新・文章読本。分かりやすく美しい「読点」の作法。

2021.07.04

vol. 05

直してもらう喜び。

 

坂本:先ほどから教育現場の話が出てきますが、HOKUROKUを読む読者に子どもは居ません。

 

中高生が「スマホ」で調べて偶然この特集を発見する機会も将来的にはあると思いますが、基本的には大人が読むコンテンツとしてつくります。

 

そうなると今まで話してきたような内容、例えば読者を想定した分かりやすい文章をつくるための読点(、)の打ち方だとか、ちょっと負荷があるけれど息の長い読点(、)の打ち方だとかは、大人としてどうやって身に付ければいいのでしょうか?

 

学生だったら見てくれる先生が居ますし、私や堀さんのような仕事をする人であれば自分の文章にチェックを入れてくれる編集者などが居ます。

 

しかしそうでない大人たちはどうすればいいのでしょう? 何か必読文献なり勉強法なりを教えてもらえませんか? 堀さんはいかがでしょう?

 

撮影:武井靖。

堀:原理主義者みたいになってしまいますけど〈中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)については本当に一度読んでほしいです。

 

中学生向けで薄くなっていますし、文字数も少なく行間も広くて読みやすいです。

 

中学生からの作文技術〉(朝日新聞出版)撮影:坂本正敬。

ロジカルに読点を考える方法をこの本で理解した上で、リズムだとか自分の文体を確立してもらえればと思います。

 

最初の数章だけでも読めば考え方ががらっと変わると思います。

 

坂本:この本でまずは基本を学び、その基本からどれだけ逸脱するかを自分なりに調整すればいいのですね。

 

宮城さんは何か必読文献がありますか?

 

宮城:必読文献というわけではないのですが、本気で自分の文章を見直してみたいのであれば、自分の書いた文章を徹底的に批判してもらう場をつくるといいと思います。

 

それを受け入れるだけの「キャパ」も必要になってきますが、切磋琢磨(せっさたくま)があって文章は磨かれていくと思います。

 

武井靖。

いつまでやっても終わらないですし、どれだけやれば効果があるかは分からないですが、独習独学でなんとかなる部分とならない部分があります。

 

基本としては堀さんのおっしゃったとおり本多勝一の本を読んで、その先に何を求めるかに応じて批判し合う場を設けるといいと思います。

 

坂本:読点を含めて伝わる文章を書けるようになりたいと思ったら、あれこれ議論できる場をつくってみると大人の学びにはいいのかもしれませんね。

 

宮城:そうです。批判されても嫌がらないという姿勢で自分の文章を見てもらうといいと思います。

 

自分で完璧だと思った文章でも、単なる好き嫌いではなくある種のロジックに乗っかって批評されれば「確かにそうだ」と考え直せるはずです。

 

そもそもどんな文章も不完全なのですから。

 

堀:自分が打ち負かされるという発想ではなく、自分の文章が相手の言葉によって変質して、より伝わりやすくなっていく状況を楽しめるかどうか。

 

最終的に「伝わること」が目的ならば、変質していく喜びというか「直してもらう喜び」を感じてもらいたいと思います。

 

坂本:激しく共感します。私もよくHOKUROKU編集部内で「ドM」だと公言しているのですが、直されるとうれしいです。

 

堀:そうそう。私も絶対に3人くらいには自分の書いた文章を読んでもらいます。遠慮なくまっさらに見て何でも言ってくれとも伝えています。

 

うちの編集部でも「文章は最終的に受け取る人のものなのだから、見てくれた人に何がどう伝わるかが大事。だから人格と文章を切り離して徹底的に言い合え」と伝えています。

 

坂本:むしろ問題を抱えた文章が自分の記名で世の中に出る方が恥ずかしくないですか?

 

修正を反映したより良い文章が世の中に出せれば、読者は編集の経過など一切知らないので、結果として記名した自分が全部を書いたと思われて評価を独り占めもできます(笑)

 

堀:赤(修正の赤字)を入れてもらっても直すか直さないかは、結局その人次第なのです。

 

読点(、)についても一緒で、ルールを知った上で意図して打っているのであれば、仮に修正が入っても「この読点は必要だから打っているんだ」と自信を持って無視すればいいのです。

 

坂本:と、ここでそろそろ時間がやってきたようです。この辺にしておきましょうか。

 

今日は私自身も本当に勉強になりました。ありがとうございました。

 

それにしても惜しむらくは今日がオンライン取材だった点です。

 

堀さんと宮城さんがこの取材をきっかけに県境を越えてつながれば、HOKUROKUとしても大変意義深いと感じています。

 

いつか実際に会いたいですよね。このメンバーで直接。

 

堀:僕は富山が大好きで、いつも石川をすっ飛ばして富山へ遊びに行きます。「コロナ」が落ち着いたら絶対に皆で会いましょう。

 

坂本:じゃあ宮城さんの大学の研究室で飲み会をしませんか?

 

宮城:確かにそれなら安心ですね。

 

坂本:言いましたよ。約束ですね。

 

堀:それではまた連絡します。

 

坂本:今回はありがとうございました。

 

取材後の後書き。

不謹慎になるかもしれないので書くか迷いましたが、取材後の後書きを加えます。

 

この取材は2021年(令和3年)4月28日に行われ、約2カ月後に公開となりました。

 

その間に遠方の同級生が急逝し、遺族が弔問客に向けて書いた文章を読む日がありました。

 

冠婚葬祭の文章に特有のルールとして句読点が一切使われていません。そのいわれには諸説あるようですが、句読点によって「切れる」感覚が好ましくないとされているみたいです。

 

悲しみの大きさに打ちのめされながらも旅立った家族を不安にさせまいと前を向く遺族の決意が感じられ、文中では筆者の知らない故人のエピソードが愛に満ちたまなざしを通じて語られていました。

 

伝えたい人の思いと読みたい人の思いが完全に向き合った状況だからこそかもしれませんが、句読点を全て取り払った真っすぐな文章は心の奥までストレートに届きました。

 

もともと句読点は日本語になく、中でも読点(、)については教育現場でも慣用に寄せる形で放置されています。

 

堀さんを通じて紹介された偉大な文人・本多勝一さんの教えにのっとって、不必要な読点は極力排除していく方向でこれから文書を書いていきたいとあらためて思う後押しになりました。

 

皆さんなりの文章論を考える土台に、この特集がささやかながら役立てばと願います。

 

(副編集長のコメント:読点には書く人の伝え方に対する思い入れが表れるのだと思います。なんとなく打っていた「、」の重みが変わったのではないでしょうか。

 

仕事での文章作成、友人・家族とのコミュニケーションで読点(、)に迷うたびに、この特集を思い出してもらえるとうれしいです。)

 

文:坂本正敬

写真:山本哲朗

編集:大坪史弥・坂本正敬

編集協力:明石博之・中嶋麻衣

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