北陸の日本酒と料理の「ペアリング」論。若鶴酒造の社長と利き酒師に学ぶ(前編)
vol. 01
日本酒のペアリング概論
撮影:武井靖
前書き
今回の企画「日本酒のペアリング論」は、日本酒バー併設の宿〈蔵ステイ池森1〉を富山県氷見市で営む利き酒師・池森典子さんとの出会いがきっかけで生まれました。
もともと〈HOKUROKU〉プロデューサーである明石博之が池森さんと知り合いで、HOKUROKU創刊時のクラウドファンディングに池森さんが寄付してくれたところから関係が始まりました。
〈蔵ステイ池森〉の外観
蔵ステイ池森とは、日本酒バーを併設する氷見のまち中の宿です。あくまでも宿としての機能がメインで日本酒バーは併設の扱い。
氷見のまち中に泊まってもらい、まち中で食事を楽しんでもらう。併設のバーでは、氷見出身のおかみが「コンシェルジュ」役に徹するコンセプトで2019年(令和元年)に生まれました2。
全3室ある蔵ステイ池森の客室例。帰りを気にせず地酒や食事をまちなかで楽しめる
オープンしてみると、気さくなおかみの存在もあって併設のバーは大盛況。でも、本当の狙いである宿の利用者が少ない「逆転現象」が起きているのだとか。
家までの帰路が長くても併設のバーで飲んだ後に運転代行で帰ってしまう人が多く宿泊の利用が十分ではないみたいです。
蔵ステイ池森に併設されたバーのカウンター席。
クラウドファンディングのお礼で池森さんの下に表敬訪問した時、そんな現状を聞きました。
「運転代行で帰るのではなく氷見のまち中に泊まってから帰る楽しさを知ってもらうために、宿泊者限定で部屋にミニバーセット(日本酒と食べ物の部屋飲みセット)を置いたらどうか」
と明石博之(HOKUROKUプロデューサー)からその場で提案があり「なるほど」と池森さんがリアクションします。
このやり取りを聞きながら私(編集長の坂本)は思いました。
ワインのソムリエに該当する日本酒の専門家資格を保有する利き酒師が池森さんです。
ミニバーセット開発のために日本酒と食材の最適な組み合わせ(ペアリング)を池森さんが追求するとなれば、日本酒のペアリング論もそのプロセスで浮き彫りになってくるはずです。
おいしい日本酒と食材が北陸にはたくさんあります。双方の上手な組み合わせ方(ペアリング論)は北陸の人たちが暮らしを豊かにする上で知っていて損はありません。
ミニバーセットのメニュー開発の過程をHOKUROKUで丸ごと取材しながら日本酒と北陸の食べ物のペアリング論を明らかにできれば、読者に役立つ読み物がつくれる上に、池森さんの仕事に対する思いや姿勢も広く伝えられるはずです。
そんなコンテンツづくりをしてみたいと話すと池森さんは快く受け入れてくれました。
宿に併設されたバーの様子
予告しておきますが、メニュー開発とコンテンツづくりを進めるうちに今回の特集は、当初考えた以上に壮大な内容となっていきます。
取材の過程では、若鶴酒造株式会社(富山)の社長・小杉康夫さんに会いに行ったり、石川県の山中温泉で〈和酒BAR 縁がわ3〉を経営する酒匠の下木雄介さんと試食会をしたりして、ペアリング論が大いに深まりまっていきます。
どのようなミニバーセットが最終的に生まれたのか。その結果も含めて、前編・後編にわたる日本酒と食のペアリング論を最後まで読んでみてください。
前編の全5話では、池森さんにペアリングの概論を教えてもらい、その知識を持って、若鶴酒造の社長・小杉さんに会いに行きます。それでは前編の「始まり始まり」です。
地元の名店とお客をつなぐ日本酒バー
―― 池森さん、あらためましてHOKUROKU編集長の坂本正敬です。
こうして2人で面と向かって話す機会は、考えてみれば今回が初めてですね。どうぞよろしくお願いします。
写真左が蔵ステイ池森のオーナー・池森典子さん
池森:お願いします。
―― まず、蔵ステイ池森の抱える課題があり、その課題に対してHOKUROKUが「ミニバーセット」の一計を今回の企画では提案させてもらいました。
ミニバーセットとはそもそも、部屋で楽しめるお酒と食べ物のセットメニューです。
他の客室例。部屋にはミニバーセットを楽しむためのベッドサイドテーブル(写真中央下)も用意された
ただ「ミニバーセット」と一口に言っても、お酒と食べ物の組み合わせには十分すぎるほどの選択肢が北陸にはあります。最良の選択肢を絞り込むためには日本酒と食べ物のペアリングの知識が欠かせないと思います。
そこで今日は、日本酒と食事のペアリング論の概論と言いますか、大まかな考え方を利き酒師・池森さんに手始めに教えてもらいたく蔵ステイ池森にお邪魔しました。
池森:分かりました。
―― 本題へ入る前にちょっと聞きたいのですが、そもそもどういった背景で蔵ステイ池森は生まれたのでしょう?
ちょっと見たら〈Google〉の口コミが4.8とすさまじく好評価でしたが(※執筆時点の情報)。
池森:もともと私は、氷見(富山県)の生まれで、結婚相手の実家の民宿〈湯の里いけもり〉4でおかみもしています。
ただ、私のところも含めて氷見の民宿はまちの中心部からちょっと離れた場所にあるので、まち中をふらっと歩いて回る楽しみ方ができません。
氷見のまち中の様子。アーケード街が続いている
もっとまち中を活性化させたい・まち中を楽しんでもらいたいと思って、民宿のおかみとして得たノウハウを生かしながら空き家をリノベーションして蔵ステイ池森をつくりました。
―― 池森さんは民宿もやっていて、そのノウハウを生かしてまち中にも宿をオープンしたのですね。知りませんでした。
日本酒に特化したバーをどうして併設したのでしょうか?
池森:民宿の楽しみと言えば食事と温泉ですが、せっかくまち中に新しい宿をつくるのであれば「宿に泊まって温泉と食を楽しんで周囲をちょっと観光して帰る」という一般的なサービスを変えたいと思いました。
私自身も日本酒が大好きで、地酒を楽しんでもらう機会をさまざまな形で提供してきた経緯も今までにありました。そこで、日本酒を提供する酒バーを併設して新しいサービスを提供したいと思いました。
―― 新しいサービスとは具体的に何でしょうか?
池森:まず、併設するバーも含めて宿では、本格的な食事を出しません。徒歩圏内には、すし・かっぽう料理・日本料理・居酒屋・ラーメン・スナック・バーまで名店がたくさんあります。
近所のお店から出前は取れますが、蔵ステイ池森ではむしろ、お客さまのご要望に沿って飲食店を紹介し、氷見のまちなかにどんどん出てほしいと思っています。
地元の名店とお客さまをおつなぎするきっかけづくりの場として日本酒バーを併設しているだけです。
―― 併設のバーは日本酒も飲めるけれど、あくまでも「コンシェルジュ(案内)カウンター」としての機能がメインとの理解でいいでしょうか?
池森:そのとおりです。
―― いわば、紹介したお店で帰宅を気にせず思う存分楽しんでもらって蔵ステイ池森で泊まってもらうスタイルですね。
もちろん、戻ってきた時に併設のバーで飲み直してもいいし、まち中のお店で夕食を食べる前に軽く一杯飲んでから出掛けてもいいわけですよね。
考えるだけですてきな旅の姿だと思うのですが、その「おまけ」として始めたバー機能がむしろ好評で「本業」の宿泊の方がむしろ伸び悩んでいるとの話でした。
蔵ステイ池森の宿泊料金は素泊まりで5,000円前後です。運転代行で帰る料金と(距離にもよりますが)大差ありません。
「泊まった方がいい」と思ってもらえる一押しが要するに必要で、ミニバーセットの案がその1つに悪くないと池森さんに判断してもらえたのだと話を整理しておきます。
濃厚で甘いスイーツも満寿泉〈貴醸酒〉に合う
―― それでは、魅力的なミニバーセットをつくるために日本酒のペアリング論についてまず聞かせてください。
日本酒のソムリエとも言われる利き酒師の資格を池森さんは持っています。何も知らないまま聞きますが、ペアリングの問題も資格試験では問われるのですよね?
池森:はい。ただ、正直に言ってその方面は突き詰めてこなかったというか。私自身がとにかく日本酒好きというだけでやってきました。
蔵ステイ池森では泊食分離がテーマです。本格的な料理は出しません。
氷見で採れる自然栽培の野菜と地元の食材のおつまみを型にはまらずお客さまに楽しんでもらってきた部分があります。
氷見の全景。海から平野部、すぐに丘陵地帯と続いている。海の幸から野の幸・山の幸に恵まれている
しかし、ペアリングの問題は私が追求すべき分野でありますし、パワーアップ・スキルアップが求められる分野です。今回を機に、自分自身も大いに深めたいと思います。
―― とはいえ、基本を無視してきたわけではないですよね?
池森:はい。今回の取材を機にペアリングを学び直してみたら、酒好きの私が「おいしい」と思って組み合わせていた日本酒と食事が意外に理にかなっていたと分かりました。
「あ、私ってペアリングしてたんだ」と(笑)
―― 詳しく教えてください。
池森:大まかに日本酒は4つに分類して考えられています。
香りを縦軸・味を横軸に交差させた有名な分布表があり、この4分類に沿って考えれば、ペアリングさせる料理の方向性は大まかに見えてきます。
池森さんの言葉を基にHOKUROKU編集部で作成
―― 専門用語が多いので、日本酒を普段は飲まない読者などはここで脱落しそうですね。
日本酒を学ぶ人が必ず通る有名な分布表で、この考え方が分かれば料理とお酒がもっとおいしく楽しめるはずですから「もうちょっと話を聞いてみましょう」と本文では読者に呼び掛けたいと思います。
表に描かれた4つのブロックには、爽酒(そうしゅ)・薫酒(くんしゅ)・醇酒(じゅんしゅ)・熟酒(じゅくしゅ)とそれぞれ書かれています。どういった特徴のあるお酒なのでしょうか。
名前が似ているので、見慣れない私からすると頭がこんがらがってしまいますが。
池森:香りが強く味も濃厚な熟酒(じゅくしゅ)が分かりやすいのでこちらから説明します。表の中で言えば右上にあるお酒です。
長期熟成酒や古酒、貴醸酒(きじょうしゅ)など、こっくりとしたうま味や甘み、力強い香りが感じられるお酒が熟酒になります。
蔵ステイ池森に今ある銘柄で言えば、満寿泉〈貴醸酒〉・若鶴酒造〈若鶴 大吟醸 BY22 熟成酒〉が挙げられます。
写真左が満寿泉〈貴醸酒〉、右が若鶴酒造〈若鶴 大吟醸 BY22 熟成酒〉
―― 満寿泉の貴醸酒は何かのニュースで前に見ました。瓶のデザインがすごくすてきですよね。
ただ、そもそもの話として古酒とか貴醸酒とはどういった日本酒なのですか?
池森:古酒とは、簡単に言えば長期熟成されたお酒です。貴醸酒は、水で仕込まずに酒で仕込んだお酒です。
―― それらを総称して熟酒と呼ぶのですね。
熟酒と言われる日本酒には一般的にどういった料理がペアリング(組み合わせ)として考えられるのですか?
池森:例えば、蔵ステイ池森では、こっくりとしたうま味や甘み、力強い香りが感じられる熟酒に、地元の豆腐屋さがのや5(富山県氷見市)さんの〈豆腐のフォアグラ仕立て〉を出しています。
「フォアグラ仕立て」と言いながら実際は豆腐のみそ漬けなのですが、濃厚な味わいの料理に熟酒は実に合います。
他には、伝風堂6(富山県射水市)のチョコレートようかん〈月風〉も出しています。
フルーツの果汁ではなく果肉もこのようかんには入っていて、日本酒やウイスキーに合うようにつくった、店主のこだわりが詰まったスイーツです。
伝風堂のチョコレートようかん〈月風〉。撮影:武井靖―― 日本酒にようかんですか。ちょっとびっくりです。こんな組み合わせも可能なのですね。
池森:濃厚な甘みのあるスイーツは熟酒にぴったりと合うのです。
―― 業界的には、結構当たり前のペアリングなのですか?
池森:はい。味わいの近い熟酒とスイーツは定番のペアリングだったりします。
―― 要するに、分布表の分類ごとに日本酒の特徴を理解し、それぞれのジャンルの日本酒に方向性が似ている料理なり食べ物なりを合わせる行為がペアリングであると理解してもいいでしょうか?
池森:おっしゃるとおりです。
―― ペアリングは、英語で「pairing」と書きますよね。
洋服の「ペアルック」のように、お酒と料理の「ペア(pair)を意識する」=「合わせる」が基本なのであれば、料理を合わせる前段階で、お酒の特色をしっかり理解する必要があるとあらためて思いました。
池森:ペアリングを考えるにあたっては味わいと香りだけではなく産地を合わせたり舌触りを合わせたりするペアリングもあります。
さまざまな要素のペアを意識すると成功しやすくなると思います。
(副編集長のコメント:日本酒のジャンルとペアリングについて第2回も学びは続きます。)
https://kurastay.com/
2 蔵ステイ池森の誕生に先駆けてクラウドファンディングが行われ、開業資金として163人から総額3,121,000円の寄付が集まった。
3 石川県の日本酒を飲めるバー。予約がお勧め。住所:山中温泉南町ロ-82、電話:0761-71-0059、開店時間:14:00。
https://ja-jp.facebook.com/washubarengawa
4 天然温泉〈湯の里いけもり〉。富山県氷見市指崎1632。
https://himi-ikemori.com/
5 富山県氷見市にある豆腐の生産・加工・販売店。
https://saganoyatofu.shopinfo.jp/
6 富山県射水市大門にある和菓子店。職人が1枚1枚手焼きでつくる〈どら焼き〉、お酒と和菓子の共演をコンセプトとした〈ようかん〉などを販売する。
https://www.denpudo.info/
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