土地の素材に人が手を加え、生活の中で息づいてきた
左が展示渉外室の研究補佐員・小島美里さん。正面の作品は金子潤さんの陶芸作品
小島:唐澤に代わってここからは館内を私がご紹介します。
―― よろしくお願いします。
館長の唐澤さんは単身赴任で東京から来ています。
素朴な疑問なのですが、小島さんなどスタッフの方も皆さん東京から引っ越してきたのですか?
小島:実は、私は東京の人間ではなくこちらの人間です。
国立工芸館のスタッフには東京から来た人間も居ますが、移転にあたり地元で採用されたスタッフも一方で居ます。
―― 根掘り葉掘り聞きますが、小島さんは金沢にお住まいなのですか?
小島:皆さんと同じ富山です。
―― おお、富山ですか。富山のどちらですか?
小島:小矢部です。金沢で働いていて富山に住んでいると確かに驚かれますよね。
―― いいですね。
富山に暮らしながら金沢で働くとかその逆だとか、北陸の人たちが県境を気にせずもっと自由に行き来する未来を夢見て〈HOKUROKU〉を運営しています。
そのような暮らしをすでに実地で営んでいる人とお会いできてすごくうれしいです。
エントランスから続く廊下へ
正面のエントランスホールから入って見える金子潤さんの陶芸作品
小島:正面のエントランスホールから入っていただき、渡り廊下から見える作品をまず紹介させてください。
国立工芸館は、旧陸軍金沢偕行社と旧陸軍第九師団司令部庁舎の2つの古い建物を移築して、一部復元してから渡り廊下(増築部分)でつないでいます。
向かって右が旧陸軍金沢偕行社。左が、旧陸軍第九師団司令部庁舎。真ん中の渡り廊下が増築部分。エントランスから見学コースは始まり、旧陸軍第九師団司令部庁舎(左)へ移動していく
正面のエントランスから入るとこの1階の渡り廊下に突き当ります。
国立工芸館は、展示作品を移転時に東京から持っていくのですが、この正面の展示作品については、世界的な陶芸作家の金子潤さんの陶芸作品を新収蔵し展示しています。
―― 大きいですね。どれくらいあるのですか?
小島:高さ約3メートルになります。作品の表面に雨だれのような線が見えると思います。
降水量の多い金沢らしく水が流れ落ちるような線に感じられます。
―― この展示場所は、中庭のようになっていて天井がありません。雪が降ったらどうするのですか?
小島:基本的にはそのままです。
―― 雪の積もった状態の作品も味わい深いかもしれませんね。
古い建物を移築した部分は外壁も塗り直しているのですか?
小島:旧陸軍金沢偕行社の既存部分は窓枠や柱の色を建築当時の色に再現しています。
旧陸軍金沢偕行社
移築前は別の色だったのですが建築当時の色に塗り直しています。
―― 旧陸軍金沢偕行社の基礎にある換気口の星形はなんでしょう?
小島:旧陸軍が使用していた星形の装飾になります。
―― そもそもの疑問なのですが、旧陸軍金沢偕行社の「偕行社」とは何ですか?
小島:偕行社とは、陸軍の将校集会所(将校クラブ)になります。軍装品の販売所や将校たちが娯楽を楽しめる遊戯室があったとされています。
県立能楽堂横の敷地にもともとありましたが今回を機に移築となりました。
エントランスから旧陸軍第九師団司令部庁舎へ
エントランスから旧陸軍第九師団司令部庁舎へ向かう廊下(ピントがずれています。ごめんなさい)
小島:旧陸軍第九師団司令部庁舎の方に次は行ってみましょう。ミュージアムショップ・ライブラリーがこちら1階にはあります。
真ん中の渡り廊下から向かって左の旧陸軍第九師団司令部庁舎1階へ移動する
―― ミュージアムショップ・ライブラリーの奥は有料ゾーンですね。
小島:明治期の洋風建築の特徴がそのまま残されている階段室が有料ゾーンにあり、その奥が展示室になります。
展示室1の手前にある展示コーナー。写真:太田拓実
(建物1階の展示コーナーを見て回った後、階段を上り2階へ一行は移動する。)
明治期の洋風建築の特徴が残った2階へ通じる階段
―― 2階は、展示室が中心です。
小島:展示室は1階に1つ、2階に2つあります。石川県出身で工芸界の巨匠である松田権六11氏の自宅工房も2階に移築され展示されています。
松田権六の仕事場。写真:太田拓実
―― いただいた資料によると松田権六さんは石川県出身で工芸会の巨匠と書かれています。
いわゆる「人間国宝」で文化勲章受章者です。
全国的な施設でありながら移転した石川県との関係をきちんと強調しているあたりが北陸の人間としてはうれしくなりますね。
松田権六〈蒔絵螺鈿有職文筥〉(部分)1960年 東京国立近代美術館蔵 写真:森善之
小島:2階へと上がってきた階段の目の前、建物2階の中央にある旧師団長室は休憩室になる予定です。
旧師団長室の中から見た階段前のスペース
―― もちろんですが、旧陸軍第九師団の師団長が執務にあたった本物の部屋ですよね?
小島:はい。
―― 時代が時代なら一般人は立ち入れない部屋ですよね。
大正時代のスペイン風邪についてHOKUROKUで過去に取り上げた時、旧陸軍第九師団の話題が何度も出てきました。
あの旧陸軍第九師団、さらに、師団長の部屋かと思うと独特の感慨があります。
渡り廊下を通って旧陸軍金沢偕行社の2階へ
旧陸軍第九師団司令部庁舎の2階中央(向かって左)が旧師団長室。見学コースは、中央の増築部分の渡り廊下を通って旧陸軍金沢偕行社(向かって右)の2階へと続く
小島:先ほどインタビューしていただいた旧陸軍金沢偕行社の2階へと渡り廊下を通って移動していただきます。
―― 旧陸軍金沢偕行社の2階には何があるのでしょう?
小島:もともとあったホールを多目的スペースとして改装しています。
陸軍金沢偕行社(2F多目的室)。写真:太田拓実
―― この多目的スペースでは何をするのですか?
小島:記者会見だとか講演会や体験イベントに活用する予定です。
―― この辺りは緑が多いので、窓の外から見える景色に変化が多くていいですね。
窓からの眺め。※実多目的スペースの窓からの眺めではなく館内の別の場所にある窓から見た眺めです
新しい国立工芸館の肝心の展示内容についてですが、10月25日の開館とともにどのような催しをするのでしょう?
小島:〈工(たくみ)の芸術 素材・わざ・風土12〉という開館記念展をします。
開館記念展ポスター
記念展の名前のとおり素材と技と風土に着目して近代日本工芸の名作を130点ほど展示します。
日本の工芸品はそれ自体が自然の素材でできていて、土地の人がその素材に手を加えながら生活の中で息づいてきました。
それぞれの地方がつちかってきた「風土」を新たにとらえ直す機会になればと思います。
―― 1泊2日の小旅行をHOKUROKUで取り上げようとした理由も風土と工芸に関係があると思ったからです。
土地の素材を使って土地の人たちが磨き抜いてきた、土地の生活や暮らしに役立つ工芸品を巡る旅を通じて、近くて遠い北陸3県の人たちが、それぞれの地域の共通点や相違点を感じるきっかけになればと思っています。
日本における工芸の「総本山」に来て館長に話を聞き、工芸の魅力や工芸の楽しみ方を今日教えてもらいました。
さらに、見学ツアーの機会まで用意してもらいました。本当にありがとうございます。
この学びを次の連載に生かしながら工芸と向き合い価値判断を深めていければと思います。
小島:このタイミングで取材に来ていただいて良かったです(※2020年9月下旬に取材は行われた)。
もう少し遅く、10月に入っていたら準備が大詰めで取材をお断りせざるを得ない状況だったかもしれません。
こちらとしても地元メディアに着目していただき感謝しています。
―― 小島さんのような地元の方が中に居ると思うと、国立工芸館が北陸の人にも余計に身近に感じられるのではないでしょうか。
小島:そう言っていただけるとこちらもうれしいです。今日はありがとうございました。
(編集長のコメント:北陸3県の工芸を巡る旅の案内、国立工芸館編はひとまずおしまいです。
最初の記念展は、素材と技と風土を取り上げた展示になるとの話。
せっかくの機会ですから開館直後に訪れて「好きか」「嫌いか」「どうでもいいか」の積み重ねを国立工芸館でスタートしてみてはいかがでしょうか。
北陸3県のどこかの産地へ次は旅立ちます。唐澤館長の言葉にもあった輪島にお邪魔しようかしら。続編を楽しみにしてくださいね。)
文:坂本正敬
写真:笠原大貴
編集:大坪史弥・坂本正敬
編集協力:明石博之・博多玲子・中嶋麻衣
12会期は2020年(令和2年)10月25日(日)~2021年(令和3年)1月11日まで。期間中に一部展示替えあり。観覧料は一般500円・大学生は300円。来館予約制(詳しくは公式ホームページを要参照)。
https://www.momat.go.jp/cg/
オプエド
この記事に対して、前向きで建設的な責任あるご意見・コメントをお待ちしております。 書き込みには、無料の会員登録、およびプロフィールの入力が必要です。
オプエドするにはログインが必要です。