが観光客のライフルで撃たれて苦しみながら出血多量で死んでしまった。」

と崩れた場所に点を打てばいいのですね。むしろこの場合は読点(、)を打たないと「夜中に僕と一緒に育った」とも読めてしまいます。

無秩序な読点にもロジカルに考える方法が提示されている。

 

ではもう1つの第1原則はどのような意味なのでしょうか?

“第一原則 長いかかる言葉が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。”

(〈中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)より引用)

これまでは、

僕と一緒に育ったメスのライオンが→

観光客のライフルで撃たれて→

苦しみながら→

出血多量で→

夜中に→

 

「死んでしまった」

という感じで「掛かる言葉」の長さが異なる(背の順にできる)例を見てきました。

 

しかし「掛かる言葉」同士の長さが同じ場合もあるはずです。例えば、

「新築のお祝いとして西武百貨店で買った越前打刃物の包丁が好き。」

との文章があったとします(「例文が特殊すぎる」との意見もありましたが筆者の福井愛の表れです)。この場合の「掛かる言葉」は、

新築のお祝いとして→

西武百貨店で買った→

越前打刃物の包丁が→

 

「好き」

と整理できます。同じ長さの「掛かる言葉」が「受ける言葉」=「好き」に収れんしています。「掛かる言葉」に長短の違いはないので、この場合は原則その1(長い掛かる言葉が2つ以上あるとき境界に読点を打つ)が発動します。

「新築のお祝いとして、西武百貨店で買った、越前打ち刃物の包丁が好き。」

 

という感じですね。

「新築のお祝いとして西武百貨店で買った越前打刃物の包丁が好き。」

 

「新築のお祝いとして、西武百貨店で買った、越前打ち刃物の包丁が好き。」

どうでしょうか。どちらが読みやすいでしょうか。

 

息の長い文章を好む筆者が自分の気持ち良さに任せて書けば前者になります。

 

しかし読者の負担を軽くして分かりやすく書く(編集する)となれば、読点(、)が「掛かる言葉」のまとまりごとで打たれた後者になります。

 

以上のように無秩序な読点(、)にもロジカルに考える方法が世の中にはすでに提示されているのですね。

掛かる言葉を大→小で並べて読点を排除するか、小→大で並べて読点を多用するか。

とはいえ盲目的に本多勝一さんの意見に従うわけにもいきません。

 

記者や学者など数多くのスペシャリストに圧倒的に支持されている「本多理論」とはいえ、物理や数学の原理や公式のように絶対的な法則になるかと言えば違います。

 

本多さんとは真逆の意見も存在します。「掛かる言葉」を短い→長い順番(背の低い順)に置き、

太く(い)→

良く育った→

年輪の豊かな→

 

「竹」

といった語順で書いた文章を良しとする文筆家も存在します(中学生からの作文技術でも紹介されています)。

「太く(い)、良く育った、年輪のゆたかな竹」

この「背の低い順」で「掛かる言葉」が並んだ文章にも筆者は確かに味わいを感じてしまいます。

 

取材の中で富山大学の宮城さんも言っていたように、読点(、)は休止の意味を持ちます。

「太く(い)、良く育った、年輪のゆたかな竹」

「背の低い順」に「掛かる言葉」を並べれば、原則的語順からずれた読みにくさをカバーするために、読点(、)を多用する必要が出てきます。

 

読点(、)を多用した文章には休止が多くなります。風を切りながら急流に運ばれるような快感が当然ながら損なわれます。

 

しかしライン下りで川底に隠れた巨岩を乗り越えたボートが、直後に直下の水面にたたきつけられるような気持ち良さがあります。

 

読点(、)のたびに言葉の重みがガツンと腹に響く魅力とも言えるかもしれません。

 

「掛かる言葉」を大→小で並べて読点を極力排除するか、逆に「掛かる言葉」を小→大で並べて意図して読点を多用するか。

 

読点って本当になんなのでしょうね。インタビュー中に富山大学の宮城さんが言っていた言葉ですが。

 

いずれにせよ「掛かる言葉」の大小(長短)とその理路整然とした「背の順」の並び(ソート)には敏感になる必要があります。

 

詳細は堀さんの推す参考文献・中学生からの作文技術(朝日新聞出版)でぜひ確かめてくださいね。

 

(副編集長のコメント:読点に絶対的な原則はありませんが、うまく読点が使われている文章は読み手をうまくコントロールしてくれるはずです。流れるように読ませたり、事有るごとにせき止めたり。

 

読み手の読書体験を取り回す「船頭」といってもよいかもしれませんね。次回は最終回。文章が上達する環境について考えます。)

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