• 立山が奇麗に見える時期は?スポットは?奇麗に見えない日がある理由は?

    ヴォーッ、ヴォッヴォッヴォッヴォ!

    やれやれ。どうしたんだい。早朝から。そんなに大きな声を出すと物珍しがって飼育員どもが集まってくる。

    ヒョウさん、聞いておくれよ。この前、よく来る男の子が僕に、富山の立山の写真をくれたんだ。

    ああ。〈金沢武士団〉の〈ぷにぷに・おててストラップ〉をいつも首から下げている子だな。人間には珍しく、賢そうな顔の子だ。

    そう。

    それが、どうした。

    すごく奇麗な写真をくれてさ。僕も、その写真みたいな立山を見たいんだけど、そんなに自由に出られるわけじゃないから、どんな日に見に行ったらいいかなと思って。

     

    そもそも立山は、奇麗に見える日と見えない日があるんでしょ? どうしてなんだろうね。何か知っている?

    〈ぷにぷに・おててストラップ〉をいつも首から下げている少年のくれた立山連峰の写真

    正直、それほど奇麗だとは思えない写真だな。もっと美しい日はそれこそ山ほどある。

     

    まあ、写真のクオリティは置いておくとして、「遮る物」がない時に立山は奇麗に見える、それだけだ。

    ねえ。ヒョウさん。

     

    さすがに、それくらいは知っているよー。

     

    高いビルだとか、背の高いキリンさんのキリン舎だとかがある・ないじゃなくて、ひらけた場所から立山を見ても、奇麗に見える日と見えない日があるらしいんだ。

    私が言っている「遮る物」とはかっこ書きの「遮る物」だ。ビルのように視界を遮る物体を言っているのではない。

     

    空気中にどれだけ「遮る物」が存在しているかを話している。

    (カバは、くるくる耳を回している。)

    そりゃ、どういうわけ?

    雲、霧および霞といった水滴、ちり、ならびにほこりなどだ。黄砂やPM2.5も考えられる。

    PM2.5?

    それは、自分で調べるといい。

    また、そんなこと言って。

    立山が奇麗に見えるか見えないかは、山と見る者の間に、今列挙したような「遮る物」がどれだけあるかが問題となる。

     

    富山市科学博物館の学芸員・市川さんからの情報だ。

    富山市科学博物館って……。また出掛けたの? ヒョウ柄のコートを着て? いいなー。

    本筋とは関係のない話だ。

    じゃあ、写真の立山は全体に青く見えるけれど、青く見える理由も何か関係しているの?

    少年のくれた立山連峰の写真

    悪くない質問だな。

    山が青いわけないじゃない? でも、この写真が青いから、実は青いのかなと思ってこの前、立山の近くまで行ってみたんだよ。常願寺川を泳ぎながら。

    お前の巨大な図体を考えると、正気のさたとは到底思えないが、その行動力だけは褒めてやる。

     

    それよりもお前は、皮膚が弱いんじゃなかったのか? 山の紫外線はここより強力だ。

    それがね、僕の勘違いらしいんだ。僕の汗には、日焼けを予防する効果があるってこの前初めて、新人飼育員の十文字さんが教えてくれたんだ。

     

    それにね。あの日は、覚えている? 土砂降りの雨だったじゃない? 雨のおかげで、デリケートな僕の肌も乾燥せずに済んだってわけ。

    やれやれ。

    でもね、雨がすごかったから、肝心の山が雲に隠れて何も見えなかった。それこそ、遮る物だらけだったの。ガッハッハハー。面白いよね。

    大きな口を開けて笑うな。人が集まってくる。

    まあ、いいんだ。それよりも、この写真の立山はなんで青く見えるの?

    山ではなく山の影を見ているからだ。

    (カバは、耳をくるくる回す。)

    そりゃ、どういうわけ? なんか、名言風だけど。

    山が青く見える理由は、空が青く見える理由と同じだ。

    空は、なんで青く見えるの?

    空気があるからだ。いろいろな色が混ざり合った太陽の光が空気で散乱して、波長の短い青い光が四方八方へ広がる。

     

    われわれが、山を見る時も同じだ。山を見ているのではない。われわれと山との間にある(山の手前にある)空気を見ている。

     

    山の手前にある空気に散乱させられた青い光が風景の光に混ざって目に届くので青っぽく見える。

     

    写真をよく見ろ。山の上空と山の本体、どちらが青く・明るく見える?


    少年のくれた立山連峰の写真

    ええっと、空の方が青く・明るく見える。

    そうだ。空気の層が厚いほど青く・明るく見える。

     

    われわれと空との間にある空気の層は、われわれと山との間にある空気の層より厚い。

    で?

    で、じゃない。

     

    お前と山の間には、その間の距離分しか空気が存在しない。

     

    しかし、空はどこまでも続いている。定義にもよるが、飛行機が飛ぶ上空1万メートルまでだとしても、お前と山との距離よりは長い。

     

    だから、上空に目を向ける=果てしのない空気の厚みを見ていると一緒で、空が青く見える理由もそこにある。

    で? あ、ごめん。それで、山が奇麗に見える日と、その空の青さも何か関係しているの?

    空気中に「遮る物」がない上によく晴れた日は、より青く・明るく空が見える。すると、山の端と山際(空)の差も強調されるため余計に、山が奇麗に見える。

     

    さらに、前の晩の吹雪から一転して晴れた冬の朝などは、息をのむほど美しい光景を立山を見られる場合がある。

     

    雪山の白い斜面がレフ版のように太陽光を反射するので、雪の白色が真っ先に目に飛び込んでくるからだ。

     

    その上、空気の中に「遮る物」がなくなった状態なので、雪山の白色と、鮮やかな空の青との差が一層際立つ。

    そもそも「遮る物」がなくなる時っていつなの?

    雨や雪が降った後だとか朝方だとか。

     

    降雨や降雪の後は、ちりやほこりが落とされて奇麗に山が見える可能性が高まる。逆に、晴天が続くとちりが舞って山が見えにくくなる。

     

    時間帯で見え方が変わるケースもある。上昇気流が発生してちりやほこりがわきやすい昼よりも朝の方が、奇麗に見える確率が高い。

    ヒョウさんは、なんでも知っているんだね。すごいね。

    くだらないことを言うな。知識など、どれだけ積み上げたところで、野生の中で使わなければただのごみだ。

     

    檻に捕らえられたまま知識を得たところで何になる。無駄に蓄積した知識はやがて脳内で「ぜい肉」となり、お前の考える力を奪うかもしれない。

    (カバは、耳をくるくる回す。)

    そりゃ、どういうわけ?

    だから、自分で考えろと言っている。

    とにかく今度は、雨か雪が降った翌朝に山を見てみる。

    冬の立山の威容は私にとって唯一の救いであり慰めだ。冬を待って出掛けてみろ。

    でも、北陸の冬は悪天候が続くから、なかなか見るチャンスがないよね。動物園からは見えないし。遠くまで見に行かなくちゃ。あの冬は苦手だ。

    どの道、野生を知らないお前は野生に戻れない。

     

    冬の厳しさを乗り越えようとする辛抱強さが、この土地に多くの哲学者を生み、思想家を育てた。

     

    北陸にある動物園で生まれたお前にとっては定めだと諦めて辛抱強くなれ。

    僕は、ここの動物園生まれじゃないよ。

    まあ、いい。

    そうだ! お勧めの眺望スポットがあったら教えてよ。

     

    ヒョウさんは、いろいろなところに行っているでしょ。すてきな場所をきっと知っているんだろうな。

    立山の眺望スポットなら、富山県高岡市の雨晴海岸や射水市の新湊大橋がいい。

     

    車が一台も通っていない瞬間を見計らって、端から端まで新湊大橋を全力で走り切るエクササイズを月に一度している。あそこからはよく見える。

     

    お前の場合は、呉羽山公園展望台がいいかもしれない。その写真も、呉羽山公園展望台で撮影したのではないか?

     

    富山市役所の展望塔もいいが、人間の変装がお前はできない。難しいかもしれない。

    どこも名前は聞いた覚えがある。

    JR高山本線(富山方面)の列車に乗って有沢線(富山県道62号富山小杉線)を越えた辺りから、立山が奇麗に見える瞬間もあるそうだ。さすがに、列車に乗った経験は私にもないがな。

    列車から立山を見る。それもいいね。ところで。

    ところで?

    やっぱりお肌が、ヒリヒリしてきちゃった。僕の汗は、日焼け止めの効果があると聞いたんだけれどな。

     

    とりあえずヒョウさん、今日もたくさん教えてくれてありがとう。そろそろ水の中に戻る。またね!

    (カバは、プールの中へ戻る。)

    おい。写真を忘れているぞ。いいのか。

    (カバは、何も答えずに水の中に潜っている。)

    おい。

    (カバは、何も答えない。)

    そう言えば、飼育員の十文字は、水の中でカバは耳を閉じると言っていた。こいつは水の中で私の声が届かないのか?

    (カバは、何も答えない。カバ舎のプールを泳ぐ魚の群れがカバの体をつつき始めている。)

    まあ、いい。大事な写真なら自分で取りにくるだろう。

    (遠くで、シロテテナガザルが鳴いている。)

    やれやれ。また、退屈な1日が始まる。

    〈B.LEAGUE〉に所属するプロバスケットボールチーム。
    〈金沢騎士団〉の公式グッズで、いつまでも触っていたい「ぷにぷに」した手触りが癖になるらしい
    撮影したい被写体に向かって光を反射させる板

     

     

    写真と文:橋本花
    編集:坂本正敬
    編集協力:明石博之・武井靖

    参考:山の青さは空気の色 – 富山市科学博物館