全ての業務を自分たちでアレンジ

―― 少し話題を変えて〈界 加賀〉の成り立ちについてあらためて教えてください。
宿の体験記は、別の特集であらためて詳しく語るのですが、こちらのインタビューでも簡単に、界 加賀について整理させてください。
そもそも、この土地には老舗旅館〈白銀屋4〉が存在して、星野リゾートが引き継いだという理解でいいでしょうか?
須道:2012年(平成24年)から星野リゾートが運営に携わっています。「白銀屋」という屋号のままで当時は運営していました。
2015年(平成27年)には新館を伴って「星野リゾート界 加賀」という名称でリニューアルオープンしました。今では「星野リゾート」を外して「界 加賀」になっています。

開業当時のスタッフは全員他の施設に異動しています。しかし、もともとの「白銀屋」で働いていた方が数名、今でも働いてくれています。昔の歴史については、その方たちに教えてもらう場合もあります。
―― 先ほど、おっしゃっていた「マニアックに地域を掘り下げる」スタッフには「白銀屋」時代の方々も含まれているのですね。
須道:はい。
―― そもそも論ですが「界」の独立ブランドはどのように生まれたのでしょう?
須道:熊本県にあった〈界 阿蘇〉という老舗旅館の運営を星野リゾートが任された時に、白銀屋を含め、ご縁があった全国各地の温泉旅館の運営を手掛けるようになりました。

全国各地の有名な温泉街に、星野リゾートの「界」ブランドが必ずあり、どの施設へ行っても安心して泊まっていただけるような宿を目指そうとスタートを切りました。
―― 「界」というブランド名はどこから来たのですか? すてきな名前ですよね。
須道:ありがとうございます。もともとは、今お伝えした界 阿蘇が発祥となっています。
「界」は「日常と非日常の境界線」という意味があり、その境界線に居る私たちから、日本の温泉の素晴らしさを世界に向けて発信したいという思いで名付けました。
「KAI」は英語圏の方にも発音しやすく、読み間違いがないという利点もあります。
―― コロナ禍になっても長期間の影響を受けず、界ブランドは、海外のお客さんにも比較的順調に来てもらっているという内容の記事を他のメディアで読みました。その結果を、どう評価されますか?
須道:界ブランドはもともと、日本旅館だった施設を生かしながら、日本の温泉旅館の王道と言えるサービスを貫きつつ、新しい体験をプラスして提供したいと考え、やってきました。
ブランドの立ち上げ以来、海外向けのサービスに移行しない戦い方が「界」ブランドらしさだと言えます。コロナ禍での業績は、その姿勢が功を奏したのだと思います。
―― 実際に泊まってみると確かに、新しさを感じられる一方で、私たち日本人にとっての安心感も得られました。
須道:やはり、日本人のお客さまが楽しめる施設でなければいけないと思っています。
例えば、日本人のお客さまが温泉を楽しんでいる場所に、温泉の使い方を知らない海外の方が入って来て、お互いに不快な気持ちにならないよう、外国語で温泉の楽しみ方の動画を用意しています。

コロナ感染拡大によって、箱根や日光に来ていた、たくさんの外国人旅行客の需要がなくなりました。
しかし、代表の星野も着目していた「マイクロツーリズム」需要へのシフトがあり、地域の方々がたくさん泊りに来てくださるようになりました。
加賀も同様です。石川県内、それから富山県、福井県の方々がよく来てくださいます。私どものような宿泊施設は地域の方々に支えられている状況があります。
―― すごく共感します。小さな宿を私も2棟経営しているので。

また、富山県内の某観光業の経営者も同様の発言をしてました。
台湾や中国、欧米など、海外からの集客ばかりを考えて、肝心の富山県の人たち、あるいは、近県の北陸の人たちを呼び寄せる努力をしてこなかったと。
やはり、地域の人たちに支えられてこそ盤石な経営体力が付くのかもしれませんね。
スタッフが三味線を演奏しています
―― あらためて、星野リゾートで働く人たちの話に戻らせてください。
実は、僕と妻の趣味は宿巡りです。星野リゾートの施設にも何度か泊まりました。その中でも〈星のや東京〉がとても印象的でした。
スタッフの皆さんのゲストを楽しませようとする気持ちが伝わってきます。星のや東京でも界 加賀でも、食事テーブルを担当してくださるスタッフの気遣いが素晴らしく、とても気持ちいい印象がありました。
まさに、好きでやっているという気持ちが接客から伝わってくるのですが、どうしてこうも例外なく、星野リゾートで働く人たちは生き生きしているのでしょうか。
この場に今日は居ないのですが〈HOKUROKU〉編集長の坂本も〈OMO5金沢片町〉〈OMO7旭川〉〈星野リゾート リゾナーレトマム〉に取材で宿泊した経験が実はあるみたいで、どこのスタッフも生き生き働いていたと同じように言っていました。

皆さんが持つ共通ポリシーか何かがあるのですか?
須道:どうでしょうか。1つ言える点としては、いかにクリエイティブに業務をデザインできるかという共通の課題があります。
なので、どの仕事を担当しても基本的な取組み姿勢は変わらないと思っています。
ベッドメイキングしている時も、料理を盛り付けている時も、お客さまのためにという考え方は同じです。
―― 業務の「デザイン」ですか。
須道:決まった作業をやらされている感覚がスタッフにはないのだと思います。全ての業務を自分たちでアレンジしているので「デザイン」という意思が高まります。
―― 昨日、チェックインのタイミングで広報担当の方とお会いした時、広報を専属で担当していると思いました。
ところが、接客も普通にされていて、夕食の時は配膳(はいぜん)してくださり、その後は衣装に着替えて、加賀獅子を舞っているじゃないですか!

それからまた制服に着替えて、私たちが食べられなかったデザートを部屋まで届けてくれました。「凄いなこの人!」と正直感激しましたよ。マルチタスクすぎません?(笑)
しかも、加賀獅子の演舞について聞いてみたところ、その広報の方は「私が立候補してやっているんです」と言っていました。
この積極的な働きぶりは何なのでしょうか。
須道:基本的には「界」で働くスタッフ全員が業務プラスアルファで何かの「ご当地楽5」に関わっています。
他ブランドでも例えば〈OMO7大阪〉では「OMOレンジャー」という地域を紹介するガイド役をスタッフがやっています。

大阪出身のスタッフであれば「おこしやすー」というノリで地域ツアーを関西弁でやっています。私たちは、お客さまの体験をデザインするという意識で、そうしたプラスアルファを、ホテルの大事な業務の1つだと考えています。
―― 「OMOレンジャー」は某TV番組で観ました。各施設で行う「ご当地楽」は異なると思いますが、特に大変な地域はあるのですか?
須道:加賀の獅子舞も大変ですが津軽では、津軽三味線をスタッフが演奏しています。

―― え! 未経験者がゼロから習うのですか?!
須道:そうです。毎週、プロの演奏家さんに稽古(けいこ)をつけてもらい、必死で練習しています。
津軽のスタッフは、ホテル業務をやりたくて入社したのにまさか、お客さまの前で三味線を演奏するとは思いもしなかったはずです(笑)
―― 界 加賀の「ご当地楽」も基本的に施設のスタッフの皆さんが生み出し、担当していると考えて良いのですか?
須道:先ほどもお伝えした「金継ぎに触れるプログラム」はまさにそうです。昨日は、フランス出身のスタッフが金継ぎ体験を担当していました。この体験プログラムは実は、きっかけを彼女がつくってくれました。

日本の「もったいない」「再利用する」という精神性に彼女は感銘を受け、自分でも金継ぎを習いに行き、自宅でも自分で金継ぎしているそうです。やはり、外からの目って大事なんだなと思いました。
―― 日常を通じて得られる気付きがあれば、自分だけでとどめておかないという先ほどの話ですね。
その金継ぎについては広報の方から、天然漆を使った本当の金継ぎをゲストに提供しているのではなく、簡素化された金継ぎ体験を提供しているとも聞きました。
(※編集部注:取材時の情報。本格的な金継ぎの一部を体験できる専用の場所が温泉旅館の内部施設に取材後の2023年4月19日に誕生。合成樹脂を含まない天然漆で仕上げる本格金継ぎが現在は楽しめる6)
本来、金継ぎとは、漆を使って壊れた器を修理します。しかし、こちらでは接着剤を使っているそうですね。
地元の金継ぎ教室に通っている私の妻を思い出しても、漆を使う本格的な金継ぎは1~2泊で完結する作業ではないはずです。
スタッフだけでプログラムを回す工夫も兼ねて、接着剤を使う簡素化されたプログラムを用意しているのかなと思ったのですが、本当の金継ぎではないという事実を、どう考えますか?
須道:スタッフたちがプライベートで習っている金継ぎは漆を使った本当の金継ぎですが、本当の金継ぎには、かなりの時間が必要です。
お客さまには、1泊2日で完結する体験を持ち帰っていただく必要があるので、接着剤を利用した作業を体験していただき、金継ぎの一端を味わえるようにアレンジしています。

―― なるほど。制約がある中で、スタッフの皆さんが工夫して体験プログラムを提供している姿勢が「界」らしさなのですね。
本物にこだわりすぎると、運営体制が厳しくて長続きしないかもしれません。お客さまに地域を知ってもらう機会を狭めてしまう可能性もあるように思えました。
須道:私たちが、10年以上の修行を必要とする職人技を身に付けようと思っても不可能です。
あくまでも私たちは語り部です。本物を知ってもらうきっかけづくりの方が大事です。ささやかな最初のお手伝いだけをするという割切りでもあります。
例えば、食事の時に、すてきな九谷焼の器を見ていただければ「明日は、九谷焼の工房に遊びに行ってみよう」という動機が生まれるかもしれません。それも、きっかけづくりの1つです。
―― 下手をすると「にせもの」だと捉えられる恐れもあるところを「きっかけ」「割り切り」と断言してしまう姿勢に深いポリシーを感じます。
須道:「界 加賀」での体験がきっかけとなって、お客さまがつくり手に会いに行き、新たなつながりがそこで生まれたという話もよく聞きます。「インスタをフォローし合いました」とか。
星野リゾートが掲げるミッションに「旅は魔法」という言葉があります。
旅先に行くと、その土地を身近に感じられるようになります。旅から帰った後も、その土地の話がニュースで報道されれば気になると思います。
その意味で、地域の作家さんとのつながりを通じて、地域とのきずながより深められればうれしく思います。そのきっかけをつくるお手伝いをしている気持ちです。

仕事仲間ではなく同志みたい
―― 須道さんの話を聞いてあらためて思うのですが、いい会社ですね。本当に。
皆さん、プライベートでも、九谷焼の絵付け体験に出掛けたり、金継ぎ体験に出掛けたりしているわけですから、一緒に居る時間が長くなるのではないですか? スタッフの皆さんはどんな関係なのですか?
須道:単なる仕事仲間ではなく同志みたいな感覚があります。
それぞれに、乗り越える山もたくさんあるので、数年の付き合いですが、本当に濃い時間を一緒に過ごしています。
―― 須道さんにとっての乗り越える山とは何なのでしょうか。言い方を変えると、乗り越えた先にどのようなビジョンを描いていらっしゃるのですか。
須道:界 加賀の未来像としては「界」ブランドの中でも存在感のある施設にしたいです。「加賀王道の華やか滞在」という施設のコンセプトどおり華やかな施設にして、地域の魅力をもっと伝えられるようにもなりたいです。
個人的な思いで言いますと正直なところ、目の前の仕事で精一杯で、何かを語れる状況にありません。しかし、いつか必ず青森に帰って、どんなポジションであっても青森のためになる仕事をしたいと思っています。そのために今があると思います。
―― 故郷の青森のためになる仕事をしたい、素晴らしいですね。
決して持ち上げるつもりはないのですが、ここで働く若い人たちが星野リゾートの財産ですし、日本の観光業界にも素晴らしい人材を輩出してくれていると感じます。
働く皆さんは仕事を通じて、それぞれの人生の価値観を育んでいるとも分かりました。
今度、星野リゾートの施設に泊まる時には、今日のお話を思い出しながら、親近感を持って楽しめそうです。
(編集長のコメント:以上、界 加賀の総支配人に聞いた、星野リゾートの働き方でした。故郷の青森のためになる仕事をしたいと断言する須道さん、すてき過ぎましたね。
なんで、こんな風に須道さんは物事を発想できる人なのでしょうか。
もちろん、星野リゾートに入社する前から利他の精神を持った人だったのだとは思います。しかし、故郷を一度離れ、良き先輩や上司、同僚、部下に囲まれながら、知らない土地で働き続ける中で、その精神が余計に育まれていったのだと勝手に推察します。
やはり、広い世界でもまれるって大事みたいです。
そうだとすれば、広い世界を見たいと故郷を一度は飛び出した同郷人のUターン欲を戦略的に利用して、錦を飾ってもらう感覚でリクルーティングする人の集め方も、北陸の企業には大事なのかもしれませんね。
現に、県の〇〇戦略会議など、物事の方向性を論じる会議には、遠くから来た「旅芸人」的な人、あるいは、広い世界で活躍する地元出身者たちが顔を並べていますし。
また、地元を離れた経験のない人材ばかりが集まる組織でも、マイクロツーリズムでいいから、キラキラしたスタッフたちが働く星野リゾートの宿に社員旅行で泊まり、新鮮な視点やエネルギーを受け取ってもらう、そんな学ばせ方もありかもしれませんよ。)
文:明石博之
写真:明石あおい
編集:坂本正敬
編集協力:武井靖
5 温泉旅館ブランド「界」では、それぞれの地域の特徴的な魅力、例えば、伝統工芸、芸能、食などをゲストが満喫できるように「ご当地楽」のおもてなしを用意している。
6 金継ぎの歴史や道具、界 加賀とのつながりを教えてもらいながら、金継ぎの数ある工程のうち3工程のいずれかを体験できる。欠けた器を漆のパテで埋める「埋め」、継いだ部分に金粉をまく「粉蒔き」、まいた金粉を漆で固める「固め」のいずれか。湿度や気温により漆の硬化に影響が出るため、日によって体験可能な内容は異なる。開催日:毎日15:30からの30分間。費用:無料。定員:6名
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