東京と千葉の都県境にある「夢の国」に週末に行き、近隣の提携(パートナー)ホテルに宿泊しました。
そのホテルからは「夢の国」まで送迎バスが出ています。海をテーマにした「夢の国」を経由し、陸をテーマにした「夢の国」へと行き、ホテルに戻ってくる無料シャトルバスです。
ホテルの目の前にある停留所でそのシャトルバスに初めて乗車した時「発車まで○○分ありますので少々お待ちくださ~い」的な車内アナウンスが聞こえてきました。
アナウンスの内容自体は普通ですが、しゃべり方の抑揚に若干のくせがあります。不思議なしゃべり方をする人だなと思って聞いていました。
シャトルバスは発車直後、同じ敷地内の系列ホテル前でも停まりました。その停車前に「次は、○○ホテルを経由しま~す」と車内アナウンスが再びありました。
内容は普通なのですがやはり、何か隠しきれない個性の片鱗がうかがい知れるしゃべり方です。
パートナーホテルの乗客を乗せ終えるとバスは一般道に入り「夢の国」を目指します。そこで、行程や乗車上の注意点を説明するアナウンスが一般のバスと同じく入ります。
その瞬間、隠し切れない個性の正体が分かりました。バスの運転手は「夢の国」のキャストのように、盛り上げ上手な旅先案内人となって、今から遊びに行く乗客に魔法をかけようとしていたのですね。
その運転手は、15分程度の送迎ルートの間に、少し先に待ちかまえる道路交通事情を劇的に予告し続けました。
「次は、橋を渡る際に、2つの段差が待ち構えていま~す。特に、2番目の段差は、体が落ちる感覚があります。ご注意くださ~い」
当然、何も予期していなかった乗客たちはざわつき始めます。路上の段差や大きなカーブがあるたびに運転手は予告し、乗客を楽しませ、一路「夢の国」を目指します。
言ってしまえば、ただの一般道です。段差といっても、日本中の公道のどこにでもあるちょっとした凹凸です。
しかし、運転手の演出を聞いた後で段差を乗り越えると、周辺の公道にまで「夢の国」が凹凸をわざとつくっているように思えてくるから不思議です。
バスを降りる時「楽しかったです」と伝えると「ありがとうございます~」と独特のイントネーションで運転手から返事が返ってきました。
ただ、疑問が残ります。どうして、この運転手は、このようなアナウンスをするのでしょうか。「夢の国」とは恐らく、直接的な雇用関係にはないはずです。
しかし「夢の国」のキャラクターがバスの車体には描かれていたので、提携関係を結ぶにあたって、この手の演出指示を「夢の国」側が行った可能性もあります。
そこで「夢の国」からホテルに戻るシャトルバスに乗り込む時、アナウンスに注目しました。すると、行きとは違って、帰りのルートを担当していた運転手は淡々と、業務上の連絡を車内アナウンスするだけでした。
この状況は、どう解釈すればいいのでしょうか。行きのバス運転手は、個人レベルの心がけとしてあの演出たっぷりの車内アナウンスを実践しているのでしょうか。
それとも、ホテル→「夢の国」の行きの区間だけは車内アナウンスに演出があり、「夢の国」→ホテルからの帰り道は車内アナウンスに演出がないというサービス設計なのでしょうか。
翌日も同じく興味津々で、ホテル→「夢の国」の区間に乗ると、びっくりしました。その日に運転を担当していた運転手も特に変わったアナウンスをしなかったのです。
要するに、初日に乗った運転手は個人の意思として、車内アナウンスに演出を加え、わずかな送迎の間も楽しませようとしていたのです。正直、驚きました。
あの人のような主体性は、どのように養われたのでしょうか。何があって、あのアナウンスを、始めようと思ったのでしょうか。
肝心の「夢の国」の側は、あの運転手の存在を把握しているのでしょうか。もし、知らないとすれば、あの運転手は、見出されるべき側の人だと思います。
恐らく、全ての経営者や人事担当者も、どうすればあのような従業員が生まれるのか、知りたいはずです。
別に、誰に頼まれているわけでもないのに(たぶん)、「夢の国」に直接的に雇用されているわけでもないのに(こちらも、たぶん)、自分の持ち場で「夢の国」の魔法を支えている人がいる、その奇跡が、今回の家族旅行で最も感動した瞬間でした。
今週も〈HOKUROKU〉をよろしくお願いします。あんな人が、そこかしこにいる地域になれば、あっという間に北陸は、日本一の観光地になれそうですね。
HOKUROKU編集長・坂本正敬