北陸の日本酒と料理の「ペアリング」論。若鶴酒造の社長と利き酒師に学ぶ(前編)
vol. 05
富山県人のベースにある味
―― 〈HARRY CRANES〉のどういった商品が他の分類のお酒とペアリングできるか、話を進めさせてください。
例えば、大吟醸酒など、フルーティーな香りとさわやかな味わいのお酒はいかがでしょうか?
中条:薫酒(くんしゅ)となると〈白えびスモーク ウイスキーバジル〉がまずは考えられると思います。
サンシャインウイスキーを下味に使ってはいるのですが、こちらの商品にウイスキー感はありません。
シロエビの甘みが十分に引き出された自然な味わいに仕上がっています。白エビそのものの味わいが引き出される意味で薫酒に合うのではないでしょうか。
〈白えびスモーク ウイスキーバジル〉。写真は公式ホームページより
―― 池森さんの取材で習った話とこちらも共通していますよね。
池森:良かったです。
中条:〈スモーク はべん〉も薫酒とのペアリングに適していると思います。
この商品は、シロエビチーズ・昆布巻き・サクラマスと味が3種類あります。
薄くスモークしているだけで素材の味を生かしています。薫酒の香りを邪魔しません。
――「はべん」とは何ですか?
中条:かまぼこです。
〈スモーク はべん〉3種。左からサクラマス・昆布巻き・シロエビチーズ。写真は公式ホームページより
―― 素材の味をそのまま生かした魚を蔵ステイ池森でも吟醸酒にはペアリングするのでしたよね?
池森:そうです。
―― 若鶴酒造から先ほどもらった日本酒一覧の表にも、シロエビの刺身、白身魚の刺身、カルパッチョなどが挙げられていました。
フルーティーなお酒の香りを殺さない、素材本来のおいしさを出している料理をペアリングするという基本が理解できた気がします。
赤線はHOKUROKU編集部による
ちなみに、池森さんから前の取材で印象的な話がありました。
氷見にある髙澤酒造場の杜氏(とうじ)は氷見の大吟醸を魚に合うようにつくっているという話です。
その意味で言えば、若鶴酒造のお酒は何に合わせてつくっているのですか?
小杉:そうですね。繰り返しになりますが日本酒は、ペアリングという意味でかなり広角なお酒です。
ですが、一般論として聞かれれば、若鶴酒造のお酒も総合的には魚に合うようにつくっていると言えるのではないでしょうか。
―― 北陸3県では新鮮な魚が身近に食べられます。内陸部でも、それほど海から離れていないので刺身を新鮮な状態で食べられます。
例えば、石川県の山中温泉と言っても橋立漁港からたいして離れていません。そうした北陸の食環境に適したお酒が地元では自然につくられているのですね。
ブリの照り焼きに合う日本酒は〈苗加屋〉
―― 中条さんから頂いた先ほどの資料では、米そのものの奥深い甘みと香り、うま味の強い醇酒(じゅんしゅ)が、ブリの照り焼きやかぶらずしのみならず、シーフードグラタン、ビーフステーキなど西洋料理にも合うと書かれています。
若鶴酒造の銘柄で醇酒と言えば何になるのでしょうか?
小杉:うちの醇酒は〈苗加屋〉です。先ほどの表で言えば一番右端で、赤と青のラベルは無ろ過生原酒です。
赤線はHOKUROKU編集部による
―― 無ろ過生原酒とは何でしょう?
池森:タンクからしぼったお酒をそのまま瓶詰したお酒です。
令和蔵に展示されるタンク。写真はイメージです
―― どんな味がするのですか?
小杉:無ろ過生原酒に限らず「芳醇」とか「濃醇」といった表現で消費者の皆さまには苗加屋全般を評価していただいております。言ってみればどしっと重い感じです。
写真右手に見えるお酒が〈苗加屋 純米吟醸 玲橙(れいのとう)〉。ブランド名は創業家が江戸時代、砺波郡苗加(のうか)で旅籠を営んでいたため。屋号である「苗加屋」からとった。写真:武井靖
―― しっかりとした味の酒には、しっかりとした味の料理を合わせるのですね。
蔵ステイ池森では、ニョッキとオマールエビを絡めた料理とペアリングさせると言っていました。
池森:はい。バターやホワイトクリームを使った料理にも適していると思います。
―― その意味で考えると、HARRY CRANESの中でもしっかりとした味わいの商品が、ペアリング候補になってくるのですね。
中条:はい。例えば〈富山ビーフジャーキー〉です。
富山ビーフジャーキー。写真は公式ホームページより
―― 先ほど口にしてみましたが、肉の味わいがかなりしっかりと伝わってくるビーフジャーキーでした。
このしっかりとした味に重たい醇酒をペアリングさせる、なんとなく意味が分かってきました。
富山で一番売れている普通酒は〈玄〉
―― ここまで、熟酒・薫酒・醇酒のペアリングをHARRY CRANESとの関係で聞いてきました。
ここでいよいよ本題です。池森さんは、蔵ステイ池森のミニバーセットを若鶴酒造〈辛口 玄 銀ラベル〉と合わせようとしています。
この爽酒(そうしゅ)玄とHARRY CRANESのペアリングをいよいよ聞かせてもらいたいのですが、素朴な質問としてその前に玄とは、どういった日本酒なのですか?
取材に帯同するカメラマンの男性(富山出身)が銘柄を見て「ああ、玄じゃないですか~」とうれしそうに言っていましたが。
大変恐縮ながら私は、富山に引っ越してきた「もぐり」の富山人なので、北陸における、あるいは富山における玄の立ち位置がピンと来ないのです。
小杉:原料の酒米は100%富山県産です。のど越しが良くさわやかな切れ味で、さまざまな料理に合わせられます。
温度帯も、さまざまな形で楽しんでいただけます。冷やして飲んでもいいですし、常温でも熱燗(あつかん)でも味わいの変化が楽しめます。
熱燗(あつかん)においては〈全国燗酒コンテンスト2020〉で、お値打ち熱燗部門の金賞を取ったお酒でもあります。さらに言えば(公式資料がないのですが)玄は、富山県でトップクラスに売れている普通酒でもあります。
―― そんなに売れているのですか?
小杉:はい。特に、瓶ベースの普通酒で言えば。
―― すごい話じゃないですか。ちょっと大げさに言えば玄は、富山県人のベースにある味という話でしょうか?
小杉:そう思っていただいて結構です。
―― そこまですごいお酒だったのですね。ミニバーセットで池森さんが玄を出そうとした理由があらためて分かりました。
池森:良かったです(笑)
―― 中条さん、ミニバーセットのメニューづくりに直結する話として聞かせてもらいたいのですが、HARRY CRANESの中で玄と、どのようなペアリングが考えられますか?
中条:玄を想定すると、辛口のお酒で、特に魚に合うイメージがあります。
―― 「若鶴酒造の日本酒は全般的に魚に合うようにつくられている」と小杉さんからも先ほどありましたね。
中条:その意味で考えると〈スモーク幻魚(げんげ)〉のペアリングが提案できると思います。
―― 幻魚とは、ちょっと前まで漁師さんに嫌がられていたヌメヌメの深海魚で、高級料亭で今は重宝されています。
中条:はい。金沢港で水揚げされた北陸の珍味・幻魚を干してうま味を引き出し、丸ごと召し上がれるように、サクラの木のチップでじっくりとスモークしました。
―――知ったかぶりして富山の深海魚みたいな言い方をしましたが、石川でも捕れるのですね。
中条:パリッとした食感にスモークの香ばしさがかむほどに広がります。
ちょっとにおいが強いので、ペアリングという意味ではもしかすると狙いすぎかもしれません。
しかし、魚の臭みをカバー(マスキング)する力が日本酒にはあります。
魚と相性のいい玄が臭みもカバー(マスキング)してくれるので意外なペアリングを楽しめるかもしれません。
―― そう言われると、日本酒(料理酒)を料理に入れる理由は臭みを取るためですものね。
〈Smoked 幻魚(げんげ)〉。写真は公式ホームページより
中条:他にも〈スモークナッツ with 能登塩〉は、常温か冷酒の玄とペアリングが考えられます。海水でつくった塩をまぶしているのですっきり食べられると思います。
米菓〈ライスクラッカー チーズ&アーモンド〉も玄とのペアリングで相性がいいと思います。チーズのこくが強い、こってりした味わいなので爽酒に合うと考えられます。
〈ライスクラッカー チーズ&アーモンド〉。写真は公式ホームページより
―― スモーキーな幻魚からチーズ風味の米菓に至るまで広範囲の料理に玄は合わせられるのですね。
ここまでの中条さんの提案も踏まえて何かメニューづくりの方向性は見えてきましたか? 池森さん。
小杉:そこは帰ってからじっくりとですよね(笑)
池森:はい。お店に戻ってから考えます(笑)
―― では、前にもお伝えしましたが、そのメニューづくりを受けて、日本酒の専門家である下木さんを招待し試食会を実施しましょうね。忖度なしで、悪いものは悪い、おいしいものはおいしいと言ってくれる人なので。
酒器選びも含め、ミニバーセットがより磨かれ、最強の組み合わせが見えてくると思います。
(副編集長のコメント:蔵ステイ池森と若鶴酒造の考える日本酒のペアリング論、前編は以上です。小杉さん・中条さん、ご協力ありがとうございました。
ここからは宿泊者限定のミニバーセットをHARRY CRANESと玄のペアリングで池森さんが考えます。
その実際のペアリング案を、日本酒の達人・下木雄介さんを石川から招いて試食してもらいます。
試食会の様子をちょっとだけ予告しておくと、下木さん節全開の大盛り上がりの会になりました。ペアリング論にとどまらずマリアージュ論まで出てきます。
マリアージュについては後編で。日本酒好きはもちろん、おいしい食事が何よりも好きだという人は、来週から始まる後編も必読ですよ。)
文:坂本正敬
写真:柴佳安
編集:大坪史弥・坂本正敬
編集協力:明石博之・中嶋麻衣
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