利き酒師と酒蔵の社長で考える。日本酒の「ペアリング」の教科書。(前編)

2020.12.08

vol. 01

「私って日本酒のペアリングしてたんだ。」

撮影:武井靖。

前書き。

今回の企画「日本酒のペアリングの教科書」は、日本酒バー併設の宿〈蔵ステイ池森〉を富山の氷見で営む利き酒師・池森典子さんと〈HOKUROKU〉の出会いがきっかけで生まれました。

 

もともとHOKUROKUのプロデューサーである明石博之が池森さんと知り合いで、HOKUROKU創刊時のクラウドファンディングに池森さんが寄付してくれたところから関係が始まりました。

 

〈蔵ステイ池森〉の外観。

蔵ステイ池森とは日本酒バーを併設する氷見のまち中の小さな宿です。あくまでも宿としての機能がメインで日本酒バーは併設の扱い。

 

氷見のまち中に泊まってもらい、泊食分離でまち中で食事を楽しんでもらう、併設のバーでは氷見出身のおかみが宿泊客の「コンシェルジュ」役に徹するコンセプトで2019年(令和元年)に生まれました

 

全3室ある蔵ステイ池森の客室例。帰りを気にせず地酒や食事をまちなかで楽しめる。

オープンしてみると気さくなおかみの存在もあって併設のバーは大盛況。でも本当の狙いである宿の利用者が少ない「逆転現象」が起きているのだとか。家までの帰路が長くても併設のバーで飲んだ後に運転代行で帰ってしまう人が多く宿泊の利用が十分ではないみたいです。

 

蔵ステイ池森に併設されたバーのカウンター席。

クラウドファンディングのお礼で池森さんの下に表敬訪問した時、そんな現状をHOKUROKU編集部は聞きました。

 

「運転代行で帰るのではなく氷見のまち中に泊まってから帰る楽しさを知ってもらうために、宿泊者限定で部屋にミニバーセット(日本酒と食べ物の部屋飲みセット)を置いたらどうか」と明石(HOKUROKUプロデューサー)からその場で提案があり「なるほど」と池森さんがリアクションします。

 

このやり取りを聞きながら筆者(HOKUROKU編集長の坂本)は思いました。

 

池森さんは、ワインのソムリエに該当する日本酒の専門家資格を保有する利き酒師です。

 

ミニバーセット開発のために日本酒と食材の最適な組み合わせ(ペアリング)を仮に池森さんが本当に追求するとなれば、そのプロセスで日本酒のペアリング論も浮き彫りになってくるはずです。

 

北陸にはおいしい日本酒と食材がたくさんあります。双方の上手な組み合わせ方(ペアリング論)は北陸の人たちが暮らしを豊かにする上で知っていて損はありません。

 

ミニバーセットのメニュー開発の過程を丸ごとHOKUROKUで取材しながら日本酒と北陸の食べ物のペアリング論を明らかにできれば、読者に役立つ読み物がつくれる上に、池森さんの仕事に対する思いや姿勢も広く伝えられるはずです。

 

そんなコンテンツづくりをしてみたいと話すと池森さんは快く受け入れてくれました。

 

宿に併設されたバーの様子。

先に予告しておきますが、メニュー開発とコンテンツづくりを進めるうちに今回の特集は当初考えた以上に壮大な内容となっていきます。

 

取材の過程では若鶴酒造株式会社(富山)の小杉康夫社長に会いに行ったり、石川県の山中温泉で〈和酒BAR 縁がわ〉を経営する酒匠の下木雄介さんと試食会をしたりして、ペアリング論が大いに深まります。

 

最終的にはどのようなミニバーセットが生まれたのか。その結果も含めて前編・後編にわたる日本酒と食のペアリング論を最後まで読んでみてください。

 

前編の全5話ではまず池森さんにペアリングの概論を教えてもらい、その知識を持って若鶴酒造の小杉社長に会いに行きます。それでは前編の「始まり始まり」です。

地元の名店とお客をつなぐきっかけとして日本酒バーを併設する。

坂本:池森さん、あらためましてHOKUROKU編集長の坂本正敬です。

 

こうして2人で面と向かって話す機会は、考えてみれば今回が初めてですね。どうぞよろしくお願いします。

 

写真左が蔵ステイ池森のオーナー・池森典子さん。

池森:お願いします。

 

坂本:まず蔵ステイ池森の抱える課題があり、その課題に対してHOKUROKUが「ミニバーセット」の一計を今回の企画では提案させてもらいました。

 

そもそもミニバーセットとは部屋で楽しめるお酒と食べ物のセットメニューです。

 

他の客室例。部屋にはミニバーセットを楽しむためのベッドサイドテーブル(写真中央下)も用意された。

ただ一口に「ミニバーセット」と言っても、お酒と食べ物の組み合わせには十分すぎるほどの選択肢がこの北陸にはあります。最良の選択肢を絞り込むためには日本酒と食べ物のペアリングの知識が欠かせないと思います。

 

そこで今日は手始めに日本酒と食事のペアリング論の概論と言いますか、大まかな考え方を利き酒師・池森さんに教えてもらいたく蔵ステイ池森にお邪魔しました。

 

池森:分かりました。

 

坂本:本題へ入る前にちょっと聞きたいのですが、蔵ステイ池森はそもそもどういった背景で生まれたのでしょう?

 

ちょっと見たら〈Google〉の口コミが4.8とすさまじく好評価でしたが(※編集部注:執筆時点の情報)。

 

池森:もともと私は氷見(富山県)の生まれで、結婚相手の実家の民宿〈湯の里いけもり〉でおかみもしています。

 

ただ私のところも含めて氷見の民宿はまちの中心部からちょっと離れた場所にあるので、まち中をふらっと歩いて回る楽しみ方ができません。

 

氷見のまち中の様子。アーケード街が続いている。

もっとまち中を活性化させたい・まち中を楽しんでもらいたいと思って、民宿のおかみとして得たノウハウを生かしながら空き家をリノベーションして蔵ステイ池森をつくりました。

 

坂本:もともと池森さんは民宿もやっていて、そのノウハウを生かしてまち中にも宿をオープンしたのですね。知りませんでした。

 

日本酒に特化したバーをどうしてその宿に併設したのでしょうか?

 

池森:民宿の楽しみと言えば一般的に食事と温泉ですが、せっかくまち中に新しい宿をつくるのであれば「宿に泊まって温泉と食を楽しんで周囲をちょっと観光して帰る」という一般的なサービスを変えたいと思いました。

 

私自身も日本酒が大好きで、地酒を楽しんでもらう機会を今までにさまざまな形で提供してきた経緯もありました。そこで日本酒を提供する酒バーを併設して新しいサービスを提供したいと思いました。

 

坂本:新しいサービスとは具体的に何でしょうか?

 

池森:まず併設するバーも含めて宿では本格的な食事を出しません。この宿から徒歩圏内にはすし・かっぽう料理・日本料理・居酒屋・ラーメン・スナック・バーまで名店がたくさんあります。

 

近所のお店から出前は取れますが、蔵ステイ池森ではむしろお客さまのご要望に沿って飲食店を紹介し、氷見のまちなかにどんどん出てほしいと思っています。

 

あくまでも地元の名店とお客さまをおつなぎするきっかけづくりの場として日本酒バーを併設しているだけです。

 

 

坂本:要するに併設のバーは日本酒も飲めるけれど、あくまでも「コンシェルジュ(案内)カウンター」としての機能がメインとの理解でいいでしょうか?

 

池森:そのとおりです。

 

坂本:紹介したお店で帰宅を気にせず思う存分楽しんでもらって、その後で蔵ステイ池森へ戻って泊まってもらうスタイルですね。

 

もちろん戻ってきた時に併設のバーで飲み直してもいいし、逆にチェックインしてまち中のお店で夕食を食べる前に軽く一杯飲んでから出掛けてもいいわけですよね。

 

考えるだけですてきな旅の姿だと思うのですが、その「おまけ」のバー機能がむしろ好評でサービスのメインになり、「本業」の宿泊の方が伸び悩んでいるわけですよね。

 

蔵ステイ池森の宿泊料金は素泊まりで5,000円前後です。運転代行で帰る料金と(距離にもよりますが)大差ありません。

 

「泊まった方がいい」と思ってもらえる一押しが要するに必要で、その1つにミニバーセットは悪くないと池森さんに判断してもらえたわけですね。

濃厚な甘みのあるスイーツも、熟酒にぴったりと合います。

坂本:それでは本題として魅力的なミニバーセットをつくるために、日本酒のペアリング論について聞かせてください。

 

池森さんは日本酒のソムリエとも言われる利き酒師の資格を持っています。何も知らないまま聞きますが、試験ではペアリングの問題も問われるのですよね?

 

池森:はい。ただ正直に言ってその方面は突き詰めてこなかったというか、私自身とにかく日本酒が好きというだけでやってきました。

 

蔵ステイ池森では泊食分離がテーマなので本格的な料理は出しません。

 

氷見で採れる自然栽培の野菜と地元の食材のおつまみを型にはまらずお客さまに楽しんでもらってきた部分があります。

 

氷見の全景。海から平野部、すぐに丘陵地帯と続いている。海の幸から野の幸・山の幸に恵まれている。

しかしペアリングの問題は私が追求すべき分野でありますし、パワーアップ・スキルアップが求められる分野です。

 

だからこそ今回を機に自分自身も大いに深めたいと思います。

 

坂本:とはいえ全く基本を無視してきたわけではないですよね?

 

池森:はい。今回の取材を機にペアリングを学び直してみたら、酒好きの私が素直に「おいしい」と思って組み合わせていた日本酒と食事が意外に理にかなっていたと分かりました。

 

「あ、私ってペアリングしてたんだ」と(笑)

 

 

坂本:詳しく教えてください。

 

池森:大まかに日本酒は4つに分類して考えられています。

 

香りを縦軸・味を横軸に交差させた有名な分布表があり、この4分類に沿って考えればペアリングさせる料理の方向性は大まかに見えてきます。

 

池森さんの言葉を基に、HOKUROKU編集部で作成。

坂本:専門用語が多いので日本酒を普段は飲まない若い女性の読者などはここで脱落しそうですね。

 

日本酒を学ぶ人が必ず通る有名な分布表で、これが分かれば料理とお酒がもっとおいしく楽しめるはずですから「もうちょっと話を聞いてみましょう」と本文では読者に呼び掛けたいと思います。

 

表に描かれた4つのブロックには爽酒(そうしゅ)・薫酒(くんしゅ)・醇酒(じゅんしゅ)・熟酒(じゅくしゅ)と書かれていますが、それぞれどういった特徴のあるお酒なのでしょうか。

 

名前が似ているので見慣れない私からすると頭がこんがらがってしまいますが。

 

池森:香りが強く味も濃厚な熟酒(じゅくしゅ)から分かりやすいので説明します。表の中で右上にあるお酒です。

 

 

長期熟成酒や古酒、貴醸酒(きじょうしゅ)など、こっくりとしたうま味や甘み、力強い香りが感じられるお酒が熟酒になります。

 

蔵ステイ池森に今ある銘柄で言えば満寿泉〈貴醸酒〉、若鶴酒造〈若鶴 大吟醸 BY22 熟成酒〉が挙げられます。

 

写真左が満寿泉〈貴醸酒〉、右が若鶴酒造〈若鶴 大吟醸 BY22 熟成酒〉。

坂本:満寿泉の貴醸酒は前に何かのニュースで見ました。瓶のデザインがすごくすてきですよね。

 

ただそもそもの話として古酒とか貴醸酒とはどういった日本酒なのですか?

 

池森:古酒とは簡単に言えば長期熟成されたお酒で、貴醸酒は水で仕込まずに酒で仕込んだお酒です。

 

坂本:それらを総称して熟酒と呼ぶのですね。

 

熟酒と言われる日本酒には一般的にどういった料理がペアリング(組み合わせ)として考えられるのですか?

 

池森:例えば蔵ステイ池森では、こっくりとしたうま味や甘み、力強い香りが感じられる熟酒に、地元の豆腐屋さがのや(富山県氷見市)さんの〈豆腐のフォアグラ仕立て〉を出しています。

 

「フォアグラ仕立て」と言いながら実際は豆腐のみそ漬けなのですが、濃厚な味わいの料理に熟酒は実に合います。

 

他には伝風堂(富山県射水市)のチョコレートようかん〈月風〉も出しています。

 

このようかんはフルーツの果汁ではなく果肉も入っていて、日本酒やウイスキーに合うようにつくった、店主のこだわりが詰まったスイーツです。

 

伝風堂のチョコレートようかん〈月風〉。撮影:武井靖。

坂本:日本酒にようかんですか。ちょっとびっくりです。こんな組み合わせも可能なのですね。

 

池森:濃厚な甘みのあるこうしたスイーツも熟酒にはぴったりと合います。

 

坂本:業界的には結構当たり前のペアリングなのですか?

 

池森:はい。味わいの近い熟酒とスイーツは意外に定番のペアリングだったりします。

 

坂本:要するに分類ごとにお酒の特徴を理解し、それぞれのお酒に似た料理なり食べ物なりを合わせる行為がペアリングの基礎と理解してもいいでしょうか?

 

池森:おっしゃるとおりです。

 

坂本:ペアリングは英語で「pairing」と書きますよね。洋服の「ペアルック」のようにお酒と料理の「ペア(pair)を意識する」=「合わせる」が基本なのであれば、料理を合わせる前段階でお酒の特色をしっかり理解する必要があるとあらためて思いました。

 

池森:ペアリングを考えるにあたっては味わいと香りだけではなく産地を合わせたり舌触りを合わせたりするペアリングもあります。

 

さまざまな要素のペアを意識すると成功しやすくなると思います。

 

(副編集長のコメント:日本酒のジャンルとペアリングについて学びは続きます。)

住所:富山県氷見市比美町7−20。電話:0766-75-3533。営業時間:19:00~22:00
https://kurastay.com/

蔵ステイ池森の誕生に先駆けてクラウドファンディングが行われ、開業資金として163人から総額3,121,000円の寄付が集まった。

石川県の日本酒を飲めるバー。予約がお勧め。住所:山中温泉南町ロ-82、電話:0761-71-0059、開店時間:14:00。
https://ja-jp.facebook.com/washubarengawa

天然温泉〈湯の里いけもり〉。富山県氷見市指崎1632。
https://himi-ikemori.com/

富山県氷見市にある豆腐の生産・加工・販売店。
https://saganoyatofu.shopinfo.jp/

富山県射水市大門にある和菓子店。職人が1枚1枚手焼きでつくる〈どら焼き〉、お酒と和菓子の共演をコンセプトとした〈ようかん〉などを販売する。
https://www.denpudo.info/

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