
RAPPA SLIM
浮世絵しかり、小津や溝口の映画しかり、海外で高い評価を受け、日本で価値が見直される作品は少なくない。
四津川製作所(富山県高岡市)が、戦後の1946年(昭和21年)に創業して間もなくつくった花瓶も同じだ。
創業者・四津川幸雄が、当時の「日展」作家・村田吉生と組んで、真ちゅうの花器をつくった。
その花瓶が、海外での評価を受け、70年近くの歳月を経て、3代目社長・四津川元将さんの手により〈RAPPA SLIM〉として復活した。
〈RAPPA SLIM〉
半世紀以上の沈黙を破り花瓶を復活させた背景には何があったのか。四津川元将さんに聞いた。
「当時、村田さんが当社につくってくださった他の作品は、日本的なデザインが多く、この花瓶だけが明らかに異色でした。
ただ、恥ずかしながら、私たちはこの花瓶を『祖父がつくった花瓶』としてしか認識しておらず、その価値に気付いていませんでした」(四津川 ※以下、敬称略)
四津川製作所の3代目社長・四津川元将さんとRAPPA SLIM。
転機は四津川製作所が自社ブランド製品を、海外でプロモーションし始めた時期に訪れる。
「当社には、金属と異素材を組み合わせてテーブルウエアをつくるブランド〈KISEN〉があります。
四津川製作所〈KISEN〉の商品。
そのプロモーションで、ドイツ国際見本市や台湾工芸品見本市など、海外の見本市に参加した際、当社の歴史を知ってもらうために、創業者のつくった花瓶をブースに置きました。
すると、海外のバイヤーから、意図せずに『これを売ってほしい』『幾らでも出すから譲ってほしい』と、祖父のつくった花瓶に注目が集まったのです」(四津川)
手に取った黒い花瓶が戦後につくられた実物。手前が当時の鋳型を使って復活したRAPPA SLIM。
それまで創業者のつくった花瓶は、身内でも祖父のつくった思い出の品としか扱われていなかった。しかし、海外の人たちの評価で、創業者の孫にあたる四津川元将さんは価値に気付かされる。
鋳直しに必要な鋳型などは残っていた。四津川元将さんは初代の花瓶を復活させ、〈RAPPA SLIM〉と命名し、製品化を決断する。
「祖父のつくった花瓶は、真ちゅうに着色をして、手仕事で彫って線を描いています。残念ながら、現在はこの技術を持った職人が存在しません。
花瓶の美しさ、良さを損なわないように、さまざまな工夫をして、現代に復活させました」(四津川)
RAPPA SLIMは名前の通り、口がトランペットのベルのように広がり、首から肩、胴、腰がスリムな線を描く。
「日本的なデザインであれば、スリムなフォルムの延長として、口も真っすぐに空に向かって伸びる線を描くのではないでしょうか。
花瓶の口は真ちゅうが露出しているため、経年変化による色合いの変化も楽しめる。
しかし、デザインをしてくださった村田さんは絵も描く方なので、ヨーロッパの芸術を通じて、海外文化も積極的に取り入れていたのだと思います。
戦後間もない当時としては、とてもハイカラな花瓶だったと思います」(四津川)
フランスやベルギーのアンティーク品のよう。
明石博之。〈北陸目録〉の商品選定の責任者。
〈北陸目録〉で扱う商品の選定は、HOKUROKUのプロデューサーにして、富山県内で商業空間をプロデュースする明石博之が行う。
明石は東京の美大を卒業後、空間プロデュース業を通じて「目利き力」を磨いてきた。
その明石が北陸目録立ち上げにともない、最初に扱うべき商品として、RAPPA SLIMを挙げた。
四津川製作所のギャラリー。
「最初、四津川製作所のギャラリーに訪れた時、真っ先にRAPPA SLIMが目に留まりました。
現代的なデザインのテーブルウエアを扱うKISENブランドと、日本の伝統と技術を前面に出した高級美術品としての鋳物を扱う〈喜泉堂〉ブランド、四津川製作所には2つのラインがあります。
しかし、このRAPPA SLIMだけは、どちらにも属さない、確立した個性を持つ存在として、ギャラリー内で際立って見えました」(明石)
高岡銅器の技術を惜しみなく注ぎ込んだ高級美術品ブランド〈喜泉堂〉の商品。
富山県高岡市には、国が指定する伝統的工芸品として〈高岡銅器〉がある。
同地で伝統と革新の融合を掲げる四津川製作所のギャラリーで、RAPPA SLIMに「異国の香り」を感じ、明石は不思議な高揚感があったと当時を振り返る。
「最初に見た時、フランスやベルギーのアンティーク品のような印象を受けました。不思議に思って四津川さんに聞いてみると、先代からの歴史を知り、納得しました」(明石)
明石はギャラリーで花瓶を見た当日に、迷わず自分用に2本、購入したという。
「自分が手掛ける〈水辺の民家ホテル〉という2棟の宿に置く花瓶を、ずっと探していました。
その中で、RAPPA SLIMを見た瞬間に『出合った』と直感しました。
まだまだ認知度は低いですが、知ってしまえば確実にほしくなる花瓶だと思います」(明石)
四津川製作所のプロダクトは、香港デザイン賞、台湾のベストオブ作品など、世界各国での受賞歴も豊富だ。同じようにRAPPA SLIMも何かの賞を受けているのだろうか。
「言われてみると、RAPPA SLIMは何の賞にも出品していません。四津川製作所を象徴する商品でありながら、思えば現状で無冠です」(四津川)
その言葉を受け、「ロングライフ系の賞をいつ受けてもおかしくないと思います」と、明石は想像する。
RAPPA SLIMが半世紀以上の時を経て、しかるべき栄誉を頂く日は近いのかもしれない。
自信をもって花を生けていただければ、その気持ちに応えてくれる懐の深さがある。
四津川製作所のスタッフ一部。写真(左)は四津川元将さんの弟・晋さん。四津川製作所の専務にしてプロダクトのデザインを担当する。
最後に、四津川元将さんに素朴な疑問をぶつけてみた。RAPPA SLIMには、どのような花が似合うのだろうか?
花を生けなくても十分に見応えはあるが、出自を考えると、花があって完成するはずだ。
女性が多く買い求める商品だとも、四津川元将さんは語る。買った女性は毎日、趣向を凝らして花を飾り、楽しんでいるに違いない。
「一輪の花を、花瓶の流れに沿って立たせてもいいですし、垂らしても美しいです。幸いにも、今まで『生けにくい』といった苦情は、一度も聞いていません。
飾りたいという気持ちに忠実に、自信をもって生けていただければ、その気持ちに応えてくれるだけの懐の深さがあると思っています」(四津川)
花は一輪でも、そのかれんな美しさで、暮らしの印象を大きく変えてくれる。
外出の自由が制限される現代、見慣れた空間の中に花や緑を求める心の叫びを、自覚する人も多いのではないか?
「この花瓶は、いまだに『どんな花を飾ろうかな』と、いい意味で悩ませてくれます」(明石)
筆者も手に取ってみた。見た目はどこか控えめでも、確かな存在感がある。
花をもって暮らしに新鮮な印象を与えたい人に、最適な花瓶ではないだろうか。自然光の下でも、電球の下でも、薄暗がりの中でも、実に様になる。見慣れた風景に感動を取り戻すHOKUROKUのミッションにも、大いに通じると感じた。
北陸目録の目録第一号として、自信をもって取り次ぎたい。
文:坂本正敬
写真:山本哲朗
編集:大坪史弥、坂本正敬
編集協力:明石博之、中嶋麻衣
取材協力:四津川製作所
商品名 :RAPPA SLIM
価格 :25,000円
商品コード :A-00001
店舗情報
有限会社四津川製作所
〒 933-0841
富山県高岡市金屋町6-5
TEL: 0766-30-8108
営業時間: 平日9:00~17:00
定休日: 土日祝、年末年始、お盆期間