ほくりくアイドル部のプロデューサーと日本一のマジシャンで考える。THE「セルフ・プロデュース」論。

2021.10.29

vol. 05

未来の自分を売り込む。

 

―――セルフ・ブランディングから始まって営業、発信、制作など一連のサイクルをセルフ・プロデュースと今回の対談では想定しています。

 

そこで最後に営業というか見せ方、発信の部分について聞かせてください。

 

例えば、アイドル部のあの白い衣装は見せ方として1つの戦略だと思います。自分たちらしさやアイデンティティを起点にどのように白い衣装の見せ方へたどり着いたのでしょうか。

 

中新:おっしゃるとおり、ほくりくアイドル部はメインのビジュアルを戦略として白に統一しています。

 

すごくかわいくもしていないし、いわゆる黒系の格好良さも出していません。

 

みんなにプロデュースのしがいがある、周りから「こんなことやってほしい」と思ってもらえるように、アイドル部のイメージはあえて色をつけないでずっとフラットを意識してきました。

 

―――清潔感・清楚な感じも保守的な北陸に根差すグループの立ち位置から生まれているのでしょうか?

 

中新:はい。キャッチコピーではないのですが「地域みんなで育てるアイドル・アーティスト」をアイドル部は目指しています。

 

親やご年配の世代に娘や孫を入れたいと思ってもらえる安心感がほしかったので、個性づくりよりもフラットなイメージ、受け入れられやすい清楚や清潔なイメージをつくろうと思いました。

 

リハーサルの様子。撮影:坂本正敬。

 

―――あの白い衣装はすごくまぶしい感じがしますよね。白は明るさの極みで、光を表し、未来へ向かうイメージとして認知される色でもあります。デザインは誰がしているのですか?

 

中新:リーダーの松井祐香里がデザインしました。

 

 
 
 
 
 
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―――え、それはすごいですね。これも任せる作戦ですか?

 

中新:着る人のテンションが上がる服を、着る人本人が考えた方が、僕が考えるよりも絶対にいいので。

 

何かをプロデュースしてみたいと彼女も言っていたので任せてみました。

 

―――とはいえ、中新さんからディレクションはあったのですよね?

 

中新:いえ、白色を指定した以外は彼女に一任して、着てみたい服をデザインしてもらいました。

 

ただ結果として、単に自分が着たい服だけでは終わりませんでした。ウエストが違う、脚の細さが違う、身長も違う、それでもメンバー全員が奇麗に見える服を、過去の清楚なアイドルの衣装を研究して、彼女は考えてくれたみたいです。

 

野々市にある〈jesica(ジェシカ)〉さんというお店に彼女のデザインを基にして最後はつくってもらいました。

 

新曲〈パピプペポジティブ〉が2021年(令和3年)10月24日から発売中。画像提供:アンサー株式会社。

 

―――衣装以外に見せ方の工夫は何かありますか?

 

中新:常に何かを応援しているイメージを発信しています。

 

本気で誰かを応援したら誰かに応援してもらえるとメンバーにいつも伝えています。応援したらその応援が応援を呼んで応援した側から逆に応援されるみたいな。

 

みんなが応援し合ってイエーイとなっている感じを大事にしています。

 

ヤマギシ:まさに互助社会ですね(笑)

 

(一同、笑う。)

 

中新:ただ応援したふりでは絶対に駄目だと思っています。演出やポーズとして応援するのではなく、スポーツチームの観戦に出かけたり、金沢マラソンに参加したりする中で、本気で応援しています。

 

石川のスポーツチームをこの取材の前にも実際に応援してきましたし。

 

―――アイドル部らしさから考えると、どのような発想で応援という見せ方にたどり着いたのでしょうか。

 

中新:「北陸に密着し北陸を元気にする」というアイドル部のミッションがあって、元気にするとは何かと考えた時に、1つの形として応援がありました。

 

高校野球が僕は大好きです。演出ではなく残酷さも含めたリアルな姿が胸を打ちます。

 

同じようにポーズで応援するのではなく、本気で、素のままで、熱意をもって応援する彼女たちを恥ずかしげもなく見せて、逆に応援してもらえる存在になりたいと思っています。

 

ヤマギシ:そう考えると「こだわりを見せる」はセルフ・プロデュースにおいて肝になるかもしれませんね。

 

中新:僕もそう思います。もちろんその見せ方が独りよがりになっては駄目だと思いますが、応援のために全力で歌ったり踊ったりする彼女たちが、どんどんあか抜けて成長していく様子に、感情移入してもらいたいと思っています。

 

ヤマギシ:素の人間最強説ですね。本気で真剣にやっていくうちに勝手にらしくなっていく。

 

―――ただ「好き」を突き詰めて努力する自分の姿が独りよがりになっては駄目だと。

 

目の前の人を、あるいは誰かを本当に楽しませられているのか、その一点を最後の「リトマス試験紙」にしたらいいという話ですね。

 

 

ヤマギシさんはいかがでしょうか。どうやって自分らしさを見せ方や発信、営業スタイルに落とし込んでいったのでしょうか?

 

「小説をモチーフにしたマジックショー」の立案も、自分らしさを起点に見せ方やパフォーマンスを考えた一例だと思うのですが。

 

ヤマギシ:言われてみると、マジシャンとしての最大のセルフ・プロデュースは、自分のお店を持ったという選択なのかもしれませんね。

 

自分の店を持たなくてもマジシャンの活躍の場所は他にもあります。

 

しかし「小説をモチーフにしたマジックショー」などを思い付いたらすぐに打ち出せるお店づくりこそが、自分の最大のセルフ・プロデュースなのかなと思えてきました。

芸術や文化として認められるマジック。

―――もう取材を始めてかなりの時間が過ぎています。そろそろ最後の質問に移りたいと思います。

 

先ほども紹介した青山裕企〈クリエイターのためのセルフブランディング全力授業〉(玄光舎)には、自分の見せ方を考える上で夢・目標を盛り込んでもいいと語られています。

 

クリエーターとして夢や目標を打ち出した方が類似の案件も寄ってきやすくなると私自身感じています。

 

逆に仕事を依頼する側に立った時も、クリエーターの将来的な方向性が外に示されていた方が案件を振りやすい気もします。

 

そこで2人に聞きたいのですが、皆さんは北陸で活動する中でどのような未来を思い描いているのでしょうか。

 

 

ヤマギシさんは現在、新型コロナウイルス感染症の影響で休業しています。

 

まん延防止等重点措置が終わって当たり前にお店が営業できるようになってからの話になると思いますが。

 

中新:ここのオープンはいつだっけ?

 

ヤマギシ:2020年(令和2年)2月2日。

 

―――例のクルーズ船が横浜に入港したタイミングがその翌日、2020年(令和2年)2月3日です。

 

コメディアンの志村けんさんが亡くなられたニュースが3月29日です。ここから国民の意識が変わったと思っているので、普通に営業できた期間は2カ月弱だったと思います。

 

ヤマギシ:そもそもうちはマジックが見られるカフェ&バーです。

 

マジックバーの最大の差別化要素であるマジックショーは「コト消費」であるため、お店に人が来られる社会そのものが戻らないと成立しません。

 

 

ドリップコーヒーや生ビール、ショートカクテルなどメニューづくりにもこだわってきましたが「つくりたてがおいしい」メニューもコロナでは裏目に出てしまいました。

 

しかしこのマジックカフェ&バーで独立開業した理由は、映画や観劇に並ぶ楽しみの選択肢をつくり地元の暮らしを豊かにしたかったからです。

 

金沢市本町に決めた背景としては、金沢駅前エリアに二次会の選択肢が極端に少ないとの声もあったからです。

 

 

大人の社交場であるバーとしての価値を追求する一方で「より幅広い年齢層にマジックを」との思いもあります。

 

前の勤務先である〈マジックバー金沢STYLE〉では年間300日以上のショーに出演し、のべ数万人のお客さんと話をさせてもらいました。

 

総数として多くはなかったのですがその中には、

 

「子どもにマジックを見せたい」

 

「夜の繁華街に子どもを連れてくるのは難しい」

 

といった声もありました。マジック「カフェ」&バーと当店がしている理由は、お子さま連れでも来られる場所にしたかったからです。

 

その文脈で質問に答えると、金沢でもっと身近にマジックを感じてもらえる活動をしていきたいです。

 

ホームパーティーにマジシャンを呼ぶ文化が例えばアメリカにはあります。

 

単なる一過性の娯楽ではなく芸術や文化として認められるくらいマジックを金沢に浸透させたい思いがあります。

 

新型コロナウイルス感染症の終息後には「出張マジック」も受け付けたいと思っています。

 

―――ヤマギシさんの〈note〉を読むと、

 

“ゆたかさとは、選択肢が豊富にあり、それを自由に選択できること”(不知火黄泉彦/ヤマギシルイのnoteより引用。詳細はhttps://note.com/be_lie_ve/n/n02583be93e2dhttps://note.com/be_lie_ve/n/n6a64698d1508

 

と書かれています。まさにその選択肢の1つとしてマジックを深く根付かせるとの話ですね。

北陸のカルチャー・文化に貢献したい。

―――中新さんは一方でいかがでしょうか?

 

中新:地域に特化している以上、北陸の魅力を彼女たちがアイコンとなって伝えられるところまで持っていきたいです。

 

彼女たちには伸びしろがまだまだあります。彼女たちをブラッシュアップして、ある程度の状態まで持っていければ、彼女たちを使って何かしたいと思ってくれる人たちがもっと増えるはずです。

 

例えば北陸の伝統文化を彼女たちが体験し、彼女たちのフィルターを通じて物語るようなところまで行けたらと思っています。

 

自分自身のやりがいにもまた大きな変化が生まれていて、人材をつくるというか、人材が活躍できるフィールドづくりにすごくやりがいを感じています。

 

ちょうど富山・福井にスクールを開講したので、アイドル部のメンバーがこれからどんどん増えていきます。

 

例えば福井の子を郷土愛からセンターに押し上げたいと思う福井の人が居て、それに負けまいとする石川と富山のファンが居て。

 

そうした競い合いの中で結果として北陸全体が元気になるようなフィールドをつくれればと思っています。

 

 

―――どのくらいのスパンで具体的に考えているのですか?

 

中新:2023年(令和5年)度末に北陸新幹線が敦賀まで延伸されて北陸が1つになるタイミングが来ます。

 

エンターテインメントのフィールドをそこまでに北陸につくり、東京へ行かなくても北陸でこんな活動ができるんだと、憧れを持ってもらえる存在にアイドル部を育てたいと思います。

 

習い事のようにアイドルやエンタメを経験できる環境が僕の小さいころは北陸にありませんでした。

 

それこそ「ほくりくアイドル学園」じゃないですけれど、彼女たちに憧れる子たちをつくり、その子たちのやりたい・やってみたいという思いにこたえるフィールドづくりに全力を注いで、北陸のカルチャー・文化に貢献したいです。

 

―――素晴らしいですね。そのうち誰かに表彰されそうです。

 

中新:でも僕は富山生まれなのに、富山からは全然褒めてもらえないのですよ。

 

〈カターレ富山〉の応援ソングもつくって持ち込んでみたのですが、僕の力不足で採用されませんでした(笑)

 

 

―――大人の事情が働いたのですね。〈ツエーゲン金沢〉の応援ソングを歌っていたら、それは仁義としてNGです。富山生まれなのにいしかわ観光特使ですし。

 

中新:〈I Love ISHIKAWA10〉も歌い続けてきたので富山を捨てた男とも言われています(笑)

 

(一同、笑う。)

 

―――明治時代の初めは石川も富山も福井も1つの石川県(いわゆる大石川県)だったので県境なんてその程度の存在なのですけれどね。

 

富山も含む「ほくりく」アイドル部の活躍で中新さんが富山で褒められる日を楽しみにしています。

 

いずれにせよヤマギシさん、中新さん、今日はありがとうございました。

 

中新:こちらこそありがとうございました。

 

ヤマギシ:ありがとうございました。

 

―――ところでヤマギシさん、今日は最後にマジックを披露してくださるとの話でしたが?

 

ヤマギシ:いいですよ。

 

中新:おお、見たい! まん延防止等重点措置が解除されたらほくりくアイドル部の打ち上げの二次会で皆を連れてきたいし。

 

―――それでは皆さんカウンターへ移動しましょう。

 

 

(副編集長のコメント:セルフ・プロデュースの流儀、いかがでしたか。

 

動画配信者やインスタグラマーが職業となり、個人が名を売る様子はもはや一般的になりつつあります。

 

逆の見方をすれば「クリエーター」が今後はさらに世の中にあふれていくでしょうし、人気のトレンドも一瞬で変わるでしょう。

 

いわば「プレイヤーの洪水」の中で自分の見え方をコントロールするセルフ・プロデュースは、流されずおぼれずに生き残るためのかじ取りの役目を果たすと思います。

 

自分らしさにおぼれそうになったらぜひ読み返してみてください。)

 

文:坂本正敬

写真:山本哲郎

編集:大坪史弥・坂本正敬

編集協力:明石博之

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