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小矢部には「お城のような建物」がなぜ多いの?
(ここは、北陸にある、とある動物園です。たまたま展示場所が隣り合わせのヒョウとカバが話している、そんな設定です。)
やれやれ。お前は、何も考えていないようで意外に、注意深く周囲を観察しているんだな。
まあ、教える義理もないが、今日もどうせ退屈な1日だ。常同行動が今にも出てしまいかねない。
退屈しのぎに教えてやる。昨日は、小矢部まで走ってきた。
小矢部か。結構、遠いよね。でも、ヒョウさんは足が速くて要領がいいから、どこまででも行って帰ってこられるんだね。
チーターほどではないがな。ヒョウの中でも私は速い方だ。フルスピードで走れば、北陸圏内なら往復できる。
うらやましいな~。
ちょこちょこ「環水公園」までお前も出掛けているだろう。
そうだけどさ。ところで、小矢部市まで行って何をしてきたの?
動物園に来た客が、小矢部市にはお城のような建物が多いと言っていたから、気になって見てきた。
そうなんだ。どうだった~?
話は真実だった。尖塔(せんとう)があったり、大きくて立派な門がそびえていたり、まさにお城のような建物があった。
どうやら、これらの特徴を持つ建物は学校や保育所、公民館など、公共の建物に共通しているらしい。
僕が知っている学校の特徴とは全然違うね。でも、どうしてお城みたいな見た目にしているんだろう?
私も気になって、小矢部市役所までついでに行って聞いてみた。
え! まさか、あのヒョウ柄の洋服を着て? 人間のふりをまたしたの? 危ないよ。
おぞましい話だが、ヒョウ柄の洋服を人間たちは好むと何度も言ったはずだ。
幸い「コロナ」でマスク着用も当たり前の世の中だ。顔も大半は隠れる。
さらに言えば人間は、ヒョウが役場に顔を出すなどとは考えない。そこが盲点だ。
思い込みが相手にあれば、多少の至らなさはカバーできる。前に話したとおりだ。
小矢部市役所産業建設部商工観光課の髙田華穂さんと、小矢部市観光協会の大谷鮎子さんから話を聞いた。
ヒョウさんの大胆さには毎回びっくりさせられるけれど、髙田さんの肩書の長さにもびっくりだね……。何度紙に書いても覚えられそうにない。
まず、小矢部市のお城みたいな建物は「メルヘン建築」と呼ばれている。
「メルヘン」って何?
「メルヘン」とは、ドイツで生まれた散文による空想的な物語を意味する。英語で言えば「fairy tale(おとぎ話)」だ。
欧州の童話やおとぎ話に出てくるお城や屋敷をイメージしてみるがいい。
分かるような分からないような~。
まあ、いい。のどかな散居村の景観が広がる小矢部にはもともとないタイプの建物だ。
「メルヘン建築」は市内に34棟あって、1976年(昭和51年)に1つ目の藪波保育所(※現在は閉所)が建設された。
学校や保育所、公民館にメルヘン建築が多い理由はどうしてなの?
当時の小矢部市長だった故・松本正雄氏(任期は4期14年で1972年~86年)が、公共施設に文化的価値を持たせ、地域の人たちに愛される、地域のシンボルや誇りとなる、なおかつ、周囲の自然環境にも整合する施設をつくろうとした。
要するに、メルヘン建築を通じて、文化的な地域づくりや市民文化の意識高揚を目的としたんだ。
ちょっと難しすぎて、何を言っているかよく分からないな~。
簡単に言うと、みんなから長く愛されるように、当時の市長の思いが込められている。
観光地づくりのためじゃないんだね。
当初は、観光目的ではなかった。あくまでも、市民の福祉(幸福)の向上、地域の人々の社会生活の発展のために行われた。
建設にあたっては、市民の財政的負担にならないように配慮もされた。
ちなみに、ヒョウさんはどのメルヘン建築を見てきたの?
石動(いするぎ)中学校と大谷中学校と蟹谷(かんだ)中学校を見てきた。
3つのメルヘン建築について表にまとめたから見てほしい。
ビッグベンにベルサイユ宮殿だって。ヨーロッパにある有名な建物じゃないか。僕だって知っている!
メルヘン建築は、ヨーロッパの有名建築をモデルにしている部分がある。
蟹谷中学校は125mの廊下があるんだ~!長いね~、ヒョウさん走ってきなよ。
廊下は走ってはいけない。
日本の有名な建物もモデルになっているじゃない。数ある中から、どうしてこれらの建物が選ばれたの?
故・松本元市長は1級建築士だった。
長い歴史の中で生み出された有名な建築物は優れた構造を持ち、外観も美しいとの考えから、選ばれている。
富山県の風雪にも耐えられる構造の有無も1つの評価軸だ。
好きな建築物を選んだんじゃなくて、ちゃんとした理由があったんだね。
だが、この「メルヘン建築」事業は、1992年(平成4年)を最後に打ち切られている。
え!そうなの!面白い取り組みだと思ったのに。どうして打ち切られてしまったの?
1986年(昭和61年)に松本氏が死去した。その後、生前に計画されていた2つの「メルヘン建築」が予定どおり建てられた。
しかし、通常の建築物より費用が発生する「メルヘン建築」は行財政改革の一環で退けられ、低コストで機能重視の建物が建てられるようになっていった。
確かに、豪華な建物をつくるための費用は高そうだね。
「メルヘン建築」は維持するための費用も掛かる。大規模な改修や建て替えの時期が一斉に重なって財政にも大きな負担が掛かってしまう。
そこで、小矢部市は現在、学校の統廃合や施設の集約などで公共施設を少なくしようと「小矢部市公共施設再編計画」をつくり、市民のニーズや社会情勢に応じた公共施設の量的・質的な適正化を目指している。
事業を率先していた松本市長さんが亡くなられた上に、財政的な負担が問題視されて、打ち切りになったんだね。
でも、「メルヘン建築」がなくなっていく状況を、小矢部の人はどう思っているのだろう?
私が話を聞いた小矢部市の髙田さんと大谷さんは、こんな風に言っていた。
髙田さん「世界各地の有名建築を実際に見に行った者として、有名建築を模した建物が身近な小矢部市にあることを誇りに感じています」
大谷さん「県外から帰ってきた時に見えるメルヘン建築の母校がふるさとの景色であるため、残してほしいと思います。県外の方に小矢部市を紹介する時に説明しやすいシンボル的存在です」
へー。「メルヘン建築」って市民にとっての誇りになっているんだね。
髙田さんも大谷さんも小矢部市の側の人だから、あまり悪口を言えない事情もどこかにあると考えなければいけない。
ただ、他の小矢部市民に聞いてみても、似たような意見は少なくなかった。
「小矢部市=メルヘン建築」というイメージが定着している点で、松本元市長の願いと目的が達成されていると一部では言えるかもしれない。
今は、県外に住んでいても「メルヘン建築」を時々思い出して、小矢部市に思いをはせてくれる人も居るんだろうな~。
僕だって動物園に居るけど、日中の日差しを避けるために水の中でじっとしていると、僕が小さい時に遊んでいたアフリカの川を思い出すんだよ。
夢を壊すようで気の毒だが、それは幻想だ。繰り返し言うが、お前の生まれた場所はこの動物園だ。
お前の親はかつて、アフリカ東部で知られた勇敢なカバだった。しかし、お前の親とこの動物園で不幸にも再会し、お前が生まれた瞬間をこの目で見届けた。
ヒョウさんはそういうけれど、覚えているんだもん。アフリカの川の様子を。
まあ、いい。そろそろ、直射日光が差し込む時間帯だ。水に入った方がいいんじゃないのか?
そうだね。なんだか背中がじりじりしてきた。
でも、僕が生まれた時の話、また教えてよ。約束だよ。おやつを用意しておくから、ゆっくり聞かせてね~。
やれやれ。
※ヒョウとカバの設定はフィクションです。しかし、小矢部市のメルヘン建築に関しては取材に基づいた情報を掲載しています。
文:堂本千尋
イラスト:ノグチマリコ
編集:坂本正敬・大坪史弥
編集協力:明石博之・武井靖・清水菜生
ヒョウさん、おはよう。昨日は姿を見掛けなかったけど、どこかへ出掛けていたの~?