• 富山市ってなんでこんなに「ガラス推し」なの?

    (ここは、北陸にある、とある動物園です。飼育場所がたまたま隣り合わせのヒョウとカバが話している、そんな設定です。)

    どうした? 何か言いたそうな顔じゃないか。

    ヒョウさん、最近夜、アルバイトしに外へ行っているんでしょ! 僕、聞いたんだから! ヴォーッ、ヴォッヴォッヴォッヴォ

    そんなに大きな声を朝から出すもんじゃない。檻の鍵を最近手に入れたから、余計に抜け出しやすくなっただけだ。

     

    こんな低い柵、わけもなく本当は飛び越えられるがな。

    え、鍵を持っているの? どうして?

    メルボルンの動物園に居た時に〈Good night Gollia〉という絵本を目にした。動物園の檻の中に居るゴリラが、管理人の腰から鍵の束をこっそり盗んで自分で檻を抜け出す物語だ。

     

    こちらの動物園に移ってきてから、同じように鍵を盗もうと思って、チャンスを何年もうかがっていた。とうとうこの前、成功したまでだ。

    そうだったんだぁ。うーん、外には僕も出たいけど、最近太っちゃったからなあ。この前は、深夜の富山駅前に行くだけで疲れちゃった……。

    見物客に喜ばれるからといって「スターバックス」のフラペチーノを毎日毎日食べて見せるからだ。

    だって、テレビまで撮りに来るんだもん。

    「客寄せカバ」として飼育員に利用されているだけだ。人間と同じ食べ物に口を付けるな。やつらの思うつぼだ。愚か者め。

    あっ。そういえば、富山について1つ気になる話があるんだけど、聞いてもいいかなぁ?

    やれやれ……。くるくると耳を回しているうちに頭の中も入れ替わるのか?

    ガラス工芸品が富山駅の外に置いてあったんだ。富山市の真ん中には、ガラス美術館もあるらしいねぇ。ガラス作品が歩道にも展示してある。

     

    富山市ってなんでこんなにガラス推しなの? そんなに有名なの? イメージが全くないんだけど。

    ガラス文化が富山市で創造し始められてから35年くらいしか経過していないからな。

    え? そんなに新しい文化なの?

     

    てゆうか、なんでいつもそんなに詳しいの?

    ガラスの将来性や国際性を踏まえ、新時代の教育と芸術文化、産業の振興を目指して取り組み始めたプロジェクトだ。

     

    だが、このガラス文化を創造するきっかけには、薬びんの製造産業が富山市内で戦前に盛んだったという歴史と伝統も踏まえられている。

    薬を入れるガラスびんってこと?

    そうだ。

    富山の薬は僕でも知っているよ! でも、その薬とガラスとの関係がいまいち分からないな。

    どうせ今日も退屈な1日だ。暇つぶしに教えてやろう。

     

    ガラス工場が富山県で初めて設立された時期は江戸時代の末期だ。

    江戸時代っていつ?

    この国の歴史がお前の頭にどれだけ入っているか次第で、説明がまるで変わってくる。

     

    一般的に言えば、徳川家康というリーダーが1603年(慶長5年)に幕府を江戸に開いた前後から、その子孫である徳川慶喜が大政を奉還した1867年(慶応3年)までを意味する。

    年号の数字以外、よく分からない。

    要するに、150年ちょっと前の話だ。

    そんな昔からやってたの!

    私も、ガラスのまちづくりを担当している富山市企画調整課の人から、バイトの時にこの話を初めて聞いて驚いた。

    ヴォー! やっぱり、バイトやっているじゃないか!

    ガラス容器が注目された背景には、薬の品質を保持できる理由があったからだ。ガラス工場が戦前は、富山駅周辺に10社以上あったと言われている。

     

    昭和時代に入ると富山県内だけでなく、東京など全国各地に供給されるようになった。

    バイトって何? 僕も興味があるな~。「スタバ」のエプロン付けて働いてみたいんだよ。

    話の本筋はそこではない。説明をやめるか?

    ごめんごめん。で、何だっけ?

    要するに富山は、ガラスと深い関わりがあったから特産品にしようと考えた。

    そうだったんだ。

    新しいガラス文化の想像のために、市民向けのガラス工芸教室として、富山市民大学ガラス工芸コースが1985年(昭和60)年に開設された。

     

    そこから、全国で唯一の公立ガラスアート専門教育機関である富山ガラス造形研究所が1991年(平成3年)に、ガラス作家の育成・独立を支援する富山ガラス工房が1994年(平成6年)に、相次いで開設された。

     

    富山市の強みはなんと言っても、市全体が活動の拠点化している点だ。ガラス作家の育成から独立、定着を支援し、制作や展示の場も提供している。

    ……。

    聞いてるのか? また、耳を回し始めたようだが。

    聞いてるよぉ。ただ、ちょっと口が重たくて、相づちが疲れるんだ。

    やりづらいやつだ。

     

    繰り返すが、新しいガラス文化をつくるために、ガラス作家の教育施設をつくり、独立したガラス作家の活動を支援し、ガラスのまちづくりに富山市は長らく取り組んできた。

    市が支援してくれるなんて信じられないね。

    お前が言っていたガラス美術館づくりも、富山市の取り組みにおける1つの集大成だった。

    「市(し)が支(し)援してくれるなんて信(し)じられない」ってダジャレを言ってみたんだ。気が付いた?

    富山ゆかりの作家の作品も同館では展示されていて、まち中のにぎわい創出拠点にもなっている……。

     

    もう、やめるか?

    ごめん、ごめん。で、富山のガラスの特徴は他に何かあるの?

    工芸的側面の強い他の県のガラスに対して、富山市のガラスは産業化を推し進めている。

     

    例えば、三越伊勢丹ホールディングス(東京)と連携して高級ブランド〈富山アイコニック〉を立ち上げた。

     

    富山ガラスの象徴的な役割を担う富山アイコニックを含め、〈富山県推奨とやまブランド〉に〈富山ガラス〉は2021年(令和3年)に認定された。

    ヴォー!富山市のガラスがこんなにすごいなんて思ってもいなかったよ!

    大げさなやつめ。なんであれ、富山のガラスは目下、市民や県民への認知度を上げ、興味を持ってもらう取り組みもしている。

     

    カバのお前まで興味を持ったとなれば、担当者も感慨ひとしおだろう。

    富山ガラスの何かが僕も欲しくなっちゃったよ。

     

    でも僕、口が大きいんだけど大丈夫? 頭も100kgあるから壊しちゃいそう。

    お前が本気で使うとなれば、ガラス作家に特注するしかない。鍵があるのでいつでも抜け出して依頼には行けるが、リスクは高い。本当に興味があるのか?

    うん、やったぁ! 僕も行きたい。

    そうなると人選が肝心だ。ヒョウとカバが玄関先に現れても、ひるまずコミュニケーションを続けられるタイプのガラス作家でないといけない。

     

    フランツ・カフカや村上春樹の小説を愛読するガラス作家が適しているかもしれない。

     

    「アパートの部屋に戻ると、巨大なヒョウとカバが待っていた」

     

    なんて、目の前の光景に圧倒されながらも心の中で情景描写を始められるタイプの人間だ。

    ……。

    また、耳を回している。

    そうだねぇ。

    そうだねえ?

    話してたら背中が熱くなってきた。水の中に入ってもいい?

    むろん止めはしないが。

    ヴォー!また、後でね!

    やれやれ。

    ※ヒョウとカバの設定はフィクションです。しかし、富山市のガラス工芸に関しては富山市への取材に基づいた情報を掲載しています。

     

    文:和田実乃梨
    イラスト:ノグチマリコ
    編集:坂本正敬・大坪史弥
    編集協力:明石博之・武井靖・清水菜生